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マメ

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15 side:蒼

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 阿知波と別れて教室に向かう途中、痛いほどの視線をいくつも感じた。やはり、この腫れた顔に松葉杖という痛々しい姿は目立つのだろう。すれ違う生徒が蒼を見ながらひそひそと囁きあっている。
 早く教室に行きたいなあと、だんだん憂鬱になってきた頃、後ろから声を掛けられた。
「モッチーおはよー……って、なんだその怪我……」
「ああ……おはよ……」
「おはようございます」
「おはよ……」
 振り返ると、クラスメイトの亀石卓哉(かめいしたくや)が心配そうにこちらを見つめていた。隣には上原もいる。どうやら途中で会ったらしい。上原は事情を知っているが、みんなは知らないはずだ。驚くのも無理はない。どう説明しようか悩んでいたら、亀石の方から聞いてきた。
「その怪我……おじさん知ってんの?」
「いや、まだ言ってない。怪我したのこの前だし」
「これから言うのか?」
「……できれば言いたくないけど」
「まあ、な。気持ちは分かるけど……」
「知ったらすぐに飛んで来そうですもんね」
「強烈だもんなあ……どうしたんだい蒼くううううんんん! って叫びながら泣き崩れるな」
「ですよねえ」
 亀石と上原は遠い空を見つめながら、蒼の父親を思い出しているようだった。
 家に遊びに来た事がある奴は、父親が蒼に構う姿を見ている。それは普通の家庭よりちょっぴり(というと上原に否定される)スキンシップが激しいらしい。
最初はやめろと言っていた自分も途中で諦めるようになり、あまり抵抗しなくなった。麻痺してきたと言ってもいい。
 その姿を見ると、みんな最初は唖然とするが、父親が蒼と妹の朱理以外には普通だと分かると「ただの親バカ」として理解してくれる。それはありがたいけど、ちょくちょくネタにしてからかわれるのがちょっと不満だ。
「二人とも言ってくれるじゃねえか」
「だって本当の事でしょう?」
「ああ……昔から変わってないよなおじさん……久しぶりに会った時も、俺とお前が保育園でケンカしたの覚えてたし」
 亀石が呟くと、上原も思い出したのかクスリと笑った。
「ああ……蒼君を女の子と間違えてショックで泣かせた、蒼君が初恋だったあのたっくんかい!?って暴露したやつですね……」
「そうそう。あれは参ったなー……けっこう根に持ってたんだなおじさん」
「あれは笑いました」
「しばらくみんなにからかわれたもんなー俺」
 蒼と亀石は保育園が一緒だった。当時は「蒼ちゃん」「たっくん」と呼び合い、一番仲が良かった気がする。小学校に上がる時期に、亀石の家が引っ越して離ればなれになり、蒼の家も途中で引っ越したので接点が無くなっていた。
 高一の時にクラスメイトに他のクラスの友人として紹介され、そこで互いに「もしかして……」と気づいたのが再会のきっかけだった。今は普通に仲の良い友人として、上原と共に親しくしている。
 本人が言うように、蒼の父親に久しぶりに会った時も「おじさん相変わらずだなあ」で終わらせていた。そのスルースキルは凄いと思う。
「……悪い」
「まあ愛されてるからいいんじゃねえの? 嫌われてるよりは」
「ちょっと重いですけどね……」
「……父さんにはまだ内緒にしててくれ」
「でも、これ以上具合が悪くなるようなら言いますよ?」
「そうそう、ヤバかったら親を頼れよ。おばさんには言っとくとか」
「そうだな……」
「骨折? ケンカしたのか?」
「ああ……ちょっと巻き込まれてヒビ入った」
「そっかー。ま、心配かけたくない気持ちは分かるけどなーお大事に。ちゃんと周りを頼れよ? 俺らもいるしさ」
 亀石はそう言ってくれたが、父親の過保護ぶりを知っているからか気の毒そうな顔をしていた。
「ありがと」
「いいっていいって」
「本当にちゃんと頼って下さいよ? あなたはいつも自分で抱えようとするんですから」
「うん。大丈夫」
「上原も過保護だよなあ。第二の父親って言うかお兄さんていうか」
 上原が蒼に言った言葉を聞いて、亀石が反応した。これはよく他の友人にも言われる事だ。思わず笑ってしまった。
「ははっ」
「笑ってる場合じゃないですよ全く……」
「悪い悪い」
「全く……」
 上原は不満そうだったが、蒼が鞄を脇に抱えているのを見るとすぐに手を差しのべてくれた。
「あ、鞄持ちますよ」
「ありがと」
「やっぱ過保護じゃん」
「うるさいですよたっくん」
「ぐ、」
「あははっ」
 そのやり取りに和んでしまって再び笑っていたら、二人に睨まれた。こうしていると、チームのいざこざなんて本当は無かったんじゃないかとさえ思えてくる。
 西高にいる間はチームの事は忘れよう。そう思いながら二人と共に教室に向かった。 
「じゃあまたお昼に来ますね」
「ああ、またな」
「じゃあなー」
 教室の入り口で上原と別れ、二人で中に入ると悲鳴が上がった。
「望月君……どうしたの!?」
「凄い顔……」
 それは入り口付近で話していた女子達だった。見た目は派手だし化粧もしていて苦手なタイプだったが、話してみるとサバサバしていて話しやすく、挨拶をされるうちに話すようになった。亀石達ともよく話している。
「ちょっと転んで……」
「マジで? 望月君てドジっ子だったの?」
「ドジっ子……」
「気をつけてよ~? みんなの望月君なんだから…」
 その中の一人が蒼を気遣うようにそう言うと、まわりの女子も「そうそう」と頷いていた。
「は?」
 この子は何を言ってるんだろうか。みんなの望月君だなんて初めて聞いた。
「ううん何でもない! 早く治ればいいね」
「あ、ああ……」
「みんなの望月君……ウケる」
 気づくと後ろで亀石が笑いを堪えていた。何かがツボに入ったらしい。腹を押さえてプルプル震えている。
「亀石……」
「いや、だって……相変わらずモテんなお前」
「モテないって」
「はいはいそう思ってんのは本人だけー。なあ?」
 亀石は蒼の言葉をさらりとかわし、そばにいた女子達に聞いていた。
 すると、さっきの女子とは違う一人が蒼の前に出てきた。彼女は女子の中のまとめ役のような存在の子だ。名前は中野という。
「望月君、ちょっといいかな? 亀石君も来て」
「何?」
「まさか告白ー?」
「いいから来て」
 中野は教室の隅に二人を誘導した後、まわりが聞いていない事を確認してから話を切り出した。
「望月君てさあ、前に付き合ってた彼女とは別れてるんだよね?」
「ああ……そうだけど……何で?」
 以前、女子達に彼女はいるかと聞かれて答えたはずだ。何でまた聞いて来るんだろう。
「元カノって清大(せいだい)女子だったよね?」
「うん」
 清大女子というのは、梢の通っている高校だ。いわゆるお嬢様学校だと聞いたような気がする。確かに梢も清楚な感じで、仕草や身だしなみも綺麗だった。
「……彼女の名前聞いてもいい?」
「清里梢……だけど」
 それを聞いた中野はため息を吐いた。
「そっかあ……じゃあ本当なのかな……」
「何が?」
「ああ、俺も気になる」
 すると、静かに聞いていた亀石も口を出した。別れた時の蒼の様子を知っているだけに気になるらしい。その様子を見た中野は、決心したように教えてくれた。
「それがさあ……私の友達が清大女子にいるんだけど、その清里って子がね、彼氏いるのに二股掛けてるって噂になってるって言うか……凄いらしいの」
「……何で俺に言うんだ?」
「ああ、こいつと元カノは完全に終わってるぞ? 何で今頃?」
 梢とはこの前家に来られた以外は接触していないし、ほとんど友人達の間で話題にもならない。蒼や友人達の中では完全に切れた存在だ。なぜ今になって自分に言うのか理解できなかった。それは亀石も思ったらしく、中野に聞いていた。
 中野は言いにくそうにしていたが、再び口を開いた。
「それがね、二股してる相手が去年まで付き合ってた西高の元彼だって噂になってるっぽくて。これって望月君の事だよね?」
「「はあ!?」」
「彼女本人が言ってるらしいの。元彼に言い寄られて仕方なくって……」
「何だそれ……知らない……」
「しかもね、彼女妊娠してるって噂もあるみたいで……」
「……父親が俺、とか?」
「……うん。どっちの子か分からないみたいな」
「……」
 急に目の前が暗くなった。何でそういう話になってるんだ。しかもまた蒼が悪者的な話になっている気がする。
「……だからか」
「え?」
「この前、いきなりうちに来たんだ」
「元カノが?」
 亀石が興味津々で聞いてくる。
「ああ、別れてから一度も連絡してないし、会わなかったのにだ」
「その時はどうしたんだ?」
「具合が悪かったし、友達が泊まってたから一緒に追い返してくれた。家にも上げてないし、詳しい話は一切聞いてない」
「「……」」
「向こうも友達を無理矢理連れて来たっぽくて。連れて帰って貰った」
 あの時は阿知波とくるみがいたから何とかなった。もしいなかったらと思うとゾッとする。無理矢理中に入って来られたかもしれない。
「「……」」
「俺は何も知らないし関わるつもりもない。あいつとは身体の関係も一年以上ない。子どもができたなら俺の子じゃねえよ。噂になってんなら誤解を解いてくれ」
「何か……望月君から身体の関係とか生々しいんですけど」
「あのなあ……」
「うーん、とにかく作戦会議だな。仲良い奴らには話して元カノが接触してきた時の対策を練ろうぜ。上原も呼んで」
「私は友達に誤解だって伝えとくね」
「ああ……俺は新しい相手がいるからあり得ないって言っといて」
「ええ!?」
「何、モッチー彼女できたの? 初めて聞いた」
「まあ、最近なんだけど……」
 相手が男というのは言わなくてもいいだろう。とにかく梢と何かあるという可能性がないと言うのが伝わればいい。
「へえ……後でどんな子か教えろよ?」
「みんな悔しがるだろなあ……望月君狙ってる子多かったんだよ?」
「はあ……」
 二人してキラキラした目を向けてきたが、蒼はそれどころではなかった。とにかく、誤解を解いて欲しい。新たなる悩みの種にため息しか出なかった。





 朝に聞いた衝撃的な話のせいで、蒼は午前中の授業に集中できなかった。
 どこまで広まってるんだろう。舞の話のように広範囲に渡っていたら最悪だ。
 何で俺を今更巻き込むんだろう。中野の話が本当なら、梢の行動が理解できない。
「モッチー大丈夫か? 顔色悪いけど……保健室行く?」
「え? ああ……大丈夫……」
 ぐるぐると考えていたら、どうやら険しい顔をしていたらしい。隣の席の友人に心配されてしまった。情けなかった。


 昼になると、上原も教室に来た。やはり蒼の様子がおかしい事に気づいたらしい。すぐに訊ねて来た。
「また具合が悪くなりましたか? 顔色が悪いですが……」
「……新しい悩みができた」
「悩み?」
「それがさー、モッチーの元カノの……清大の子が変な事言ってるらしいんだよ」
 一緒に話を聞いていた亀石がすかさず口を開いた。それを聞いた上原も眉をしかめている。
「清大……清里ですか? とっくに切れてるのに今頃?」
「うん……なんか、俺と今の男と二股掛けてるとか噂になってるらしい」
「は? 意味が分かりませんが……」
「だろ?」
「誰が言ったんです?」
「中野。友達が清大女子にいるんだってさ」
「……ちょっと待ってて下さい」
 中野がいる場所を指差して教えると、上原はすぐに中野のそばに行った。事実を確認しに行ったんだろう。
 中野は最初はびっくりしていたが、上原が蒼の親友だと分かっているので詳しく教えたようだ。しばらく二人で話していた。
「困りましたね……」
 蒼達の所に戻ってきた上原はため息を吐いていた。チーム以外の問題が出てくるのは面倒だという意味だろう。
「何で今頃なんだろな」
「本当ですよ。しかもさっき中野に、蒼に確認するまで……怪我は元カノの彼氏にやられたのかと思ったって言われましたよ」
「え……」
「怪我した時に俺もいましたし、絶対に違うと言っときましたから」
「……ありがとう」
 何という事だ。あの時説明しなかったら更なる誤解が生まれていた。それを思うと中野が話しかけて来てくれて本当に良かった。タイミングの良さにホッとしていたら、まだ話してない友人達がパンを食べながら首を傾げていた。
「何なに? 何かあったん?」
「その怪我ってどうしたんだ?」
「それが……」
 とにかく仲の良い奴らには言っておいた方がいいだろう。蒼はこの前梢が訪ねて来た事を含め、彼らにも説明する事にした。 
 話を聞いた友人達は、しばらく無言だった。
「……元カノってそういう子だったっけ?」
「向こうから振ってきたんだよな? しかもその後さあ、モッチーって違う子と付き合ってなかった?」
「ああ。だから!梢とは一年くらい会ってない」
 彼らの言うように、蒼は梢と別れた後に違う子と付き合っていた。彼女の転校がきっかけで別れてしまったが、それでも梢には連絡しようとも思わなかった。
蒼が答えると、二人は更に不思議そうな顔をした。
「何でそれで父親とか言えんの? 意味分かんねえな」
「もしできてても彼氏の子だろ」
「それか違う男がいたりして~」
「女ってこえーなー……別れた男も利用すんのか」 
 みんなそれぞれ好きな事を言っている。梢を貶めるような内容だったが何も思わなかった。もう興味がない証拠だろう。
「もし彼女がみんなの所に来ても無視して欲しい。俺は何も聞いてないし知らない。俺は会うつもりがないって言っていいから」
「分かった」
「しかし面倒な事になりましたね……」
「ああ……」
「モッチーも災難だな……優しいから受け入れてくれると思ってんじゃね?」
 みんなで再び無言になりながら飯を食べていると、誰かのスマホがブブブ……と震える音がした。
「あ、すみません」
 反応したのは上原だった。どうやら彼のスマホだったらしい。
「メールか?」
「はい……」
 上原はメールを見るなり黙ってしまった。なぜか眉を寄せている。
「どうした?」
「……蒼、今日は一緒に帰れますか?」
「大丈夫だけど……」
「雅宗さんが迎えに来てくれるそうです。話があるとか」
「雅宗さん? 何かあったのか?」
 雅宗さんから用があるなんて珍しい。昨日の夜に全てを話しているし、他に何かあるとは考えにくい。BLACK側で何かあったんだろうか。だとしたら、阿知波からすぐ連絡が来るはずだし、ちょっと不安になった。
「会ってから話すと言ってますが……」
「分かった。何だろなあ」
「雅宗さんて友達のお兄さんだっけ?」
 すると亀石が聞いてきた。みんなにはよく行く喫茶店のマスターで、友人の兄とだけ伝えてある。もちろん上原との関係までは伝えていない。
「はい」
「年離れてんのに仲良いんだなー。迎えに来てくれるなんて」
「俺が怪我したの知ってるからかも。いつも世話になってんだ」
「へー……いいなあそういう関係も」
「頼れる人がいるのって心強いよな」
「うんうん」
 みんなが大人の人って憧れだよなーと言う中で、蒼と上原の二人は気が気ではなかった。この会話で上原達の関係がバレるとは考えにくいが、突っ込まれて聞かれたらボロが出るかもしれない。
「雅宗さんによろしくなー」
「はい」
「……」
 極力静かに話を聞きつつ、みんなが違う話題になるのを待っていた二人だった。
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