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第13章 終わりで始まりの卵

第309話:精鋭たちの帰還……

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 トウドウ兄妹──千鉄鞭せんてつべんジャンゴと盾乗りシールダークレン。

 名前からして一目瞭然だが、ジャンゴが兄でクレンが妹だ。

 現実世界での本名は東堂とうどう淳吾じゅうご東堂とうどう美鶴みつる。淳吾を外国人っぽくしてジャンゴ、妹は鶴の英語読みであるクレーンをアレンジしたらしい。

 常に兄妹で行動し、別々に動くことはほとんどない。

 兄は妹を溺愛し、妹は兄を敬愛する――シスコンとブラコンの共依存関係。

 妹は無鉄砲で喧嘩っ早い。単純バカと陰口も叩かれている。また「兄貴バカを黙っていれば美人。デカいけど美人」という評判。

 兄は冷静沈着をむねとするも、これも頭に血が上りやすい性分。こちらは「妹バカなのは知っている。でも素顔は知らない」という評価。

 つまり、兄妹そろって短気なのだ。

 兄妹ともに考えるよりまず行動、口より先に手が出るタイプである。

 そのためイシュタルランド騒動の際、ミサキが「腹を割って話そう」と話し合いを望んだにも関わらず、喧嘩腰で戦闘になってしまった。

 そんなトウドウ兄妹が──脇目も振らずに逃げていた。

   ~~~~~~~~~~~~

「クソッ……どうしてこう、オレはクジ運がねぇんだ!」

 ジャンゴは双眸そうぼうしかめて忌々しげに独りごちた。

 恐ろしい速さで風が流れていくが、まともに風圧を浴びるのは目元くらい。それ以外の場所はミクロン単位の隙間も許さず覆われていた。

 ジャンゴの風貌を一口にまとめれば──小さいミイラ男。

 鈍い光沢を湛える不可思議な材質の包帯らしきものを全身に巻いており、頭にはその包帯で織り上げたターバンみたいな帽子を被っている。

 覗けるのは誰にでもガンくれる三白眼さんぱくがんのみ。

 小柄な体躯たいくは、ひょっとすると小学生に間違われるかも知れない。

「思い返してみりゃあ生まれてこの方、まともになんかに当たった試しってものがねえ! 宝くじにスクラッチくじは言わずもがな、福引きだって残念賞のティッシュしか貰ってねえし、誰もが一度は当たるっていうコンビニで700円以上お買い上げで1回引けるっていうクジにすら当たったことがねえッ!」

 ついてねぇなぁ! とジャンゴは己の不運に憤慨ふんがいした。

 ジャンゴの怒りに反応したのか、包帯がほどけると何本も風に棚引たなびいた。あまりの速度に包帯の端がパタパタと音を鳴らしている。

 しかし、高速で動いているのはジャンゴではない。

あんちゃん、どうしよう……私兵しへいさんたち、みんなやられちゃったみたい……」

 ジャンゴを肩に乗せたクレンは、不安のあまり長い眉を八の字にした。

 穂村組の威光にひれ伏した野良プレイヤーたち。

 組長への忠誠を誓ったプレイヤーは組員から“私兵”と呼ばれ、小間使いからパシリまで、何でもやらせられる下っ端として雇われていた。

 穂村組の庇護の元、賃金と安全を約束され、対価として組のために働く。

 トウドウ兄妹が連れていた私兵は30人弱。

 彼らにも「命懸けで逃げろ!」と命じたのだが、トウドウ兄妹ほど逃げ足の速くない連中は全員やられてしまったらしい。

 得体の知れない──脅威的な大男に。

「兎に角、今は逃げの一手だ! あの不気味な野郎に捕まるな!」
「うん、わかったよ兄ちゃん!」

 スピードアップだ! とクレンは加速する。

 上空8000m、音速を超える寸前の速さで飛行するのはクレンだった。兄は妹の肩に乗っているだけ。こうした方が移動距離を稼げるからだ。

 オレンジ色に近い金髪の振り乱した──大柄な美女。

 まだ大学生くらいだが、女性にしては身長が高く180㎝を超えている。

 小学生に間違われかねない兄貴と比べたら、スクスクと育ったものだ。おまけにスタイルもよく、スリーサイズはメリハリが効いている。

 やや面長おもながだが、幼い顔立ちで化粧気がない美人だ。

 癖の強いバサバサの金髪をヘアバンド代わりのゴーグルで抑えており、武道家らしく筋肉質な肉体美にはファッション性の高い作業着つなぎを着込んでいる。胸元だけ大きく開けており、見せブラに収めた大振りのバストが揺れていた。

 履き心地の良さそうなブーツで操るのは──巨大で武骨な盾。

 中世ヨーロッパの決闘で用いられたソード・シールドというものだ。

 縦に細長いが幅もある木の葉型で、クレンとジャンゴを一緒に覆い隠せる面積を有する。両端には三つ叉に別れた刃物が付いており、分厚い盾のあちこちにはギミックで飛び出す刃も仕込まれている。

 クレンは剣盾をサーフボードのように乗りこなし、高度8000mを吹き荒ぶ強風に乗って疾駆しっくする。これが“盾乗り”シールダーという二つ名の由来だ。

 クレンは風の流れを見極めて、次々に乗り換えていく。

 一番速い風の流れを掴み、サーフボードにした剣盾で乗り込む。いくつもの技能スキルを重ね掛け、飛行速度をひたすら上げていく。

「……あんちゃん、恐いよぅ」

 泣き言を漏らすクレンの口元は、歯の根が合わぬくらい震えている。

 二十歳はたちを数えたばかり、まだ幼さが抜けない可愛い妹だ。怖がるも乗りこなす盾の操作を誤らない妹をジャンゴは褒めてやりたかった。

 肩に乗る頼もしい兄の顔色を、クレンは恐る恐る窺ってくる。

 ジャンゴも恐ろしいが、妹に悟られたくはない。

「恐くねぇ! 兄ちゃんがついてんだ恐くねぇ! 悪いのはクジ運のねぇ兄ちゃんだ! 俺にクジ運をくれなかったお天道様てんとさまが悪ぃんだ!」

 だから自分の運の無さを運命の神様にがなり立て、どうにか恐怖をかき消そうとしていた。そうしなければ不安で押し潰されそうだった。

「兄ちゃん、アイツなんなの? あいつ、まさか……」

「ああそうだ妹よ! またオレたちが初期ファースト接近遭遇コンタクトしちまったんだよッ!」



 LV999スリーナインにッッッ!! ジャンゴは絶叫した。



 以前出会でくわしたイシュタルとかワイズマンと名乗っていた奴らもLV999だったのは間違いない。だが、連中は平和的で話し合いの解決を求めてきた。そんな彼らを舐めてかかったジャンゴたちは、コテンパンに叩きのめされたのだ。

 それでも──あいつらは見逃してくれた。

 まだLV898のジャンゴとLV754なクレンでは、どんな手段を尽くしてでも勝てない相手だと痛感させられた。悔しさは尽きないが彼らの強さは本物だったし、心の奥底では感服せざるを得なかった。

 彼らは畏敬いけいを払うべき強敵だった。

 だがコイツは違う──この男はただ恐ろしい。

 イシュタルたちのようにLV999なのは疑いようのない事実。そして、その力を破壊と殺戮のために奮ってきた。

 躊躇ちゅうちょも慈悲も容赦も情けも手心もなく──全力で殺しに来ていた。

 思えば、イシュタルもワイズマンも優しい奴だった。

 ジャンゴたちが死なないように手加減してくれたのだから。

 彼らは圧倒的なまでの力を誇示しながらも、人間としての理性や情けを忘れていなかった。だが、ジャンゴたちを追ってくるアイツは……。

「……ッ!? 兄ちゃんゴメン、追いつかれた!」
「んなバカなッ!? おまえの速さは組でも一二を争うってのに……ッ!」

 クレンに振り向く余裕はない。

 それでも敵の気配があまりにも強大なため、感知能力に優れた妹は接近を感じ取ってしまったらしい。彼女に変わってジャンゴが目視で確認する。

 振り向けば──大きな影が迫っていた。

 高速というより豪速ごうそくだ。

 クレンの身の丈を悠々と超える巨体が大気を突き抜け、音速の壁を破りながら追ってきている。筋肉の塊みたいに重量満載なマッチョマンが、両手に大きな荷物を2つもぶら下げているというのに……。

「クレンのトップスピードに追いつきやがるだとぉ……ッ!?」

 くそったれぇぇぇーッ!! ジャンゴは叫んだ。

 途端、彼を覆っていた包帯が何本もほどけていく。

 それはシュリシュリとしなやかな金属音を鳴らして伸び、何条もの薄い鉄板の鞭となる。一枚一枚が鞭剣ウルミと呼ばれるものになったのだ。

 インド伝統の格闘技──カラリパヤット。

 鞭剣はカラリパヤットで用いられる独特な武器のひとつ。

 ジャンゴの全身を覆い隠す包帯は、すべてアダマントとミスリルで造られた特殊形状記憶合金の鞭剣だった。それを何本も身体に巻き付け、戦闘時にはほどくことで自由自在に振るうことができるのだ。

 時として千本を数える鞭剣を暴れさせるジャンゴの戦い振りから、“千鉄鞭”せんてつべんという二つ名で恐れられるようになった。

「出血大サービスだッ! 喰らい……やがれぇぇぇーーーッ!!」

 ジャンゴは数百本の包帯をほどいて鞭剣にすると、迫り来る敵影に向かって一斉に差し向けた。鋭い切っ先が刺されば皮を破り、剃刀カミソリの如き刃が擦っただけでも肉は裂け、鞭剣が巻きつけば骨までへし折ることも可能だ。

 斬裂ざんれつの津波が一直線に敵影へ殺到する。

 一本残らずヒットした手応えにジャンゴは口元を緩ませた。

 だが、すぐに絶望が喉を突き上げてくる。

「なっ……んだとチキショオオオオオーーーッ!?」

 悔しさから叫ばずにはいられない。

 ジャンゴの鞭剣はすべてクリーンヒットしたにも関わらず、一本たりともダメージを与えられていない。手応えがないどころか、子供が金属製の巻き尺メジャーをペキポキ鳴らして遊ぶかのように、分厚すぎる筋肉によって弾かれていた。

 耳障りな金属のへし折る音が近付いてくる。

 鞭剣の群れを意に介さず、一気に距離を詰めてきた。

「兄ちゃん! アタシに任せて!」

 逃げ切れない──そう悟ったクレンはサーフボードにしていた剣盾を片足で強く踏んで振り上げ、自分たちを守る防御盾として身構えた。

 本来の役割に立ち返った剣盾。

 クレンは過大能力オーバードゥーイングを発動させる。大盾と同じ形をした、圧縮されたエネルギーで構成された盾型の防御結界を何百枚も展開する。

 念のため──兄妹を守る剣盾にも防御結界を何十回も重ね掛けた。

 盾型の防御結界は、無理に破れば大爆発を起こす代物だ。おまけにクレンの剣盾を模している。側面には大振りの刃が取り付けられているから、回転してぶつければ大型の丸鋸まるのことなって相手を斬り裂くこともできる。

「兄ちゃんヘルプお願い!」
「応さ妹よ! 言われずともだッ!」

 ジャンゴも過大能力を発動させた。千鉄鞭の名に恥じぬ1000の鞭剣を用意すると、それを先ほどまでとは比較にならない硬度に叩き上げる。

 クレンの剣盾を模した、攻撃的な盾型の防御結界が数百枚。

 無数の剣盾が、圧倒的な攻撃密度で追跡者を押し潰すように襲いかかる。

 その隙間を掻い潜るように、先刻よりも鋭さを増した1000本の鞭剣も突きかかる。貫通力を高めるため、先端が螺旋状になっていた。

 街をも吹き飛ばす指向性地雷クレイモアと、鯨さえ串刺しにするドリルの剣山。

 それらを無数に叩きつけたも同然だった。

 トウドウ兄妹を追う者は──そのすべてをまともに食らう。

 大爆発が巻き起こり、その内部では斬撃の嵐が吹き荒れていた。

 クレンの剣盾がなければ、余波でも兄妹は結構なダメージを負わされていたことだろう。現に防御力を限界まで引き上げた剣盾がビリビリと震えていた。

「やっ……たよ兄ちゃん! あの変態マッチョマンをやっつけた!」

 妹は歓声を上げるが、ジャンゴはまだ気を緩めない。

 この程度でくたばってくれるなら、全速力で逃げることはないのだ。

「気ぃ抜くなクレン! この隙に……ッ!?」



「──逃げられると思ってるのか?」



 この声は!? と寒気で凍りついた時にはもう遅い。

 トウドウ兄妹を覆うほどの巨影が、いつの間にか目の前に立っていた。

 大きな影は何かを掴んだままの右手を振り上げると、その鉄塊の如き拳で剣盾を殴りつけてくる。当然、クレンは剣盾の防御力を信じて受け止めた。

 巨大な鉄拳は──剣盾を撃ち破った。

 剣盾を一撃で粉砕するのではなく、まるで銃弾で撃ち抜いたかのように、拳が当たったところだけをまっすぐにぶち抜いたのだ。

 その貫通力は凄まじい。

「兄ちゃ……ん……逃げ……てぇ……ッ……」

 まっすぐに突き抜けた鉄拳の衝撃波は、クレンの脇腹までえぐっていた。

「くっ、クレェェェンッ!? しっか……ぐおわッ!?」

 グラリと倒れそうになった妹を抱きかかえようとしたジャンゴだが、その瞬間に凄まじい重力に押し潰された。大男が鉄拳による突き以外にも何かしてきたのかと思ったが、すぐに「違う、そうじゃない」と経験が割り出した。

 鉄拳の一撃は剣盾を貫き、クレンの脇腹を抉った。

 貫通力に優れた初撃を追うように、今度は拳の圧力が迫ってきたのだ。

 最初のが砲弾による突破力だとしたら、絶壁のように押し寄せる拳圧は砲弾に仕込まれた火薬が爆ぜた爆裂の衝撃に似ていた。

「ううっおおおおおおおおおおおおおおおおあああああーーーッ!?」

 ジャンゴは小さい身体で傷付いた妹を庇う。カバーしきれない分は鞭剣を伸ばして広げて硬度を上げて、妹を守るため全力で防御に回した。

 自分の鎧にする分がなくなろうとも──。

 高度8000mからブレーキをかけることもできず急転直下。

 鞭剣の弾力をバネにして墜落ダメージは軽減させたものの、クレンは拳打で右脇腹を抉られて重傷。ジャンゴも洒落にならないダメージを負っていた。

 着地した場所はクレーターと化し、その中央でジャンゴは藻掻もがく。

 もっと回復系技能を習得しておくべきだった……と後悔しながらも、中級レベルの回復魔法でクレンの怪我を治していく。

 愚痴ぐちを喚く暇などない。今は妹の命が救うのが最優先だった。

「ダ、メ……兄ちゃ……急いで……逃げ……」

 ジャンゴの回復魔法が効いてきたのか、気を失いかけていたクレンが瞳をこじ開けると、脇腹に手を添えて自分でも回復魔法を掛け始める。

 アタシの回復よりも自分が逃げるのを優先しろ、と兄に意見するつもりだ。

「バカ野郎! 妹を見捨てて逃げる兄貴がどこにいる!?」

 たった1人の肉親──眼に入れても痛くない最愛の妹。

 いつかクレンを「コイツになら妹を預けられる」とジャンゴが認められる男の元へ嫁に出す。それがジャンゴの人生設計だった。

 後のことなど知らん。妹の幸せがジャンゴにとっての幸せだ。

「逃げるなら一緒だ! ほら、もう立てるだろ、兄ちゃんが肩を……」



「だから──逃げられると思っているのか?」



 ズシン、と大地の奥底まで沈む地響きがした。

 震源地はトウドウ兄妹のすぐ後ろ、振り返ればそこに奴がいた。

 岩山の如き峻険しゅんけん──巨大な男だ。

 身の丈は優に3mを超えている。穂村組にも爆肉のセイコという並外れた巨漢がいるが、彼でも2m50㎝がいいところだ。この男も神族らしいが、オーガ族などの規格外の体格となる種族から成り上がったらしい。

 極限を超えて尚パンプアップされた、異形と呼ぶべき筋肉の塊。

 体脂肪など残ってないのではないかと疑いたくなる筋密度。鋼線ワイヤーを何重にも束ねたとしか思えない筋肉が絶えず脈打っている。

 上半身はほぼ半裸。得体の知れない動物の毛皮を無造作に羽織っている。

 そして、野太い首には不釣り合いにしか見えないが、目映まばゆい大数珠のネックレスを下げていた。数珠玉になっているのはどれもダイヤモンドなのだが、一粒一粒が野球ボールぐらいはある。現実世界ならニュースになる大きさだ。

 腰にはバックルが異様に目立つ、チャンピオンベルト顔負けの派手なベルトを巻いていた。ベルベットみたいに高級感のある腰布をたっぷり巻き付け、ダボッとしたズボンにアーマーチックなブーツを履いている。

 肉体のインパクトもさることながら、首から上も一目見たら忘れられない。

 やや垂れ目ながらも彫りが深く唇が厚い。日本人らしくない西欧風の逞しいおもむきがある顔立ち。その頭髪はポンパドールとリーゼントで決めていた。

 大昔、ツッパリと呼ばれた不良が好んだ──硬派なヘアスタイルだ。

「おまえらアレだ、ほら、穂村組ほむらぐみとかいうんだろ?」

 大男は両手に持っていた荷物を放り出した。

「なのにアレだ、ほら――エキサイト・・・・・してねぇな」

 ちょっと不満げに大男は唇を尖らせた。

 それはトウドウ兄妹が率いていた私兵の2人だった。原型がわからないほど痛めつけられているが、ジャンゴには辛うじて見分けることができた。

 私兵の中でも抜きん出た2人――隊長格と副隊長格。

「穂村組っていえばアレだ、ほら、喧嘩上等で有名なヤクザだろ?」

 大男は羽織った毛皮の中からダイヤモンド製の長いくしを取り出すと、自らの誇りと自慢しそうなヘアスタイルを整え始めた。

 高速で逃げるクレンを音速で追いかけ、トウドウ兄妹の猛反撃を受けたにも関わらず、大男の髪型はまったく乱れたように見えなかった。それでも彼なりのこだわりがあるらしく、鏡も見ずに櫛で整えていく。

「そんな奴らがどうして逃げるんだよ。アレだ、ほら、こういう時は最後の1人になるまで戦って、潔くパァッと散るもんだろ?」

 勝つも負けるも些細なことじゃねえか、と大男は分厚い唇を釣り上げた。

「おまえらもほら、アレだろ? 喧嘩が好きなんだろ?」

 だったらろうぜ──どっちかがくたばるまで・・・・・・

「それがアレだ、ほら――エキサイトってもんだろう?」

 もっとエキサイトしようぜ? と大男は同意を求める笑みを浮かべた。

 やがて、大男は髪型が決まったのかダイヤの櫛を仕舞う。

「俺を殺せたらおまえらの勝ちだ。おまえらが負けたら、俺の好き放題にやらせてもらうぜ。ほら、アレだ。こんな具合にな」

 大男は足下に放り捨てていた私兵の1人を掴み上げる。

 右手で私兵の頭を鷲掴みにして、左手で両脚の足首をまとめて掴む。そうやって掴んだ私兵を、まるで折り畳み傘のように畳もうとしていた。

 違う──これは圧縮だ。

 私兵は悲鳴を上げる間もなく身の丈を縮められていき、身長が縮まるごとに全身から火傷しそうな蒸気を噴き出した。大男は一気呵成に握力を強め……。

「ほら、アレだ……フンッ!」

 一般的男子の身長を超えていた私兵の1人を、その両手の中に収めるまで押し潰してしまった。極太の指の間からはまだ湯気が立ち上っている。

 大男が両手をほどくと、そこには一握りの金剛石が輝いていた。

 トウドウ兄妹は信じられないものを目撃させられた。

 昔の映画で『石炭を握り潰してダイヤモンドに変える』……などという荒唐無稽なことをやってのけるキャラクターがいたらしく、魔族となってパワーアップした穂村組の力自慢たちがこれに挑戦していた。

 何人かは部分的にダイヤモンドに変え、その握力を誇ったものだ。

 しかし、この男は生身の人間を(あの私兵は神族だったと思うが)瞬時に押し潰して炭化するに留まらず、混ざり気のないダイヤモンドに変えてしまった。

 どれだけの握力があれば、そんな芸当ができる!?

 大男は人差し指と親指で即席ダイヤモンドを摘まむと、太陽に透かしてチェックを始めた。4C(重さカラット透明度クラリティ色艶カラー研磨カット)でも気になるのだろうか?

 とてもそういうタイプには見えないが……。

「ふむ……やっぱアレだな、ほら、弱い奴ってのは輝きもイマイチだ」

 コレクション・・・・・・にはならん、と大男はダイヤを頬張った。

 まるで貰ったリンゴを囓るかのように、野球ボール大の出来たてダイヤモンドをバリバリ噛み砕いていく。一応、味わってはいるようだ。

「まあ、アレだな。味は悪くない」

 そう言ってもう1人も圧縮し、瞬く間にダイヤモンドへ変える。

 これも太陽に透かしてチェックするが、やっぱりお気に召さないのかバリバリと頬張った。ゴクンと飲み干してペロリと分厚い唇を舐める。

「最低でもLV700以上、俺に立ち向かうだけの気力を持ち、ちったあ俺に傷つける腕の持ち主じゃなきゃあ……コレクションにはならんなぁ」

 大男は金剛石ダイヤモンドのネックレスを撫でてから頬を指差した。

 それはジャンゴの鞭剣ウルミが切ったかすり傷だろう。

 ジャンゴの全身全霊をぶつけても、あんなダメージしか与えられないのだ。

 そして、クレンが恐ろしいことに気付いてしまう。

 ようやく血が止まった脇腹を押さえるクレンの視線は、大男が首から下げているダイヤモンド製の数珠玉から逸らせずにいた。

「ま、まさか……そのネックレスって……ッッッ!?」

 指摘された大男は「いいだろこれ」と満面の笑みでつまみ上げる。

「ほら、アレだ。俺を楽しませてくれた好敵手ライバルたち」

 その成れ果て・・・・だ、大男は屈託のない無邪気な笑顔だった。

「おお、アレだ。申し遅れたな。俺はアダマス・テュポーンってんだ」

 おまえらはおろか──真なる世界ファンタジアを滅ぼす集団。

「その一員に入っててな。ええっと、なんだったかな……ほら、アレだ。カッコいいチーム名を付けられてんだよ。ほら、アレだ」



 俺たちは──“最悪にしてバッド・絶死をもたらデッド・す終焉”エンズ



 カッコいいだろ、とアダマスは中二病なネーミングセンスを威張る。

「この世界が何にもなくなるまで真っ平らにしろ、って頼まれててな。逆らう奴らで強い奴らは、みんな俺がぶっ殺していいとボスから仰せつかってる。だからほら、アレだ。おまえら穂村組は一騎当千なヤクザなんだろ?」

 ──俺のコレクション・・・・・・にピッタリだ。

 アダマスは凄惨な笑みを浮かべると、無慈悲にネックレスを鳴らした。

   ~~~~~~~~~~~~

「だぁっはっはっはッ! おめぇら、腹いっぱい飲んで食えよ!」

 セイコは仲間や現地種族に「遠慮すんな!」とご機嫌で発破はっぱを掛けると、自らも大きな杯に並々と満たしたアルコール度数が低くて飲みやすい酒を煽り、エルダードラゴンのスペアリブを骨ごと丸かじりにした。

 セイコ・マルゴゥ──異名は“爆肉”ばくにくのセイコ。

 穂村組精鋭勢の1人でLVは968、精鋭勢の中でも「一番最初にLV999に到達するのでは?」と目されている実力者だ。

 童顔で真ん丸の顔、クマのプーさんみたいな愛嬌がある。

 鼻も団子っ鼻なので美男子とは言い難いが、そこは内面からあふれる人柄の良さでカバーしている自負があり、仲間も認めてくれる美徳だった。

 髪の毛は伸ばし放題の野生児スタイル。

 2m50㎝に達する巨躯は筋骨隆々。上背があっても筋肉盛りすぎで固太りしているため、相撲取りみたいな体型に見えなくもない。そんな図体なのでギリシャ神話の神々が身に付けるようなゆったりした白い衣を羽織っている。

 セイコの流儀は空手──これ一応、道着なのだ。

 右肩だけはいつもはだけており、ますますオリンポスの神々っぽい。

 穂村組では「お人好しのヘラクレス」なんて呼ばれていた。

 セイコの前には大きな火が焚かれていた。

 夜空を焦がすような焚き火だ。キャンプファイヤーといっていい。どこまでも広がる草原の片隅、大きな木の下でセイコ一行は野営を始めていた。

 大きな焚き火では先ほど仕留めたばかりのエルダードラゴンを豪快に丸焼きにしていた。セイコを兄貴分と慕う気のいい組員たちはそれを切り分けると、先日保護した現地種族に取り分けてやる。

 種族名は知らないが、半獣人のような外見をした若者たちだ。

 彼らは感謝の言葉を繰り返して、配られたドラゴン肉に涙ながら齧りつく。

 セイコの元には不思議と女性組員が集まる。

 彼の豪快ながらも朴訥な優しさに惹かれるらしい。

 そうした女性組員たちはかがり火の周囲にいくつもの焚き火を設けると、スープや暖かい飲み物を作り、共に旅をしてきた組員や現地種族に振る舞っていた。

 セイコのかがり火を中心に、組員と現地種族が車座になって食事をする。

 その団欒だんらんさかなに、セイコは酒を美味そうに呑んでいた。

「──宜しいのですかセイコ様」

 そんなセイコの大盤振る舞いに、カナミが水を差した。

 カナミ・セクレタリィ──彼女はセイコの“秘書”である。

 元々はレイジの下で働いていた、穂村組でも数少ない“文官”。つまりインテリヤクザの一員なのだが、故あってセイコの補佐に回された。

 理由は単純、セイコの持ち帰る物資量が莫大だったからだ。

 持ち帰る物資が多いのは喜ばしいことだが、セイコはどんぶり勘定が過ぎるので帰る道中に仲間や現地種族とどんちゃん騒ぎをしては浪費してしまい、どれだけ手に入れたのかどれだけ使ったのかはっきりしなかった。

 手に入れた物資を使い果たす失敗しくじりをやらかしたこともある。

 そのため、セイコの入手した物資の管理係が必要だとレイジは判断。

 信頼の置けるカナミをセイコの秘書に宛がった。

「せっかく倒したエルダードラゴンをすぐさま食べてしまうなんて……確かに上納じょうのうのノルマは達成できておりますが、このエルダードラゴンは3分の1で皆さんの食糧として行き渡りました。残りを上納に上乗せすれば組長の覚えも……」

「細けぇことは言いっこなしだぜ、カナミちゃん」

 今日くらい見逃してくれよ、とセイコはカナミの忠告を遮った。

 セイコはカナミと眼をあわせる。

 彼女は女性としても背が高い。巨人みたいな上背のあるセイコがあぐらで座り込むと、ちょうど立っている彼女と目線が合うくらいだ。

 秘書みたいなインテリジェンスあふれる知的美女である。

 レイジに習っているのか穂村組らしからぬレディススーツで身を固め、長い髪は夜会巻きにしてファッション性0の眼鏡を掛けている。でも美人だ。

 背は高いのでスタイルはいいが女性的な豊満さはさほどでもなく、バストはあまり目立たないが、彼女は下半身のボリュームが半端ではない。

 足技を得意とするため、太股やお尻に脂と筋肉がたっぷりなのだ。

 乳よりも尻&太股派なセイコが「安産型だ」と冷やかせば、眼鏡の弦に手を添えてクイッと持ち上げ「セクハラです」と叱られる。

 何十デニールかわからないが、程良い濃さで彩られたパンストと、尻肉を盛り上げるように高いハイヒールにセイコは目を奪われがちだった。

「──どちらを見ているんですか?」

 カナミはセイコの耳を加減せずに引っ張る。痛い痛いと喚いてゴメンゴメンと謝ると、すぐに離してくれたが説教は続けられた。

「またこんな無駄遣いをして……レイジ様にお小言をもらいますよ」

「知ったことかよ。言ったろ、おれぁレイジあいつとゼニヤが気に食わねぇんだ」

 奴隷とか巫山戯ふざけんなよ、とセイコは苛立ちを吐き捨てた。

「おれたちがちょいと有利なのにかこつけて、助けた連中に恩着せがましく『働けやコラァ!』ってのは……なんか違うだろ、なんかおかしいだろ。困っている連中を何も言わずに助けるのが任侠にんきょうじゃねぇのか?」

 この話題を持ち出すとカナミも黙ってしまう。レイジの元で働いていた彼女だが心根は優しいので、現地種族を奴隷とすることに反対していた。

 その点では──セイコとカナミは同志だった。

「どうせこの子たちも連れ帰ったら、またあいつらにコキ使われる。飯もけちん坊なゼニヤのせいで、必要最低限しか食わせてもらえねぇ……だったらよぉ、ここで腹いっぱい食わせてやらなきゃ、助けたおれの格好がつかねぇだろ」

 だが明日までだ、とセイコは挑戦者チャレンジャーの顔で微笑んだ。

「止めるなよカナミちゃん、おれぁ明日の集会でぶち上げるからな」
「奴隷制度の撤廃……ですね?」

 カナミも連判状に署名した1人、覚悟はできているはずだ。

 それでも──直属の上司であるレイジに逆らうことに迷いがあるらしい。

 彼女の心中を察したセイコは、しんみりさとした。

上役うわやくであるレイジに逆らうってのは心苦しいかも知れねぇ……だがな、間違っているなら言ってやらなきゃダメだ。万魔殿の増強を急ぎてぇって奴らの気持ちはわからんでもないが……」

 奴隷はやり過ぎだ──セイコは断言した。

「……ええ、勿論です」

 目を伏せるカナミも止めるつもりはない。

 連判状に名を連ねた以上、セイコが上納集会で奴隷撤廃を組長に上申する際には彼の味方に回るしかない。たとえレイジの反感を買おうともだ。

「なに、そう深刻になることはねぇさ」

 不安を隠せないカナミをセイコは慰める。

「この件に関しちゃあバンダユウの叔父貴おじき見咎みとがめてるし、マリの姉御なんざ激怒げきおこプンプン丸よ。あ、こいつは死語だったか? だあっはっはっはっ! まあなんだ、幹部のお偉方も『これは酷い』ってわかってるからな」

 大丈夫──説得できるはずだ。

 セイコはカナミの不安を払拭ふっしょくする笑顔で続ける。

「遠征組筆頭のセイコおれに、穂村組最強の剣客なコジロウ、それに新進気鋭の若手なダテマル三兄弟の精鋭トップ3! それに叔父貴と姉御がそろって意見すりゃ組長やレイジも聞く耳を持ってくれるさ」

 きっと上手くいく、とセイコは気を楽にするように言った。

「右も左もわかんねぇ異世界せかいだ……みんなで仲良くやってこうぜ」

 それがセイコの求めるシンプルな未来だった。



「でも残念──人間ってわかり合えない生き物なんですのよ?」



 突如、闇の奥から湧いた声がセイコの言葉を否定した。

 組員たちは戦慄が走ると同時に腰を上げて身構える。か弱い現地種族を1箇所に集めると、彼らを守って防衛陣を完成させた。

 弟分や妹分たちの手際の良さを眺めながら、セイコはゆっくり杯を置く。

 立っていたカナミは構えずとも、既に臨戦態勢だった。

「どこの姉ちゃんだ? 隠れてないでつらぁ見せな」

 声で女性だと判断したセイコは、焚き火の明かりが届かぬ闇の奥に隠れている者に呼び掛けた。気配は掴めているが姿は見当たらない。

 隠蔽いんぺい系の技能なのか、セイコの眼力を以てしても捉えられなかった。

 闇の奥から衣擦れが聞こえてくる。

 それと同時に淑やかな足音が、こちらへ近付いてきていた。

「失礼ながら立ち聞きで伺っていれば、戦いこそを至上とする戦闘能力第一主義と聞いた穂村組も一枚岩ではないようですわね……いいですわよ」

 もっと揉めなさい、もっと争いなさい、もっといがみ合いなさい。

 もっともっともっと──憎しみ合いなさいな。

「他者を決して認めないことこそが、人間の負の本質なのですから……」

 闇の彼方から姿を現したのは、その闇で身も心も発する言葉さえも真っ黒に染め、あまつさえ身を飾る衣装まで闇色に染めた1人の淑女だった。

 ヴィクトリア朝を彷彿ほうふつとさせる漆黒のドレス。

 ドレスではあるが、これは喪服のたぐいだろう。

 頭には装飾こそ凝っているがやはり闇色の帽子を被っており、そこから表情が透けて見えないくらいの黒で織り上げられたベールが垂れている。

 豪奢ごうしゃなドレスを着込んでいるが痩身の女だ。

 声こそ張りがあって良く通るが、中身は案山子かかしのように細いだろう。

 ドームのように盛り上がったロング過ぎるスカートを草原の地面に引き摺るのも構わず、時代から取り残されそうなとろい歩調で歩いてくる。

「おい女、不用意に近付くんじゃねえよ!」

 血の気の多い組員の1人が前に出ると、闇色の女にいちゃもんを付けた。

 そのつらを拝むつもりか、ズカズカと近付いて顔を覗き込む。

「やめろテツ! その女は……ッ?」

 セイコは弟分を愛称で呼んで制そうとした。

 この女──セイコの走査スキャンが正しければLV990以上だ。

 だからこそセイコもカナミも迂闊に手を出さず、相手の出方を窺っていたというのに、未熟な彼は実力差を推し量れなかったらしい。

 テツと呼ばれた組員が、闇色の女の顔を間近で見ようとする。

 すると闇色の女は、細い首を少し回してテツの耳に口元を近付けた。

「………………………………」

 セイコには聞こえなかったが、闇色の女はテツに何かを囁いたらしい。

 囁かれたテツはピタリと動きを止めた。

 どうしたのかと見守っていると、テツの顔色が見る見るうちに青ざめていくのが見て取れた。目元にはタヌキ顔負けのくまが浮かび、あっというまに頬が痩けて、逆立てていたほうきみたいなヘアスタイルまで萎れていく。

「……はぁぁぁぁ……だ、だ……ダメ、だ……はぁぁぁぁっ……」

 まるで鬱病うつびょうを患ったかのように陰鬱いんうつな溜息を吐く。

 テツの身体は映像再生を100倍速で見ているかのように衰えていき、セイコに憧れて鍛えてきた身体はあっという間に痩せ衰えていく。

 肉は一片も残さずに削げ落ち、骨と皮だけになる。

 その皮さえも朽ちていき、髑髏どくろの顔になれば眼球も舌も鼻も溶け落ちて、塵となって消えていく。骨を露わにしたテツの内臓はひとつも残っていない。

 やがて……骨までもが崩れ落ちて一握の砂に変わった。

 この間──10秒も掛かっていない。

 現地種族から悲鳴が上がり、組員たちにも動揺が走った。

「おまえら下がれ! その女に近付くな! 耳を塞いで声を聞くな!」

 セイコは立ち上がると同時に一足跳びで最前線へ出て、仲間や現地種族を守るように立ちはだかった。補佐を務めるカナミも横に並ぶ。

 場当たり的な対応だが、闇色の女に通じるかは怪しい。

 恐らく――音や声を媒介にした過大能力オーバードゥーイング

 さっきのテツのように不用意に耳を貸せば、数秒で塵に還るほどの呪詛じゅそみたいなものを吹き込まれるのではないか? セイコはそう推察すいさつした。

 さて、どうするか? 

 肉弾戦なら勝率はありそうだが、搦め手からめてを使う相手は油断できない。

 何よりこの女は──得体が知れないから恐ろしい。

 ここは安全策を選びたい。仲間たちに現地種族の子らを任せて逃がし、セイコが殿しんがりを務める。誰1人こぼさない撤退戦を選ぶべきだろう。

「ああ、失礼。申し遅れましたね──私はサバエ・サバエナス」

 サバエと名乗る女は、スカートの左右をつまみ上げて恭しく一礼する。



 この世界を滅ぼす者たち──“最悪にしてバッド・絶死をもたらデッド・す終焉”エンズ



「その1人に数えられる者ですわ。どうぞお見知りおきを……」

 冥土の土産・・・・・にでもしてくださいな、とサバエはくら笑声しょうせいを漏らした。

「……生かして帰す気はねぇってか」

 セイコは舌打ちしながらも覚悟を決めた。最悪、自分が死んでもカナミや仲間たちが万魔殿まで逃げ切れば勝ちだと思っている。

 その覚悟を踏みにじる声が──耳朶じだを打った。

『サバエェェェ……お腹空いたよォォォ……サバエェェ、ひもじいよォォォ』

 伏兵がいる。気配は掴みにくいが、こいつもLV990クラスだ。

 格上が2人かよ!? とセイコの覚悟も揺らぎそうだ。

 子供じみた謎の声に、サバエは年の離れた小さな弟をなだすかす面倒見の良い姉のような声で答える。

「あらあらオセロット・・・・・、もうお腹空いちゃったの? 駄目ねぇ……さっきエンシェントドラゴンをつまみ食いしたばかりじゃない。燃費悪すぎよ」

『ゴメンよォォ、サバエェェ……でも、お腹がペコペコでェェェ……』

 ねえ──こいつら食べちゃってもいい?

 その一言が聞こえた瞬間、セイコは黒目が点になるほど刮目かつもくした。

「そこかぁ──ッッッ!!」

 セイコは全力全開の足下の地面を踏み抜いた。

 中国拳法でいうところの震脚しんきょく(足で地面を強く踏み付ける動作のこと)に近いモーションだ。セイコの脚力でやれば地盤が割れる。

 マグニチュード8クラスの大地震にも見舞われた。そして──。

『いっ……痛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁいいいいッッッ!?』

 サバエがオセロットとか呼んでいたもう1人にもダメージを与えられたらしい。やはりセイコの読み通り、こいつは足下に潜んでいたのだ。

「おまえらぁ! なりふり構わず逃げろ! 逃げるんだッ!!」

 ケツ持ち・・・・はおれがやる! とセイコは言葉を続けるつもりだった。

 しかし、それは叶わなかった。

 セイコが踏み割った大地。最初は縦横無尽に亀裂が走っていたのだが、やがて東西を結ぶように一直線の縦に割れた長い亀裂が目立っていく。

 その亀裂がぱっくり割れると──亀裂の上下に歯が並んでいた。

 獣のように尖った牙なのに人間に似た歯並び。

 縦に割れた大きな亀裂に、その牙のような歯がズラリと並んでいるのだ。

 こいつは──オセロットとかいう野郎の口か!?

 気配からしてデカい奴だと予想していたが、口の大きさで規格外とは……エンシェントドラゴンをつまみ食いしたという時点で気付くべきだった。

 地を裂くオセロットの大口がセイコたちを飲み込まんとする。

 奈落の底まで続いているとしか思えない大口は、恐るべき吸引力でセイコたちを飲み込もうとしていた。みんな飛行系技能で必死に飛ぼうとするが、奈落へ吸い込む力の方が絶望的に優っていた。

 よろけるカナミを抱き寄せ、セイコも全力で飛び立とうとする。

「こっ、こんな巫山戯ふざけた終わり方……納得できるかぁぁぁぁぁーッッッ!!」



 セイコたちは──最後の最期まで死力を尽くして抗った。


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