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第35話 狂王子 (3)
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アルキバは眉間にしわを寄せる。
「何を言ってるんだ?なんでいきなり、そんなことを言いだすんだ。帰宅した途端に」
リチェルは弱弱しく髪をかきあげた。
「ここにいると、自分は本当に狂っているんじゃないかと思えてくる……。どうしても彼らと冷静に話すことができず、いつも大声を上げてしまうし、皆が言うように、私は異常者なのではないか……」
「リチェル!」
叱りつけるように名を呼ばれて、リチェルは怯えたように眼を丸くする。次にふわりと抱きしめられた。
アルキバはリチェルの髪を撫でながら、声のトーンを落とした。
「ああ、俺も大きな声出しちまったな、悪かった……。リチェルは正常だ。ここは蛇の巣だ、あんたは蛇の巣に紛れ込んだたった一人の人間だ。そう思っておけ」
「私は……私だけが……人間」
「そうだ。リチェルはまともだ、自分を信じろ」
アルキバはリチェルの髪をかき分け白い肌を晒すと、首筋に唇を落とした。リチェルの肩がぴくりと震えた。
首筋に押し付けられたアルキバの口から、囁きが漏れる。
「可哀想に……。たった一人でこんなとこで、よく頑張ってきたな……。俺が蛇退治してやるから」
「アルキバ……」
リチェルの手がきゅっとアルキバの上衣を握った。微笑みながらアルキバを見上げたその瞳には、街にいた時のような生気が戻っていた。
「分かった。私が私を信じねば、戦えないな。来てもらったそなたに申し訳が立たない」
言って、アルキバの左手首の鉄輪に触れる。
「またこんな物をつけさせてすまない。本当はそなたに鉄輪などつけたくないのだが、これがないと王城内で不審がられると思って」
アルキバは呆れて笑った。
「俺のことなんて気にしてる場合か。さあ試合開始だ。ヴィルターの件は先手を取られた。なんとしてでもヴィルターの母親を助け出すしかない。母親の居場所、見当は付かないか?」
アルキバの質問に、リチェルは考える。
「ヴィルターは尊父を既に亡くしていて、母堂のミセス・ダウネスはメイド長として城に住んでいた」
「ほう。じゃあ王城内にいる可能性が高いな。城の外に人質を連れ出すより簡単だ。どこだと思う?」
心当たりを探すように首を傾げていたリチェルの顔つきが、つと、青ざめた。
「もし……かしたら……」
「なんだ?心当たりがあるのか?」
「い、いや、可能性だけ……」
「どこだ!」
「……」
なぜかリチェルは、固まったまま答えない。その様子のおかしさにアルキバは気づき、どきりとする。
顔面蒼白になり、珊瑚色の唇がみるみる青紫色に変っていく。そして目つきが、どこか遠い虚空を見るような色を帯びていく。
それはまさに、アルキバに犯されそうになった時のリチェルの様子と同じだった。
「どうした?」
リチェルは自らの胸の辺りを押さえ、消え入りそうな声で答えた。
「白蘭邸の……地下室……」
「白蘭邸?」
「兄上たちの……居住邸だ……。一年前まで私も住んでいた……」
なるほど、とアルキバは理解した。
リチェルが陵辱を受けた現場なのだろう。
「分かった、俺が確かめて来よう。リチェルは来なくていい」
リチェルを一人置いておくのも非常に不安だが、そんな場所まで案内させるわけにはいかない。リチェルは苦しそうにアルキバを見た。
「いや、しかし」
「無理するな」
「しかし、そなた一人で行っても中に入れてもらえないかもしれない」
ふむ、とアルキバは考える。確かにその通りだ。
「この家で一番信用できる使用人は誰だ?誰も信用できないのは分かってるが、その中であえて選ぶとしたら?」
リチェルは困惑の表情を浮かべる。
「そんなこと考えたこともなかったが……」
とつぶやき、しばしの逡巡の後に答えた。
「クラリスだ、侍女頭の」
アルキバは眉根を寄せる。
「さっきのあのおばちゃんか?リチェルのこと全く信じてくれなかった」
リチェルはうんとうなずいた。
賛同しがたい人選だと思ったが、それがリチェルの選択だ。
「分かった。じゃあクラリスに頼もう」
◇ ◇ ◇
「何を言ってるんだ?なんでいきなり、そんなことを言いだすんだ。帰宅した途端に」
リチェルは弱弱しく髪をかきあげた。
「ここにいると、自分は本当に狂っているんじゃないかと思えてくる……。どうしても彼らと冷静に話すことができず、いつも大声を上げてしまうし、皆が言うように、私は異常者なのではないか……」
「リチェル!」
叱りつけるように名を呼ばれて、リチェルは怯えたように眼を丸くする。次にふわりと抱きしめられた。
アルキバはリチェルの髪を撫でながら、声のトーンを落とした。
「ああ、俺も大きな声出しちまったな、悪かった……。リチェルは正常だ。ここは蛇の巣だ、あんたは蛇の巣に紛れ込んだたった一人の人間だ。そう思っておけ」
「私は……私だけが……人間」
「そうだ。リチェルはまともだ、自分を信じろ」
アルキバはリチェルの髪をかき分け白い肌を晒すと、首筋に唇を落とした。リチェルの肩がぴくりと震えた。
首筋に押し付けられたアルキバの口から、囁きが漏れる。
「可哀想に……。たった一人でこんなとこで、よく頑張ってきたな……。俺が蛇退治してやるから」
「アルキバ……」
リチェルの手がきゅっとアルキバの上衣を握った。微笑みながらアルキバを見上げたその瞳には、街にいた時のような生気が戻っていた。
「分かった。私が私を信じねば、戦えないな。来てもらったそなたに申し訳が立たない」
言って、アルキバの左手首の鉄輪に触れる。
「またこんな物をつけさせてすまない。本当はそなたに鉄輪などつけたくないのだが、これがないと王城内で不審がられると思って」
アルキバは呆れて笑った。
「俺のことなんて気にしてる場合か。さあ試合開始だ。ヴィルターの件は先手を取られた。なんとしてでもヴィルターの母親を助け出すしかない。母親の居場所、見当は付かないか?」
アルキバの質問に、リチェルは考える。
「ヴィルターは尊父を既に亡くしていて、母堂のミセス・ダウネスはメイド長として城に住んでいた」
「ほう。じゃあ王城内にいる可能性が高いな。城の外に人質を連れ出すより簡単だ。どこだと思う?」
心当たりを探すように首を傾げていたリチェルの顔つきが、つと、青ざめた。
「もし……かしたら……」
「なんだ?心当たりがあるのか?」
「い、いや、可能性だけ……」
「どこだ!」
「……」
なぜかリチェルは、固まったまま答えない。その様子のおかしさにアルキバは気づき、どきりとする。
顔面蒼白になり、珊瑚色の唇がみるみる青紫色に変っていく。そして目つきが、どこか遠い虚空を見るような色を帯びていく。
それはまさに、アルキバに犯されそうになった時のリチェルの様子と同じだった。
「どうした?」
リチェルは自らの胸の辺りを押さえ、消え入りそうな声で答えた。
「白蘭邸の……地下室……」
「白蘭邸?」
「兄上たちの……居住邸だ……。一年前まで私も住んでいた……」
なるほど、とアルキバは理解した。
リチェルが陵辱を受けた現場なのだろう。
「分かった、俺が確かめて来よう。リチェルは来なくていい」
リチェルを一人置いておくのも非常に不安だが、そんな場所まで案内させるわけにはいかない。リチェルは苦しそうにアルキバを見た。
「いや、しかし」
「無理するな」
「しかし、そなた一人で行っても中に入れてもらえないかもしれない」
ふむ、とアルキバは考える。確かにその通りだ。
「この家で一番信用できる使用人は誰だ?誰も信用できないのは分かってるが、その中であえて選ぶとしたら?」
リチェルは困惑の表情を浮かべる。
「そんなこと考えたこともなかったが……」
とつぶやき、しばしの逡巡の後に答えた。
「クラリスだ、侍女頭の」
アルキバは眉根を寄せる。
「さっきのあのおばちゃんか?リチェルのこと全く信じてくれなかった」
リチェルはうんとうなずいた。
賛同しがたい人選だと思ったが、それがリチェルの選択だ。
「分かった。じゃあクラリスに頼もう」
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