同僚がヴァンパイア体質だった件について

真衣 優夢

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52話 『いたぶる』 ●

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「ん?」


 怒鳴られるとは思っていなかったのか。下坂はきょとんとオレを見た。
 視線だけで人を殺せるなら、オレは奴を殺せただろう。
 オレは全身全霊で下坂を睨みつけてやった。


「体を重ねるのも、好きでなきゃできるものか!!
 唾液の副作用があろうと、オレは好きな奴以外と性行為はしないし、できない!!
 お前は桐生と違う! お前はただの化け物で、殺人鬼で、外道で、悪臭がするドブ以下の下衆だ!!
 ドブに頭突っ込んで死ね!!
 今までの被害者すべてに謝罪して、地獄で永遠に拷問されてろクソ野郎!!」


 自分の口の悪さは自覚している。
 こういう態度が、一番相手を刺激するのも理解している。
 馬鹿者。オレが馬鹿者だ。ちくしょう。
 落ち着けなかったのか。もっと冷静になれなかったのか。
 でも、言ってすっきりした。……すっきりしてどうする!!


「……ふうん」


 下坂は意外にも強い反応を見せず、オレを眺めていた。
 まるで爬虫類のような目線が気味悪かった。


「そんなあんたが、『お願いです、ボクのオシリにいれて下さい』って、泣いて俺に懇願したとしたらさ。
 全部綺麗事ってことでオッケーね?」

「は?」


 下坂は嗤った。
 ひとではないものの笑み。ひとを喰うものの笑み。
 ひとを下等と蔑む、人間ではない生物の顔。


 いたぶる、とは。
 多くの意味があるのだと、オレは気がついた。


「あ~、最初に言うけど、俺ソッチの気はゼロなのね。
 すがりつかれても、しないから。
 まあね、鑑賞するだけのお遊び的な?」


 下坂の目が赤く光った。
 桐生の瞳は愛おしいのに。こいつだとこんなにも違うのか。気味悪い。
 恐怖で肌が泡立った。
 軽く開いた下坂の口から、するすると犬歯が伸びた。


「く、来るな。こっちへ来るな」

「そうそう。
 囚われのお姫様は、ウサギみたいに怯えてくれなくちゃねえ」


 下坂の両手がオレの肩を掴んだ。ばりっ、と強い音。服が左右に引き裂かれた。
 あらわになったオレの首元に男の顔が近づく。吐息がかかる。
 嫌だ。やめろ、嫌だ!!


「ああ……っ!!」


 犬歯が首に突き刺さった。あまりの激痛に叫んだ。
 痛い! 痛い!!
 息が詰まる。目の前がちかちかする。
 桐生、お前……ほんとに、馬鹿だな。
 いつも、どれだけ気を遣って吸血していた?
 ちくっと痛いだけの吸血を思い出す。
 あの優しさを思い出したから、激痛に耐えられた。


 首から血が流れ出すのがわかる。それを吸われ、ごくんごくんと嚥下されているのもわかる。
 ホラー映画のワンシーンのようだ。洒落にならない。


 痛みは耐えられた。耐えきったのに。


「あ、あ……っ、うぁ、っ」


 ぞくぞくぞく、と全身を駆け巡る、暴力的な快楽。
 唾液が血管に混入しはじめたのか。
 嫌だ、気持ち悪い、気持ち悪い、きもちいい、……いやだ!!
 嫌だ、いやだ!! いやだ!!


「あ、あ……、あ、あっ……、はあっ……!」


 声が抑えられない。吐息に混じる自分の声の甘ったるさに反吐が出た。
 感じたくない!!
 脳髄から下半身へ、電撃のように快感が、走り抜けて……


 下坂は最低限の血止めをし、赤く染まる口元をぬぐってオレを解放した。


「すげえな!!
 最初のイッパツは効きがいいから、たいていの女は昇天するのに!
 よくガマンしたねえ? ね~?」

「は、くっ……。はあっ、はあ、はあ……」
 

 かたかたと小刻みに震えるオレに、下坂は腹を抱えて笑った。
 絶頂だけは耐えきった。オレにできる唯一の抵抗だった。
 噛み千切らんばかりに噛んだオレの唇から、鉄錆の味がする。
 股間は奴の唾液に反応し、爆発寸前に高まっている。
 意識も危うかった。気を抜けば、……でる、だめだ……。


「なんかほら、あんたもうガクガクだぜ?
 顔もこんなにしちまって。
 ソレ系の男はヨダレもんだなぁ?」

「う、うっ、くっ……」


 何か言い返したかった。悪態のひとつもつきたかった。
 しかし、少しでも気を抜けば射精の欲求が上回ってしまう。
 縛られた体勢で、できる限り内股になる。興奮した前を隠したかった。


「男の血ィ吸って感じさせるとか、俺、初体験~♪
 ホラホラ、出しちゃえ出しちゃえ。お漏らしみたいにパンツ濡らせよ?」


 下坂の靴裏がオレの股間をやわく踏んだ。ぐりっと股間を刺激する。


「……っ! あ、……や……」

「まだ耐えてんの?
 あんたさー、今、そこいらの女ぶっ飛ぶほどエロい顔してるぜ? はははは!」

「や、め…、あ、あ、……ーーっ!!」


 どくんっ、と吹き出す精と絶頂感。
 瞬間の声だけは飲み込んだ。
 びゅる、びゅ、と精が下着を濡らす。それに合わせて全身が震えた。
 顎をくいと持ち上げられ、オレは、自分の唇からだらしなく唾液が伝っていることを知った。
 オレは、……屈した、のか。


「どう?
 ヨかった?」

「………」


 罵声も浮かばなかった。


「男の場合さ、連続吸血ってどうなるのかな~?
 女だと、頭オカシくなっちゃったりするんだけどね」

「……!?」


 連続、だと……?


「首以外から吸うとか経験ある?
 マンネリって萎えるじゃーん。いろいろ試そっかぁ?」


 オレはふるふると首を横に振った。
 その姿は滑稽に映ったのか。下坂はまた笑った。
 もう破れている服の残りを剥ぎ取られる。下坂は、拘束されて動かせないオレの二の腕をぺろりと舐めた。


「首よりちょーっと痛いけどね、ココ」

「やめ、……ああああっ!!
 いっ、痛、い!! く、うっ……!!」


 再び牙が肉に刺さる。身をよじる激痛。二の腕内部に異物が押し込まれる最悪の感覚。
 それらが……じわりじわりと、快楽に変化する屈辱。


 ぞく、ぞく、する……。
 だめ、だ。
 だめだと、いっている、のに。
 はんのうするな、おれの、……ばかもの。


「ほ~。すぐ勃った。これエンドレスなの?
 すげえね、精力剤として唾液売れちゃうかも。あっははは!」


 ぐりぐりぐり、と、また下坂の靴がオレの股間をいたぶった。
 たった数秒いじられただけで、オレは抵抗できず、されるがまま絶頂した。
 頭がまっしろになって、……すごく、きもち、いい。
 きもちいい……。
 涙があふれた。止まらない。涙が、ぽたぽた落ちた。
 桐生。すまん。桐生。


「く~っ!いいね! いい顔!
 あー、しまった。最初から撮っとけば良かった。
 今からやっとこ、動画。
 途中で死んじゃったらさ、死体だけとかインパクト弱くね?
 道中ないと、あいつに見せびらかせないじゃん?」


 動画、だと。
 この姿を。
 やめ、それは、やめろ、頼む、


「うわ、あんた素質すごいわ。
 もし息があったら、男用の店に投げ込んでやるぜ」


 下坂がスマホを操作し、オレの正面に固定した。


「それはやめろ、ほんとうに、やめろ……!!」

「懇願の言葉が違ってるよ~? えーと、アサギリ、レイイチくん?
 あんたが言う言葉は、『オシリにいれて下さい』だろ」

「死んでも言うかっ!!」

「じゃ、死ねよ」


 なんでもないことのように下坂が言う。冷酷な笑みだった。
 小動物を虐待しているような。死の過程を楽しんでいるような。
 いや、例えじゃない。
 奴にとって、オレは小動物程度。同格の生き物ではない。


「次は太股いこうか~。
 内股、イイらしいぜ?
 パンツびしょびしょで気持ち悪いっしょ。はーい、脱ぎ脱ぎ~♪」

「やめ、……っ」


 固定された足で抵抗できるわけがない。
 ズボンと下着はナイフで切り裂かれ、オレの下半身が曝け出される。
 全部録画されている。撮られている。
 オレはカメラから顔を背けて目をつぶった。
 吐き気がするくらいの嫌悪なのに、内股に触れられたら、ぞくんと性が刺激される。


「う、……っ……!」


 内股に刺さる牙を『気持ちいい』と思ってしまった自分を殺したかった。



 まだ終わりではないのだろう。
 この男は、オレが息絶えるまで地獄を与えるのだろう。
 内股から吸われるのを見ないよう目を閉じても、感覚は容赦なくオレを昂らせ追い詰めていく。


 桐生……
 に、

 これ、

 見られたくない、
 な……




つづく
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