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第32話 二十四時間
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緊急会議の終了後、アレスはキュディアスと共に第四騎士団の執務室へと戻ってきた。
ソファからレリエルが立ち上がり、机の雑巾掛けをしていたシールラが声を上げた。
「キュディアス様、アレス様、おかえりなさいませ!」
「おっ、精が出るなシールラちゃん。もしかして、ずっとレリエルの話し相手になっててくれたのか」
「あ、は、はい、そんな感じですかねぇ……」
キュディアスに答えながら、シールラは何故かモジモジと雑巾をいじって目をそらした。
アレスはレリエルの姿を見て心底ホッとした。正直、会議中も心配で仕方なかった。
「待たせて悪かったな。いい子にしてたか」
「いい子ってなんだ。僕は子供じゃないぞ」
「はは、そうだよな」
キュディアスがはぁー、と緊張から解き放たれたため息をつきながら、執務席にどかりと腰を沈めた。
「ま、なんとか乗り切ったな」
「そうですね」
アレスも相槌を打つ。会議後、宰相のジールにはまるで尋問のように根掘り葉掘り聞かれ、全てをつまびらかにさせられた。だがジールも、天使を「捕獲」したことについては喜んでいた。
『拷問したくないというアレス君のお気持ちはとりあえず理解しました。その代わり拷問以外の方法で、必ず天使の情報を引き出してくださいね』
と念を押された。そしてジールもキュディアスと同じく、レリエルが天使であることは極秘にすべきという考えだった。
キュディアスは凝りをほぐすように首を回しながら言う。
「ってことで、会議で決定されたように、アレスとレリエルは今この瞬間から、二十四時間体制で死霊傀儡の迅速な討伐に当たれ。通報があったらすぐ駆けつけろ、真夜中だろうとな」
「承知いたしました」
「それからこれ、お前ら二人もつけておけ」
キュディアスは騎士服上衣の内ポケットからペンダントを二つ取り出し、机に置いた。会議後にヒルデから各騎士団長や大臣たちに渡された、アクセサリータイプの天使感知器だ。
鎖に透明な細長いピラミッドのようなものがついている、シンプルなペンダント。
アレスは机に近づきそれを手につまんだ。
「天使や死霊傀儡が近づくと、この水晶みたいなのが青く光るんですよね。ほら、レリエルの分もあるぞ」
そう言ってレリエルを手招きする。レリエルは思い切り怪訝そうな顔をした。
「天使が近づくとって、僕自身が天使なんだが?」
「あー、大丈夫。レリエルには反応しないように、感知器に除外魔法を施しておいたとかなんとか。とにかく大丈夫らしい、ヒルデ曰く」
そう言ってアレスはまず自分の首にペンダントをぶら下げ、レリエルを見た。
「自分でつけられるか?」
アレスにペンダントを差し出されたレリエルは、ちょっと困った顔をする。
「その細い鎖を首に巻くのか?結べばいいのか?」
「いや結ぶんじゃなくて、留め金がついてるからそれをはめるんだ。いいや、つけてやるよ」
フードの中に手を入れて、レリエルの顔の両側から鎖を通し、首の後ろでぱちんと止めた。
アレスの手は、レリエルの滑らかな頬をかすめ、絹のような髪に絡まる。その柔らかさ、触れ心地の良さにアレスはどきりとしてしまう。
妙な疚しさを感じ、アレスはさっと手を引っ込めた。
「ほ、ほらついた」
レリエルは心なしか赤く染まった顔をうつむけ、小声で言った。
「ありがとう……」
「えっ……。あ、うん」
思いがけず礼を言われてアレスはうろたえる。
(か、かわ……)
「かわいい超かわいい押し倒してエッチなことしたい!……って思ってますよねアレス様」
「は!?」
見れば至近距離でシールラに顔をのぞきこまれていた。目がキラッキラしている。アレスは顔を真っ赤にする。
「へ、変なこと言うのやめて下さいよシールラさん!!」
ちなみにアレスはシールラのことをいつもなぜか「さん」付けで呼んでしまう。
キュディアスが肩をすくめながらつぶやいた。
「ヒルデの言ったとおりだな、こりゃ心配になるわ確かに……」
「なんの話ですか!」
キュディアスは顎鬚を撫で付けながら、所在無さげに立っているレリエルを見やった。
「さあて、天使の坊ちゃんをどこに住まわせるか……。アレスんちしかないだろうなぁ、心配だけど」
焦ったのはアレスである。
「ええっ。あのボロアパートですか?」
シールラが両手を胸の前で絡め合わせる。
「うきゃああああ!同棲生活ですかああああ!?」
「待ってください団長!城の敷地内にいくらでも部屋はあるんじゃないですか?そうだ宮廷魔術師寮とか!なあ、レリエル?」
問われたレリエルは、「えっ」と目を泳がせた。言いにくそうに、
「僕は……別にお前のボロ屋でも……」
「えっ!?」
「もちろん本当は嫌だぞ、お前なんかと住むのは!だが我慢してやってもいいっていうか……。つまり、知らない人間ばかりのところに住むのは、その、ちょっと……」
「あ……」
アレスは気づいた。異種族である人間だらけのこの場所で、やはりレリエルは不安なのだと。
そして現状、レリエルにとってかろうじて「知り合い」と言えるレベルの人間は、自分だけなのだと。
キュディアスが首を横に振った。
「城になんて寝泊りさせられるか。秘密保持の点でも危険だし、何よりレリエルは天使、あの凶暴な侵略種族なんだぞ。坊ちゃんが悪い奴じゃなさそうなのは分かったが、それでも警戒はさせてもらう。アレスがしっかり監視して、帝都の安全を担保しろ」
「監視……そういうことか……。わかりました。レリエルは俺が預かります」
「何だよ監視って、失礼だな。だ、だがまあ、そういうことなら仕方ないな」
言いながらレリエルは気取った仕草で後れ毛を耳にかけた。そのくせ、明らかにホッとした顔をしていた。
アレスはその顔を横目で見てつい微笑してしまう。
「よし、じゃあそういうことで今日は解散だ。アレスも疲れたろう、化け物と戦い通しで」
「お気遣い痛み入ります、では失礼いたし……」
そこにシールラが割って入った。
「ちょちょちょっとお待ちいただけますか!シールラからご報告したいことが!」
「ん?なんだ?」
キュディアスがシールラを見る。シールラはメイドドレスの白いふりふりエプロンをいじくりながら、おずおずと話し出す。
「えっとー、実はですね~……」
ソファからレリエルが立ち上がり、机の雑巾掛けをしていたシールラが声を上げた。
「キュディアス様、アレス様、おかえりなさいませ!」
「おっ、精が出るなシールラちゃん。もしかして、ずっとレリエルの話し相手になっててくれたのか」
「あ、は、はい、そんな感じですかねぇ……」
キュディアスに答えながら、シールラは何故かモジモジと雑巾をいじって目をそらした。
アレスはレリエルの姿を見て心底ホッとした。正直、会議中も心配で仕方なかった。
「待たせて悪かったな。いい子にしてたか」
「いい子ってなんだ。僕は子供じゃないぞ」
「はは、そうだよな」
キュディアスがはぁー、と緊張から解き放たれたため息をつきながら、執務席にどかりと腰を沈めた。
「ま、なんとか乗り切ったな」
「そうですね」
アレスも相槌を打つ。会議後、宰相のジールにはまるで尋問のように根掘り葉掘り聞かれ、全てをつまびらかにさせられた。だがジールも、天使を「捕獲」したことについては喜んでいた。
『拷問したくないというアレス君のお気持ちはとりあえず理解しました。その代わり拷問以外の方法で、必ず天使の情報を引き出してくださいね』
と念を押された。そしてジールもキュディアスと同じく、レリエルが天使であることは極秘にすべきという考えだった。
キュディアスは凝りをほぐすように首を回しながら言う。
「ってことで、会議で決定されたように、アレスとレリエルは今この瞬間から、二十四時間体制で死霊傀儡の迅速な討伐に当たれ。通報があったらすぐ駆けつけろ、真夜中だろうとな」
「承知いたしました」
「それからこれ、お前ら二人もつけておけ」
キュディアスは騎士服上衣の内ポケットからペンダントを二つ取り出し、机に置いた。会議後にヒルデから各騎士団長や大臣たちに渡された、アクセサリータイプの天使感知器だ。
鎖に透明な細長いピラミッドのようなものがついている、シンプルなペンダント。
アレスは机に近づきそれを手につまんだ。
「天使や死霊傀儡が近づくと、この水晶みたいなのが青く光るんですよね。ほら、レリエルの分もあるぞ」
そう言ってレリエルを手招きする。レリエルは思い切り怪訝そうな顔をした。
「天使が近づくとって、僕自身が天使なんだが?」
「あー、大丈夫。レリエルには反応しないように、感知器に除外魔法を施しておいたとかなんとか。とにかく大丈夫らしい、ヒルデ曰く」
そう言ってアレスはまず自分の首にペンダントをぶら下げ、レリエルを見た。
「自分でつけられるか?」
アレスにペンダントを差し出されたレリエルは、ちょっと困った顔をする。
「その細い鎖を首に巻くのか?結べばいいのか?」
「いや結ぶんじゃなくて、留め金がついてるからそれをはめるんだ。いいや、つけてやるよ」
フードの中に手を入れて、レリエルの顔の両側から鎖を通し、首の後ろでぱちんと止めた。
アレスの手は、レリエルの滑らかな頬をかすめ、絹のような髪に絡まる。その柔らかさ、触れ心地の良さにアレスはどきりとしてしまう。
妙な疚しさを感じ、アレスはさっと手を引っ込めた。
「ほ、ほらついた」
レリエルは心なしか赤く染まった顔をうつむけ、小声で言った。
「ありがとう……」
「えっ……。あ、うん」
思いがけず礼を言われてアレスはうろたえる。
(か、かわ……)
「かわいい超かわいい押し倒してエッチなことしたい!……って思ってますよねアレス様」
「は!?」
見れば至近距離でシールラに顔をのぞきこまれていた。目がキラッキラしている。アレスは顔を真っ赤にする。
「へ、変なこと言うのやめて下さいよシールラさん!!」
ちなみにアレスはシールラのことをいつもなぜか「さん」付けで呼んでしまう。
キュディアスが肩をすくめながらつぶやいた。
「ヒルデの言ったとおりだな、こりゃ心配になるわ確かに……」
「なんの話ですか!」
キュディアスは顎鬚を撫で付けながら、所在無さげに立っているレリエルを見やった。
「さあて、天使の坊ちゃんをどこに住まわせるか……。アレスんちしかないだろうなぁ、心配だけど」
焦ったのはアレスである。
「ええっ。あのボロアパートですか?」
シールラが両手を胸の前で絡め合わせる。
「うきゃああああ!同棲生活ですかああああ!?」
「待ってください団長!城の敷地内にいくらでも部屋はあるんじゃないですか?そうだ宮廷魔術師寮とか!なあ、レリエル?」
問われたレリエルは、「えっ」と目を泳がせた。言いにくそうに、
「僕は……別にお前のボロ屋でも……」
「えっ!?」
「もちろん本当は嫌だぞ、お前なんかと住むのは!だが我慢してやってもいいっていうか……。つまり、知らない人間ばかりのところに住むのは、その、ちょっと……」
「あ……」
アレスは気づいた。異種族である人間だらけのこの場所で、やはりレリエルは不安なのだと。
そして現状、レリエルにとってかろうじて「知り合い」と言えるレベルの人間は、自分だけなのだと。
キュディアスが首を横に振った。
「城になんて寝泊りさせられるか。秘密保持の点でも危険だし、何よりレリエルは天使、あの凶暴な侵略種族なんだぞ。坊ちゃんが悪い奴じゃなさそうなのは分かったが、それでも警戒はさせてもらう。アレスがしっかり監視して、帝都の安全を担保しろ」
「監視……そういうことか……。わかりました。レリエルは俺が預かります」
「何だよ監視って、失礼だな。だ、だがまあ、そういうことなら仕方ないな」
言いながらレリエルは気取った仕草で後れ毛を耳にかけた。そのくせ、明らかにホッとした顔をしていた。
アレスはその顔を横目で見てつい微笑してしまう。
「よし、じゃあそういうことで今日は解散だ。アレスも疲れたろう、化け物と戦い通しで」
「お気遣い痛み入ります、では失礼いたし……」
そこにシールラが割って入った。
「ちょちょちょっとお待ちいただけますか!シールラからご報告したいことが!」
「ん?なんだ?」
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