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第51話 普通の (1)
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「お手をどうぞ」
リチェル邸の馬車寄せにて。馬車から先に降り立ったアルキバは、リチェルに手を差し出した。リチェルはおかしそうにその手をとって、馬車を降りる。
「手馴れているな。まるで騎士だ」
「パトロンに仕込まれたよ」
「……なるほど。貴婦人たちに手ほどきを受けたか」
自分から打ち明けたくせに、アルキバはなぜだか決まり悪く感じた。パトロン女どもなど、どうでもいい。つまらない話題はしたくないので、それ以上話は広げまいと口をつぐんだ。
連れだって中に入ると、先に戻っていた侍女頭のクラリス以下、心からのねぎらいで迎えてくれた。
「お帰りなさいませ。陛下とはゆっくりお話になれましたか」
「ああ。クラリス、そなたのおかげだ。本当によくやってくれた、なんと礼を言えばよいか」
「いいえ、滅相もございません!私など何もしておりません」
そこで執事のルパードが、平身低頭で謝ってきた。
「申し訳ございません、殿下!殿下のお言葉を信じず、無礼な振る舞いをいたしました。いかような処分もお受けします」
あの居丈高な執事がここまで小さくなるとは、とアルキバは小気味よかったが、リチェルは嫌味も言わず、ただ品良く笑ってその肩に手を置いた。
「頭を上げてくれ、ルパード。そなたはいつもよくやってくれている。これからも頼みにしている」
「殿下……!感謝の言葉もございません!」
感涙するルパードの傍ら、クラリスがアルキバを見上げる。
「あなたの寝る部屋は、ヴィルターが使っていた個室でよろしいですか。悪くない部屋ですよ」
聞きつけたメイド達が姦しく集まって来た。
「アルキバさん、今日から本当にここにお住まいになるんですね!?」
「あ、あの、今夜、お伺いしてもよろしいですか」
「ちょっとあなた図々しいわよ!私だって行きたいわ」
「あなた恋人がいるじゃないの!」
クラリスが口をパクパクさせて額に青筋を立てて、アルキバが頭をかく。
「はは、参ったな……」
堪忍袋が切れたように大声を出したのはクラリス……ではなく、リチェルだった。
「だっ……駄目だっ!」
ぴた、とメイドたちの喧騒がおさまる。リチェルは大事なものを奪われたくない子供のようにアルキバの腕にしがみついた。
「あ、アルキバの部屋はいらないっ!私の部屋で一緒に寝てもらう!」
「えっ」
と驚いたのはアルキバである。クラリスの声が裏返る。
「お待ちください殿下!いくらなんでもそれは、その、いらぬ憶測を呼びますよ!」
「今更そんなものを気にする私ではない。ヴィルターと私の関係だって、下らぬ噂を流されていたのは知っている!」
どんな噂だ、とまずそこを気になってしまったアルキバの腕を引き、リチェルは階段を上っていく。
まったくもう、と諦めたように額を抑えるクラリスと、随分大人しくなってしまって何も言わないルパードと、落胆の様子のメイドたち。
それらを尻目に、リチェルはずんずんとアルキバを伴って、部屋へと戻っていった。
◇ ◇ ◇
「本気……かい?」
リチェルの部屋に入室し、アルキバは腕を組んで首をかしげた。
怒ったような顔をしてアルキバを引き連れて来たリチェルは、急に目が覚めたように焦りを見せた。
「す、すまない、そなたの希望を聞いていなかったな。そうだな個室の方がよかろうな、そなたも自由に振る舞いたいな……。ついあんなことを言い出してしまった。今からでもヴィルターの部屋に……」
「いやいや、俺はリチェルと同室がいいさ」
「本当か!?よかった」
リチェルは屈託無く目を輝かせる。
アルキバは、弱り切った様子で手のひらで顔面を押さえた。
この美しい王子は、自分が狼を連れ込んだ羊であることに気づいていないのだろうか。
部屋を見回した。ベッドは一つしかないが、大きめのソファがある。寝心地も悪くなさそうだ。まあここで寝ればいいか。しかし同室にリチェル。
やれやれこいつはなかなかの苦行だぞ、とアルキバは小さくため息をついた。
「そなたにはなんと、礼を言えばいいか。今日はまるで夢のような日だった」
ジルソンは牢に入れられ、オルワードも白蘭邸でのリチェルへの暴行の咎で謹慎処分となった。
ダーリアン三世は兄二人とも、後で厳罰に処すと約束してくれた。
憲兵所ではホテル・グラノードで死んだヴィルターの遺体が見つかり、リチェルの発言の真実が証明された。
「随分とうまい具合に行ったな」
「そうだな……。しかし、まだ分からない。ミランダス王妃や、その父のオッド卿がなんと言うか。王妃は今日の午後から、祭事があるとかで実家であるパルティア辺境伯領に行っている。数日後に王城に戻るらしいが、決して黙ってはいないだろう。父は王妃に弱い。結論が覆る覚悟はしなければ」
「そう簡単には試合終了とは行かないってわけか。まだまだ、俺の護衛は必要そうかい?」
「ああ。頼まれてくれるか?」
「もちろんだ」
◇ ◇ ◇
リチェル邸の馬車寄せにて。馬車から先に降り立ったアルキバは、リチェルに手を差し出した。リチェルはおかしそうにその手をとって、馬車を降りる。
「手馴れているな。まるで騎士だ」
「パトロンに仕込まれたよ」
「……なるほど。貴婦人たちに手ほどきを受けたか」
自分から打ち明けたくせに、アルキバはなぜだか決まり悪く感じた。パトロン女どもなど、どうでもいい。つまらない話題はしたくないので、それ以上話は広げまいと口をつぐんだ。
連れだって中に入ると、先に戻っていた侍女頭のクラリス以下、心からのねぎらいで迎えてくれた。
「お帰りなさいませ。陛下とはゆっくりお話になれましたか」
「ああ。クラリス、そなたのおかげだ。本当によくやってくれた、なんと礼を言えばよいか」
「いいえ、滅相もございません!私など何もしておりません」
そこで執事のルパードが、平身低頭で謝ってきた。
「申し訳ございません、殿下!殿下のお言葉を信じず、無礼な振る舞いをいたしました。いかような処分もお受けします」
あの居丈高な執事がここまで小さくなるとは、とアルキバは小気味よかったが、リチェルは嫌味も言わず、ただ品良く笑ってその肩に手を置いた。
「頭を上げてくれ、ルパード。そなたはいつもよくやってくれている。これからも頼みにしている」
「殿下……!感謝の言葉もございません!」
感涙するルパードの傍ら、クラリスがアルキバを見上げる。
「あなたの寝る部屋は、ヴィルターが使っていた個室でよろしいですか。悪くない部屋ですよ」
聞きつけたメイド達が姦しく集まって来た。
「アルキバさん、今日から本当にここにお住まいになるんですね!?」
「あ、あの、今夜、お伺いしてもよろしいですか」
「ちょっとあなた図々しいわよ!私だって行きたいわ」
「あなた恋人がいるじゃないの!」
クラリスが口をパクパクさせて額に青筋を立てて、アルキバが頭をかく。
「はは、参ったな……」
堪忍袋が切れたように大声を出したのはクラリス……ではなく、リチェルだった。
「だっ……駄目だっ!」
ぴた、とメイドたちの喧騒がおさまる。リチェルは大事なものを奪われたくない子供のようにアルキバの腕にしがみついた。
「あ、アルキバの部屋はいらないっ!私の部屋で一緒に寝てもらう!」
「えっ」
と驚いたのはアルキバである。クラリスの声が裏返る。
「お待ちください殿下!いくらなんでもそれは、その、いらぬ憶測を呼びますよ!」
「今更そんなものを気にする私ではない。ヴィルターと私の関係だって、下らぬ噂を流されていたのは知っている!」
どんな噂だ、とまずそこを気になってしまったアルキバの腕を引き、リチェルは階段を上っていく。
まったくもう、と諦めたように額を抑えるクラリスと、随分大人しくなってしまって何も言わないルパードと、落胆の様子のメイドたち。
それらを尻目に、リチェルはずんずんとアルキバを伴って、部屋へと戻っていった。
◇ ◇ ◇
「本気……かい?」
リチェルの部屋に入室し、アルキバは腕を組んで首をかしげた。
怒ったような顔をしてアルキバを引き連れて来たリチェルは、急に目が覚めたように焦りを見せた。
「す、すまない、そなたの希望を聞いていなかったな。そうだな個室の方がよかろうな、そなたも自由に振る舞いたいな……。ついあんなことを言い出してしまった。今からでもヴィルターの部屋に……」
「いやいや、俺はリチェルと同室がいいさ」
「本当か!?よかった」
リチェルは屈託無く目を輝かせる。
アルキバは、弱り切った様子で手のひらで顔面を押さえた。
この美しい王子は、自分が狼を連れ込んだ羊であることに気づいていないのだろうか。
部屋を見回した。ベッドは一つしかないが、大きめのソファがある。寝心地も悪くなさそうだ。まあここで寝ればいいか。しかし同室にリチェル。
やれやれこいつはなかなかの苦行だぞ、とアルキバは小さくため息をついた。
「そなたにはなんと、礼を言えばいいか。今日はまるで夢のような日だった」
ジルソンは牢に入れられ、オルワードも白蘭邸でのリチェルへの暴行の咎で謹慎処分となった。
ダーリアン三世は兄二人とも、後で厳罰に処すと約束してくれた。
憲兵所ではホテル・グラノードで死んだヴィルターの遺体が見つかり、リチェルの発言の真実が証明された。
「随分とうまい具合に行ったな」
「そうだな……。しかし、まだ分からない。ミランダス王妃や、その父のオッド卿がなんと言うか。王妃は今日の午後から、祭事があるとかで実家であるパルティア辺境伯領に行っている。数日後に王城に戻るらしいが、決して黙ってはいないだろう。父は王妃に弱い。結論が覆る覚悟はしなければ」
「そう簡単には試合終了とは行かないってわけか。まだまだ、俺の護衛は必要そうかい?」
「ああ。頼まれてくれるか?」
「もちろんだ」
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