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2 古戦場跡地
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佐々木先生、わざと?
何故田中くんと私を同じ発掘チームにするかなー。
こないだの寝言以来、つい意識してしまう。
以前から好意を持たれてるっぽいのは薄々感じてたけど、あれでクラス中に知れ渡ってしまったからね。
まさかこの状況でいきなり告白でもないだろうけど。
「この刷毛どうぞ」と田中くんが手渡してくれる。
「あ、ありがと」愛想笑いするわたし。
「あ、あの」ま、まさか告白か。
「なーに?」平静を装う。
「あ、暑いね」それだけかー。
「そうだね」会話終了。チーン。
彩乃ちゃんとはチームが別れてしまった。彼女は二人でダンスチームを組んでいる仲間。ちょっと(かなり)飽きっぽい人で、演劇部を辞め、映画研究会を辞め、華道部を辞め、でもわたしとの非公式ダンス同好会は奇跡的に続いている。飽きっぽいとはいえ最初から帰宅部のわたしよりずっとアクティブ。
彩乃ちゃんが遠くから無言でエールを送ってきたので、わたしも無言でガッツポーズを返した。
発掘は、それはそれは退屈だった。
真夏かと思うような陽気で汗も出るし、最悪。
何か出てくるなら、ちょっとは楽しいんだけど。
地元の大学の歴史研究室と郷土博物館の合同チームによる発掘作業は、ほとんど終わっていた。
発掘の範囲は、ロープで升目状に区画されている。ほとんどの区画が調査済みで、そのあと綺麗に均されていた。
作業開始前に、佐々木先生が今までの発掘成果をまとめた資料や写真を配布した。
この場所に関して具体的に記述した史料はなさそうで、誰と誰がいつ戦ったのかすらはっきりしないそうだ。
写真には、かなりの数の人骨のカケラ、武具の一部らしき残骸、古い卒塔婆の朽ちかけた破片などが写っていた。弓矢を受けたと思われる傷跡がある骨。頭部がなく、頚椎が刃物で損壊された骨。馬のものらしい骨。それらが広範囲に散らばっていたそうだ。
わたしたちは学芸員の先生の指示のもと、発掘が終わっていないいくつかの区画に散らばって、土を掘り始めた。
目ぼしい何かが出土する気配はなかった。
わたしたち高校生はただの「お客さん」。しかも完全に乗り遅れた乗客だ。
スコップの先で砂に絵を描きだす人。雑談に興じる女子。スコップを刀代わりにチャンバラを始める男子。だらけた空気。暑い。
佐々木先生の厭でも目立つスキンヘッドが、汗で太陽光線をテラテラ反射させながら近づいてきた。
「樫飯さん、なにか見つかったかな?」
「全然です」
「ちょっとは頑張って骨拾おうよ」
「イヤです。穴掘るの苦手だし」
「それでも考古学研究会の部員ですか、樫飯さん?」
「瑠香はれっきとした幽霊部員なんで」
「ゆ、幽霊といえどもですね……」
「だってさー、先生が『あー部員足んないんだよなー、このままじゃ廃部になっちゃうよー』って涙目で勧誘するから、瑠香がお情けで幽霊部員になってあげたんじゃないですか」
「それは確かに事実だけれども! そのことには深く感謝しているけれども!」
「先生こそ何か見つけたんですか」
「全然。なーんにも」
「じゃあ瑠香のこと言えないですよね」
先生も時ならぬ暑さでぐったりしていて、もうなんだか何をいいに来たのかもよく分かっていない模様。
「瑠香ちゃーん」と叫びながら彩乃ちゃんが駆け寄ってきた。
「ほら、小さい骨あったよ。あげるね」そう言ってわたしに白い欠片を手渡してくれる。
「ありがと。ラッキー。ほーらほらほら先生。骨ぇ、ゲットだぜー!」
「いや、ポケ○ンGOじゃないから。それマジな遺骨なんで。そこんとこよろしくお願いします」
田中くんが目を輝かせて骨に見入っている。ほんとに好きなんだな。他のみんなもワラワラ寄ってきた。
「田中、これって毛利元就の骨?」と高橋くんが訊く。
「いや、元就ここで死んでないし」と田中くん。
「でも、この近くの城は毛利の城だったんじゃろ?」
「まあ、毛利方の城ではあるけどな。桜尾城は毛利家の家臣桂元澄の……」
「なんだ元就と違うんか。つまらんのう」
説明の途中で興味を完全に失った高橋くんはチャンバラのほうに戻っていった。
「つまらないとは何だよ。桂元澄はたしかに大物ではないかも知れないけど。でもね、あれだって立派な家臣で、噛めば噛むほど味が出るよっちゃんイカみたいな武将で……」
と、誰も聞いていないのにブツブツ呟いている田中くんに、瑠香はちょっと同情する。だからといって特に慰めてあげたりはしないけど。
* * *
「さ、次々見つけるよ、樫飯さん」と佐々木のハゲが調子づいている。
「いや瑠香はもうゲットしたんで」
「あれは大木さんのポイントじゃん」
「いやいや。ポイントも譲り受けたんで」
「ダメダメ」
オレは、樫飯さんにしつこい汚れのようにこびりついて、イチャコラ話し続ける佐々木のハゲを睨みつけた。両目から必殺レーザービームを発射する。
せっかくの野外授業で気分が開放的になっているのをいいことに、あわよくば樫飯さんに告白しようという目論見は実現しそうにない。佐々木の妨害もあるが、そもそも人が多すぎる。
必殺レーザービームの効き目がまるでないので(当たり前だ)、オレは白兵戦に出ることにした。
「サーサーキー先生ぇー!」
先生にヘッドロックをかます。
「ずいぶんと仲良さそうにじゃれ合ってるじゃないですか」オレの樫飯さんと、と心の中で付け足す。
「あれれ? 田中くん妬いてるの? だって、ボクと樫飯ちゃんは、考古学研究会の顧問と部員(幽霊だけど)だからね。ねー、樫飯ちゃん。ちょ、暴力反対暴力反対」
樫飯さんはビミョーな表情だ。
「ほら、樫飯さん困ってるじゃないですか。それを言うなら、オレと先生だって、郷土史研究会の部長と顧問ですよ」
「いやいや、そっちのほうは、オレ幽霊顧問だから」
「幽霊顧問って概念は今初めて知りましたよ」
「覚えておくように。テストに出るぞ」
「出すんかい」
その時、最後に残された区画で土をほじくり返していた高橋が、突然大声を挙げた。何か見つけたのか?
しかし高橋は、遺骨を発見した喜びで叫んだのではなかった。
奴は、手に持った骨を頭上高く掲げながら、
「やあやあ我こそは、陶晴賢の家臣、大内清志丸なるぞ。こたびの桂元澄の裏切り行為、断じて許し難し。よって天に代わって成敗致す。覚悟!」
そう叫んで、プラスチック製の小さなスコップを振り回し、近くにいる男子に、手当たり次第に襲いかかろうとしている。あんなスコップでも頭に直撃でもしたらただでは済まないが、襲われる方は冗談だと思ってゲラゲラ笑いながら逃げ回っている。
樫飯さんがオレに笑いかけた。なんか久々に見る樫飯さんの笑顔だ。
「戦国武将ゴッコしとる。高橋くん面白い」
ヤツが面白い? オレのほうが一億倍面白いよ!
「そんなに面白い? 幼稚なチャンバラごっこじゃろ」
「だけど妙だな」と佐々木のハゲが。樫飯さんとオレの愛の語らいにヤボな割り込みはやめてくれんかのー。
「何が妙なんですか?」ホラ、樫飯さんが食いついてしまったじゃないか。
「ここだけの話、高橋はいつも日本史赤点だからさー」
「思いっきり個人情報漏洩だ」と樫飯さん。
「まあ公然の秘密だけど」とフォローしてやるオレ。
「だからさ、元就ぐらいは知ってるだろうけど、陶晴賢を知ってるとは思えないんだよね」
陶晴賢は中国地方一帯に勢力を広げた武将で、毛利元就と戦って厳島の戦いで敗北し自害した人物だ。
「覚えてる訳がない、あの高橋が」
そうオレが頷くと樫飯さんは目を見開いた。
「え? じゃあ、あれはウケ狙いじゃないの? てっきり今日のために仕込んだネタかと」
「あいつがウケるために努力するタイプと思う?」
「ウケ狙いじゃないとすると、えっ、本当に武将の霊が取り憑いてるってこと? そんな急にオカルト?」
「そうとしか思えない」と佐々木先生が怖い声を出した「恨みを抱えて死んだ武将たちがぁ、地縛霊となってぇ、この土地に今ぁ……」
「え、やだ、怖いよ先生」
佐々木の野郎は、樫飯さんを怖がらせてご満悦だ。樫飯さん、怖かったら遠慮なくオレにしがみついてくれ。
と、その時。樫飯さんが本当にオレにしがみついて来た。
「田中くん、あれ……」
しがみついている樫飯さんの手の感触、それにこのふにふにとした柔らかい感触は、えーと、これは……思わず樫飯さんの顔を見ると、彼女が怯えながら見ているのは佐々木先生じゃなく、スコップを放り出してひたひたと近づいてくる高橋だった。
「おおお……綾姫、ここにおったか。探したぞ綾姫。ずっとずっとそなたを探しておったのじゃ」
そういいながら近づいてくる高橋の目は完全に何かに取り憑かれている。
「綾姫、ようやくそなたに……」
高橋が間近に迫る。おっぱいの感触にうつつをぬかしている場合ではない! だが、今オレの腕に触れているこのふにふにと柔らかい感触を、深く心に刻んで置かねば、もったいないオバケが出かねない! って、そんな場合か!
オレは樫飯さんをかばうように覆いかぶさり、高橋からガード。そのオレの背中に高橋の手が掛かった。
「おぬし、邪魔立てする気か」
高橋の手が、オレを樫飯さんから引き剥がそうと肩をつかんで引っ張る。ものすごい力だ。危うく引きずり倒されそうになったが、ワシは決死の覚悟で綾姫を守り抜くのみ。
肩を引かれるままに後ろを振り返り、鬼に憑かれたかのような形相に向かって一喝する。
「我が綾姫に手出しは断じて許さぬ。この鷹之丞がお相手いたすぞ!」
そう名乗りをあげつつ、清志丸の腕をねじりあげ、背負投げしようとしたとき、背中に激しい衝撃を受け、二人は共々に、組んず解れつしつつ、どうと地面に倒れ伏した。
気づくと数多の顔がこちらを覗き込んでおる。その中には心配そうな綾姫の顔も。
「綾姫……ご無事であったか」
綾姫は何故か呆気にとられておる。
「ねえ、田中くん、綾姫って誰?」
え、誰って、それは綾……あれ? それは樫飯さん……だったような? ん?
「お前たち大丈夫か? なんかタカノスケとかキヨシマルとか叫んでたようだけど、何のことだ?」と、ハゲ頭が。
オレの隣で横になっていた高橋もむっくりと起き上がったけれど、何か呆然としていて目の焦点が合っていない。きっとオレもそうなんだろう。
「鷹之丞?」
「清志丸?」
オレたちは顔を見合わせた。何か思い出せるような気がする。
「それって……誰だっけ?」
「うーん」
オレたちが首を傾げていると、
「地縛霊ね」
と厳かに宣言する声。学校一のオカルト狂、自称霊能者の権藤夏菜だ。
「地縛霊?」と樫飯さんが尋ねる。
権藤によると、ここは古戦場なので、戦いで無残に殺され、きちんと葬られることもなく、成仏できずにあたりに漂い続けている霊が百ほども見えるという。マジで?
みんなは得意気に説明する権藤を割と冷めた目で見ている。でも、中にはキャーキャー大袈裟に怖がる女子も。権藤が図に乗るからやめれ。
「なんか怖いね」
樫飯さんまで怯えている。
「田中くんと高橋くんは、間違いなく取り憑かれていた」
権藤は自信満々で断言。そう断言されると、そんな気もしてくる。
「え、お前ら、まさか本当に戦国武将の霊に取り憑かれたんだとか言わんじゃろ?」「冗談じゃろ」と回りの連中が口々に。
「え、そうなのかな」とオレ。
「そうなのかな、じゃないじゃろ」たしかに。
「授業中に本気でチャンバラごっことか小学生かよ」で、みんな大笑い。
結局、霊の話はそれで終了。
オレ達はいい年こいてチャンバラに夢中になったチョロスケ二人組ということになった。
暑さのせいで頭がショートしたんだろう、きっと。
でも何かが引っかかる。
学校に向かってみんなでゾロゾロ歩きながら、おれはさり気なく高橋に近づいて、小声で訊いた。
「さっきのって、演技じゃないよな」
「わからんが。暑さのせいじゃないよな」
「おれも何か感じてたような気が」
「だな」
「あんまり霊、霊って言わんとこうや」
「そうじゃな。残念なオカルト野郎と思われてオシマイじゃけえな」
樫飯さんをめぐっては鋭く利害が対立する二人だったが、ここではすんなり紳士協定が成立したのだった。
何故田中くんと私を同じ発掘チームにするかなー。
こないだの寝言以来、つい意識してしまう。
以前から好意を持たれてるっぽいのは薄々感じてたけど、あれでクラス中に知れ渡ってしまったからね。
まさかこの状況でいきなり告白でもないだろうけど。
「この刷毛どうぞ」と田中くんが手渡してくれる。
「あ、ありがと」愛想笑いするわたし。
「あ、あの」ま、まさか告白か。
「なーに?」平静を装う。
「あ、暑いね」それだけかー。
「そうだね」会話終了。チーン。
彩乃ちゃんとはチームが別れてしまった。彼女は二人でダンスチームを組んでいる仲間。ちょっと(かなり)飽きっぽい人で、演劇部を辞め、映画研究会を辞め、華道部を辞め、でもわたしとの非公式ダンス同好会は奇跡的に続いている。飽きっぽいとはいえ最初から帰宅部のわたしよりずっとアクティブ。
彩乃ちゃんが遠くから無言でエールを送ってきたので、わたしも無言でガッツポーズを返した。
発掘は、それはそれは退屈だった。
真夏かと思うような陽気で汗も出るし、最悪。
何か出てくるなら、ちょっとは楽しいんだけど。
地元の大学の歴史研究室と郷土博物館の合同チームによる発掘作業は、ほとんど終わっていた。
発掘の範囲は、ロープで升目状に区画されている。ほとんどの区画が調査済みで、そのあと綺麗に均されていた。
作業開始前に、佐々木先生が今までの発掘成果をまとめた資料や写真を配布した。
この場所に関して具体的に記述した史料はなさそうで、誰と誰がいつ戦ったのかすらはっきりしないそうだ。
写真には、かなりの数の人骨のカケラ、武具の一部らしき残骸、古い卒塔婆の朽ちかけた破片などが写っていた。弓矢を受けたと思われる傷跡がある骨。頭部がなく、頚椎が刃物で損壊された骨。馬のものらしい骨。それらが広範囲に散らばっていたそうだ。
わたしたちは学芸員の先生の指示のもと、発掘が終わっていないいくつかの区画に散らばって、土を掘り始めた。
目ぼしい何かが出土する気配はなかった。
わたしたち高校生はただの「お客さん」。しかも完全に乗り遅れた乗客だ。
スコップの先で砂に絵を描きだす人。雑談に興じる女子。スコップを刀代わりにチャンバラを始める男子。だらけた空気。暑い。
佐々木先生の厭でも目立つスキンヘッドが、汗で太陽光線をテラテラ反射させながら近づいてきた。
「樫飯さん、なにか見つかったかな?」
「全然です」
「ちょっとは頑張って骨拾おうよ」
「イヤです。穴掘るの苦手だし」
「それでも考古学研究会の部員ですか、樫飯さん?」
「瑠香はれっきとした幽霊部員なんで」
「ゆ、幽霊といえどもですね……」
「だってさー、先生が『あー部員足んないんだよなー、このままじゃ廃部になっちゃうよー』って涙目で勧誘するから、瑠香がお情けで幽霊部員になってあげたんじゃないですか」
「それは確かに事実だけれども! そのことには深く感謝しているけれども!」
「先生こそ何か見つけたんですか」
「全然。なーんにも」
「じゃあ瑠香のこと言えないですよね」
先生も時ならぬ暑さでぐったりしていて、もうなんだか何をいいに来たのかもよく分かっていない模様。
「瑠香ちゃーん」と叫びながら彩乃ちゃんが駆け寄ってきた。
「ほら、小さい骨あったよ。あげるね」そう言ってわたしに白い欠片を手渡してくれる。
「ありがと。ラッキー。ほーらほらほら先生。骨ぇ、ゲットだぜー!」
「いや、ポケ○ンGOじゃないから。それマジな遺骨なんで。そこんとこよろしくお願いします」
田中くんが目を輝かせて骨に見入っている。ほんとに好きなんだな。他のみんなもワラワラ寄ってきた。
「田中、これって毛利元就の骨?」と高橋くんが訊く。
「いや、元就ここで死んでないし」と田中くん。
「でも、この近くの城は毛利の城だったんじゃろ?」
「まあ、毛利方の城ではあるけどな。桜尾城は毛利家の家臣桂元澄の……」
「なんだ元就と違うんか。つまらんのう」
説明の途中で興味を完全に失った高橋くんはチャンバラのほうに戻っていった。
「つまらないとは何だよ。桂元澄はたしかに大物ではないかも知れないけど。でもね、あれだって立派な家臣で、噛めば噛むほど味が出るよっちゃんイカみたいな武将で……」
と、誰も聞いていないのにブツブツ呟いている田中くんに、瑠香はちょっと同情する。だからといって特に慰めてあげたりはしないけど。
* * *
「さ、次々見つけるよ、樫飯さん」と佐々木のハゲが調子づいている。
「いや瑠香はもうゲットしたんで」
「あれは大木さんのポイントじゃん」
「いやいや。ポイントも譲り受けたんで」
「ダメダメ」
オレは、樫飯さんにしつこい汚れのようにこびりついて、イチャコラ話し続ける佐々木のハゲを睨みつけた。両目から必殺レーザービームを発射する。
せっかくの野外授業で気分が開放的になっているのをいいことに、あわよくば樫飯さんに告白しようという目論見は実現しそうにない。佐々木の妨害もあるが、そもそも人が多すぎる。
必殺レーザービームの効き目がまるでないので(当たり前だ)、オレは白兵戦に出ることにした。
「サーサーキー先生ぇー!」
先生にヘッドロックをかます。
「ずいぶんと仲良さそうにじゃれ合ってるじゃないですか」オレの樫飯さんと、と心の中で付け足す。
「あれれ? 田中くん妬いてるの? だって、ボクと樫飯ちゃんは、考古学研究会の顧問と部員(幽霊だけど)だからね。ねー、樫飯ちゃん。ちょ、暴力反対暴力反対」
樫飯さんはビミョーな表情だ。
「ほら、樫飯さん困ってるじゃないですか。それを言うなら、オレと先生だって、郷土史研究会の部長と顧問ですよ」
「いやいや、そっちのほうは、オレ幽霊顧問だから」
「幽霊顧問って概念は今初めて知りましたよ」
「覚えておくように。テストに出るぞ」
「出すんかい」
その時、最後に残された区画で土をほじくり返していた高橋が、突然大声を挙げた。何か見つけたのか?
しかし高橋は、遺骨を発見した喜びで叫んだのではなかった。
奴は、手に持った骨を頭上高く掲げながら、
「やあやあ我こそは、陶晴賢の家臣、大内清志丸なるぞ。こたびの桂元澄の裏切り行為、断じて許し難し。よって天に代わって成敗致す。覚悟!」
そう叫んで、プラスチック製の小さなスコップを振り回し、近くにいる男子に、手当たり次第に襲いかかろうとしている。あんなスコップでも頭に直撃でもしたらただでは済まないが、襲われる方は冗談だと思ってゲラゲラ笑いながら逃げ回っている。
樫飯さんがオレに笑いかけた。なんか久々に見る樫飯さんの笑顔だ。
「戦国武将ゴッコしとる。高橋くん面白い」
ヤツが面白い? オレのほうが一億倍面白いよ!
「そんなに面白い? 幼稚なチャンバラごっこじゃろ」
「だけど妙だな」と佐々木のハゲが。樫飯さんとオレの愛の語らいにヤボな割り込みはやめてくれんかのー。
「何が妙なんですか?」ホラ、樫飯さんが食いついてしまったじゃないか。
「ここだけの話、高橋はいつも日本史赤点だからさー」
「思いっきり個人情報漏洩だ」と樫飯さん。
「まあ公然の秘密だけど」とフォローしてやるオレ。
「だからさ、元就ぐらいは知ってるだろうけど、陶晴賢を知ってるとは思えないんだよね」
陶晴賢は中国地方一帯に勢力を広げた武将で、毛利元就と戦って厳島の戦いで敗北し自害した人物だ。
「覚えてる訳がない、あの高橋が」
そうオレが頷くと樫飯さんは目を見開いた。
「え? じゃあ、あれはウケ狙いじゃないの? てっきり今日のために仕込んだネタかと」
「あいつがウケるために努力するタイプと思う?」
「ウケ狙いじゃないとすると、えっ、本当に武将の霊が取り憑いてるってこと? そんな急にオカルト?」
「そうとしか思えない」と佐々木先生が怖い声を出した「恨みを抱えて死んだ武将たちがぁ、地縛霊となってぇ、この土地に今ぁ……」
「え、やだ、怖いよ先生」
佐々木の野郎は、樫飯さんを怖がらせてご満悦だ。樫飯さん、怖かったら遠慮なくオレにしがみついてくれ。
と、その時。樫飯さんが本当にオレにしがみついて来た。
「田中くん、あれ……」
しがみついている樫飯さんの手の感触、それにこのふにふにとした柔らかい感触は、えーと、これは……思わず樫飯さんの顔を見ると、彼女が怯えながら見ているのは佐々木先生じゃなく、スコップを放り出してひたひたと近づいてくる高橋だった。
「おおお……綾姫、ここにおったか。探したぞ綾姫。ずっとずっとそなたを探しておったのじゃ」
そういいながら近づいてくる高橋の目は完全に何かに取り憑かれている。
「綾姫、ようやくそなたに……」
高橋が間近に迫る。おっぱいの感触にうつつをぬかしている場合ではない! だが、今オレの腕に触れているこのふにふにと柔らかい感触を、深く心に刻んで置かねば、もったいないオバケが出かねない! って、そんな場合か!
オレは樫飯さんをかばうように覆いかぶさり、高橋からガード。そのオレの背中に高橋の手が掛かった。
「おぬし、邪魔立てする気か」
高橋の手が、オレを樫飯さんから引き剥がそうと肩をつかんで引っ張る。ものすごい力だ。危うく引きずり倒されそうになったが、ワシは決死の覚悟で綾姫を守り抜くのみ。
肩を引かれるままに後ろを振り返り、鬼に憑かれたかのような形相に向かって一喝する。
「我が綾姫に手出しは断じて許さぬ。この鷹之丞がお相手いたすぞ!」
そう名乗りをあげつつ、清志丸の腕をねじりあげ、背負投げしようとしたとき、背中に激しい衝撃を受け、二人は共々に、組んず解れつしつつ、どうと地面に倒れ伏した。
気づくと数多の顔がこちらを覗き込んでおる。その中には心配そうな綾姫の顔も。
「綾姫……ご無事であったか」
綾姫は何故か呆気にとられておる。
「ねえ、田中くん、綾姫って誰?」
え、誰って、それは綾……あれ? それは樫飯さん……だったような? ん?
「お前たち大丈夫か? なんかタカノスケとかキヨシマルとか叫んでたようだけど、何のことだ?」と、ハゲ頭が。
オレの隣で横になっていた高橋もむっくりと起き上がったけれど、何か呆然としていて目の焦点が合っていない。きっとオレもそうなんだろう。
「鷹之丞?」
「清志丸?」
オレたちは顔を見合わせた。何か思い出せるような気がする。
「それって……誰だっけ?」
「うーん」
オレたちが首を傾げていると、
「地縛霊ね」
と厳かに宣言する声。学校一のオカルト狂、自称霊能者の権藤夏菜だ。
「地縛霊?」と樫飯さんが尋ねる。
権藤によると、ここは古戦場なので、戦いで無残に殺され、きちんと葬られることもなく、成仏できずにあたりに漂い続けている霊が百ほども見えるという。マジで?
みんなは得意気に説明する権藤を割と冷めた目で見ている。でも、中にはキャーキャー大袈裟に怖がる女子も。権藤が図に乗るからやめれ。
「なんか怖いね」
樫飯さんまで怯えている。
「田中くんと高橋くんは、間違いなく取り憑かれていた」
権藤は自信満々で断言。そう断言されると、そんな気もしてくる。
「え、お前ら、まさか本当に戦国武将の霊に取り憑かれたんだとか言わんじゃろ?」「冗談じゃろ」と回りの連中が口々に。
「え、そうなのかな」とオレ。
「そうなのかな、じゃないじゃろ」たしかに。
「授業中に本気でチャンバラごっことか小学生かよ」で、みんな大笑い。
結局、霊の話はそれで終了。
オレ達はいい年こいてチャンバラに夢中になったチョロスケ二人組ということになった。
暑さのせいで頭がショートしたんだろう、きっと。
でも何かが引っかかる。
学校に向かってみんなでゾロゾロ歩きながら、おれはさり気なく高橋に近づいて、小声で訊いた。
「さっきのって、演技じゃないよな」
「わからんが。暑さのせいじゃないよな」
「おれも何か感じてたような気が」
「だな」
「あんまり霊、霊って言わんとこうや」
「そうじゃな。残念なオカルト野郎と思われてオシマイじゃけえな」
樫飯さんをめぐっては鋭く利害が対立する二人だったが、ここではすんなり紳士協定が成立したのだった。
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