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32話 鳴り続ける
しおりを挟むきっと僕は、周囲に敏感になっているだけだと思った。
聞こえないはずの超音波をあさぎ…令一に聞き取られて。
もしかしたら、他の誰かにも聞かれてしまったのでは、正体が露見したのではと臆病になっていて。
だから、あれは錯覚だ。
学校の4階にいる僕を、あの男性が視認できるはずがない。
僕はヴァンパイアの身体能力があるからなんとか見えた。キャップのつばが大きく陰になっていて、はっきり見えたのは口元くらい。
にや、と笑ったように見えた。
僕のほうを見上げて。
……苦しい。耳が痛い。嫌な音がする。
息が詰まる。これは、夢?
わかっていても起き上がれない。呼吸がうまく、できな、くて、苦し……
「小宮山先生、大丈夫ですか?」
ぽん、と肩を叩かれて、僕は飛び起きた。
新任の敷本先生が「わあ!」と驚いている。
僕は自分の机に突っ伏してうたた寝していたらしい。
「ごめんなさい! なんだか、うなされていたみたいだったから」
「いいえ、ありがとうございます敷本先生。
悪夢を見てたみたいで、起こしてもらって助かりました」
僕はいつもの笑顔で、敷本先生に感謝を述べた。
しかしこめかみを伝う汗は冷たく、耳の奥にはさっきの音が残っていた。
僕は、よほどのことがない限り肉体の疲労には強い。
実は直射日光に少し弱いけれど、長年の訓練で周囲に悟らせないくらい我慢強くなった。
限界を超える疲労を感じた覚えは、最近の記憶にはない。
野良コウモリ騒ぎから、一週間も経ったじゃないか。
朝霧も、あれから二日程度で超音波を感じなくなったと言っていたし。
誰も僕の正体に気づいていない。だから、大丈夫。
どうにか自分を安心させて、誤魔化していた。
そんな僕を、令一が放課後、生物準備室へ呼び出した。
職員室では話せない内容かな。
「どうしたの、朝霧。えっと、ここでは令一って呼んでいいのかな。
なんだか混乱してきた」
「呼び方の線引きをするぞ。
学校では朝霧先生、もしくは朝霧。
学校外では令一、OK?」
「OK」
「いや違う、その話をしたかったんじゃない!
上条のことだ」
上条沙耶菜(かみじょう さやな)さん。
僕と同じヴァンパイア体質の生徒、三年生の女の子だ。
僕が知らないヴァンパイアの知識を持っている人。
けれど、まだ17歳の少女で、大人に守られなければならない存在だ。
僕は教師、頼られる側。無暗に接触してはいけない。
「オレに相談してきた。
最近、異音がするらしい。『音ではない音』がすると。
意味は分かるな?」
僕は頷いた。
ヴァンパイア体質は、超音波を耳でとらえられる。
言葉のイメージとは裏腹に、僕の耳には普通の音として聞こえる。そんなに特殊な音でもない。
ただ、それが『音ではない音』であるという認識はある。音域が違うからだ。
日常的に鳴っていて、機械や摩擦、ちょっとした生活音に紛れていることもある。
自分にだけ聞こえる音と理解できても、音源は分からないことのほうが多い。
「お前にも聞こえているかどうかを確認したかった。
お前は『音ではない音』を聞いたか?」
「たぶん聞こえてる。
気のせいだと流すところだったよ。
疲れてて、耳鳴りがしてるのかと」
「三徹して平気なお前が疲れるとか、どんな過重労働だ」
「うーん、そうだよね。そこまでしたら、朝霧が先にダウンしちゃうだろうし」
「お前今何を想像した!?!?
ああああ、言うな、言わなくていい!!
話を真面目に戻せ!!」
僕は真面目に話していたんだけどな、と思う。
普段はセーブしている身体能力。なのに理性の枷がはずれそうになるのは、朝霧と過ごす夜が多い。
僕は朝霧から、上条さんの話を聞いて思った。
ヴァンパイアにも個体差があるようだ。上条さんの身体能力は人間に近く、風邪をあまりひかない、病気になりにくい程度。
僕のように、本気になればかなり速く走れたり、学校のフェンスくらいワンクッションで飛び越えられたりするのとは違う。
吸血衝動も、苦しくていやな気持ち、というのが上条さんで、僕のように意識を失いかけることはない。
僕は親がいない環境にあった。
大人を困らせないように、幼いころから感情を抑制することを身につけた。
それは瞳が赤く変わると知ってから役に立ったし、穏やかな心をキープすることで、理性を強く保つことができた。
上条さんに比べて、僕は体質の特性が強い。
もし僕が怒りで我を忘れたら、ほんとうの化け物になってしまうくらいに。
つづく
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