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第95話 神の果実
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かつて王国の麦畑だった場所は、人類未知の果樹が立ち並ぶ、天使たちの果樹園となっていた。
果樹園には光る小さな虫のようなものがたくさん飛び交っていた。蜂の形や蝶の形、地球上に存在する虫の姿にもよく似ているが、虫ではない。果樹霊と呼ばれる、天使たちの植物の受粉を媒介する精霊のような存在である。
天使たちがこの地にやってきてたった一年半とは思えない成長スピードで、天使たちの植えた木々は立派に枝葉を伸ばし、果実を実らせていた。
この果樹園の中に一際目立つ一角があった。
華美な装飾が施された白い柵に六角形に囲まれたエリアで、そこには六本の同じ果樹が植えられていた。
赤黒い、ぶよぶよとした、水袋のような不思議な実のなる木である。
そのエリアの前に、制帽を被り緑の緑の羽根を生やした美青年天使、ラファエルが立っていた。
整列する天使たち——栽培天使たちに、檄を飛ばしていた。
「神様も再生なさったし、これからじゃんじゃん収穫してもらうよー!掛け声はー?」
農作業用らしい、長袖長ズボンを身につけた天使達が呼応して叫ぶ。
「おーーーー!」
「うおーラファエル様ー!」
「今日もお美しいっすーーー!」
「あ、取り扱いには気をつけてねえ?これ皮うすっぺらで果肉がなくて中身はぜーんぶ蜜、っていう、とっても壊れやすい実だからさ。うっかり壊したらすぐ手を洗ってね、絶対に口にしたら駄目だよ、天使が食べると死んじゃうよー?」
「おーーーー!」
「うほうラファエル様ぁー!」
「今日も麗しいっすーーー!」
全く果実と関係のない掛け声を飛ばされ、ラファエルは頬をひくつかせる。
「ねぇ、ちゃんと聞いてるー?ったく……。ま、とにかく頑張って!お仕事戻っていいよ!返事は?」
「はぁーい!」
栽培天使達は声を揃えて熱く拳を振り上げた。
散り散りになる栽培天使達を見送り、ふうとため息をつきながら、ラファエルはその果実を見て呟く。
「神の果実ゼリアル。これがないと第三段階が成されないからね♪」
ゼリアル、それは神の成長に不可欠な実であった。再生した神は、このゼリアルの蜜のみを口にして第三段階、「神の成熟」へと向かう。まさに、赤子にとっての乳のような実。
だがこの実は、天使にとっては死に至る猛毒だった。天使が決して口にしてはならないものである。
「そう、神はゼリアルの蜜のみを口にして、成体になられる」
不意に声をかけられ、ラファエルは振り向く。
そこには真珠色の長い熾天使装束を身に纏う、美しい王のごとき長い金髪の天使が立っていた。
「ルシフェル様!」
「精が出るな、ラファエル。ゼリアルの実をもう少しくれぬか」
「わざわざお越しいただかなくても、転送門まで持って行かせますのに!」
ルシフェルは果樹園を見回して微笑んだ。
「良い天気だし、たまには宮殿の外に出なければな」
「神様の状態はいかがですか」
「ああ、良好だ。今はサタンがお側にお仕えしている。ところで何か問題が起きたようだな。なにやら騒がしいが?」
「はい、実は……」
ラファエルは、ルシフェルにアレスとレリエルの事を伝えた。
「結界を通過できる人間、しかもその人間は天使と戦えるというのだな」
ルシフェルは思いの外、冷静な反応だった。
「はい、矮小羽のレリエルをご存知ですよね?レリエルが人間側に寝返り、手引きをしていたようです。でもレリエルはもう捕らえました。今は監獄の牢に入っています」
「牢に?そうか……。して、その人間は?」
ルシフェルの問いに、ラファエルは心苦しそうにする。
「申し訳ございません、以前、神域内に侵入された時に取り逃がしてしまいました。でも、必ずまた神域内に戻ってくるはずです」
「何故、そう思う?」
「その人間、アレスという人間とレリエルは恋仲のようです。だからきっとやって来ます」
ルシフェルは眉間に小さなしわを寄せた。
「恋仲……?まあ理由はなんでもいい、早くその人間を……」
「はい、必ず捕らえてみせます!」
※※※
神の再生の知らせは、全ての天使達を沸き立たせた。
長城の東門周辺を警備する天使たちも、天空の宮殿をふり仰ぎ興奮していた。
「もう少しだ、もう少しで我らはこの狭い結界の中から解放される!」
「ああ、新たな天界が開かれるのだ!」
「……なんの話をしてるんだ?」
背後から割り込んできた男の声に、警備天使達は振り向き、目を見開く。
そこには濃紺色のロングコートを着てリュックを背負い、右肩に白鳩をとめた男が立っていた。羽のない男。
「貴様、人間!?」
「そんな、ここは結界内だぞ!?」
ここは死の霧の内側、さらに長城の内側であった。
「れ、例の人間……アレスだ!」
「人間め、神の再生なされた神聖な日を汚す気か!」
アレスは顔を顰めた。
「神の再生!?天界開闢の第二段階か!第六段階で人類が滅びる天界開闢、一段階進んでしまったのか!」
警備天使たちがざわつく。
「なぜ人間がそれを!?」
「レリエルの奴が教えたのか!なんという大罪を、あの反逆者め!人間、貴様もレリエルと同じく監獄送りにしてやる!」
不穏な単語に、アレスは睨みつけながら聞き返す。
「監獄送りだと?」
「ああレリエルは死刑以上の最高刑で決定だ!貴様をおびき寄せたら刑執行と聞いたぞ、確かに囮として役に立ったようだな!」
アレスは舌打ちをする。
「くそっ!やっぱり!」
(だが、まだ生きてる)
その事実には心底、ほっとした。
その時、天使の一人が霊体化防御の印を結ぶ動きをしたのを、アレスは見逃さなかった。殺気を感じたデポが肩から飛び立つ。
剣を持つ手のひじを後ろに引くや、その天使の懐に飛び込んで一突き。男は目を飛び出さんばかりに見開く。貫いた剣を引き抜きながら左手を高く掲げた。高圧の電気エネルギーを手の中にため、魔術形式に展開。
「大電撃!」
アレスの左手から発せられた青白い稲妻が、その場にいる天使達に直撃した。天使たちはバタバタと倒れた。
一人の天使を除いて。
なぜか稲妻を受けなかった男に、アレスがつかつかと近寄る。
仲間全てが一瞬で戦闘不能にさせられた状況におののきながら、男は腕をアレスに突き出した。
「し、し、死ねッ!!」
その手から発せられた思念波は、しかしアレスの魂を壊すことはなかった。
「くそっ!」
唇の色を失う男の目前まで来たアレスは、その突き出た腕をつかんで後ろ手にねじ上げた。地面に伏せさせ、低い声で囁く。
「お前だけ残した理由は分かるな?レリエルの送られた監獄ってのはどこだ」
「だだ、誰が言うかっ!」
アレスは男の背中に左手をあて、
「——破魂」
「くはっ……!」
男は眼と口を苦悶に丸めた。その脳内では自らの魂構成子が一気に三つ破壊される、パリンという音が響いていることだろう。
大魔法じゃなくてもこの威力。いくつかの戦いを経て、アレスの力は確実に上がっていた。
「悪いが俺は今、ものすごく気が立ってるんだ。お前を殺して他の天使に聞いてもいいんだぜ」
「や、やめ……」
アレスはもう一度、魂攻撃を放つ。
「ぐああっ!……ほ、北方にある……上から見ると六角形の……人間供が作った建物を再利用して……」
「ルヴァーナ監獄か!」
男はうんうんと頷いた。
アレスは左手から魂攻撃を再び放ち、最後の一個を残して魂構成子を破壊した。
男は絶叫の末、気を失った。全人類の命を背負うアレスは、もはや天使たちに手心を加える意思は一切なかったが、約束は守らねば。
アレスは北方を見据える。
「待ってろよ、レリエル。絶対に助け出してやるからな!」
果樹園には光る小さな虫のようなものがたくさん飛び交っていた。蜂の形や蝶の形、地球上に存在する虫の姿にもよく似ているが、虫ではない。果樹霊と呼ばれる、天使たちの植物の受粉を媒介する精霊のような存在である。
天使たちがこの地にやってきてたった一年半とは思えない成長スピードで、天使たちの植えた木々は立派に枝葉を伸ばし、果実を実らせていた。
この果樹園の中に一際目立つ一角があった。
華美な装飾が施された白い柵に六角形に囲まれたエリアで、そこには六本の同じ果樹が植えられていた。
赤黒い、ぶよぶよとした、水袋のような不思議な実のなる木である。
そのエリアの前に、制帽を被り緑の緑の羽根を生やした美青年天使、ラファエルが立っていた。
整列する天使たち——栽培天使たちに、檄を飛ばしていた。
「神様も再生なさったし、これからじゃんじゃん収穫してもらうよー!掛け声はー?」
農作業用らしい、長袖長ズボンを身につけた天使達が呼応して叫ぶ。
「おーーーー!」
「うおーラファエル様ー!」
「今日もお美しいっすーーー!」
「あ、取り扱いには気をつけてねえ?これ皮うすっぺらで果肉がなくて中身はぜーんぶ蜜、っていう、とっても壊れやすい実だからさ。うっかり壊したらすぐ手を洗ってね、絶対に口にしたら駄目だよ、天使が食べると死んじゃうよー?」
「おーーーー!」
「うほうラファエル様ぁー!」
「今日も麗しいっすーーー!」
全く果実と関係のない掛け声を飛ばされ、ラファエルは頬をひくつかせる。
「ねぇ、ちゃんと聞いてるー?ったく……。ま、とにかく頑張って!お仕事戻っていいよ!返事は?」
「はぁーい!」
栽培天使達は声を揃えて熱く拳を振り上げた。
散り散りになる栽培天使達を見送り、ふうとため息をつきながら、ラファエルはその果実を見て呟く。
「神の果実ゼリアル。これがないと第三段階が成されないからね♪」
ゼリアル、それは神の成長に不可欠な実であった。再生した神は、このゼリアルの蜜のみを口にして第三段階、「神の成熟」へと向かう。まさに、赤子にとっての乳のような実。
だがこの実は、天使にとっては死に至る猛毒だった。天使が決して口にしてはならないものである。
「そう、神はゼリアルの蜜のみを口にして、成体になられる」
不意に声をかけられ、ラファエルは振り向く。
そこには真珠色の長い熾天使装束を身に纏う、美しい王のごとき長い金髪の天使が立っていた。
「ルシフェル様!」
「精が出るな、ラファエル。ゼリアルの実をもう少しくれぬか」
「わざわざお越しいただかなくても、転送門まで持って行かせますのに!」
ルシフェルは果樹園を見回して微笑んだ。
「良い天気だし、たまには宮殿の外に出なければな」
「神様の状態はいかがですか」
「ああ、良好だ。今はサタンがお側にお仕えしている。ところで何か問題が起きたようだな。なにやら騒がしいが?」
「はい、実は……」
ラファエルは、ルシフェルにアレスとレリエルの事を伝えた。
「結界を通過できる人間、しかもその人間は天使と戦えるというのだな」
ルシフェルは思いの外、冷静な反応だった。
「はい、矮小羽のレリエルをご存知ですよね?レリエルが人間側に寝返り、手引きをしていたようです。でもレリエルはもう捕らえました。今は監獄の牢に入っています」
「牢に?そうか……。して、その人間は?」
ルシフェルの問いに、ラファエルは心苦しそうにする。
「申し訳ございません、以前、神域内に侵入された時に取り逃がしてしまいました。でも、必ずまた神域内に戻ってくるはずです」
「何故、そう思う?」
「その人間、アレスという人間とレリエルは恋仲のようです。だからきっとやって来ます」
ルシフェルは眉間に小さなしわを寄せた。
「恋仲……?まあ理由はなんでもいい、早くその人間を……」
「はい、必ず捕らえてみせます!」
※※※
神の再生の知らせは、全ての天使達を沸き立たせた。
長城の東門周辺を警備する天使たちも、天空の宮殿をふり仰ぎ興奮していた。
「もう少しだ、もう少しで我らはこの狭い結界の中から解放される!」
「ああ、新たな天界が開かれるのだ!」
「……なんの話をしてるんだ?」
背後から割り込んできた男の声に、警備天使達は振り向き、目を見開く。
そこには濃紺色のロングコートを着てリュックを背負い、右肩に白鳩をとめた男が立っていた。羽のない男。
「貴様、人間!?」
「そんな、ここは結界内だぞ!?」
ここは死の霧の内側、さらに長城の内側であった。
「れ、例の人間……アレスだ!」
「人間め、神の再生なされた神聖な日を汚す気か!」
アレスは顔を顰めた。
「神の再生!?天界開闢の第二段階か!第六段階で人類が滅びる天界開闢、一段階進んでしまったのか!」
警備天使たちがざわつく。
「なぜ人間がそれを!?」
「レリエルの奴が教えたのか!なんという大罪を、あの反逆者め!人間、貴様もレリエルと同じく監獄送りにしてやる!」
不穏な単語に、アレスは睨みつけながら聞き返す。
「監獄送りだと?」
「ああレリエルは死刑以上の最高刑で決定だ!貴様をおびき寄せたら刑執行と聞いたぞ、確かに囮として役に立ったようだな!」
アレスは舌打ちをする。
「くそっ!やっぱり!」
(だが、まだ生きてる)
その事実には心底、ほっとした。
その時、天使の一人が霊体化防御の印を結ぶ動きをしたのを、アレスは見逃さなかった。殺気を感じたデポが肩から飛び立つ。
剣を持つ手のひじを後ろに引くや、その天使の懐に飛び込んで一突き。男は目を飛び出さんばかりに見開く。貫いた剣を引き抜きながら左手を高く掲げた。高圧の電気エネルギーを手の中にため、魔術形式に展開。
「大電撃!」
アレスの左手から発せられた青白い稲妻が、その場にいる天使達に直撃した。天使たちはバタバタと倒れた。
一人の天使を除いて。
なぜか稲妻を受けなかった男に、アレスがつかつかと近寄る。
仲間全てが一瞬で戦闘不能にさせられた状況におののきながら、男は腕をアレスに突き出した。
「し、し、死ねッ!!」
その手から発せられた思念波は、しかしアレスの魂を壊すことはなかった。
「くそっ!」
唇の色を失う男の目前まで来たアレスは、その突き出た腕をつかんで後ろ手にねじ上げた。地面に伏せさせ、低い声で囁く。
「お前だけ残した理由は分かるな?レリエルの送られた監獄ってのはどこだ」
「だだ、誰が言うかっ!」
アレスは男の背中に左手をあて、
「——破魂」
「くはっ……!」
男は眼と口を苦悶に丸めた。その脳内では自らの魂構成子が一気に三つ破壊される、パリンという音が響いていることだろう。
大魔法じゃなくてもこの威力。いくつかの戦いを経て、アレスの力は確実に上がっていた。
「悪いが俺は今、ものすごく気が立ってるんだ。お前を殺して他の天使に聞いてもいいんだぜ」
「や、やめ……」
アレスはもう一度、魂攻撃を放つ。
「ぐああっ!……ほ、北方にある……上から見ると六角形の……人間供が作った建物を再利用して……」
「ルヴァーナ監獄か!」
男はうんうんと頷いた。
アレスは左手から魂攻撃を再び放ち、最後の一個を残して魂構成子を破壊した。
男は絶叫の末、気を失った。全人類の命を背負うアレスは、もはや天使たちに手心を加える意思は一切なかったが、約束は守らねば。
アレスは北方を見据える。
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