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第11章 大開拓時代の幕開け
第272話:ハトホルミルクはママの味
しおりを挟む移動式の屋台といえば、ツバサたちの頃には車を改造したものが主流だったが、師匠の昔話ではリヤカーで作ったタイプが一般的だったらしい。
屋台で食べるラーメンやおでんが最高だったと……。
『ツバサの世代じゃ“チャルメラ”なんて言ってもわかんねぇだろうなぁ』
『知ってるぞ、インスタントラーメンだよな』
『そうだけど違う! 違う違う、そうじゃねぇんだよなぁ……』
師匠は寂しげな苦笑で頭を振っていた。
クロコの引いている屋台を見ていたら、ふと師匠との懐かしい記憶を刺激されてしまった。彼女の移動型屋台もリヤカータイプなのだ。
形こそリヤカーだが、自転車より頑丈そうな車輪以外はすべて木製。
屋根を初めとした全体的なフォルムは和風である。
昭和どころか大正レトロを感じさせる風情のリヤカー屋台を、メイド姿のクロコが引いているのが何ともミスマッチだった。手伝いをするメイド人形も付き添っているから尚更である。
ただし、彼女たちのメイド服はいつもと異なっていた。
さっきセイメイの酒屋でジョカが着ていたような、大正ロマンを感じさせるデザインだった。普段のメイド服と違うのでコスプレっぽい。
「そんなクロコの売っているのが……飴か」
「正しくは飴細工。職人の技術力が試される細工菓子です」
屋台には棒を突き立てる台が階段のように設置されており、そこに並んだ棒には可愛らしく形作られた色取り取りの飴細工で飾られてた。
ウサギ、リス、ネコ、サカナ、トリ、イヌ……。
子供向けを意識したラインナップだ。デザインもリアル志向ではなく、ファンシーなものだ。彩り鮮やかな花を象ったものもある。
凝った作りをしたものはペガサス、ドラゴン、グリフォン、etc……。
幻想の動物(真なる世界には普通に生息するが)をモデルにした飴細工もある。
その造形美も大したもので、今にも動き出しそうだった。
そして案の定ツバサやミロ、それにハトホル一家をモデルにした人型の飴細工も並んでいた。数だけなら一番多いように見える。
もう慣れてきたが、まだ気恥ずかしさはつきまとう。
しかも、飴細工とは思えぬ精巧さだ。
ちょっとしたフィギュア並みの完成度である。
先ほどミロがジンから貰ったフィギュアが1体数万円の高価なものだとしたら、この飴細工はUFOキャッチャーで取れるプライズ製品。
完成度は比べるまでもないが、飴細工としては破格の出来映えだ。
そんなクオリティの飴細工が量産されていく。
作っているのは、屋台で手伝いをするメイド人形たち。
クロコのリヤカー屋台が止まると、種族の子供たちが集まってきて我先に屋台へ群がる。メイド人形たちは二手に分かれており、接客を担当する者と、職人技で飴細工を作っている者がいた。
まだ加工されていない飴を大きな釜からすくって棒に巻き付け、熱いうちに指先や和バサミを使って形を整えていく。
お客である子供たちがリクエストを口にすれば、大抵のものは即興でこしらえていく手際の良さまで持っていた。
その熟練した手業にツバサも感心する。
「器用なもんだな。これ、わざわざ技能を習得したのか?」
「調理系技能の派生でしたので造作もありませんでした」
ツバサの問いにクロコは楚々と答えた。
メイド人形はクロコが錬金術師系の技能で創り出した被造物。
いわゆる人造人間や自動人形に近い従者なのだが、ダインの協力もあって高性能な人工知能を獲得し、その性能は格段にアップされていた。
メイド人形の性能は──クロコの習得技能に準ずる。
だからクロコに「習得したの?」と尋ねたのだ。
見境のない変態だと自認する駄メイドが屋台を出す……と聞いて一抹の不安どころではない胸騒ぎを覚えたが、この飴細工を見て胸を撫で下ろした。
安堵はしたものの──疑いは拭いきれない。
隙あらばエロスを求めて変態行為をぶっ込んでくるか、ツバサに女であることを意識させて恥じらう様を「尊い……尊い……」と呟きながら観察するか、最終的に怒られてツバサから拷問レベルの折檻をされる。
その折檻を「ご褒美です!」と言い張るのだから始末に負えない。
そんなクロコが飴細工を売ってるだけ?
とても信じられないツバサは、不信感も露わにクロコを見据える。
「嗚呼、ツバサ様からの軽蔑の眼差しを……か、感じますッ!」
「どう感じてるんだよ、この性欲魔人」
クロコは恍惚の表情で身震いするが取り合わない。
恍惚の表情を笑顔のように取り繕い、無表情がデフォルトな彼女にしては珍しく愛想を振りまきながらミロたちを手招いた。
「さあ、お子様たちもいかがですか。屋台に並んでないものがあれば、どうぞ遠慮なくクロコやメイドたちにお申し付けください」
すぐにお作りいたしますので、とクロコも和バサミを手にした。
衛生面を考えて、飴をいじる指には衛生手袋を着用する。
子供たちは当然のように食いついた。
「アタシはモチロンツバサさん一択で! おっぱい特盛りで!」
「ワ、ワタシもセンセイがいいです! おっぱい大きめで!」
「そんじゃあアタシはツバサさんとミロさんの欲張りセットで!」
「イヒコさん、それ……最高です! 私も父様と母様のセットをお願いします!」
「じゃあ、自分も母上とママ上のセットがいいでゴザル」
「ぼくは……ツバサさんでお願いします」
ミロを筆頭に、子供たちは矢継ぎ早にリクエストを飛ばす。
「おまえら……違うもの頼みなさいよ」
ツバサは渋面で注意を促すくらいしかできない。
結局、全員ツバサ(セットでミロ)の飴細工を希望した。いつも本人が傍にいるというのに、どうして二次創作を欲しがるんだ?
声を大にしてツッコミたいが、無粋なので控えておいた。
子供たちが喜んでいる──それで十分。
ツバサの中にいる神々の乳母はそう囁くのだが、おっぱいやお尻を強調された飴細工ができる度、男心は「そんなもん作るな!」と騒がしい。
しかし、子供たちの幸せそうな笑顔があれば神々の乳母は無敵となる。
こうなるといくら男心が騒いでも太刀打ちできない。家庭内ヒエラルキーで上にいる姉に逆らえない弟のようなものだ。
どんなに反抗しようとも鼻であしらわれてしまう。
脳内で神々の乳母という女性的な自分と羽鳥翼という青年な自分を言い争わせるツバサは、ぼんやりとクロコが飴細工を作る工程を眺めていた。
飴細工にも色々あるのだろうが、クロコが用意したのはモチ米などの穀物類から抽出したデンプンを原材料にした水飴だ。
それに砂糖をたっぷり加えて練っている。
こうした水飴の甘さは大して強くはなく、ほのかなものだから砂糖で補っているらしい。そうして練られた水飴を棒に付けて成形していく。
その過程で食紅を混ぜて色を付けている。
ツバサの人形を作る場合、肌色は練り込んでいくうちに空気を含んで白くなるのでそのまま使い、黒髪や赤いジャケットなどを作る時は用意してある黒や赤の食紅を混ぜ込んでいた。
「…………おい、ちょっと待て!?」
大きな釜でメイド人形が水飴を練っている時、材料の1つに見覚えのあるものを混ぜているのが目についた。
一抱えはあるミルク缶──その中を満たす乳白色の液体。
一見すればただの牛乳だが、そのミルク缶と中身の液体にツバサは嫌と言うほど見覚えがあった。できれば目を背けたいが、それもできない。
あれは──ハトホルミルクだ。
現在進行形で釜の中で練られている飴を見つめながら固唾を呑む。恐らく、あれが初めてではない。これまでの飴にも混ぜられたはずだ。
牝牛の女神とも称される、自分の乳房から搾られたミルクが──。
これを知ったツバサは、顔を真っ赤にしてハッとなる。辺りを見渡せば、様々な種族の子供たちが美味しそうに飴細工を食べていた。
完成度の高いツバサたちを象った飴細工はお土産にしている。
お土産用とは別に貰った飴を、子供たちは美味しそうに舌を伸ばしてペロペロと飴を舐めている。大きな飴は唇で吸いつくようにチュパチュパと舐めており、小さくなれば口に頬張ってクチュクチュと溶かしている。
ツバサは──悩ましい錯覚に襲われた。
子供たちの食べている飴にハトホルミルクが含まれていると知った途端、それを子供たちが美味しそうに食べているとわかった瞬間、この場にいる子供たちに乳を吸われている感覚に囚われたのだ。
ミロを初めとした、ハトホル一家の子供たちも飴細工を食べ始める。
娘のように愛おしいククリもだ。
ただでさえツバサの爆乳は敏感になっており、性感帯の地雷原みたいな有り様に成り果てていた。その乳房に愛して已まない子供たちが一斉に吸いついてくる。
そんな錯覚に陥ってしまった。
愛撫もされてないのに乳房から莫大な快感が沸き上がり、かつてないほどの勢いで母性本能が満たされていく充足感を覚えてしまう。
やがて──乳房がドクンと脈打つ。
乳腺が爆ぜるような感覚、そこから生じた膨満感が乳房を満たす。
俗に「乳房が張る」という感覚が見舞われた。
しかも、かつてないほど強烈にだ。
普段ならばジワジワと張ってくるものだが、いきなり大量の母乳が増産されたように感じる。乳腺が弾け飛びそうな熱い爆発感に息が詰まりかけたほどだ。
胸の頂点が痛いほど硬く尖り、熱いものをしとどに漏らす。
一瞬、男の頃の絶頂感にも似た感覚を思い出した。
ただし、それを感じたのは2つの胸の突端からだったが……。
無意識のうちに子供へ授乳する母の喜びに浸っていたツバサは、軽い絶頂を迎えたような気持ち良さを経て我に返ると、胸の先端が濡れそぼっていることに気付いて赤面させられる羽目になった。
「う、嘘だろ……ま、ま、まさか……ッッッ!?」
誰にも気付かれない小声で囁きながら狼狽え、誰にも悟られぬように平静を保ちつつも男心が打ちひしがれるほどの恥辱に嘆いた。
ミロを初めとした一家の子供たちのみならず、ハトホルの国に暮らす大勢の子供にハトホルミルクを与えていると知っただけで神々の乳母の幸福ゲージが振り切れ、授乳の妄想という快感だけで達してしまったのだ。
おまけに──ハトホルミルクが漏れてきている。
しかもダダ漏れと来た。
縁日用の着物をコーディネイトしてくれたファッションデザイナーの2人から「着物の時は下着はつけません!」と力説されたが、ハルカから「念のために」と渡された母乳パッドを仕込んどいて正解だった。
そこまで締まりのない胸じゃない! と断ったのだが……。
「し、締まりのないおっぱいだった……こ、こんな粗相を……」
だらしない自分に愕然として思わず泣き崩れそうになる。それ以上に軽い絶頂を迎えたせいで腰砕けになりそうだった。
しかし、子供たちの手前もあるので懸命に堪える。
着物の中ではムチムチの太股がガクガクと震えていた。
ホクトとハルカに「着物にラインが浮かぶからショーツも穿いちゃダメよ!」と念押されたため、ノーブラノーパン状態なのも災いとなっていた。
今の絶頂で、下半身もいけないことになっている。
ショーツがあれば受け皿になっただろうが、快感によって溢れた愛液が秘所を濡らして太股まで垂れてきていた。
辛うじて着物を汚してないが……これはヤバい!
幼稚園の頃にお漏らしをした恥ずかしい記憶を思い返すが、羞恥の度合いは比較にならない。男としても情けなくて泣きそうだった。
しかし、子供たちの笑顔に囲まれていると多幸感は募る一方。
鰻登りで上昇していく幸せな気持ちによって母性本能が焚きつけられ、また乳房が張り詰めてミルクがあふれてくる。乳房が張るだけで切なくて苦しいのに、子供たちを眺めていると幸せで堪らない。
神々の乳母──その母性本能と女性的快感が相乗する。
母として幸福と女としての快楽が螺旋状に重なり合い、いつ果てるともしれない悪夢的スパイラルによって、良くも悪くもツバサを性的に嘖んだ。
息をするだけで甘い吐息となり、声を漏らせば嬌声となりかねない。
ツバサは女と母の快感に酔いしれながらも、必死で理性を保つことに努めた。
「──ご満足いただけたようでございますね」
ふと耳朶を打つ囁きに振り向けば、耳元にクロコの顔があった。
無表情のくせして、どこかほくそ笑んでいる。
その顔に腹が立ったツバサは、快感のデススパイラルからなんとか脱することに成功し、快楽によって乱れかけていた呼吸を整えようとする。
「クロコォ……て、てめぇ……ッッッあぁ!?」
凄んだ瞬間、気を入れた拍子にまたハトホルミルクが漏れる。
その気持ち良さに嬌声をこぼしかけたが、歯を食いしばって押し殺した。
右手の拳も色が変わるほど握り締める。
快感に打ち震えるも表情に出さぬよう努力するツバサだが、その背筋を、クロコが人差し指で“ツツツゥ……”となぞってきた。ただでさえ我慢している時にこういう刺激はいけない。本当に変な声が出そうになる。
幸いなことに快感を帳消しにするほどの怒りがこみ上げてきたので、それを糧にどうにか持ち堪える。こめかみの血管は切れる寸前だった。
変態なれど有能な“できるメイド”のクロコは、ツバサのわずかな機微を察することができる。当然、ツバサが大爆発を起こすレベルで激怒していることは、怒らせた張本人だからわかっているはずだ。
それを承知で──更にツバサを煽ってきた。
ツバサの背中にある性感帯を知り尽くしているかのような指捌きでじっくり指を這わせながら、上目遣いでねっとり微笑みかけてくる。
「お子様たちにハトホルミルクを飲まれていると自覚しただけで、女と母の悦びを二乗掛けを越える勢いで感じてしまい、その豊満な女神の肉体を一度たりとも愛撫することなく、妄想だけで絶頂に達して、大勢の子供たちの前でひっそりと、でも大胆に母乳や愛液を漏らして悦に入る……」
ツバサ様──今どんなお気持ちですか?
感想を求めてくるが、ハッキリ言って言葉責めだこれ。
無論、ツバサの男心はかつてない屈辱に塗れていた。過去最高の恥辱といっても過言ではない辱めを現在進行形で体感中である。
怒りの炎に薪どころかガソリンを注ぎ込まれた気分のツバサは、子供たちの手前なのでキレはしないが、クロコへ静かに言い付けた。
「クロコ、おまえ……あとで覚えてろよぉ……?」
恨み骨髄に徹す、重苦しい声で想像を絶する報復を約束した。
「拷問を超越したお仕置きですね!? ありがとうございますッ!」
これをクロコは──最高の笑みで承る。
「最新鋭の拷問器具を取り揃えてお待ち申し上げておりますわ!」
「……どうやったらお仕置きをそんな喜べるんだよ」
クロコは官能的な微笑みを浮かべると、顔で体液が出る器官から涙やら鼻水やら鼻血やら涎やらを垂れ流して「待ちきれない!」と歓喜した。
このお仕置き目当てで、ツバサにセクハラ行為をかましてくるのだ。
怒れば怒るだけ喜ぶし、叱れば叱っただけ感じて、説教すれば楽しみ、お仕置きをすれば拷問みたいな責めを求める……。
「……そっか、構うからいけないんだ」
閃いたツバサはポン、と手を打った。
「クロコに罰を与えたければ徹底的に無視して……」
「放置プレイですね!? ご褒美です! ありがとうございます!」
「おまえマジで無敵だな!?」
いつぞや「ほぼ全属性を網羅しています」と豪語していたが、大概の責めは快楽に変換できるらしい。ダメだ、ツバサでは手に負えない。
クロコに対する怒りで、落ち着くことには成功した。
快感の余韻は引き切らないし、まだ子供たちにハトホルミルクを飲まれているという錯覚は消えないものの、平常心を保つぐらいのことはできた。
どうやら──女神の肉体にも慣れてきている。
それは羽鳥翼という男心からすれば好ましくない兆候だが、神々の乳母となったツバサは受け入れざるを得なかった。
胸の母乳パッドが湿ったり、下半身の秘所がまずいことになっているが、そんなことはおくびにも出さずにツバサが表情を取り繕っていると、ツバサ型の飴細工をしゃぶっていたミロがこちらに近寄ってきた。
抱きついてくるかと思いきや、横切ってクロコの前に立つ。
彼女のメイド服のスカートを子供みたいに掴んでクイクイッと引っ張るミロは、クロコを見上げてお願いするように言う。
いつもより幼くしおらしく愛らしい仕種で、ミロはこう言ったのだ。
「ダメ……ツバサさんに変なことしちゃダメ……」
この訴えを聞いたツバサとクロコは──凄まじいショックを受けた。
それこそ高圧電流が全身を走ったような衝撃だった。
クロコが女体化したツバサをセクハラで弄くる時、大抵ミロはクロコ側についてツバサを囃し立てる。そうしてツバサが困るのを楽しんでいた。
しかし、今回はツバサの味方をしてくれたのだ!
あまつさえ、悪ふざけに走るクロコを諫めてくれたのだ!!
「ミロ、おまえ……ッ!」
ツバサは感激のあまり目元を涙であふれさせると、ミロを思いっきり抱き締めていた。母性が高まりすぎてハトホルミルクもあふれそうだが構うものか!
こんな健気で可愛らしいミロは希少だった。
どうやら着替えた時のやり取りが響いているらしい。
ツバサの機嫌を損ねてお祭りを台無しになるのを恐れてのことだろうが……ミロがこんなにも素直で幼気な振る舞いが愛らしくて仕方ない。
そしてクロコは──身悶えていた。
「ミロ様がツバサ様をネタにいじるのではなく、ツバサ様を慮るなんて……なんて……なんて尊いッ! 姉のようで母の如きツバサ様を案じる、妹にして娘でもあるミロ様の健気さが……ああっ、こんなにも尊いだなんて……ッ!」
畏まりました! とクロコも即座に了承した。
尊すぎる百合の瞬間に立ち会えたことで、クロコの性癖も満たされたらしい。涎と鼻血と感激の涙をダダ漏れのままツバサとミロに跪いた。
抱き締めたミロの頭にツバサは乳房を乗せる。
その体勢からミロの頬を撫でて愛でるツバサは、傍らに従者らしく傅いたクロコに棘だらけの視線を送りながら問い詰める。
「しかしクロコ、おまえ勝手にハトホルミルクを持ち出したな?」
ハトホルミルクは万能薬である。
万能霊薬に勝るとも劣らない……もしくは匹敵……いや、総合的な効果を鑑みれば万能霊薬をも超越する究極の霊薬だった。
神族・地母神にして“乳母神”という技能を得たツバサは、このハトホルミルクを止め処なく溢れさせるようになってしまった。具体的に言えば、朝晩数リットル単位で搾り出さなければ乳房が張り詰めて苦しくなるくらいだ。
まさに牝牛の女神、ホルスタイン顔負けの搾乳量である。
「──誰がホルスタインだッ!?」
「「いいえ、言ってません!!」」
ツバサが自分の脳内独白に1人ノリツッコミで怒鳴ると、これ以上の怒りは買えないミロとクロコは真剣に訂正を求めてきた。
「と、とにかく……ハトホルミルクを勝手に持ち出したな!?」
バツが悪いツバサはクロコを指差して糾弾した。
ハトホルミルクは万能薬であると共に、まだ身体のできあがっていない子供たちに飲ませれば、病知らずの健康体に成長させる効能もある。従来の牛乳を遙かに超えた栄養バランスを誇る超機能食材なのだ。
そのため、ハトホル陣営では食材として重宝していた。
今回、種族の子供たちに飴細工という形で振る舞うことになったが、そこは大目に見よう。しかし、無断で持ち出したことは見過ごせない。
クロコは顔を汚していた様々な体液をハンカチで綺麗に拭き取ると、いつもの無表情でしれっと言い返してきた。
「いいえ、無断ではありません──ちゃんと許可をいただきました」
「許可だと? 俺は出した覚えが…………あ」
数日前──台所でクロコに尋ねられたことがある。
『ツバサ様、貯蔵してあるハトホルミルクを分けていただけませんか?』
何に使うつもりだ? とツバサは訝しげに問い掛けたが、クロコは素知らぬ顔で眼を閉じたまま短い言葉でこう答えた。
『──お子様たちに振る舞います』
子供たちのおやつ作りに牛乳の代わりとして、ハトホルミルクを使うことは許可していた。なのでツバサはクロコの言葉を信じて許可を出した。
クロコは神族・御先神──。
この御先神という神族は主人と定めた者に絶対服従する代わりに、主人のために働くならば永続的な強化が望める。縛り要素のある種族だった。
クロコの勤務態度を見る限り、甚だ怪しいのだが……。
しかし、ツバサに嘘をつけば針千本飲むどころではないペナルティを受けるはずなので、嘘はついてないと判断してハトホルミルクを分けてやった。
「それが……これか?」
クロコの屋台で配られている飴細工を頬張る、種族の子供たち。
どの子にも成長にまつわる強化がついていた。
身体が弱そうな子供は、飴を舐める度にそれが改善されていく。
その乳を飲んだ子供は必ずや健やかに育つ。病にかかることはなく、怪我を負ってもすぐ治り、よく食べよく眠りよく遊ぶ元気な子供となる。
まさに──栄養満点なハトホルミルクの恩恵だ。
ツバサは困ったような苦笑いを浮かべてクロコに振り返る。
クロコは「ご理解いただけましたか?」と言いたげな素振りで、大正ロマン風なメイド服のスカートを両手で摘まみ、女中らしく頭を下げた。
「お子様たちに振る舞う──私、嘘偽りを申しておりませんよね?」
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