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44話 『純血』の正体

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「劣性遺伝とはいえ、掛け合わせれば表に出やすくなる。
 ヴァンパイア体質同士が夫婦となったら、子どもは高確率でヴァンパイア体質になるということか?」

「沙耶菜のお父さんはヴァンパイア体質ではありませんが、沙耶菜とお母さんはヴァンパイア体質です。
 母親のみでも遺伝しているので、両親がそうなら遺伝しやすいと推測します。
 両親ともにヴァンパイア体質でも、遺伝しない確率の方が高いと思いますけど。
 本当に稀なんですよ。僕が調べた限りですけど」


 僕はしばし黙考した。
 あの時、彼が言い放った『純血』という言葉には、なんらかの確信めいたものがあった。
 自称だとしても、彼は自分を『純血のヴァンパイア』だと思っている。

 
「両親がヴァンパイア体質であり、子どもに遺伝したとして、遺伝疾患が極度に重くなるという可能性はありますか?」

「重度の発症。はい、ありえると思います。
 そういう場合、ほとんど死産か、長く生きられないかもしれませんけど。
 日光への耐性とか、ヴァンパイア体質のマイナス面が強く出るのではないかと」


 令一がじろっと僕を見た。うわ、杵島さん、ばらさないで。
 僕は日光が平気なことにしてあるんだから。
 
 
「プラス面も症状のひとつと考えたら?
 僕はヴァンパイア体質が強いほうだと思います。
 その僕を凌駕する身体能力、膂力、異常なほどの超音波を持っていました。
 そして……。
 下坂昂司、彼は不老です。20代の外観から老いていません」

「ええ!?」

 
 杵島さんが目をぱちくりさせ、令一もさすがに息を呑んだ。


 不老。
 僕らヴァンパイア体質にそれが加わったら、まさに伝承の怪物、吸血鬼だ。
 フィクションのモチーフになったのは、下坂昂司のような、両親から能力を受け継いだ者だったんじゃないだろうか。


「僕も僕なりに調べたんだよ。彼のこと」

「お前、入院中に何をしてる!」

「僕は動いてないよ? 興信所に頼んだだけ。
 あの名刺を撮影して送って、情報を集めてほしいって依頼したんだ」


 下坂昂司は、対面した印象として、迂闊で行き当たりばったりの性格に思えた。
 これから殺人を犯すというのに、僕を時間をかけてなぶったり、長々と喋ったり。
 逃走手段を用意してはいたけれど、僕ならあんなリスクの高い逃げ方はしない。
 学校の三階から飛び降りるのを誰かに見られたら? 偶然誰かに撮影されていたら?

 
 彼はたぶん、刹那主義で快楽主義だ。先のことをあまり考えない。
 令一が、セキュリティを連れてきたというフェイクの叫びにも簡単に引っかかった。
 そういう人間なら、あちこちに痕跡が残るはず。

 
 ヴァンパイア体質は、コウモリになって逃げるという最終手段がある。
 人間に追い詰められても躱せるという余裕。
 人間が邪魔になれば消せばいいという残虐性。
 そして、不老の人間などいないという周囲の思い込み。
 それらが彼を、ぼんやりと隠していたにすぎない。


「興信所からの報告書によるとね。
 下坂昂司は本名。過去、十回くらい名前を変えてるけど、結局本名で落ち着いたみたい。
 戸籍上は、8年前に死亡したことになっている。
 死亡時の年齢は67歳とされているよ。現在の年齢は75歳ってことだね。
 彼とおぼしき人物は、30年くらい前からあちこちで目撃されていた。
 失踪者が出るたびに姿を消して、新しい場所に移っているみたい」
 

 下坂昂司とは。
 自分を特別な存在だと思い込み、それ以外を劣等種と見下して捕食し始めた、本物の吸血鬼に成り下がったモノ。
 現代の科学では証明できない。警察は、彼が怪しいと思っても決め手がない。
 だから彼は、笑いながら罪を重ねられる。


「たとえ彼が、僕が死んだと思い込んで、もう襲ってこないと仮定しても。
 僕は彼を放置しておけない。被害者が増え続けるのを傍観できないよ。
 朝霧。
 僕は危険だと理解したうえで、彼をなんとかしたい。許してくれる?」


 僕は朝霧の承諾を待った。
 朝霧が駄目だと言えば、彼の追跡は諦めよう。
 もう、あんなふうに泣かせたくないから……。


 令一は大きくため息をつき、仕方なさそうに肩をすくめた。


「何かするなら、オレが同行する。それが絶対条件だ。
 警察が当てにならん化け物がその辺をのさばっていては、オレもゆっくり眠れん」

「わかった。ありがとう。
 朝霧が危なくないように気をつけるよ」

「お前が危ないからオレがついていくんだ、馬鹿者!!」

「あはは、本当そうだね。
 いつも助けてくれてありがとう」


 手の怪我の時も、今回も、令一が一番に駆けつけてくれた。
 ありがとう。
 君が側にいてくれるなら、僕は、もっと慎重になれると思う。
 君との誓いを破ったりしないからね。
 

 僕は、下坂昂司を無力化する。
 命までは奪わなくても、二度と罪を犯せないようにすることを目指す。


 彼は哀れだと思う。
 決して許されない罪人だとしても。
 己を優れた存在だと思わなければ、彼は精神を保てなかったんだろう。

 
 自分は姿が変わらない。親しい人々は老いていく。
 同じ体質の両親さえも老いるのに、自分はずっと若いまま、時間に取り残される。
 止まった時間が長すぎて、倫理も道徳も、常識も、自分が人間であるという自覚すらも壊れた人間。


 だからって、同情はひとかけらもない。
 快楽で殺人を重ねるモノなど、許せるはずがない。

 
「しかし、そんな怪物にどう対処するんだ?」

「怪物だからこそ弱点があるんだよ。
 僕はひとつだけ、効果がある武器を知ってる」 
 

 僕はにこっと笑った。
 杵島さんは興味津々で、令一はひどく心配そうな顔をした。

 
 僕は確信していた。
 秘密兵器というほどではないけれど、『アレ』ならきっと、彼を無力化できると。
 
 
 

つづく
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