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第5章 想世のケツァルコアトル
第125話:想世のケツァルコアトル
しおりを挟む召喚魔法のバリエーション──眷族召喚。
読んで字の如く、自らの眷族を喚び出すための魔法である。
ツバサが相手を眷族だと認め、その者が眷族としてツバサを主人と認めれば成立する召喚魔法だ。この場合の主人とは、その認識に多少の差はあってもリーダーくらいに思っていればOKらしい。
でなければ、あのひねくれ者が召喚に応じるわけがない。
ジャングルの上に敷かれた巨大魔法陣。
そこから迫り上がってきたのは、宇宙戦艦と見紛うばかりの飛行船。
双胴硬式飛行戦艦──ハトホルフリート。
外部スピーカーをキンキン鳴らして、舎弟口調な少女の声が響いた。
『呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン! ずっとスタンバってたッス!』
どうやら操船しているのはフミカらしい。
あれの舵取りは本来なら長男ダインの仕事なのだが、今日は新妻であるフミカに任せたようだ。そのダインはといえば、ハトホルフリートの後ろにいた。
全長60mを超える鋼鉄の大巨神──グレート・ダイダラス。
サイボーグであるダインが、巨大トレーラー『ダインローラー』と変形合体して巨神王ダイダラスとなり、追加武装として建造された巨大機龍『テンリュウオー』と『チリュウオー』とともに三身合体するとこうなる。
西洋風ドラゴン型メカのテンリュウオーが上半身、東洋風龍型メカのチリュウオーが下半身、ダイダラスは手足を折り畳んで胴体を形作る。
この合体についてはミロが──。
『初代ガン○ムみたいな合体! もしくはガン○ルガーに似てる!』
──と食い気味だが、ツバサにはさっぱりわからない。
最初から3体が合体した状態で、ハトホルフリートの後ろで腕を組んだ仁王立ちをしている。その割には追加の火器などは装備していない。
腕組みして仁王立ちのまま迫り上がってくる巨大ロボ。
はて、どこかで見た構図だが……?
『よっしゃあああーッ! 新兵器のお披露目じゃあッ!!』
こちらもスピーカーから威勢のいいダインの声が聞こえてくる。
どうやら別口の装備を準備していたらしい。
ハトホルフリートが完全に浮かび上がると、それを追うように魔法陣から飛び出してきたのは黒いたてがみをなびかせた白銀の龍だった。
起源龍──ジョカフギス。
この真なる世界を創造した太古の龍だというのに、何を血迷ったかツバサの末娘になると言い出した挙げ句、老け顔の酒飲み穀潰しの嫁になってしまったという、情報量が多すぎて経歴を説明するのが難しい娘だ。
普段は身長2m10㎝もある美少女の姿をしているが、今日は戦闘のために本来の姿である巨龍となって現れた。
龍となったジョカは、ハトホルフリートを取り巻くように飛んでいる。
そんな彼女の頭部──額に黒い影が佇んでいた。
漆黒の長羽織をマントのようにはためかせ、黒い着物に黒い袴。腰には大振りな二本差しを帯びた、無精ヒゲが似合う素浪人みたいな男だった。
黒衣の剣豪──セイメイ・テンマ。
ツバサの知る限り、現実においてもVRMMOにおいても、剣術においてこの男の右に出る者は1人としていない達人の中の達人である。
ただし、非常にむらっ気の強い男でもあった。
やる気スイッチが入りにくいらしく、滅多に本気を出さないのだ。
本気のセイメイには――ツバサでも勝率が下がる。
ジョカに一目惚れしたのを幸いに、ハトホルファミリーの“食客”という名目で養っている。正しくは飼い殺しなのだが──。
早い話が用心棒、ブッタ斬ってナンボの商売である。しかも戦力として換算すれば一騎当千の豪傑100人前はあるので荒事が求められる場面では役に立つ。
あの大量のシャゴスを片付けさせるには打って付けの人材だった。
ジョカの頭に立つセイメイは、寝ぼけ眼で生あくびをした。
「ふぁぁぁ眠ぃ……なんだよ、こんな夜更けに働かせんじゃねーよなぁ」
普段は昼間っから大酒かっくらって縁側でごろ寝してても大目に見てやってるんだから、こんな時ぐらい働け穀潰し!
そう叫ぼうとしたツバサだったが──。
「もうそろそろ朝だよ、我が家の穀潰しなんだからこんな時ぐらい働きなよ」
ジョカがツバサの代わりに窘めてくれた。額の上に立つセイメイを、寄り目っぽい上目遣いで見つめている。
さしもの剣豪も、愛する嫁の純真な眼差しには弱いらしい。
「へいへい、わかりましたよーだ……」
不承不承にあくびを噛み殺すと、寝ぼけ眼を鋭くする。
フミカ、ダイン、セイメイ、ジョカ──ひとまず召喚には成功した。
これが話していた“対策”だ。
偵察のつもりで藪をつついたら蛇が出た。
そういう事態に陥った時のため、ツバサがSPを費やして召喚魔法をバージョンアップさせたのだ。
これで、いつでも家族を召喚できる。
ついでに召喚できるサイズの限界も試すため、ジョカは巨龍の姿に戻させておき、ダインにはダイダラスやハトホルフリートを【不滅要塞】の格納庫から出しておいてもらったのだ。
あれだけ巨大なものでも家族なら苦もなく呼び出せる。
自分の技能ながら桁違いの効果に、ほんの少し引いてしまった。
本当に──本物の神となりつつある。
それはツバサに限った話ではなく、プレイヤー全般に言えることだが。
合体変形ロボ、巨大な龍、宇宙戦艦みたいな飛行船。
それらの登場を目の当たりにしたアハウは唖然としていた。
「なんとまあ、話には聞いていたが……ツバサ君、君の家族はスケールが大きいのだな……いや、これは規格外というべきなのかな……?」
確かにスケールだけなら規格外に大きい。
アハウの感想を褒め言葉と受け取ったツバサは、爆乳を誇るように胸の下で腕を組むと、ちょっとだけ偉そうに背を逸らした。
「ええ、自慢の家族ですから──」
「その自慢の家族だけど、親方のオッチャンとトモちゃんがいないよ?」
ミロは額に手を当ててキョロキョロと2人を捜す。
気配探知の技能でハトホルフリート内にもいないのがわかるはずだ。
「2人は留守番だよ。俺たちの拠点を空にするわけにはいかないだろ」
ツバサはアハウとミロたちを連れてハトホルフリートへ向かう。
途中、召喚した4人に大声で呼ばわった。
「まごまごしている時間はない、すぐにシャゴスが群れで出てくるぞ! ダイン、セイメイ、お前たちがメインだ! フミカとジョカはサポート!」
ツバサは仲間たちに発破をかけ、役割を振り分けた。
~~~~~~~~~~~~
「マリナ嬢ちゃん、乗り心地はどうぜよ?」
「ちょっと大きいですけど……大丈夫みたいです」
マリナはグレート・ダイダラス内にあるコクピットに移っていた。
ダインはメイン回路としてダイダラス本体に組み込まれているので、このコクピットはサポート役が乗るために用意されたものだ。普段ならフミカが乗るか、「巨大ロボを操縦したい!」とワガママを言うミロが乗っている。
今回マリナを乗せたのは──ある対策のためだ。
「ほんじゃあ化け物共が来る前に……新兵器にお披露目ぜよ!」
ダインの過大能力──【幾度でも再起せよ不滅要塞】。
自分の道具箱内を超巨大な要塞にして工場とするダインの能力により、にわかに空が曇ると雷鳴を轟かせて【不滅要塞】から何かが発進する。
「来い、3番目の龍王──ゴウリュウオーッ!」
テンリュウオーともチリュウオーとも違う──3体目の機龍だ。
全長60m級、グレート・ダイダラスと並ぶ巨体を誇る。
そのフォルムはドラゴンでも龍でもなく、どちらかと言えばティラノサウルスのような肉食恐竜に似ているが、それにしては姿勢がいい。
この機龍は──あの怪獣によく似ていた。
「スッゲーッ! ゴ○ラじゃん! てかメカ○ジラじゃん!」
「ああ……既視感はそれか」
甲板で眺めていたツバサは、横ではしゃいでいるミロの言葉でゴウリュウオーが何をモデルにしたのかを気付かされた。
そう──あれは正しく怪獣王のフォルムだ。
黒を基調としたカラーリング。ところどころはシルバーをあしらっており、怪獣王を模して造られたメカ怪獣まで思い出させる。
安定感のある重厚な足でジャングルに降り立ち、異様なくらい長い尻尾でバランスを整えている。そして、怪獣らしく遠吠えを上げるゴウリュウオー。
「こいつ単体での性能も試せると思うちょったが……アニキからお急ぎとのお達しじゃ。ちくっと早いが本領発揮と行くぜよ!」
ゴウリュウオー! グランドアーマーモード!
ダインの掛け声でグレート・ダイダラスは空へと舞い上がった。
ゴウリュウオーも足裏のジェット噴射で飛び上がる。
その途中、いくつものパーツに分解していった。頭部、胸部、左右の肩から腕にかけてと、同じく左右の足腰、そして極太の根元から伸びる尻尾。
分解したゴウリュウオーのパーツがそれぞれ変形しつつ、まるで鎧をまとうようにグレート・ダイダラスへと装着されていく。
胸部は胴鎧となり、両腕は大型のガントレットに、両足は上げ底の足甲に、頭部は兜に……こうしてグレートダイダラスは更に巨大化する。
「超巨神王! グランド・ダイダラス──ここに降・臨・ぜよ!!」
全長70mを超える超巨大ロボがここに誕生した。
ゴウリュウオーは追加武装に当たるらしい。
全体が鎧装パーツ、長い尻尾は更なる変形を遂げて武器化する。それはグランド・ダイダラスでも持て余しそうなバカでかいハンマーとなった。
あまりにも鈍重──グランド・ダイダラスでも両腕で持つのがやっとだ。
そのハンマーを見たミロがキャッキャッと騒ぎ出した。
「あれ知ってる! 『光になれーっ!!』ってやつだ!」
「いや、俺も知ってるけど……ダインのはデザインが違うぞ?」
ロボット的なデザインだが、長方形の大きい鋼鉄の塊。
殴打する面にはどちらにも龍宝石に似た、とてつもない大きさの宝玉みたいなものがはめ込まれており、本体には巨大なリボルバーが覗ける。
グランド・ダイダラスは重そうなハンマーを思ったよりも軽々と振り回し、見せ場を作るかのように大見得を切った。
「さすがにあのハンマーは有名じゃのう! しかし、あれを参考にしたところはあれど、こいつはもっと多彩な機能を搭載しちょるんじゃ! その名も……」
サイクロプスハンマー! とダインは名付けた。
巨人の名をつけられたハンマーは、グランド・ダイダラスが握り締めると不可思議ながらも強烈な光を発した。
「ダインさん、来ます! シャゴスの群れが上がってきます!」
そこへダイダラスの中からマリナの声がする。
グランド・ダイダラスの合体が完了すると同時に、大穴の底からシャゴスの群れが泣き喚く声が聞こえてきた。
もう内壁にある遺跡ぐらいまで迫っているだろう。
「タイミングバッチリじゃ! マリナ嬢ちゃん、結界よろしくぜよ!」
「はいです! リフレクトシールド、最大顕現!」
ダイダラス内のコクピットには、搭乗者の技能を増幅させるために龍宝石が組み込まれていた。それがマリナの結界能力を強化する。
大穴を塞ぐように出現する盾型防壁。
すぐそこまで迫っていたシャゴスの大群は、盾型防壁に行く手を阻まれて悲鳴を上げた。しかし、敵も然る者。すぐさま破壊活動に移っている。
「これって……奴らは音で結界を壊そうとしています!」
盾型防壁への攻撃を感じたマリナは、シャゴスたちの武器に気付いた。
マリナ曰く、シャゴスは口から超音波のようなものを発しており、それで結界を破壊しているそうだ。蝙蝠めいているのは外見だけじゃないらしい。
「駄目、長く保ちません……ダインさん、早く!」
「応よ! 足止めしてくれるだけで十分じゃ!」
グランド・ダイダラスは強烈な閃光を発するサイクロプスハンマーを頭上に振り上げて跳躍、盾型防壁で塞がれた大穴に目掛けて振り下ろす。
その時──ツバサはハンマーから自分と同じ波動を感じた。
「サイクロプスハンマー! 地母神の雷撃!」
盾型防壁へと叩きつけられるサイクロプスハンマー。
それは──極大の轟雷を発した。
マリナの盾型防壁を叩き割り、大穴を埋め尽くすほどの雷撃を発生させ、シャゴスの群れを焼き殺して跡形もなく爆砕させる。
大穴の入口に群がっていたシャゴスは全滅だ。
だが、死骸となった仲間を盾にして、複数のシャゴスが大穴から飛び立つ。
ダインとマリナはそいつらには構わない。
「マリナ嬢ちゃん! 次を頼むぜよ!」
「了解です! リフレクトシールド、最大顕現!」
再びマリナの盾型防壁で大穴を塞ぐ。
そこへシャゴスたちがまた群がり、盾型防壁を壊すべく超音波を発するが数秒は持ち堪える。その隙にダインはサイクロプスハンマーを準備していた。
ハンマーのリボルバー部分が回転する。
すると今度は、ハンマーの発する波動がドンカイのものに転じた。
「サイクロプスハンマー! 角力神の震撃!」
またも振り下ろされる巨神の鉄槌。
今度は超強力な振動波が大穴の内側を揺るがし、シャゴスの群れを押し返すように木っ端微塵に破砕する。あれはドンカイの技に似ていた。
あのハンマーには──ハトホルファミリーの力が宿っている。
リボルバー内部に家族それぞれの力を込めた龍宝石が内蔵されており、その場面に応じて最適の力を選んで敵に叩き込むことができるらしい。
「そういやダインにお願いされたことあったね」
ダインの頼みで龍宝石に力を込めたことをミロが思い出す。
「あったな。あれの正体がこれか」
その時が来るまで内緒じゃ! とダインは愉しげだった。
マリナの盾型防壁でシャゴスどもを足止め。
そこへサイクロプスハンマーによる超級の一撃で迎撃する。
これで大多数のシャゴスは片付けられるはずだ。
しかし、ダインがハンマーで叩いてからマリナが盾型防壁を再び張るまでの短い時間に、少なくないシャゴスが飛び出していた。
「そういうおこぼれを処理するのがウチらの役目ッス!」
艦橋でハトホルフリートを操作するマリナ。
ミサイル、レーザー、ロケットランチャー、その他諸々の火器を駆使して、空へと逃れたシャゴスたちを撃墜していく。
しかし、フミカとハトホルフリートだけでは限界がある。
「んで、おれたちが最期のゴミ掃除ってわけか」
めんどくせーなー! とセイメイはおもいっきり愚痴っていた。
「ほらほら、文句言わないの。ゴミ掃除も立派なお仕事だってツバサさんが言ってたよー? 旦那さんが穀潰しとか呼ばれる僕の身にもなってよー」
ジョカはセイメイを頭に乗せ、大穴を中心にジャングルを周回していた。
ダイン、マリナ、フミカ&ハトホルフリート。
この3人で仕留めきれなかったシャゴスを、セイメイとジョカが後始末するように倒しているのだ。セイメイが刀を振るって斬撃を飛ばし、ジョカが稲妻の息吹を吐いて撃ち滅ぼす。
ジョカが高速で周回しており、その輪からシャゴスを1匹も逃さない。
こうしてシャゴスたちはどんどん数を減らしていった。
「……そろそろ終わりかな?」
大穴から飛び出してくるシャゴスの数が目に見えて減り始め、とうとう1匹も出てこなくなった。だが、奈落の底からの地響きは収まらない。
むしろ、これからが本番とばかりに強くなり──。
「来るぞ……本命の登場だ」
世界を軋ませる鳴き声が、奈落の底から木霊する。
ついにシャゴスの王が大穴の縁まで登ってきたのだ。
頭から尾までの長さ、全長だけでも100mを超えている。
甲殻はシャゴスのものよりも発達しており、胸や腹や背中を覆うその姿はまるで亀の甲羅のようだ。大穴から出ると大きく広げた翼を羽ばたかせる。
全体的な大きさだけなら今までの異形の王の比ではない。
シャゴスの王は奇声を──超音波を撒き散らす。
「うおおっ!? グランド・ダイダラスの装甲でもやばいんかッ!?」
「リ、リフレクトシルードでも防ぎきれませんッ!?」
大穴のすぐ近くにいたダインとマリナが真っ先に狙われた。
──ひゅぅるぁぁぁぁぁぁぁああああああああああぁぁぁぁぁぁ……ッ!!
どこからともなく慟哭が聞こえてくる。
それはシャゴスの王が放っていた超音波を相殺する。そして、彼の者の鳴き声を無害なものへと変えてくれたのだ。
いつの間にか、グランド・ダイダラスの肩にアハウが乗っていた。
「これぐらいのことしかできないが……」
せめて手伝わせてくれ、とアハウは心苦しそうに言った。
「なんのなんの、大助かりじゃ……えーと?」
「ありがとうございます、アハウさん!」
まだろくに自己紹介もしていないのでダインは感謝の言葉が詰まってしまったが、そこはできた妹のマリナがフォローする。
自分の攻撃が効かない──シャゴスの王は察したようだ。
こちらの強さも本能で感じ取ったのか、逃げるように飛び立とうとした。
ジャングルが薙ぎ払われそうな強風が巻き起こる。
その翼が──左右ともども斬り落とされた。
「おー、やるじゃんミロちゃん。今のは太刀筋はなかなかだったぜー?」
「ホント? セイメイのオッチャンが言うなら間違いなしだね!」
右の翼は背後からセイメイが駆け抜けながら断ち斬り、左の翼は前方から走っていったミロがすれ違い様に斬り落としたのだ。
武器を封じられ、逃げる手段も失ったシャゴスの王。
ツバサもハトホルフリートの甲板から飛び立った。
飛ぶ直前、ダインに向けて命じるように大声で言い放つ。
「ダイン──かち上げろ!」
叫びながら空を指差す。
このサインだけでダインはこちらの意図を読んでくれた。
「アイアイ、マム! サイクロプスハンマー!」
蛮神の豪速撃! とダインはトモエの力を発揮させる。
ハンマーの殴打する面とは反対側。そこから力の激流が迸る。
それはハンマーの打撃力を爆発的に加速させるジェット噴射となった。
グランド・ダイダラスは力の激流を活かしたまま、下から振り上げるようにしてシャゴスの王の土手っ腹にハンマーを叩き込む。
その威力は、100mの図体を空へと突き上げた。
翼を失いながらも、殴り飛ばされることで空へと浮かぶシャゴスの王。
その真下に──ツバサが滑り込んでいく。
「普通に叩き込んでもいいが……おまえには効きが悪そうだ」
ツバサの右手には灼熱に燃える光球が生まれていた。
それを次第に膨らませながら、ツバサは弟子にしたい彼のことを思い出し、膨れ上がる光球を螺旋状に渦巻かせていく。
完成したのは──日輪の槍。
太陽の力を宿した光球を、細長いドリル状にしたものだった。
「──太陽に穿たれて逝け!」
放たれる日輪の槍は、シャゴスの王を守る甲殻を易々と貫いた。
しかし、日輪の槍は貫通することなくシャゴスの王を串刺しにしており、そこからジワジワと異形の身体を蝕むように業火が広がっていく。
最期には大爆発を起こし、日の出と見紛うほどの明るさをもたらした。
~~~~~~~~~~~~
ナアク・ミラビリスの過大能力──【私の小さな小さな極小世界】。
その能力は“ナノマシン”というものだった。
極小のナノサイズで作られた世界最小の機械──ナノマシン。
ミクロの世界から万物を壊すも直すも自由自在にこなす超極小の機械群。
勿論、ナアクの大好きな改造さえお手の物だ。
ナアクは自身のすべてをナノマシン化しており、これを操ることで自分という肉体を構成しているのだ。だから肉体を自由に変形強化もできるし、攻防一体でどんな形にもなる“雲塊”を湧かせることもできる。
あの雲塊はナノマシンの塊であり、ナアクその物と言えた。
アハウは「クラウドコンピューティングみたいなもの」と予想していたらしいが、それは間違いではないが正解とも言えない。
彼らの前に現れていたアルカイックスマイルの素敵な青年や、その周辺を漂っていた雲塊は、視認できるほど集合したナノマシンに過ぎない。
実際には──この大穴をナノマシンが埋め尽くしているのだ。
ジャジャやツバサやアハウの攻撃により消耗した分のナノマシンは、絶えずそこから補充される。補充した分は大穴に張りついたままのナノマシンが壁面の土などを材料にして、また新しいナノマシンを作り出す。
これにより──ナアクは不死身を成し得ていた。
「彼女とその眷属たちは……みんな飛び立ちましたか」
地上では激しい戦闘の音がする。震動もここまで伝わってきた。
興味深いサンプルだが、もう興味はない。
この数ヶ月で研究を終えていた。最期にツバサたちの相手をして時間稼ぎをしてくれればいい。その隙にナアクはここから立ち去るつもりだ。
ここを去る前に──お宝を頂戴しておかなくては。
シャゴスの王が封印されていた奈落の底。
彼女と眷属たちが飛び去ったそこには、穴の底を埋め尽くすほどの石版が敷き詰められていた。そこには難解な文字がびっしりと書き込まれている。
古代の神族と魔族──彼らの研究資料。
恐らくはシャゴスの王を生み出すために、別次元の異形を研究し尽くしたであろう成果が、この石版に認められているはずだ。
内壁の遺跡群を調べ上げ、奈落の底にあるのは承知していた。
「彼女たちが邪魔で取り出すことができませんでしたが……」
ようやく我が手中に! とナアクは狂喜した。
ナアクは石版の上で実体化すると、喜び勇んで足下へと手を伸ばす。
その時──凛とした少女の声が聞こえてきた。
~~~~~~~~~~~~
「──この真なる世界を統べる大君が申し渡す」
ナアク・ミラビリスは動くな──!
ミロが神剣を掲げて告げた瞬間、ナアクの身体は動きを止めた。
のみならず、その身体は薄ぼんやりと発光しており、呼応するように魔神の大穴の壁面もヒカリゴケが繁殖したかのように真っ白な光を帯びていた。
「やっぱり──おまえ、ナノマシンその物だな」
ツバサは過大能力【偉大なる大自然の太母】で大気を操り、ミロが停止させているナアクのナノマシンを風を使ってかき集めた。
ミロが光らせてくれたので集めやすくて助かる。
「薄々勘付いてはいたんだが……おまえの能力をウチの物知りな次女に相談してみたら、『それきっとナノマシンッスね』と教えてくれてな」
おかげで確信が持てたよ、とツバサは言った。
奈落の底──強制的にまとめられたナノマシン。
それは一軒家ほどの大きさの白い球体となっていた。
球体の表面にはいくつものナアクの顔が浮かんでいる。どうにかして動こうとするのだが、ミロの過大能力の前では呻くのが精一杯らしい。
「ど、どうして……ここが……わかっ……た?」
いつもの冗舌さも態を潜め、途切れ途切れにしか喋れていない。
いい気味だ、としか思えなかった。
「さっき見えたんだよ、これが──ちょこっとだけな」
石版の上に降り立ったツバサとミロ。
ツバサは足下にある石版を、タンタンと踏み鳴らした。
「おまえみたいな科学者気質の男が、これに気付かぬはずはない。どうせ遺跡を調べている時に知ったんだろ? だが、シャゴスが邪魔で取れなかった」
おまえは──奴らを解き放つ理由が欲しかった。
「俺たちとのトラブルは絶好のチャンスだったわけだ」
しかし、まさかこんな短時間でシャゴスたちを殲滅し、奈落の底へ舞い戻ってくるとは予想だにしなかったのだろう。
ナアクは──ツバサやアハウたちの戦力は計算済みのはずだ。
その上でシャゴスたちを解き放ち、ツバサたちが怪物退治に手を焼いている隙を狙って、この石版を持ち逃げするつもりだったのだろう。
「完全に当てが外れたみたいだねー。はい、残念でした~♪」
ミロが挑発するようにあざ笑う。
普段ならはしたないと叱るところだが、この男には良い薬だ。
「まさ、か……他にも仲間が……ッ!?」
「言っただろう──ハトホルファミリーを舐めるな、とな」
さて、とツバサは大穴を底から仰ぎ見るように顔を上げた。
釣られてミロも同じように顔を上げる。
「ミロの仕事はおまえの動きを封じること、ツバサの仕事はおまえを一粒も残さずに1箇所に集めることだ。そして…………」
ナアクの始末は──彼の仕事だ。
──ひゅぅるぁぁぁぁぁぁぁああああああああああぁぁぁぁぁぁ……ッ!!
獣の王が──慟哭と共に舞い降りてくる。
翼の腕を広げたアハウ・ククルカンが、「この時をどれほど待ち侘びたか!」という万感の想いを込めて、咆哮を上げたまま真っ直ぐに落ちてきた。
その背後には虚無へと誘う大顎が開いている。
アハウの過大能力──【牙を剥きて囓りつく虚無】。
いつもなら顎だけしか現れないのだが、この瞬間ばかりはアハウの意識も限界を超えて活性化しているのか、その全身像が浮かび上がっていた。
それは黄金色の羽を持つ──金色の荒ぶる龍蛇神。
仰ぎ見ていたツバサは思わず呟いた。
「ああ、そうか……アハウさん、言ってたっけ」
ツバサがハトホルの名を冠しているように、アハウのククルカンという名もある神にあやかって名付けられたものだ。
こちらの名前も有名だが、この神のもっとも有名な名前は──。
「羽毛ある蛇、ケツァルコアトル……」
ケツァルコアトルの大顎は──アハウの塊を一息に飲み干した。
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