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第1章 VRMMORPG アルマゲドン

第13話:母1人、ママ1人、娘1人……最高ですね ☆

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「──暇なので遊びに来ました」

 前触れもなく出現するなり、クロコは無表情でそう言った。

「働けよ、仕事しろよ、GMゲームマスターだろ」
「働いてます、仕事してます、GMです──でも暇なんです」

 なので遊びに来ました、とクロコは気をつけの姿勢から、両手を挙げてYの字のポーズを取る。このメイド、表情はないがボディーランゲージは豊富だ。

 クロコこいつは始終こんな調子である。
 
 アルマゲドンのスタート時に関わったのが運の尽き。事あるごとに遊びに来ては、ツバサに茶々を入れて、ミロと騒いで勝手に帰る──それだけだ。

一昨日おととい顔を出したかと思えばもう来やがって……」

 しかもタイミングが最悪だった。

 年齢制限に引っ掛かるマリナをパーティーに加える以上、アルマゲドンの管理者であるGMとの接触は避けるべきだ。逃げ回るレベルで回避すべきだろう。

 その策を練る前に向こうから現れた。

 誤魔化す時間も手段もない。これはもう万事休すに近い。

 こちらの気も知らず、クロコはいつも通りフリーダムに接してくる。

「良いではありませんか。さあ、ガールズトークをいたしましょう。何でしたら、私は無き者として扱っていただいても構いません。黒子クロコだけに──」

「上手いこと言ったつもりか」

「ツバサ様とミロ様でご存分にイチャイチャなさってください。配信動画、いつも楽しみにしております。それを生で堪能させてください」

「本当にブレないな、アンタは……」

 そんなイチャイチャしているつもりはないし、ツバサはクールに振る舞っているのだが、クロコには大受けなのがわからない。

 懸命にクロコの前に立って視界を遮るツバサだが、その長い髪で隠してもクロコの視線は自然とマリナに注がれる。

 そう、ミロが頬ずりして可愛がるマリナに──。

 クロコと視線の合ったマリナは硬直する。GMに見つかったのだから当然の反応だが、それにも増してリアクションがおかしいのはクロコだった。

 よくわからないが──必死に悩んでいる。

 額に手を当てて考え込んだり、腕を組んで首を傾げたり、そこら辺の木に片手を押しつけて壁ドン状態でうなだれたままブツブツ呟いたり……。

 そして、ようやくツバサに向き直る。

 クロコはマリナを右手で指し示すと真顔で訊いてきた。

「──いつお産みになられたんですか?」
「俺が産んだ前提なのか!?」

 あからさまな年齢詐称の幼女がいることをGMとして指摘しろよ! とツッコミかけたが、喉元まで出かけた言葉を飲み込む。自爆することはない。

 そして、クロコのボケにミロが悪ノリする。

「そうそう! アタシがツバサさんに産ませた子なの! 名前はマリナ・マルガリーテちゃんっていうの! アタシとツバサさんの一人娘なのだ!!」

「生物学的に無理があるだろ!?」

 まさか……その設定でゴリ押しするつもりか!?

 アホなミロのこと、これで誤魔化せるとか考えていそうだ。

 恐らく、本気でそう思っているのだろう。ミロはマリナを抱え上げると、ツバサの胸へ抱かせるべく押しつけるように渡してきた。

「さ、マリナちゃん! お母さんに甘えて親子アピールしんさい!」

「おい、こら、ちょ、待って……」

 放り投げるわけにも行かず、受け取るみたいにマリナを抱き上げる。

 小学4年生という割にマリナは小さい。ツバサが180㎝越えで大柄というのもあるが軽々と抱き上げらた。

 マリナはツバサの胸にしがみつき、そっとこちらを見上げる。



「……………………お、お母さん……」



 潤んだ瞳で上目遣い、控え目ながらも甘えた声。
 
 マリナも自分の立場を理解しており、ミロがGMを誤魔化すために一芝居打とうとしていることは、なんとなくわかっているのだ。

 だからこそ、演技で呟いたのだろうが──やばい、これはやばい。

 男のツバサにあるはずのない母性本能が疼く。

 わけもなく頭に血が昇って顔から火を噴きそうなほど熱くなり、頬が緩んでにやけ顔になるのが止められない。マリナを甘やかしたくなる。

「ほーらほら、これで仲良し家族でしょー♪」

 更にミロが抱きついてきたので、意識が吹っ飛びそうになった。

 だが、ツバサよりも先に魂まで吹っ飛んだ奴がいる。

「母1人、ママ1人、娘1人……百合夫婦の理想郷、素晴らしき女系家族……究極の百合、レズの至高……ああ、生きている間に拝めるなんて……ッッッ!!」

 クロコは天の祈るポーズで死にかけていた。

「あ、メイドさんが昇天しかけとる」

 ミロの言う通り、涙と鼻血と涎まみれの顔のまま祈るポーズで硬直するクロコの頭から、魂らしきものが抜けかけていた。

「それがエフェクトで表現されるんだから、アルマゲドンってすごいよな」

 ツバサは熱に浮かされた頭でどうでもいいことに感心した。

 水木ビンタで顔を引っぱたくと、クロコの意識は戻ってきた。

 ついでに抜けかけた魂も引っ込む。

「ふぅ……お手間をかけてしまい、申し訳ありません。危うく百合が咲き乱れる天国ハライソへ召されるところでした……」

「そのまま召されてくれても一向に構わなかったんだけどな」

 顔の汚れをハンカチで拭うと、クロコは真顔でそらんじる。

「かつてとある国の女王はこう仰ったそうです。『母二人!! 娘一人!! 何だっていいじゃないの、仲良くおし!!』と……」

「どこの国の女王だ。聞いたこともないぞ」

「まあ母二人のうちの片方は元父親で、娘も元息子なのですが」

「お父さんと息子さんに何があったの!?」

 普通に家庭崩壊してない? とツッコんでしまった。

「勢い任せに言ってるだけなので、そう目くじらを立てずとも……それにツバサ様はもう、そちらのお嬢さまに大層懐かれているではありませんか」

 マリナはツバサの大きな尻にしがみついてクロコの視線を避けていた。子供心に「このお姉さんは油断ならない」と感じているようだ。

 後ろに手をマリナを慰めるよう撫でてから、ツバサはクロコに話し掛ける。

 マリナから注意を逸らさせるために──。

「GMマスターとして他に言うことはないんだな?」

「はて、どんな提言をするべきでしょうか?」

 表情こそ変わりもしないが、明らかにすっとぼけている。

 藪蛇やぶへびと知りながらもつついてみたくなった。

「CERO倫理規定、アルマゲドンの推奨年齢──」

 そこまで口にした途端、クロコは両耳に人差し指を突っ込んだ。

「それ以上仰るなら私、自分の鼓膜を破ります」
「何がおまえをそこまでさせるの!?」

 アバターだから本人に害はないが、見ていて気持ちのいいものではない。

 クロコはあらぬ方角を向いて四つん這いになると、悔しそうに地面をダンダン殴り出した。相変わらず無表情だが、声には情感が込められていた。

「いいじゃないですか……ッ! ロリがいてもショタがいても! 私、それだけでやる気が当社比で150%上がります! 倫理規定がなんだってんですか! 世間様に迷惑をかけなければいいじゃありませんか……ッッッ!!」

「GMがそれを言ったらアカンだろ」

「実際のところわたくし、もう7~80人のロリショタに目をつむってます」
「それ職務怠慢じゃねえのか!?」

 クロコが見掛けただけでもそんなに大勢の年齢詐称プレイヤーがいるということは、総数1000人をくだらないのではないか?

 バレたら大変なことになるのでは? 心配せざるを得ない。

「職務は怠慢するためにある、今は亡き官僚かんりょうだった祖父の……」
「おまえの祖父じいさん、ホント最悪だな」

 とにもかくにも、とクロコは立ち上がる。

「私、何も見ませんでした。年齢詐称の幼女プレイヤーなんてどこにもおりませんでした。運営にはそう報告しておきます──そちらのマリナお嬢様は、ツバサ様が産んだ愛嬢あいじょうということで脳内処理しておきます」

 ふざけたことを言いながら、メイドの姿が左端から消えていく。

 このまま逃げるのがクロコの常套じょうとう手段である。

「おい! 本当にそれでいいのか……ッ!?」

「産ませたのはアタシだからねー? そこんとこ忘れないでー!」

 ツバサがお母さん――ミロがママ。

 そういう役割分担の百合夫婦とミロは言いたいらしい。

「承知しております、ママはミロ様ですよね」

 クロコとミロは、お互いグッドサインで確認し合っていた。

「──なら良し!」
「おまえはなんでそんな得意気なの!?」

 いつぞや「ツバサさんが女の子ならいいのに」とか流れ星にお願いしていたが、良からぬ妄想でも抱いているのではないだろうか?

「今日のところは急用を思い出したので……これにて失礼をば」

 クロコは逃げるように姿を消した。

「毎度のことながら嵐のような女だな……」

 場を引っかき回すだけ引っかき回して、飽きたら去っていく。

 どちらかというと竜巻かも知れない。

 ツバサは馴れてきたし、ミロは歓迎ムードだが、初めて出会したマリナは唖然としている。ツバサの太股に抱きついたまま固まっていた。

 一方、ミロは腕を組ん言い切った。

「よし! これでマリナちゃんはGM公認ってことだよね!」

「あれをそう解釈できるのか……すごいな、おまえ」

 物事をアバウトに良い方へ受け取る。

 ミロのこういうところは本当、尊敬に値すると思う。

「あ、あのワタシ……アルマゲドン、続けてもいいんですか?」

 3人だけになったので、ようやくマリナが口を開いた。

 いきなりGMが現れたので驚いたのだろう。下手な発言をして怪しまれるのも嫌だから黙っていたのだ。この子、もしかするとミロより賢い。

 ツバサはしゃがんでマリナと視線を合わせた。

 両手で彼女の頬を包むと、にっこり微笑みながら告げる。

「ああ、続けてもいいみたいだぞ……お父さんに会えるまで、俺たちが一緒にいてやる。どんな敵が来たって守ってやるから安心しろ」

 ミロも後ろからマリナに抱きつき、ワシャワシャと頭を撫でた。

「そうそう、大船に乗ったつもりで任せなさい! なんせアタシとツバサさんはアルマゲドン最強夫婦! 怖いものなんてオールナッシングだよ!」

 ツバサとミロが励ますと、マリナはやっと笑ってくれた。

「強くなりたいって言ってたよな? じゃあ──強くしてあげよう」

   ~~~~~~~~~~~~

 あれから1ヵ月──再びナージャモージャスの大密林。

 1匹でうろついている蜥蜴リザード巨人ジャイアント

 相対するは──LV48にまで急成長を遂げたマリナだ。

「アタシが育てた!」
 ミロが威張っている横でツバサは呆れる。

「……仕込んだのは俺だからな」
 短期間ながらマリナを鍛えたのはツバサだった。

 さて、その特訓の成果は──。

 服作りの天才であるハルカ謹製のドレスは、白と黒のコントラストを基調としたゴシックロリータ風に仕上がっており、ツバサの赤やミロの青を意識したリボンが特徴的にあしらわれていた。

 頭には王冠をモデルにした大きな帽子を被っている。



 



 蜥蜴巨人を前にしたマリナは、武術家のように構えを取る。

 その殺気に反応してマリナを攻撃対象ターゲッティングした蜥蜴巨人は、走り出そうとした瞬間に蹴躓けつまずいた。

 蜥蜴巨人の踏み出した右足──そこに盾型の防壁結界があった。

 発動させたのはマリナである。

 魔法陣を模した、人間1人分をカバーできるほどの防御魔法。巨人はそれに足を取られたのだ。姿勢を崩した先には、また同じ盾型防壁がある。

 しかも今度は5つも列を作って並んでいる。おまけにこの盾型防壁、反射や反発といった効果が備わっているので、蜥蜴巨人ははね飛ばされる。

 マリナは小型の防壁結界を次々と繰り出す。

 いつしか蜥蜴巨人は無数の盾型防壁に囲まれており、それらの反射や反発に翻弄され、気付けばその巨体は投げ飛ばされるように宙を舞っていた。

「これで……終わりです!」

 投げ飛ばされた先には、巨人を捕らえるほどの巨大な盾型防壁。

 そこには反射は反発のみならず、威力高めの衝撃魔法が込められており、防壁にぶち当たった巨人は勢いをつけて地面に叩きつけられる。

 頭から落ちるように──首の骨をへし折るように──。

 蜥蜴巨人は沈黙、死亡を示すエフェクトが出る。

「や、やった……センセーイ! ミロさーん! 1人で勝てましたー!」

 マリナは勝った嬉しさからこちらに走ってくる。

 それを抱き留めて、よしよしと出来の良い弟子を褒めてやった。

「うん、よくやったな」

「はい! これもセンセイのおかげです、ありがとうございます!」

 防御魔法と合気を組み合わせた戦法、それをマリナに教えたのは他ならぬツバサである。だからなのか、マリナからセンセイと呼ばれていた。

「70超えのアタシたちと比べたらまだまだだけど、これで大体、どのエリア行っても即死することはなさそうだね」

「はい、今日までお手数かけてすいませんでした」

 ペコリ、とマリナは頭を下げる。ミロより礼儀正しい子だ。

 ここ1ヶ月、手取り足取りつきっきりで指導したせいか、ツバサもすっかりマリナに愛着が湧いてしまった。ミロの次に可愛いくらいだ。

「そろそろまた、新エリアに挑戦してもいいかもな」

 ツバサたちもLV80を目前に控えているので、より過酷な環境にあるという新エリアに入るための備えをしなければならなかった。



 アルマゲドンという名前を体現する──新たなるエリアへ。


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