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第13章 終わりで始まりの卵

第319話:勇気ある臆病者

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「バンダユウ様――それがしが死での旅路の露払つゆはらいを!」

 御免! と人語を発したガマ平は口を開いても爆ぜる波動を吐かず、喉の奥からブラックホールもかくやといった吸引力を発生させる。

 その吸引力は凄まじく、ジンカイの生み出した怪物の群れを一匹たりとも逃さず吸い込んだ。腹がはち切れそうになるのも構いやしない。

 ガスタンクみたいに膨れ上がったガマ平。

 やがて膨張した腹部が赤くなり、急激に熱量を増して赤熱化する。

「……俺の怪物たちを無理やり取り込んだのか?」

 ガマ平の異変をジンカイはそう読んだ。

 当たらずも遠からず。ガマ平は蝦蟇がまの妖怪としての特性である“どんなものでも吸い込んで栄養とする力”を存分に発揮して、怪物どもを莫大なエネルギーへと強制的に変換させているのだ。

 我が身を爆散させる力になるのもいとわず――。

 何十倍にも膨らんだ身体だろうと、蝦蟇の脚力で飛び跳ねる。

 一足飛びに間合いを詰めるガマ平は、形振なりふり構わずジンカイに体当たりをぶちかました。さしものジンカイもウェイト差のため受け止めきれない。

 押し切られるまま突き飛ばされていく。

「この、かえるの分際で……ッ!」
「蛙ではない蝦蟇がまだ! 覚えて死ねぇいッ!」

 もつれ合うように大きな溶岩石に激突した瞬間、ガマ平の赤熱化した腹が大爆発を引き起こした。その爆発力は一帯が大きな地震に見舞われるほどだ。

 ガマ平……バンダユウは心の中で従者サーヴァントの名を呼んだ。

 立ち上る爆煙を窺う横目が涙に滲む。

 その爆煙を禍々しい大蛇の尾が振り払った。

「なるほど……蝦蟇とて侮ると痛い目に遭う、ということか」

 教訓だな、とジンカイは煙たそうに咳をひとつ。

 精々、露出度の高い上半身がすすけた程度だ。

 痛い目にったというが、外傷はまったく見当たらない。

 走査スキャンをかければ体力こそごっそり減っているが、見る見るうちに回復している。千切った腕を瞬時に再生させる回復力は伊達ではない。

 怪物を生み出す能力といい、彼女を殺し切るのは至難の業だ。

 あの玉砕さえ歯牙にかけないのだから……。

「よっシャアッ! ジンカイの姉御に続くっシャア!」
「……俺を姉御と呼ぶな」

 ジンカイがカエル3兄弟の一角を崩したことでサジロウが勢いづいた。しかし、当のジンカイは不満そうである。

 サジロウの相手は大刀二刀流のトノサマガエル――ピョン吉。

 屋敷をも一刀両断できる特注の大刀二振りは、サジロウの長刀を受け続けてボロボロに疲弊ひへいしており、左手の刀は半ばからへし折られていた。

「もはやこれまで……だが!」

 ピョン吉も渋い人語を発すると、折れた刀を逆手に構えた。

 それを自らの左足に突き立てる。

 腰の匕首あいくちも抜くと、反対側の右足へと突き立てた。

「……我が使命はやり遂げさせてもらうぞ!」

 両足から血が噴くのも意に介さず、ピョン吉は大刀を正眼に構えた。

「たとえこの身が滅びようとも……拙者はこの場から動かぬ! 貴様の斬撃を凌いでみせる! 決して……穂村組の方々には指一本触れさせぬ!」

 ピョン吉の覚悟にサジロウの表情が変わった。

 今までの軽薄さはなりを潜め、眉根を寄せると相貌が引き締まる。

 三枚目だがいい面構え、十分なくらいの男前だ。

「へぇ、おとこだな……いいぜ殿様カエル、おまえの勝負に乗ってやる」

 真正面から斬り結び――完膚なきまでに斬り殺す。

 サジロウの気配から遊びが消え、変幻自在の腕が大きく引き絞られる。それは蛇が鎌首をもたげるのに似て、長刀は毒をしたたらせる牙となった。

「我流“うずまき”奥義……どりる!」 

 斬撃が円を描き、螺旋を辿り、その切っ先が練り込まれていく。

 目に見えるまでの闘気オーラを帯びた斬撃は、はたから見れば青白く光るドリルのように写った。たとえアダマント鋼の壁であっても貫くはずだ。

 ピョン吉は――ドリルの先端を捉える。

 へし折れる寸前の刀で切っ先を捉えると、創造主バンダユウのように相手の力を受け流す技法で、ドリルの直進する方向をずらしていく。

 だが、途中で刀が折れてしまった。

 ピョン吉はそうなると読んでいたのか、今度は我が身を呈してドリルの斬撃をあらぬ方向へと逸らす。決して穂村組に届かぬように……。

「……喧嘩に勝って勝負に負けた、ってところか」

 サジロウは長刀を振り払うと、背負った鞘へ収める。

「滅びの美学ってか? ったく、カエルのくせにカッコよく死にやがって」

 ピョン吉はサジロウの奥義を見事に凌いだ。

 しかし、そのために左半身を心臓ごと失ってしまった。

 自ら縫い止めた両足のせいで倒れることもできず、ピョン吉はサジロウを睨んだまま仁王立ちからの立ち往生で果てたのだ。

 熱を失った身体は血肉すら残さず、グズグズと崩れていく。

「あら、ちょうどこちらも終わったようですわよ」

 サジロウが長刀を収めた直後、サバエも担当分が片付いたことを知らせてくる。バンダユウの両眼はそろそろ涙で決壊しそうだった。

 サバエの音波を防いでいたケロ太が──木乃伊ミイラとなっていた。

 最期まで結界を張っていたケロ太だったが、身に付けた鎧がブカブカになるほど痩せ細り、2枚の大袖おおそでを構えた姿勢のまま固まっていた。

 その身体から砂がこぼれ落ちる。

 絶望の音波を浴びすぎて、全身が風化してしまったのだ。

 ピシッ! と亀裂の走る音がするとともに、ミイラと化したケロ太の身体は風のまにまにちりとなって舞っていく。

 ピョン吉、ガマ平、ケロ太…………すまねぇッ!

 せっかくの初陣ういじんだというのに若い命を散らしたカエル三兄弟に、バンダユウは何度も詫びた。彼らの喪失は我が子に先立たれた気分だった。

 所詮しょせんは──技能スキルから創造したただの・・・従者サーヴァント

 自らの魂の経験値ソウル・ポイントを分け与えたとはいえ、使い捨ての召喚獣に過ぎない。

 そう割り切ればいいものを……バンダユウにはできなかった。

 バンダユウと三兄弟が命懸けで守ろうとした穂村組の面々もまた、リードたちとの力量の差を考えることなく、無鉄砲にしゃしゃり出てきた。

 何度「やめろ!」と叫んだか、バンダユウにはわからない。

 命を惜しまず相打ち上等で意気込む若い連中。

 その誰もがサバエの絶叫を浴びて塵と消え、サジロウの斬撃によって肉片と化し、そしてジンカイの生んだ怪物の餌食となっていった。

 ――どれだけ親を悲しませれば気が済むッ!?

 バンダユウの親父心は張り裂けんばかりだった。

 ほとんどの私兵が殺られ、生粋きっすいの穂村組も数えるほど。

 ホムラや幹部たちは実の親よりも親身に叱ってきたバンダユウの言葉に従うが、切歯扼腕せっしやくわんといった面持ちで悔しそうにこちらを見つめている。

 それでいい、おまえたちは出しゃばるな。

 親より先に逝くことほど親不孝なことはない。

 子供に先立たれるのは、親にとって我が身を損なうより辛いこと。

 カエル三兄弟を失ったバンダユウは身を切られる思いだった。

 バンダユウ、レイジ、マリ――ホムラ。

 四兄弟・・・まで失ったら、バンダユウは発狂しかねない。

 バンダユウは怒りと悲しみのあまり、衝動的にジンカイ、サバエ、サジロウを血祭りに上げるため飛び掛かりそうだったが、親父としての判断力が「息子たちを守らねば!」と身体を動かしていた。

 連中が穂村組へ近寄る前に、立ちはだからんと駆けつける。

 アダマスとの喧嘩など後回しだ。

「ほら、アレだ。ジイさん、ちょっと待てよ……」

 これにアダマスは豹変ひょうへん──かつてないほど激昂げっこうする。

「……まだ俺との喧嘩が終わってねぇだろうがああああああッッッ!!」

 欧州風イケメンが、鬼神をも噛み殺す魔王のかおとなった。

 自分との勝負を蔑ろにされたことが引き金になったのか、気のいいヤンキーといった仮面をかなぐり捨てて、凶暴な本性を剥き出しにしていた。

 そして、過大能力オーバードゥーイングまで発動させる。

 過大能力──【天変地異のカラミティ・厄災は我が声をディザスター傾聴すべし・オーダー

 アダマスが自慢の豪腕でパンチの構えを取る。

 軽い所作しょさだけで都市を破滅させかねない超大型台風の如き激風が吹き荒れ、四方八方に稲妻が迸る。打ち出される直前のアダマスの拳には、闘気オーラを込めることによって重量を備えた風と雷のエネルギーが渦巻いていた。

 大自然の猛威、とてつもない暴風が吹き荒ぶ。

「ごぉぉぉああああああああああああああああらぁぁぁぁぁぁーーーッ!!」

 打ち出された拳から解き放たれる激流。

 天災による破滅を具現化させたエネルギーの奔流ほんりゅうが、穂村組へ駆けつけるバンダユウに襲いかかった。子供たちを守ることに気を取られていたため、ほんの一瞬だが反応が遅れてしまってかわしきれない。

 なんとか全身を呑まれることは避けたのだが──。

「……んんがあああああああっ!?」

 アダマスの放った奔流ほんりゅうに、左の腕と足が巻き込まれる。

 奔流の中は固まる前の粘度ねんどの高いコンクリみたいに重々しく流動しており、それが超高速で回転しながら、致命傷になる雷撃で骨や神経を嘖み、荒々しく肉を斬り刻む風の刃が混ぜ込んであった。

 奔流に呑まれそうになるもバンダユウは振り解く。

 そうして穂村組を守ろうと彼らの前へ降り立った時、マリは変わり果てたバンダユウの左手足を見て「ヒッ……!」と小さく息を呑んだ。

 バンダユウの左右の腕と脚がねじ切れかけていた。

 雑巾ぞうきんでも絞るかのように捻られた左腕と左脚は、折れた骨やひしゃげた肉で辛うじて繋がっているが、今にも千切れそうで見るに堪えないものだった。

 我慢強いバンダユウでも耐え難い。

 うぅむ……ッ! と低く唸ったバンダユウは、その場に崩れ落ちる。

 それでも無事な右足で膝を突くと、まだ動く右手でズタボロの左腕と左脚を無造作に掴んで寄せ、穂村組を代表するべくあぐらでドカリと座り込んだ。

 返り血と自らの血で汚れた顔に、滝のような我慢の汗がしたたる。

 だと言うのに──バンダユウは笑っていた。

 不敵な笑顔を崩すことなく、迫り来る若造たちを睨めつける。

 赤い眼光の青年リード・K・バロールを筆頭に──。

 筋肉リーゼント──アダマス・テュポーン。
 邪悪な大地母神──ジンカイ・ティアマトゥ。
 闇色の喪服女──サバエ・サバエナス。
 三枚目の異色剣客──サジロウ・アポピス。

 バンダユウが始末した9人はLVこそ999だが口先だけの三下、しかしこいつらは別格だ。彼らのことを「下駄を履いている」と表現したが、この5人は下駄を履かせてもらう前から、一端いっぱしの実力者だったらしい。

「ちっと見誤ったか……俺も眼が曇ったぜ」

 老眼かもな、とバンダユウは自嘲の笑みで肩を揺らす。

 眼鏡に頼ったことはないが、観察眼が衰えたのかも知れない。

「いいかリード! このジイさんは俺の獲物だぞ! アレだ、ほら! 俺のコレクションの過去最高記録の一等賞になるかも知れねぇんだ! それをほら、アレだ! おめえらが仕事優先で雑魚どもチビチビいちびってるから、ジイさんの気が逸れてせっかくのバトルが台無しになったんだぞホラ!」

「わかったよアダマスさん、勝負の続きはさせてあげるから」

 憤懣ふんまんやるかたないアダマスの舌鋒ぜっぽうをすげなく宥めながら、リードはこちらへと歩いてくる。焦りも慌てもない歩調がむかつく。

 途中、リードは簡単なジェスチャーを飛ばした。

 ジンカイ、サバエ、サジロウに向けられたものらしく、彼女たちは何も言わずに頷くと穂村組の生き残りを逃がさぬよう三方から取り囲んだ。

 アダマスを連れたリードはバンダユウの前に立つ。

「……年貢の納め時って感じですかね?」

「へっ、年貢どころか税金を納めたこともねえような小僧が演劇みたいな台詞をさえずるんじゃねえよ。ま、ヤクザの俺が言えた義理じゃねえがな」

 バンダユウはなめらかな減らず口で返した。

 やせ我慢と受け取るか、まだ余裕があると見るか、一発逆転の秘策があるように誤解させるか……一挙手一投足に疑わしいところがあるような素振りを組み込んだバンダユウの態度に、リードは赤い眼光を研ぎ澄ます。

 バンダユウの「幻覚を現実にする」過大能力オーバードゥーイングを警戒しているのだ。

「幻術に頼るのは止した方がいいですよ」

 僕なら出掛かり・・・・を潰せます、とリードは忠告してくる。

 …………出掛かり?

 このキーワードにバンダユウはピンと来るものがあったが、顔色へ出さずに腹へ仕舞い込む。そして、相手の出方を窺うことにした。

 実のところ、一発逆転の手段はある。

 バンダユウはLV999であることを隠していたように、もしもの時には我が身を犠牲にしてでもホムラたちを守るための準備を備えてきた。

 達人とは、得てして臆病なものだ。

 恐らく、ツバサ君や斗来とらいさんもそうであろう。

 勝つためならば、どんな労苦もいとわない。砂を一粒ずつ積んで天まで届かせろと言われれば月に届くまでやり、山を別の場所へ移せと言われれば他の山を10個は追加して山脈を積み上げることだろう。

 勝利のためならば労苦を掛けて準備を怠らない。

 万が一に備えて、不測の事態を考えて、念には念を入れるはずだ。

 バンダユウの勝利条件──ホムラたちの未来を守ること。

 そのための秘策なら、アダマスとの戦闘中にちょいと仕込んである。

 対リード用の秘密兵器と、若造どもを一網打尽にする必殺兵器。

 どちらもリードの赤い眼光が届かない場所に隠してある。気付かれた様子はなく、バンダユウは好きなように幻術で細工することができた。

 しかし、ちょっとやり過ぎた。

 この状況で発動させるとリードやアダマスはおろか、守るべき穂村組にまで害が及ぶだろう。タイミングを見計らわねば大惨事になりかねない。

 好機こうきはある……必ずチャンスはやってくる!

 バンダユウの固有技能オリジナル“勝負師の勘”がビンビンに冴え渡っていた。

 不敵な笑顔のバンダユウを、リードは不遜な笑顔で見下す。

「何やら起死回生の策でも隠しているお顔ですが……こちらとしてはやるべきことは決まっているので、粛々しゅくしゅく遂行すいこうさせてもらいますね」

 リードは後ろの不満げなアダマスを仰ぎ見る。

「ご老体にはアダマスさんと喧嘩を続けてもらいます。自己回復系技能をフル回転させているようなので、直に戦えるくらいまで復帰できるでしょう? それとも、百戦錬磨のあなたなら片腕片脚でも受けて立つのでは?」

「応さ、現役バリバリの頃なら望むところよ!」

 だが寄る年波にゃキツいな、とバンダユウは弱音を吐いた。

 回復と修復を同時に走らせているので、ねじれた血塗れの腕と足がミチミチと音を立てて激痛とともに復元されていく。

 せめて動くようになるまで十数分かかるだろう。

 駄目で元々、バンダユウは他愛ない交渉を持ち掛ける。

「10分くれりゃあ万全よ。どうだ筋肉リーゼント、待つか?」
「10分……ほら、アレだ、待ってやる」

 やるならパーフェクトなジイさんとりてぇ、とアダマスは下唇をこれでもかと突き出した不承不承に認めた。我慢できる神経はあるらしい。

「10分ですね。では、その10分を有意義に使いましょう」

 ――愉快なものが見られそうだ。

 口にこそ出さないが、リードの口の端はそう微笑んでいた。

「ジンカイさん、サバエさん、サジロウさん、10分です。ご老体が回復するまでの10分で、残っている穂村組の皆さんを“鏖”みなごろしにしてください」

 そう来たか、バンダユウは呆れた。

「なんとまあ……ステレオタイプな悪役の遣り口やりくちだな」
「でも予想されていたのではないのですか? 僕たちならそうすると……」

 リアクションの薄さがその証拠である。

 バンダユウがリードでも、間違いなくこの制裁を選ぶ。

 やり方的にはヤクザのそれ・・と近い。

 そう、これは制裁の一環なのだろう。リードはサディスティックな微笑みを口元に讃えたまま、この悪趣味な制裁を下した理由を説明する。

「僕らの探している“卵”たまご穂村組あなたがたが持っていない以上、もはや生かしておく意味がありません。いずれ世界が滅び去るのですから、穂村組には一足先に全滅してもらうだけです。ただ、その前に……」

 意趣返しはさせてもらいます、とリードの双眸そうぼうが険しくなる。

 いつでも薄い笑みを称えて何を考えているかわからない小僧かと思いきや、ようやく人間らしい感情を垣間見せてくれた。

 一人前いっちょまえに仲間を仇を討つつもりらしい。

 世界を滅ぼすとか大言を吐いているが、意外と仲間思いなのだろうか?

 言葉の端々に怒りを含ませてリードは続ける。

「ご老体、あなたは僕たちを“鏖”みなごろしにすると宣言して、本当に仲間を9人も殺してくれました……まさに“鏖”ですよ。この世界を滅ぼすために集められた僕たちが、こんな醜態をさらすなんて……はらわたが煮えくり返る思いです」

 られたらり返す――倍返しだ。

 どこかで聞いた名台詞を、その俳優そっくりのポーズで告げた。

「ご老体の目の前で、あなたが守ろうとしている大切な家族を一人も余すところなく“鏖”にして差し上げますよ。それでチャラにしてあげましょう」

「リード、おまえ……陰険だな」

 アダマスが口癖を忘れるくらい引いていた。

 気にすることなくリードは利かん坊に言い聞かせる。

「仲間を殺されたんだから当然の報復さ。ヤクザだって傘下さんかの組員がやられたら同じように仕返しすると思うよ。ですよね、ご老体?」

 まあな、とバンダユウは曖昧あいまいに答えた。

 その極北にあるのが穂村組なので、とやかく言える筋合いではない。

「それにアダマスさん、組員を皆殺しにすれば、その怒りでご老体が覚醒じみたパワーアップをして、もっと喧嘩を楽しくしてくれるかも知れないよ?」

「うーん、ほら、アレだ……なんかそれ違くね?」

 リードはアダマスが喜びそうな展開を促すが、当の本人はいまいち乗り気ではなかった。太い腕を組んで太い首を左右に何度も傾げている。

 思ったよりまともな感性をしているのか?

 骨の髄まで喧嘩屋だから、卑怯な行為が嫌いなのかも知れない。

「さて、それじゃあお三方……っちゃってください」

 リードは立てた親指で首を掻き切るジェスチャーを送った。ジンカイが怪物の腕を持ち上げ、サジロウが舌舐めずりして長刀を抜き、サバエは絶望の歌声を上げるために大きく息を吸い込む。

 対して、黙って殺られる穂村組ではない。

 ゲンジロウたち三幹部がホムラや組員を守るべく前に出ると、それぞれの得物を構えて迎撃する姿勢を取った。

 だが、LV差は歴然だ。防戦に徹しても保って数分。

 好機はまだか!? チャンスはまだか!?

 バンダユウは苛立ちながらその瞬間を待ち望んでいたので、何が起きても驚くことなく対応できたが、リードたちは目を丸くして呆気に取られていた。

 リードとバンダユウの目の前、つまり両者の間にそれは突然現れた。



 空から――大黒さま・・・・が降ってきたのだ。



 よく食堂や古い商店の奥にで恵比寿えびすさまと一緒に飾られている、木彫りの大黒さまみたいな人形だ。大きな袋を背負い、小槌を持っている。

 この大黒さまも人形だが関節が動くらしい。

 どこからともなく聞こえてくる景気のいい音楽をBGMに、満面の笑顔で笑い声を発して小躍りする。こういう玩具オモチャ、探せばありそうだ。

 降って湧いた大黒さまにリードたちは注意を逸らされる。

 特にバンダユウの過大能力を警戒していたリードは、これも幻術だと思い込んだ先入観から赤い眼光を瞬かせたが、大黒さまはビクともしない。

「幻術……じゃない! 実物かこれは!?」

 リードがそれに気付いた瞬間、大黒さまのモーションが変化した。

 右手の小槌を振り上げ、地面に叩きつける動作を取る。

『商売繁盛! 笹持ってこ~~~い!』

 聞き覚えのある商人あきんどの声で叫んだ大黒さまが小槌で地面を叩くと、そこから大判小判がザックザク、まるで噴水のように吹き上がった。

 これは――最高の目眩めくらましだ!

 バンダユウはほくそ笑み、この援護を最大限に活かせるチャンスを待った。

 金銀財宝のスプラッシュ、思わずリードも釣られて首を上げる。

 見開らかれた彼の左目はある一点に奪われた。

 舞い上がる財宝の中、七色の光を放つ不思議な卵があった。リードの眼はその卵に吸い寄せられ、無意識にその名を唱えていた。

「あれは……“終わりで始まりの卵ヒラニヤガルバ”ッ!?」

 ええッ!? と最悪にしてバッド・絶死を迎えデッド・る終焉エンズが一斉に空を見上げる。

 この時、3秒という大きな隙が生じた。

 ありえない規模の大きな隙だ。

 LV999に達した魔族や神族がどれだけ呆気に取られようとも、コンマ0.001秒の隙ができれば御の字だ。

 1秒でもお釣りが来るのに、まさか3秒とは……。

 これは――あの商人あきんど過大能力オーバードゥーイングが働いている。

 舞い散る大判小判は、その対価として支払われたものだ。 

 厄介なのはリードの幻術を見破る能力だが、探し求めていた“卵”を前に、それどころではない。またバンダユウの読みが正しければ、この状況下だとリードは迂闊うかつ過大能力オーバードゥーイングを使えまい。

 何故なら――大切な“卵”を傷つけるからだ。

 待ちに待ってたチャンスが来たぜ! とバンダユウは喝采かっさいする。

 まずは口の中に・・・・潜ませておいたリード対策を、唾とともにぺっと吐き出す。それはあやまたず、リードの長い前髪に張り付いて左目を塞いだ。

「今だ! ホムラぁッ!!」

 同時に大声でホムラに呼びかける。

 ホムラは決死の眼差しで頷き、両手を床の畳に叩きつけた。

守護まもれ――【いつか至高天へエンピレオ・達する万魔殿】パンデモニウム!!」

 百畳敷ひゃくじょうじきはほぼ完全に残っていた大広間。

 その床板は練り込まれた強化アダマント鋼でできており、この大広間を陣地と認めれば、ホムラの過大能力で意のままに動かすことができた。

 床板は畳を巻き上げ、穂村組を守るため変型していく。

 あっという間にアダマント鋼のつぼみ型シェルターが完成した。

 シェルターは強固な結界が何重にも張られており、気付いたサジロウやサバエが攻撃してみるもビクともしない堅牢さだ。

「してやられたッシャア! 斬れ……な、なんだッシャアッ!?」
「私の絶望も響かないなんて……え、何事ですか!?」

 サジロウとサバエは攻撃の手を止め、新たな異変に戸惑っていた。

 突然、大きな地震に見舞われたのだ。

 足下から突き上げるような縦揺れにサジロウたちが狼狽えていると、震源になるものを察知したのか、ジンカイが2人に大声で命じた。

「下がれ、巻き込まれるぞ!」

 言うが早いか蛇体をくねらせて後退するジンカイ。

 サジロウとサバエは返事をする暇もなく、慌てて後ろへ跳んだ。

 震度が最大になった次の瞬間――。

さめ……いやロボットか!?」

 冷えた溶岩の大地を食い破って現れたのは巨大な鮫だった。

 ジンカイが感想を述べた通り、全長150mにも達する機械仕掛けの鮫だ。正確には空飛ぶサメ型の戦艦と言ってやるべきだろう。

 マーナ一味がコソコソ建造していた、例の飛行戦艦である。

 あの三馬鹿トリオからお仕置きとして接収せっしゅうし、万魔殿の地下倉庫に放り込んでおいたものだが、それが水を得たように生き生きと大地を泳いでいた。

 サメ型戦艦は蕾型シェルターに齧り付く。

 背伸びするようにくわえたシェルターを持ち上げると、大きく顎を開けて一呑みにした。あの戦艦、船首であるサメ型ヘッドから格納できるのだ。

 サメ型戦艦はそのまま上空へ飛び上がる。

 そして、脇目も振らずに最高速度で空の果てへ飛び去っていた。

 向かうのは――ここから南西の地平線だ。

「くそっ……追ってください! 逃がしてはなりません!」
「リード様、落ち着いて! この、この……何これ剥がれませんわ!?」

 リードはバンダユウの吐いた粘つくものを剥がそうとするも上手くいかず、取り乱しながら仲間たちに命じた。サバエは心配そうに剥がすのを手伝っているが、粘つくものはこびりついたガムよりもしつこい。

「取れねぇよ、そりゃ千年ガムってんだ」

 バンダユウは悪戯心満載の親切心で教えてやる。

「噛んでる分にゃ普通のガムだが、一度でも口から出したらアダマント鋼よりも硬くなって、へばりついたものから1000年は離れねぇ」

「だから……千年ガム!? くだらないジョークグッズを……ッ!」

「おい若ぇの――おまえさん、タメがいるな・・・・・・?」

 千年ガムと格闘するリードは、バンダユウの指摘に青ざめた。

「俺の幻術をビシバシ破ってくれるから、おまえの過大能力は看破系かと思ったが……違うな。おまえの真っ赤な右目は見たものを消せるんだろ?」

 ただし、力を溜める時間が必要らしい。

 消す質量に見合ったチャージがいるのだろう。

 バンダユウの「幻覚を現実に変える」過大能力は、まず幻覚を形作るところから始まり、数秒の時間を経て現実のものとして実体を得る。

 即ち、出掛かり・・・・は存在感すらない幻覚そのもの。

 見たものを消せる能力ならば、容易に打ち消せるはずだ。

「だが、この大黒さま人形みたいに実体のあるものを消すにゃ相応の時間がいるんじゃないか? なのに、おめぇさんはこの大黒さまも俺の幻術だと疑ってかかったもんだから、ちょいとばかり戸惑ちまった……」

 その狼狽ろうばいが――まさに好機だった。

「肝心の過大能力を封じられちゃあ、俺の見世物ショーも邪魔できまい?」

 バンダユウは直ってきた左腕を力任せに動かす。

 骨が軋もうが血が噴こうが気にしない。

 両手でパン! と拍子をならすとありったけの幻術を巻き起こした。

 まず地面から噴き上がる大判小判の数が何百倍にも増やし、舞い散らせることで視界の妨げとした。大黒さま人形も何十体にも増やし、賑やかし要員として七福神人形を何百体も増員させておく。

 ついでに、七色に光る卵もいっぱい増やしてやった。

「卵は壊さないでください! どれかが本物かも知れませんから!」

 リードの言葉は仲間たちに動揺を誘う。

 大黒さまが出した卵は一個だが、それを幻術で増やした卵は数百個に及び、それらが宙を舞っている。大技を使えば壊しかねない。

 最悪にして絶死をもたらす終焉は、動きを制限されてしまった。

 そこが狙い目――バンダユウは追い打ちをかける。

 ホムラたちを乗せて猛スピードで逃げ去るサメ型戦艦も、この場の馬鹿騒ぎに合わせて七福神を乗せた宝船に変えてやった。

 宝船は1隻ではなく、12隻に増えてそれぞれ南西へ向かっている。

 サジロウ、ジンカイ、サバエはこれに追撃をかけた。

 既に幻覚ではなく実体を持った宝船は破壊されると、積み込まれた爆薬に引火して大爆発とともに一寸先も見えない煙幕を張り巡らせる。

「クソ、用意周到な……アダマスさん!」

 リードは追撃に加わるようアダマスに呼びかけた。

 アダマスの過大能力なら、まとめて撃ち落とせるかも知れない。

 しかし――。

「なんか気乗りしない。俺はジイさんと喧嘩の続きがしたいんだ」
「……んもう! 気分屋なんだから!」

 アダマスは小指で鼻をほじりながら追撃を拒否した。

 宝船の煙幕が晴れ、宙に舞っていた金銀財宝や不思議な卵が辺り一面に散らばり、大黒さまの馬鹿騒ぎが落ち着いた頃には……。

「まんまと……逃げられた……」

 リードは西南の空を見つめて悔しげに呻いた。

 悔しさから細い肩を振るわせるリードの背中を見据えて、バンダユウは気分爽快だと言わんばかりの笑い声をぶつけてやった。

「だぁっはっはっはっはっ! 残念無念また来週だな若ぇの!」
「ご老体、あなた……」

 ゆっくり振り返るリードの「してやられた……」という忌々しげな顔を見ただけで溜飲りゅういんが下がった。もっとみっともないつらにしてやりたくなる。

 だから「俺の仕業じゃねえぞ」と教えてやった。

 ありゃあな――臆病者の仕業よ。

「この前みたいに一人で逃げりゃいいものを、得意な小手先の技術でどうにかこうにか隙を作り、どうやって言いくるめたのか非協力的な連中を巻き込んで、穂村組なかまを逃がすために頑張った……臆病者の仕業さ」

 バンダユウとホムラは、彼のアクションに即興で合わせたに過ぎない。

 痛快だな、とバンダユウは鼻を鳴らした。

 両眼を閉じて、ここで煙管きせるを一服……と思ったが、戦う前に噛み砕いたのを思い出す。それでも右手になんとなく煙管を重みを感じられた。

 染みついたタバコ臭い吐息で間を入れる。

「わかるかい若ぇの。おまえさんたちゃ俺に負けたんじゃねえ……」



 ――臆病者の勇気に出し抜かれたのさ!



 バンダユウは腹の底から笑った。臆病に立ち回れと助言したが、それを忠実にやり遂げてくれた、あの若い商人あきんどの勇気に乾杯したい気分だ。

 アイツも俺の息子だ、とバンダユウは熱い目頭を揉みほぐしたくなる。

「………………………………」

 何か言いたげにリードは重い口を開こうとした。

 バンダユウは右手で制すると、口を挟ませる余裕を許さない。

「そんでな、若ぇの――おめぇらの負けだ」

 バンダユウは上げた右手の指をパチン! と鳴らす。

 すると、石川五右衛門みたいな髪型が膨らんだり萎んだりと動き、その髪をかき分けて誰もが知っている筒状の物が何十本も顔を出した。

「……あー、ほら、アレだ」

 ダイナマイト? とアダマスは見たまんまを言った。

 リードの赤い視線から逃れるため、歌舞伎役者みたいなかつらの中で幻術から創った特製ダイナマイトだ。見てくれこそ古くさいが、一発一発が戦術核を上回る威力を秘めている。そういう風に幻術で仕込んでおいた。

 それが現実になったのだから――破壊力は本物となる。

 導火線にはとっくの昔に火がついていた。

 燃え尽きるまで1秒もいらない。

「花火は好きかい? 今日はかぶり付きで見られるぜ」



 なにせ爆心地・・・だ――バンダユウから光があふれた。


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