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第4章 起源を知る龍と終焉を望む龍
第85話:帰って来られた理由
しおりを挟む謎の忍者が巨大手裏剣でドラゴンモドキの群れを撃墜する。
「──間に合ったか」
その直後、ツバサたちは転移魔法で村の上空に戻ってきた。
いくつかの技能を用いて、ツバサは状況を把握する。
ケット・シーのために常設した安全地帯の結界は穴だらけ。
村全体を最後の砦ともいうべきマリナの結界で保護し、フミカはそのサポート。2人とも拠点前にいるのを見るに、猫たちの避難は完了済みだ。
トモエ、ダイン、ドンカイ──全員無事。
この時点でツバサは安堵のため息をついた。
村を守護する結界は部分的に弱りかけているが健在。
襲撃してきたドラゴンモドキたちは触手の羽をもがれて墜落したのか、結界周辺の地面でジタバタとのたうち回っていた。
そして、大樹の頂に立つ──赤い忍び装束の人物。
「ツバサさん、あれってまさか……ッ!?」
彼を目にした途端、ミロは狂騒状態になってしまった。
驚きと喜びが連鎖反応を起こして、今にも小躍りしながら忍者に飛んでいきそうなミロの肩を掴み、「まだ動くな」と無言で伝える。
「あいつは後回しだ──まず連中を始末する」
ツバサは上空に浮いたまま右腕を掲げ、過大能力で天候に働きかける。
ありえない速度で黒雲が湧き、身を切るような烈風が吹き荒れ、自身からも竜巻と稲妻を撒き散らす。条件が整ったところで──。
「──神鳴る力を受けるがいい!」
あらん限りの轟雷を解き放った。
それは過たず、地に落ちたドラゴンモドキたちに降り注ぐ。他の者には決して落雷しない。その身を焼き尽くすまで幾度となく落ちる。
ほとんどのドラゴンモドキはこれで塵と化した。
だが、1匹だけ落雷をなんとか凌いで逃走を図った者がいた。
そのドラゴンモドキは村から離れるように走りながら、笛を吹くような鳴き声を上げた。すると、その行く手に異変が起きる。
ドラゴンモドキが目指すのは、大きな岩と地面の隙間。
その図体で逃げ込めるわけないのだが、ドラゴンモドキが鳴くと隙間に……いや、“角”が開いて空間の裂け目が生じたのだ。
「野郎……自分で“裂け目”を作れるのか!?」
逃がしたら厄介だ、とツバサが稲妻を落とそうとする。
そんなツバサの意を汲んだかのように、銃声が鳴り響くと何十発もの銃弾がドラゴンモドキを見舞った。
クロコのメイド人形部隊──死角から一斉射撃を行ったのだ。
「フッ──殺し間へようこそ」
「親方にも聞いたが、おまえそれ好きだな……」
目標地点の左右に狙撃手部隊を配置して、弾道が左右から交差するように射撃することで、その空間に踏み込んだ敵を確実に仕留める戦法だ。
人間相手なら殺し切れただろうが──相手は別次元のバケモノ。
あれだけの銃弾を受けながら、まだ逃げようとする。
その背中にミロが一閃、神剣で斬りつけた。
「大君が命じる──とっとと失せろ!」
神剣の太刀筋が閃光を放つと、その内側へドラゴンモドキがめり込んでいく。自身が消失していく恐怖に、さしもの異形も悲鳴を上げた。
ドラゴンモドキの肉体が太刀筋に消え、その太刀筋も音もなく消える。
同時に、“角”に生じていた空間の裂け目も閉じた。
周辺に敵影もなければ不穏な気配もなく、増援が来る様子もない。
「ひとまず片付いたか……」
先ほどの安堵のため息とは違う、肩の荷が降りた吐息をつく。
ツバサはミロとクロコを伴って拠点前に降りた。
マリナとフミカの多重結界は味方を素通りさせる。結界をすり抜けて2人の前に降りたツバサは、まず労いの言葉をかけた。
「よく頑張ったな、マリナ、フミカ」
褒められて微笑む2人。その頭を撫でてやる。
「ひとまず、この結界は解いていいぞ。過大能力で自然に働きかけたが、この一帯に連中の気配はない。結界石で常設される結界もすぐに再生するはずだ」
「でも、常設の結界はすぐに破られちゃったみたいで……」
結界担当のマリナが、申し訳なさそうに報告する。
気にするな、とツバサは慰めた。
マリナの円らな瞳を慈しむように見つめながら言い聞かせる。
「どんな防衛システムも万全ってことはない。破られる時は破られる。だが、常設の結界が破られたおかげで、奴らの接近がすぐにわかったんだろう?」
上出来じゃないか、とツバサはマリナの功績を褒めた。
「センセイ……」
瞳を潤ませてしがみついてくるマリナを、そっと抱き寄せる。
結界の外にいた面々も拠点に戻ってきた。
「ツバサ兄さんおかえりー! あ、トモエもトモエも!!」
真っ先に戻ってきたトモエはマリナを羨ましがったのか、ツバサの胸に飛び込んで抱擁を求めてくる。トモエも抱き寄せて“よしよし”と撫でてやれば、猫のようにゴロゴロと喉を鳴らしていた。
娘2人を愛でていると、ドンカイとダインもやってくる。
「ツバサ君、そちらも大事なかったようじゃな」
「親方、ダイン、2人も無事で何より……そういえばダイン、以前おまえが話していた迎撃システム。あれ真面目に取り組んだ方がいいかもな」
拠点や猫族の村が襲われた時のため、とダインに提案されていたのだ。
「お、やっとお許しが出るんか?」
「ただし、この谷の景観を台無しにするのはなしだぞ」
せっかくの長閑な風景。その美観を損なうような物々しい迎撃ミサイルやロケットランチャーなどお断りなので、今まで却下してきたのだ。
そもそも──ケット・シーたちが怖がる。
勿論じゃきに! とダインは上機嫌で返事をした。
「ちゃんと風景に馴染むよう作っちゃるから大船に乗ったつもりで任せるぜよ! あ、すんごい上空に滞空式の迎撃マシンを据えるんもありじゃな」
既にいくつものアイデアが閃いているらしい。
「また今回みたいな襲撃がなきにしもあらず、だからな」
万が一への対策は怠るべきではない。
家族全員の安否は確認できた。
脅威も去ったので、拠点内の避難所に隠していたケット・シーたちも村に戻してやると、ツバサは本日一番の議題にするべき人物に振り返った。
──あの真っ赤な忍者だ。
ツバサたちが互いの無事を確認し合って喜んでいる中、大樹のてっぺんから降りてきた忍者は、距離を置いて立ち尽くしていた。
遠慮がちな視線でこちらを窺っている。
「ツバサさん、あれって……そうだよね? ね! ねッ!?」
「ああ、そうとしか見えないが、しかし……」
ミロは気付いてないのか──違和感ありまくりだ。
真紅の忍者コスチュームに、一対の女神を彫り込んだガントレット。首には新調したものかスペアなのか、真っ赤なマフラーを風に流している。
どう見ても、ジャジャ・マルの出で立ちだ。
特にツバサとミロを模した女神の浮き彫りが施されたガントレットは一品もの。使い込みや傷の具合から見て、ジャジャが身に付けていたものに間違いない。
道理で墓の中に残っていないわけだ。
真紅の忍者に敵意はない。むしろ、おどおどと戸惑っている様子である。
ツバサはミロの背を押して、「行ってもいいぞ」と許可を出す。
ミロは嬉しそうにツバサに振り向いて一度頷くと、感激も露わに泣き叫びながらジャジャと思しき忍者に駆け寄っていった。
「ジャジャさぁぁぁーーー……………………誰だおまえッッッ!?」
抱きつく寸前でようやく気付いたらしい。
そう──ジャジャにしてはあまりにも小さすぎるのだ。
生前のジャジャは大凡だが身長165㎝前後。
だが、あの正体不明の忍者はマリナよりも全然低く、ツバサの目算では120㎝あるかないかだろう。
まるで7歳くらいの幼児だ。
しかし、あの忍者衣装はジャジャ・マルのデザイン。
何より──ツバサとミロをモデルにした籠手は世界に2つとない。
「だ、誰だおまえ!? どうしてジャジャさんの格好してる!?」
抱きつこうとしたミロは一転、飛び退いて距離を取る。
警戒心も強まるが、それ以上に敵愾心を抱いているようだった。
「それジャジャさんの大切な籠手だぞ! なんでおまえが装備してる!? しかもブッカブカで合ってないじゃないか! 無理すんな!」
事と次第によっては……ミロは神剣に手を伸ばす。
これに小さな忍者は慌てふためいた。
「あ、その! 待っ……ミロさん待って! これには色々と事情があって……その、自分にもまだ上手く説明できないんです!」
お願いだから話だけでも! と忍者は両手を振って懸命に弁解する。
とうとう両手を挙げて降参のポーズまで取る始末だ。
ガルル、と獣じみた威嚇をするミロの肩に手を置いて制すると、ツバサは忍者に近寄っていき、視線を合わせるためにしゃがみ込んだ。
優しい声音で、小柄な忍者を説き伏せる。
「覆面をしている人間には誰しも近寄りがたいものだ……良ければその顔、拝ませてもらえないか? それだけでも大分違うだろう」
ツバサは「どうだ?」と重ねて尋ねる。
すると、忍者はおずおずと首を前に傾げて同意を示した。
しかし、いつまで待っても覆面を外そうとはしない。恥ずかしいのか顔を見せたくない理由でもあるのか、逡巡だったものが明らかに躊躇いとなっていた。
「……悪いが取らせてもらうぞ」
痺れを切らしたツバサが、断りを入れてから忍者の覆面に手をかける。少し抵抗する感はあったが、焦れったいので一気に引き剥がした。
赤い布を巻いただけの覆面を外すと、そこには──。
「な…………ッ!?」
ツバサは我が目を疑い、言葉を失った。
隣にいたミロも開いた口が塞がっていない。
距離を置いて眺めていたマリナたちの驚きも伝わってくる。
それほど、忍者の素顔は驚愕に値するものだった。
声からして女の子──その予想は当たっていた。
こういう場合、美少女というのも相場が決まっている。だから、覆面の下から愛らしい美幼女が現れたことに驚きはない。むしろ典型的なよくある展開だろう。
問題は──その顔の造作にあった。
顔立ちは凛としていて美少年でも通りそう。小さな口とスッと通った鼻梁などは誰あろうミロに瓜二つだ。そっくりと言ってもいい。
慈愛を湛える目元や黒く澄んだ瞳はツバサによく似ている。
背中まで届く長い髪は、やや黒味を帯びた金色。
ツバサの黒髪とミロの金髪が混ざれば、こんな色になるだろう。
この美少女──ツバサとミロの特徴を兼ね備えていた。
ツバサとミロの間に娘が生まれたら、こんな顔になるだろうという予想図を完璧に再現した美貌だ。100人が100人とも親子関係を認めるほどに。
ツバサ自身、この忍者娘を他人とは思えなかった。
「き、君は何者だ……誰、なんだ?」
ようやくツバサの喉から出た言葉は、その正体を問い質すものだった。
美幼女は悩んだ挙げ句、やっと何者かを明かしてくれた。
「あ、あの…………ジ、ジャジャ・マルだと、思います、多分……」
自分でも確信が持てない、そんな迷いを帯びた返事だった。
~~~~~~~~~~~~
気付けばジャジャは川岸にいたという。
俗に言う三途の川だろう、とぼんやりした意識で思った。
この川を渡ってしまえば全てが終わる。楽になれるという確信があるのだが、ジャジャはどうしても渡る気になれなかったらしい。
彼は──後ろ髪を引かれる思いに嘖まれていた。
「ずっと……ミロさんとツバサさんの呼ぶ声が聞こえてました」
呼び止められている気がする。
こんな自分でも気に掛けてくれる人がいる……そう思うと、川を渡る気にはなれなくなり、ひとまず腰を下ろしてみることにした。
ミロの声は定期的に聞こえ、呼び戻されているのもわかった。
「でも、身体がいうことを利かなくて……」
川辺に座り込むジャジャの身体は、虫食いだらけの穴だらけ。
とても戻れる状態ではなかったという。
やがて、ミロの声にツバサの声も混じるようになる。
「その度に戻ろうという気力は湧いたんですが、穴だらけの身体は思うように動かなくて……ただ、川の向こう側に行く気はなくなってました」
どれくらい川辺に座り込んでいただろう。
ふと、隣に誰かが立っていることに気付いた。
このどことも知れない異世界に飛ばされて、しばらく一緒に行動していた戦士のプレイヤーだと気付いた。彼の身体もまた虫食いだらけだった。
『おれ、もう疲れた……川を渡るよ』
呼んでいる声は聞こえるけど、あちらに行った方が楽そうだから……戦士はそう言って川を越えていき、ジャジャは止めることができなかった。
『ああ、そうだ……おれにはもう必要ないから、やるよ……』
別れ際、戦士は光る玉を投げて寄越した。
ジャジャはそれを受け取ろうとしたが、すぐに消えてしまった。
だが──身体の穴が少しだけ塞がっていたという。
やがて、見覚えのあるプレイヤーたちが次々と川を渡っていった。
彼らは口々に『疲れた』『もういい』『ありがとう』と呟き、『これを使え』とジャジャに光る玉を投げてきた。
それを受け止める度、虫食いが元に戻っていく。
12人を見送った頃──ジャジャの身体のすっかり元通りになっていた。
これなら戻れる……!
元通りにはなったものの、身体は鉛のように重い。
それでも自分を呼んでくれたツバサとミロのため、ジャジャは身体に鞭打って立ち上がり、川の反対側へと歩き出した。
その途端──目が覚めたという。
暗い地の底にいる、ということはすぐにわかった。
なけなしの気力を振り絞り、忍者系技能の土遁の術で土を掘って地上に出ることはできたが、そこでまた力尽きてしまった。
「身体がボロボロで……使い物になりませんでした」
土遁の術を使って地上に出てくれたことさえ奇跡だったのかも知れない。崩れかけた身体は這うことすらできなかったそうだ。
身体……身体さえ動けば……ッ!
ジャジャが切に願った時、小さな足音が聞こえたという。
濁った目でそちらを振り向けば、黒いスカートと白いエプロンをした小さな人影がこちらに近付いてきたのだけがわかったそうだ。
メイドさん……? にしては、やけに小さい……?
不思議がっている余裕もない。
ようやく帰って来られたというのに、ジャジャは虫の息なのだ。このままではまたあの川辺に逆戻りしてしまう。それだけは避けなければ──。
その時、幼い声が聞こえた。
『ワタシ、ノ、カラダ……ツカイマス、カ……?』
声の主はか細い声で、よくわからないことを勧めてきた。
『ホカノ、ワタシ、ハ……ヤクメ、ヲ、ハタシタ、ヨウス……コノ、カラダモ……ホウカイ、スンゼン……ナラ、カラダヲ、ホシガル……アナタ、ガ……』
使うべきでしょう、と辿々しい言葉が聞こえてくる。
『ナニヨリ……コウスレバ……我が創造主ガ……ヨロコビソウ……』
最後の言葉の意味はわからないが、ジャジャには渡りに船だ。
なりふり構っている時でもない。決断は早かった。
「…………お、お願い、します! 身体を……身体をくださいッ!」
ジャジャが頼むなり、その小さな人影は地に伏せたジャジャに覆いかぶさるように倒れ込んできた。
その瞬間、目映いばかりの光に包まれたという。
~~~~~~~~~~~~
「……気がついたら、こうなってました」
応接間に集まった一同。
ハトホルファミリーの注目を一身に浴びながら、ジャジャ・マルだと名乗るその美幼女は自分に起きた経緯を語り終えた。
ツバサとミロの特徴を、良いところ取りで受け継いだ美貌。
ブカブカな忍び装束はミロによって脱がされ、ツバサが即興で作った子供用の可愛らしいジャンパースカートを着せられていた。
中身がジャジャということもあってか、恥ずかしそうに戸惑っている。
話を聞き終えたミロは、力強く断言した。
「これはもう──異世界転生タグをつけてもいいよね!」
「…………何の話だ?」
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