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夢の中

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それはいつだったのか、今はもう思い出せない。
気がつけば時折夢の中に現れるその人。
まるで水の中にいる様にその人のシルエットしか知ることができない。
ただ最近そのシルエットが少しづつ鮮明になってきている事は、嬉しいような、怖いような、なんとも言い難い気持ちだった。

そんなある日、眠りに落ちて間もなくふわっと身体が浮く様な感覚に襲われる。

あ・・きた。

重い瞼をどうにかこじ開けると、いつもは椅子に座るその人が血が滲むボロボロの服から白い肌を見せ大理石と思われる白い床に座り込んでいた。
「!!!」
一体何がっ!?
つっーか、めちゃクリアな視界!
はやる気持ちで一歩を踏み出したところで・・
「えっ?」
足元に目をやると、素足が見えたが・・え?なんか・・。自分の足に違和感を感じて立ち止まると、
「誰だっ!」
鋭く響く声で叫んだのは、血まみれの男。
普段は後頭部で結ばれていた銀髪は無造作に下され、所々泥や血の塊がこびりついていた。
驚きに満ち見開かれた目は緑で瞳孔が縦に開いている。
・・人?ですよね?
初めて見る瞳に違和感を感じつつもそれさえどうでもよくなるのは、鼻をつくような鉄っぽい血のむせ返るような匂いだ。
青い服は、今は血で染まり黒みを帯びた・・軍服?
ズボンも膝から下は所々破け、血が滲んでいる。
「き・・。」
プルプルと私の唇が震える。
「き?」
呆然と返す血まみれの男。

「救急車!!!」
静かな室内に私の絶叫がこだました。


「いいか?大きな声を出すな。この部屋には防音の術がかかっているが、耳のいいものには聞こえる。」
血まみれの男に引っ張られ、ただ今血まみれのお膝の上で大きな手で口を覆われている。
術??意味わかんないがこれ以上は酸素が足りないっ!
コクコクッ。
勢いよく首を縦に振る。
「手を離すぞ?・・叫ぶな。」
深い緑の瞳が言葉とは裏腹に懇願する。
そっと唇から手が離れた。
ぷはっ。さ、酸素・・。
酸欠寸前の身体にすぅすぅと酸素を取り込む。
「「・・・。」」
じっとこちらを見つめる緑の瞳。
・・えっ、これ何タイム?
不審者じゃないかとか?
そういえば、いつもはシルエットぐらいしか分からなかったのに、今日はなんでこんなにリアル?
っていうか、けが人の膝に乗っちゃってるよっ!
「あ、あのっ!」
膝の上から退こうと逞しそうな腕を掴むと、
「っ・・。」
「えっ?あっむぐぐ。」
掴んだ腕が血まみれで、私の手まで赤く染まった。
「お前は馬鹿か。」
がばっとまた大きな手で口元を覆われ、また元に戻った。


「・・膝から降りて良いですか?」
「じゃあ椅子に座れ。」
「一脚しかないじゃないですか。どう見ても重役椅子っ。私じゃなくて貴方が座るべきでしょ?」
「今座れば血で汚れる。構わんから座れ。」
「じゃあ、床に「それは許さん。」
なぜ?か床に座ることを許されず、血まみれの男の膝にちょこんと腰掛ける私。
この体勢は頑固なこの男が譲らない為仕方がないが・・
「驚かないんですか?」
おぼろげシルエットでお互いの姿を夢で見てはいたが、こんなにリアルに触れ合うのも見るのも初めてだ。
「声が・・遠くに聞こえていた声だ。お前、夢に出てきたやつだろう。・・ぶつぶつうるさいと思っていたが、まだ幼い子供だったとはな・・。」
クスッと緑の瞳が細くなる。
・・あれ、もしかしてイケメーン?
ってそれどころじゃないでしょう!?
「私はっ!」と言いかけたところで、またしても違和感、いや今度は明確な理由に気がついた。
胸がっ!
私の大きさより形でしょう?と慰めてきた乳がっ!
絶壁になってる!!
さっと血が引き、わしわしと自分の胸を両手で弄るも、感じるのはありえない胸板と胸筋・・。
わたし・・こんな細マッチョ?じゃないでしょう?!
どーなってんだぁっと信じられない事態に混乱して俯いていると、
「お前、胸が痛むのか?それとも苦しいのか?」
と血だらけの緑なお目に銀髪さんに言われる。
・・うん。夢だ。
なんでもありだ。
きっとわたし、細マッチョに飢えていたに違いない。
「いや、大丈夫。・・こんな血みどろで、どうして手当てしない・・だ?夢の中でも見てて痛すぎる。」
たぶん今男の見た目だろうから、なんとなく男言葉にしてみた。だって、おねえになっちゃうじゃない?それにしたって、血みどろなのに私を膝に乗せてるなんてどうかしてる。
「手当て?・・ははっ。さすが夢の中。俺に手当てを勧める奴がいようとは。」
面白いと笑うこの男やっぱおかしい。
「手当てしないでどうやって治す・・んですか。」
「二、三日で勝手に治る。」
「は?」
どう見たって救急搬送されそうな血みどろ男。勝手に治るなんて・・。
「ほら、見てみろ。」
男がボロボロになったズボンの足首辺りをめくると、血は付いているが傷は・・ない?
「俺は竜人と人間のハーフなんだ。よっぽどの怪我でなければ自分で再生する。」
竜人?
人間とハーフ?
再生?
・・私、異世界ファンタジー?なものってあんまり知らないんだけど。
夢の中って願望が現れるっていうもんな。
私、こうゆうの好きだったのか・・。
ううーんと自分の趣向に唸っていると、
「お前は、怖くないのか?」
男がうつむきがちに聞く。
「へ?」
怖い?なに私の中2趣向?
気まずげな男を見つめていると、おずおずと目が合った。
綺麗な緑色の瞳。・・ビー玉みたいだな。
「人間じゃないんだぞ。」
「・・。」
・・そうか、ハーフさんでしたね。
怖いって・・。
「血まみれなのが怖い。」
そう、血まみれでなければ、このイケメンハーフさんは眼福な気がする。
私の妄想力半端ねえ。
「・・へんな奴。」
ははっとイケメンハーフが微笑んだ。
「いや、貴方もだいぶ。」

「これ必要か?」
イケメンハーフが不服とばかりに声を出す。
「だってさ、見てられないでしょ?」
いくら夢の中でも血まみれ、どろどろの人をそのままほっとけなくて、部屋の中の浴室に椅子を持って行き、血がつかないようにタオル?と思われる布を置きイケメンハーフさんに座ってもらうと、少し背もたれを倒し横になってもらった。そして、手洗いの桶の中に湯を張り長い髪の毛と後頭部を入れ、血だまりや泥を落としていく。
水が瞬時に適温の湯に変わった事はこの際気にしないことにしたけどね。
全然使われた形跡のないシャンプーの入った瓶から液体を出して泡だて優しく洗うと、目をつぶったイケメンハーフの眉間にシワが刻まれた。
「・・気持ちよくない?」
「お、お前こんな事を誰にでもしているのか?」
ぱちっと目を開けこちらを睨むイケメンハーフ。
「流石に美容師でもないしやった事ないよ。でもさ、人に洗ってもらうって気持ちよくない?」
「・・悪くない。」
ムムッとした表情はきっとまんざらでもなさそうだ。素直じゃないなー。
お湯を何度か入れ替えると輝く様な銀髪が蘇った。
おおっ。私の妄想クオリティすごいな。
置いてあるタオルで髪をある程度乾かすと、
タオルを湯につけ、血に染まる腕を拭いた。
「っ・・まだ塞がってないからやめろ。」
血まみれの腕を私の手から外そうとする。
「痛かった?ごめん。でもさ、二、三日はかかるんでしょ?一度綺麗にした方が良いよ。」
そのうち治るにしても、やっぱさ血みどろのままってあんまりじゃない?
「どうせまだ血は流れる。」
ムッとした顔で言い返すイケメンハーフ。
「だから、綺麗な布とかないの?血出てるとこだけでも巻いたらいいじゃん。それで他のとこは綺麗にするの。そうしなきゃずっと椅子にも座れないじゃない?」
二、三日、このイケメンハーフさんが血を流しながら床に座り込むって、なんか見てられないんだけど。
「・・いずれ血は止まり怪我も治るのに、そんな面倒なことをする意味が分からない。」
とイケメンハーフがこちらを小馬鹿にしたように言い放った。
なんなの、こいつ!!
勝手に私の安眠時間を邪魔しといて、勝手に血みどろになるし、怪我は治るからそのままでいいとか、見てるこっちが痛いっつーの!
「よし分かった、イケメンハーフ!お前のためでは全くないが、私の!安眠のために包帯を巻く!手当するセットを渡しなさいっ!」
これは決定事項だとばかりに怒鳴りつけると、「お前?って、俺に言ってるのか?」とかぶつくさ言ってる。
お前はお前だろうに!
面倒なやつだと思いながら部屋を見渡すと、なんとも殺風景な部屋。
仕事関係と思われる書類が満載の机と重役椅子、そして本棚とベッド。あとは・・クローゼット?らしき扉のみ。
ただ、本がぎっしり入った本棚に埃のかぶったボックスが一つ目に入る。なんとなく救急箱っぽいその形にあたりをつけ、本がどさどさ落ちるのも気にせずにボックスを開ければ包帯らしき布と薬関係と思われる瓶が何個か。あとは袋に入った薬?・・よく分からん。私の中二病よ、もう少し補正してくれ。
分からないなりに、蔦模様みたいな字がなんとなく読めたのでガーゼや包帯を取り出し血が流れる腕に巻いていく。
「っ・・。」
イケメンハーフの眉間にシワが寄る。
痛いって言やあ良いのに、素直じゃねえなと思いつつ気になり箇所に包帯を巻くと、
「ふふ、ミイラみたいっ・・。」
「は?」
あまりのぐるぐる巻き具合に心配を通り越して笑いが漏れた。ほらだって、本人は意識もしっかりしてるしムカつくし?
「はあ、ごめんごめん。これで気が済んだ。」
そう私が言った途端、なんだか視界に靄がかかった。
あ、なんか、これは夢の終わりのサイン。
「じゃ、お大事・・。」
と言い終わる前に私は目を覚ました。
ジリジリと鳴り響くスマホのアラームを止めて、眼に映るのは私の1LDKの天井。
「・・リアルな夢だったなあ。」
誰もいない静かな部屋に独り言が響いた。



「・・。」
なんだアイツは。
俺をこんなぐるぐる巻きにして、笑って消えてったぞ。
しかも俺のことをお前呼ばわりするなんて。

艶々な銀髪を邪魔そうにかき上げた彼が血の滲む包帯を見つめ微笑んでいたのはまだ誰も知らない。
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