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12 side:蒼

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 寝苦しさに違和感を覚え、目を覚まして隣を見ると阿知波がいた。この前と同じように、蒼の腰に腕を回したまま眠っている。
「またか……」
 昨日は真夜中にこいつが来て、そのまま意味も分からず縋られて……。
「SHINEだっけ……」
 確か、SHINEの総長が蒼に会いたいと言っていると聞いた。別に会うのは構わないが、こいつはそれを良くは思っていなかった。必ず自分か上原を連れていけと条件を出した。
 そんなに危険な人物なんだろうか。夕禅学園の生徒という事だが、確か神影が学園にあるチームの生徒と友人だと言っていたはずだ。阿知波の話からすると、その友人は石蕗なんだと思う。もしかしたら、他にも知り合いがいる可能性もあるし、その人達から話を聞いているかもしれない。
 結果、神影に聞いてみるのが一番早いと思ったが、蒼は神影の連絡先を知らなかった。だからと言って、喫茶店に行って会えるとも限らない。神影か石蕗に会えれば良いけれど、また藤倉に会うかもしれないし、できればもう彼には会いたくなかった。
 それに、蒼は神影に告白されたのだ。断っておきながら、都合のいい時だけ利用するような真似はできればしたくない。どうするのが一番いいのかよく分からなくなっていた。
「はあ……」
 隣の阿知波をもう一度見ると、気持ちよさそうに眠っていた。SHINEとの話し合いで殴られたと言う頬は痛々しく赤く腫れていたが、こいつの事だから、蒼の腫れた頬と見比べて「お揃いだね」なんて嬉しそうに言うかもしれない。楽観的な阿知波に殺意が湧いた。
「そろそろ起きるか……」
 時計を見ると、朝の六時だった。学校へは歩いて三十分ほどの距離だけど、この怪我ではもっと時間がかかるだろう。今日は早めに出るつもりだ。
 ベッドに身を起こしても、まだ阿知波の腕は絡まったままだった。とりあえず外そうと手で掴んでみたら、阿知波がうっすらと目を開けた。
「……蒼ちゃん?」
「……」
「おはよー……」
「……」
「昨日は指輪ありがとね……」
「ああ……」
「へへ……幸せ……」
「……」
  自分の小指を見ながら、嬉しそうに呟く阿知波に昨日の事を思い出してみる。
 確か、何か証をくれと言われて悩んだ末に、自分のブレスレットもそうだし、アクセサリーでいいのかなあと軽い気持ちで指輪をあげたような気がする。あの指輪は背が伸びる前に買ったもので、サイズが変わってしまったからというのもあるが、今ではほとんど着ける事のなかったものだ。まさかここで活躍するとは思わなかったが、こいつが喜んでいるならそれでいいか。
 とりあえずは朝食を用意しよう。蒼は頭を切り替え、準備する事にした。
「悪い。メシ用意するから離して」
「俺も食っていいの?」
「どうせそのつもりなんだろ?」
 こいつは図々しいから、最初からそのつもりに違いない。返ってきた答えは予想通りだった。
「うん。よく分かってるね~」
「……」
 やっぱりそうかと思っていると、何かに気づいた阿知波が声をあげた。
「あ」
「何?」
「蒼ちゃんの頬もまだ腫れてる……お揃いだね」
「……」
「蒼ちゃん?」
「死ね」
 気づけば阿知波を殴っていた。予想通りだったとはいえ、やはり言われたらムカついた。
「いきなりなんで!?」
「悪い……なんかムカついた」
「はあ!? 蒼ちゃんのバカ!」
 阿知波は頭を擦りながら蒼に文句を言った。だが構っている暇はない。今は早くご飯が食べたかった。
「さっさと支度しろ」
「……分かった」
 これ以上蒼を怒らせたらまずいと悟ったのか、阿知波は渋々ベッドから降りた。よく見ると、着ている物は私服だった。この前と同じような黒のTシャツにジーンズを穿いている。
「お前、制服は?」
「蒼ちゃん送って行ってから一旦家に帰るから大丈夫」
「は? 何言ってんだ?」
「だって、その足じゃ辛いでしょ? 西高までバイクで送ってく」
「な……」
 飄々と当たり前のように告げる阿知波が信じられなかった。こいつはただでさえ目立つのだ。そんな事をすれば蒼まで注目を浴びてしまう。
「遠慮する。目立ちたくねえ」
「大丈夫だって。正門から離れた所で降ろすし」
「そういう問題じゃねえ」
「送らせてくれないなら一緒に歩いて行くもんねー」
「はあ?」
「蒼ちゃんが途中で倒れたら危ないから一緒に歩いてく」
「……」
 まずい。この調子だと本気のようだ。
こいつは確実に一緒に来ようとしている。何か策は無いかと頭を巡らしたが、体調不良の今の頭では何も思いつかなかった。
「別に校内に入るわけじゃないしいいじゃん」
「……」
「俺は蒼ちゃんが心配なの!」
「う……」
「蒼ちゃんが無理やり俺を置いて行っても追いかけるし、二人ともこの怪我だし徒歩の方が目立つと思うけど」
「うう……」
「ね? バイクで行こう?」
 ああ、やっぱりこうなるのか。自分の流されやすい性格に嫌気が指したが、バイクと徒歩、どちらがいいか天秤にかけたらやっぱりバイクの方が目立ちにくい。阿知波は絶対に引かないだろう。こういう時は蒼が折れるしかないのだと過去の経験から学んでいた。またキレて暴れられたら迷惑だ。
「……分かった」
 こいつの思うままになるのがなんだか悔しくて、つい下を向いてふてくされてしまう。すると阿知波はすかさず抱き締めてきた。
「蒼ちゃんごめんね? 嫌がらせしてる訳じゃないから……本当に心配なんだ」
「分かってる……」
 こいつは本当に心配してるだけだろう。ただ、こいつは目立つのだ。その容姿も、その身長も。さらに行動までも派手らしい。チームに関係ない人間もこいつの事を知っていると聞いた。
 西高の友人は、蒼や上原がチームに入っている事を知っている。けど、総長を務めている事は言っていない。もちろん、こいつと付き合うようになった事もだ。
 今はあまり目立ちたくはない。そんな蒼の気持ちとは裏腹に、こいつは蒼と一緒にいたいと言う。今の蒼にはそれを振り切る体力はない。
「あまり派手な行動はするなよ……? 怪我もしてるし、本当に目立ちたくないんだ」
 今の自分はそれを言うのが精一杯だった。阿知波は「分かってる」と言いながら嬉しそうにキスをしてきたが、蒼の心の中は複雑だった。







 離れたがらない阿知波を殴って無理やり剥がし、冷蔵庫に向かった。扉を開けてみると中にはほとんど何も入っていない。そういえばここ数日は買い物に行けなかったと思い出した。
「はあ……」
「どしたの蒼ちゃん」
「食べるもんがねえ。パンと米どっちがいい? 米の場合はおかずが無えけど」
 他に思い当たる物といえば、食パンか米しかない。仕方なくそう問えば、阿知波は「パンがいい」と答えた。
 トースターに食パンを放り込み、程なくして焼き上がった物にマーガリンを塗っていると、阿知波が不思議そうに質問してきた。
「何もねえの? 雅宗さんがメシ作りに来たんだろ?」
「ああ」
「あの人が使っちゃったのか?」
「いや……昨日は昨日の分だけ材料買ってきてくれたみたい……俺はしばらく買い物行ってねえからさ」
 確かに、昨日は雅宗さんが来たが、夕飯の分だけ買ってきたらしく、余計な物は持って来なかったようだ。冷蔵庫を見るなり「失敗したなあ」と呟いていたのを覚えている。
「買ってきてって頼まなかったのか? スーパーすぐそこじゃん」
「そこまで頭が回らなかった。あんまり迷惑掛けたくねえし……痛っ」
 気づけば頭を叩かれていた。弱い力だが阿知波が蒼を叩くなんて久しぶりで驚いてしまう。
「蒼ちゃんのバカ。具合悪い時ぐらい頼んなきゃダメじゃん。黙って倒れられたら気分悪い」
「だってさあ……」
「だってもクソもねえよ。みんな心配してんのにバカみたいじゃんか。信用されてねえみてえだし」
「……ごめん。そんなつもりじゃねえんだけど……そう見えるのかな」
「蒼ちゃん?」
「昨日……上原と雅宗さんにも言われたんだ。俺は何かあっても言わなすぎて、逆に心配になるって」
 昨日、雅宗さんが来た時は上原もいた。何か欲しい物や食べたい物はあるかと聞かれ、特に無いから大丈夫ですと答えた。すると二人して「蒼の悪いクセだ」と笑ったのだ。
 自分ではあまり意識はしていなかった。ただ、わざわざ来てくれたのにこれ以上頼るのは申し訳ないという気持ちから出た言葉だった。それを二人は遠慮しすぎだと言ったのだ。
 それを聞いた阿知波はなるほどと頷いた。
「やっぱ蒼ちゃんは甘え下手なんだね」
「甘え下手?」
「付き合ってって言った時も言ったかもしれねえけど、蒼ちゃんは甘える事に慣れてねえ。だから、なかなか頼ってくれない」
「そう、かな……」
濁すように口ごもると、阿知波が即答した。
「そうだよ。ありがとうの前に申し訳ないとか、ごめんなさいって思っちゃうんでしょ?」
「なんで分かるんだ?」
「うーん、蒼ちゃん弱って可愛くなってる時はネガティブな事ずっと言ってたからさ。申し訳ないとか、自信がないとか」
「……そうなのか?」
「うん。凄く可愛かった」
「……」
 阿知波の言う「弱ってる時」の記憶は自分にはほとんどなかった。うっすらとは覚えている気もするが、自分が何を発言したのかはよく覚えていない。自分の知らない間に何が起こってるんだろうか。
「実はさ、覚えてないんだよな……その、お前の言う、弱ってる時の事……」
「マジで? それ病院で言ったのか?」
「言った。次に出たらすぐ知らせろって言われた」
「そう……じゃあ、もしまたそうなったら言うけど……あんま良くねえかもな」
「なんで?」
「蒼ちゃんがそういう状態になる時ってさ、精神的に苦しい時とかトラウマ思い出した時だから」
 阿知波は申し訳なさそうに頭を掻いている。自分の前で出た時の事を思い出してしまったらしい。そういえば、いずれも阿知波に襲われた時や責められた時だった。それを思うと、なんで自分はこいつと付き合う事になったんだろうと疑問に思えてくる。やはり弱ってたから受け入れてしまったんだろうか。
「……俺、何でお前と付き合うって言っちまったんだろな。自分が良く分かんねえ……」
「ちょ、別れるのは無しだからね!? 弱ってたからとか、無しだからね!?」
「……いや、だってお前……違うと思ったら別れればいいって言ってたよな?」
 阿知波は確かそう言っていたような気がする。うっすらと残る記憶がそう言っていた。蒼が思わずその台詞を言ってしまうと、阿知波は口が開きっぱなしになり、信じられないとばかりに首を振った。
「信じらんねえ……なんでそんなとこは覚えてんの!?」
「え……良くわかんねえけど思い出した」
「蒼ちゃん酷い……絶対、絶対、絶っっ対別れねえから!!!」
「う、うん」
 阿知波は慌てて蒼の腕を掴み、揺さぶりながら言い聞かせてきた。そこまで必死な阿知波に驚き頷いてしまったが、本当に、何でこんな自分を好きになってくれたんだろう。
 その理由は聞いたはずなのに、未だに信じられない自分がいた。



***


 阿知波の手を借りてバイクに跨がり、ヘルメットを被ると、彼も蒼の前へと乗り込んだ。松葉杖はバイクに紐で括りつけた。
「じゃあ、しっかり掴まっててね」
「うん」
 阿知波の腰に手を回して掴まると、思い出したように話し掛けられた。
「……さっきの話、忘れないでよね」
「分かった分かった」
「もう! 蒼ちゃんは軽すぎる!」
 あれから阿知波は朝食の間中、「別れないから」と何度も蒼に言い聞かせていた。あまりにしつこいので分かったと適当に頷いていたら、話を聞いてない! と声を荒げ、そこからケンカに発展しそうになってしまった。
 正直、朝からそんな事はしたくなかった。話を続けようとする阿知波を宥め、大丈夫だからと適当に頭を撫でてやるとびっくりするほど大人しくなり、それ以上、何かを言う事はなかった。
 それで話は終わったと思っていたのに、また思い出してしまったらしい。縋られた時も思ったが、本当に面倒な男だなと思う。
「お前面倒な男だよなあホントに」
「蒼ちゃんが分かって無さすぎなの!」
「まあいいから早く行こうぜ? な?」
 また口論になるのは避けたかった。
さっき気づいたが、こいつは蒼に触れられるのが好きらしい。だから、背中にしがみついて早く行けと促した。
「……分かった」
 すると阿知波はブツブツ文句を言いながらもバイクを発進させた。本当に効果があるようだ。あまり使いたくはない手だが、これからも同じような場面に出くわしたら使おうと思った。






 それから程なくして西高の近くに着いたが、やはり阿知波は名残惜しそうにしていてなかなかその場から離れようとしなかった。
「本当に大丈夫?」
「大丈夫だって。友達もいるしさ」
「上原は同じクラス?」
「違うけど……でもクラスにも友達いるし、何かあったら助けて貰うから」
「そう……」
 阿知波はまだ心配そうな顔をしている。そんなに自分は頼りないだろうか。子ども扱いされているようで納得がいかない。
「大丈夫だって! お前も早く行かないと遅刻するぞ?」
「はあ……蒼ちゃんが東高だったら良かったのに……」
「それは嫌だ」
「なんで」
「ずっとくっつかれてんのしんどい」
 同じ高校だったら一日中そばに居られそうな気がする。昼も夜も一緒だなんて疲れそうだ。
 それをつい正直に言ってしまうと、阿知波が眉を寄せた。
「酷い……こんなに好きなのに……」
「それは分かってるから。とにかくもう帰れ。な?」
 さっきと同じように頭を撫でて宥めてみると、恨みがましいような目で見つめられたが、なんとかバイクに乗ってくれた。
「帰りも迎えに来るから」
「大丈夫だって。気にしなくていい」
「でもさあ」
「目立ちたくねえって言っただろ。家には来ていいから」
「チッ……」
 阿知波は舌打ちしながらも「家に来ていい」の言葉で納得したようだ。本来ならこの状況も譲歩した結果であると分かっているんだろうか。
「ほんとは送られるのも嫌だったって分かってんのか?」
「……」
 阿知波は頷いた。
「だったら早く行けって。またな」
「……ああ」
 機嫌悪くなったかなと思いつつも、阿知波をそのまま行けと促した。それに抵抗もせずに発進しようとしていたのでたぶん大丈夫だろう。もしまわりに当たるとしても、きっと白坂か橘だろうし、後は任せる事にした。
「ああそうだ。阿知波」
「……何?」
「ありがとな」
 嫌だったとはいえ、とりあえずお礼は言った方がいいだろう。そう思って口にしたが阿知波は黙ってしまった。やっぱり怒ったんだろうか。
「阿知波?」
「蒼ちゃんのタラシ!」
 阿知波はそう言うなり、スピードを上げてあっという間に目の前から消えてしまった。いきなりの事に何があったのか理解できない。
「なんだあいつ……意味分かんねえ」
 自分は何か余計な事を言っただろうか。ただお礼を言っただけなのに、なんでタラシなんだ。
 答えはいつまでも分からなかった。 

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