執着系上司の初恋

月夜(つきよ)

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幾久しく幸せな日々

冷静沈着男子山城の失態

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華視点

ガタンゴトン、ガタンゴトン。カタカタ、、
聞こえるのは、電車の走行音と隣でノートパソコンで仕事をする山城さんのタッチ音。
流れる景色はもうすっかり一面雪景色。ただただ真っ白な外の世界は暖かな車内からはとても寒そうだが、幻想的で美しい。そして、その景色にあの時から季節はしっかりと進んでいたことを実感する。
あの時のユウマさんとの緊張もしたけど甘い記憶が蘇る。
怖いと思ってた佐野さんが思いのほかいい人で、帰りはドキドキとしながらもユウマさんの肩で寝てしまった。ユウマさんの頑張りすぎるなと言った時の顔、肩に頭を寄りかからされた時の温もりとユウマさんのバニラの甘い香り。
流れ行く白い景色が太陽に反射して眩しくて、目を閉じた。
ああ、昨日あんなにうだうだと泣いたのに泣き足りなかったのか。甘い記憶は私の涙腺を刺激する。
夜中、ユウマさんからもう一度着信があったけど光るスマホを手に取ることはなかった。
今電話に出たら、泣いていると分かってしまいそうだし、責めてしまいそうだと思ったから。
スマホの呼び出し音が途絶え、フッと黒い画面に戻るのをじっと見ているしか出来なかった。
そして、そんな自分が嫌だった。
どうして、異動の事を言ってくれなかった?ってこんなにうじうじとせず、軽く聞けないのか。
一晩経って、ユウマさんなりに考えて、私は後回しにした方がいいと思ったんだと受け入れられる。
でも、胸を占める思いは言ってくれなかった事実よりすれ違ってしまうことの怖さだ。
互いが互いを想っていても、すれ違い、結局は離れ離れになる事もあると私は知っている。
私の父と母だ。
お互いを想っていても、どうにもならない事もあると子供の頃感じざるをえなかった。
それでも、誕生日やクリスマスには大人になるまでプレゼントも絶え間なく届いたし、父のおかげで生活に困ることもなかった。たしかに父は私たち家族を愛してくれていたんだと感じながら大人になった。それでも、いなくなった父のダイニングの定位置だった席をたまに悲しそうに見る母を見ると、胸が切なくなった。

「好き」だけじゃ一緒にいられないの?

その答えは、大人になった今も分からない。

父と母と、ユウマさんと私は違うかもしれない。ユウマさんは元彼とは違うのは分かるけど・・不確かな未来にどうしようもない不安が襲う。


工場に着き、佐野さんに井上さんから頂いた貴重な顧客ニーズについて話す。
やはり詳細な内容については分からなくて、この出来る後輩山城さんに助けてもらった。
「おい、ねえちゃん良くやったじゃねえか。」
一通り話し終えた後、佐野さんの笑顔を初めて見た。
強面の佐野さんの笑い皺には優しさが溢れていて、せっかく工場まで来たのにまともに自社製品についての話し合いに参加できない自分を不甲斐なく思っていた私には、喉の奥にこみ上げる甘酸っぱいものがあった。
「やればやるだけ、動けば、動くだけついてくんだよ。
んな、しけたツラしてねえで今日は飲みにいくか?」
そう言う佐野さんの口は悪いけど人としての温かさに、今日は他のしなければならない事があると勇気づけられる。
次回は必ず・・そう約束して工場を後にした。

帰りの車内では、山城さんはノートパソコンは出さず、スマホをいじっていた。
少しだけ日の出る時間が伸びた今日は、こないだと同じ時間でもまだオレンジ色の光ではなく外は白い光が反射していて眩しい。そんな景色を目を細めて見ていると、
「加藤さん、すいませんでした。」
振り返ると、頭を下げる山城さん。
「あ、ごめんね。。やっぱり分かっちゃったか。」
私の被りきれない仮面はこの出来る後輩には通用しなかったようだ。
「今更、言い訳でしかありませんが、もうすでに知っているものと思い込んでいました。自分の不用意な発言で、お二人に嫌な思いをさせてしまいました。」
山城さんの視線を落としたその顔は、彼自身の心の内を私に教えてくれる。
「ううん。山城さんのせいじゃないの。多分、私のせいだから。ゆ、、課長に異動の事を言わせなかったのは私自身なの。」
苦笑いしながら、山城くんに昨日の晩思った事を話す。
「先週ね、前職の可愛がってた後輩がさお客様とトラブっちゃって、ピンチの時に上司が助けてくれて・・まあ、その時は事なきをえたんだけど。後輩はさ、そのあと上司にすごく叱られて、自信なくして私に電話してきたんだ。でも、話を聞いてたら、その上司は後輩をよく見ていたからこそ助ける事が出来て、後輩を思うからこそきつく叱ったのがわかってさ・・。
その話を課長にもしたんだよね。私にとっての頼れる課長のようだと。。。

だから・・言わせなかったのは、私なの。」

きゅっと唇を噛み締めると、目の前が涙で滲んだ。
そう、昨日の晩泣きながらも言わせなかったのは、自分自身で、言ってくれなかったと私はユウマさんに責めることは出来ない、出来ないが、取り繕うことも出来ない。
そんなどうしょうもない気持ちを持て余していた。
「加藤さんは課長の事がよく分かってると思います。僕がこんなこと言うのは、おかしいんですけど
・・聞き流してくれて構いませんが、僕は、加藤さんが2課に来てくれて良かったと本当に思っています。
個性の強い2課で、きっと分からないことばかりの中でも必死に頑張る姿は皆が認めるものです。
社内の事は、その都度覚えればいいだけで、加藤さんはそれよりもっと大事なものを既に持っていると、、なんだろ、上手く言葉になりませんが・・僕にないものを持っていると尊敬しています。」
あの、いつも冷静で感情などあまり見えない山城さんが私のために、言葉にならない気持ちを一生懸命に伝えてくれていて・・全然ダメな頼りにならない私を尊敬すると言ってくれて。ダメだと思うのに、我慢できずに涙が溢れ出た。
「あっ、ええっ!?ここ、泣くとこですか?」
珍しく焦る山城さんに笑いが溢れるが、どうやら昨日から緩んだ涙腺はなかなか涙を止めてはくれなかった。

山城視点

俺は昨日からの自分の失態をどうにか挽回するべく、加藤さんを元気づけようと普段なら口にしない気恥ずかしい思いを話していたら、加藤さんが泣き出した。

やべえ。泣かした。
これ、課長にバレたらシメられる・・。
焦る俺を笑いながらも涙が止まらない加藤さんをどうしていいのか分からない。
夕方の車内は行きよりも人が乗っている。なんとなくこちらを注視する周囲の気配を感じなくはない。
まずい、非常にまずい。
俺は肉食女子は嫌いだが、基本的には女子に優しい男だ。泣くいたいけな女子がいたら、他人の視線に晒すなど、きっと優しい男のする事ではないだろう。
でもここで、俺の胸でも貸した事がバレたら・・想像するだけで胃が痛い。あの初恋に溺れるハイスペック上司にどんな陰湿な仕返しを食らうか・・。
胸がダメなら、ハンカチ?いや、それじゃ泣き顔を隠せないだろう。肩を貸す??
そんな焦る俺の目にはあるものが目に入った。
ふわっと、加藤さんの目から下をマフラーで包む。
「それ、明日まで貸します。美女が隣で泣いてると、俺めっちゃ居心地悪いんで。」
俺のマフラーに包まれた加藤さんは、泣きながらありがとうと言った。
ちょっぴりズキュンと俺の心が音を立てた気がするが・・それは気がつかない事にする。俺には、他に大切に想う子がいるからね。



工場からの特急列車を降り、加藤さんとの別れの際に
「俺から、課長に何か言っときますか?」とお節介ながらも聞いた。
「今日の事は内緒にして下さい。恥ずかしいので。」
口元まで下がっていたマフラーを目元近くまで引き上げた加藤さんは恥ずかしそうに笑った。
・・なるほど、課長が惚れるのも分かるよね、なんて思っていたら、

「何が内緒なんだ?」
振り返るとそこには、表情を無くした冴木課長。
ザッと血の気が引いた。
2課に来て2年。こんな威圧感のある課長、見たことない。
電車に乗った後、帰宅のメールをしたから駅まで加藤さんを迎えにきた事は分かる。でもなんで、そんなに?
・・秘密って言葉が誤解を生んだ?そう思い弁解をしようとしたら、
「なんで、、他の男のマフラーなんてしてんだよっ!お前、優しくされたら誰でもいいのか。。」
加藤さんに怒鳴ったんじゃない。それは、傷つけられたって顔で絞り出すような声だった。
課長が加藤さんの首元に手を伸ばし俺のマフラーに触れようとした。
さっと、後ずさった加藤さんは目元まで引き上げたマフラーを握りしめて、
「・・じゃあ、、優しくなんてしないでっ!」
そう言って走り去って行った。

えっ?マフラー?俺は意味がわからなかった。
いや、気分良くはないだろう。でも、それってそんなに怒ることなのか?
でも、今はそんな事より・・。
「課長、あの誤解「悪い、、。ほっといてくれ。」
俺の言葉に被せるように課長は俺に別れを告げ、加藤さんとは別方向に歩き出した。
一人取り残された俺は、人の流れゆく駅のホームでただ立ち尽くしていた。
俺はどんだけ失態を繰り返すんだと、うなだれながら。
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