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第30話 英雄を育てた男 (1)
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バルヌーイ剣闘士団の養成所、興行師の事務室の奥の部屋で、ルシスが珍しく声を荒げていた。
剣闘士団の二番人気、亜麻色の髪の美人剣闘士が、バルヌーイの机にどんと手をつき食って掛かる。
「どうしてアルキバをサイルのところになんて行かせたんだ!」
「だから俺だって止めたんだ、あいつ頭に血が上ると言う事聞かねえの、お前だって知ってんだろ!」
「俺を呼べばよかった、俺なら体を張って止めた!案の定、憲兵沙汰になってるではないか!」
昨夜は憲兵隊がこの養成所に訪れて大わらわだった。
最高級ホテルで一人の傭兵が死に、謎の覆面男「サイル」が行方不明。その両方に関ってるらしいのが、バルヌーイ剣闘士団の剣闘士。
憲兵はその剣闘士がなんらかの理由で傭兵を殺し、なんらかの理由でサイルを連れ去ったと目している。
バルヌーイは知らぬ存ぜぬを貫いた。
確かにたびたび、うちの剣闘士がサイルの元に通ったが、昨日は誰も行かなかった。少なくとも俺は知らない。だいたいうちの鉄輪がはめられてたといって、そいつが今もうちの所属かなんて分からない、逃亡奴隷はごまんといる。などなど言って、つっぱねた。
憲兵隊は明らかに納得していない風だったが、そこは剣闘士たちに助けられた。凶暴な面構えのでかい連中が、早く帰れと睨みをきかして圧をかければ、さすがの憲兵隊も居心地悪そうにすごすごと帰らざるを得なかった。
バルヌーイは気まずそうに、同時にいらいらと、机を指でとんとんと鳴らす。
「ちっくしょう、どこ行っちまったんだアルキバ……」
はあとルシスはため息をつく。
「サイルを山に生き埋めにでもしてるんじゃないのか?サイルなんて放っておけばいいのに。これでアルキバが斬首刑になったら、お前の両目を眼帯にしてやるからな、バルヌーイ」
「おいおい、俺のせいかよ!アルキバが勝手に行っちまったんだ!あと親方って呼べ!」
そこに、三つ目の声が割り込む。
「バルヌーイの言うとおりだぜ、物騒なこと言うなってルシス」
背後から突然降ってきた聞き覚えのあるその声に、ルシスがはっと振り向いた。バルヌーイも目と口を丸くする。
「アルキバ!」
二人同時に名を呼ばれ、アルキバはにやりと笑う。
「ただいま」
バルヌーイが立ち上がって、ちっちと舌打ちをした。
「ただいまじゃねえ、どんだけ心配したと思ってんだ!昨日だって憲兵がわらわら来て大変だったんだぞこっちは!連れ去ったサイルはどうした、殺しちまったか!?」
「いや護衛に刺されて死にかけだったのを助けた」
「は?」
アルキバは後ろを振り向き、ドアの向こうに声をかける。
「入って来いよ」
おずおずとドアを開けて入ってきたのは覆面をした男……サイルと名乗るリチェルだった。
バルヌーイもルシスも、その姿を見て驚くが、ほっとした顔をした。
「生きてましたか、投資主」
と、脱力したような声を出すバルヌーイ。
「心配をかけてすまぬ。少しそなたにに話があって」
「話……。なんでしょう」
「まず、私はこのバルヌーイ剣闘士団の投資主をやめる」
バルヌーイは眉を上げ、口を一文字にする。歯列の隙間からひゅーと息を吐くと、一言。
「分かりました」
「それともう一つ、アルキバを貰い受けたい」
「……は?」
バルヌーイは聞き返す。今、とんでもないことを言わなかったか。
「アルキバの現在の所有者はそなたであろう?そなたからアルキバを買いたい」
眉間にしわを寄せてリチェルを見つめるバルヌーイとルシス。二人は当然、アルキバの顔を見た。
アルキバは、全く予想外のことを言った。
「頼むよバルヌーイ、俺をサイルに売ってやってくれ」
二人は呆気に取られて、アルキバとリチェルを交互に眺めた。
うっ、とうめいて、ルシスがなぜか視線をそらした。見てはいけないものを見てしまったかのように。バルヌーイはショックを受けた様子で呆然としている。
アルキバはそんな二人を怪訝に見返す。
「なんだ?なんか言えよ、どうした」
バルヌーイは目に涙までためていた。
「アルキバお前……!そっか、掘られちまったんだな、目覚めちまったのか、そんなに良かったのか。天下無敵のてめえが貴族の白ちんこに初戦一本負けかよ。こんなことってあるんだなぁ。俺ぁ、心から、悲しい」
アルキバが誤解に気づき、かっと赤面した。
「何が一本負けだうまいこと言ってんじゃねえよ!なに考えてんだてめえらは!そんなんじゃねえ!」
とはいえ、当たらずといえども遠からずなところはあるが。
バルヌーイは自分の頬をばしばしと叩いた。気を取り直した真面目な顔で、はっきり告げる。
「だが駄目だ!絶対にアルキバは渡せません。どんな大金積まれても無理です。稼ぎや儲けだけの話じゃねえ。アルキバってのは、バルヌーイ剣闘士団の宝なんだ!」
剣闘士団の二番人気、亜麻色の髪の美人剣闘士が、バルヌーイの机にどんと手をつき食って掛かる。
「どうしてアルキバをサイルのところになんて行かせたんだ!」
「だから俺だって止めたんだ、あいつ頭に血が上ると言う事聞かねえの、お前だって知ってんだろ!」
「俺を呼べばよかった、俺なら体を張って止めた!案の定、憲兵沙汰になってるではないか!」
昨夜は憲兵隊がこの養成所に訪れて大わらわだった。
最高級ホテルで一人の傭兵が死に、謎の覆面男「サイル」が行方不明。その両方に関ってるらしいのが、バルヌーイ剣闘士団の剣闘士。
憲兵はその剣闘士がなんらかの理由で傭兵を殺し、なんらかの理由でサイルを連れ去ったと目している。
バルヌーイは知らぬ存ぜぬを貫いた。
確かにたびたび、うちの剣闘士がサイルの元に通ったが、昨日は誰も行かなかった。少なくとも俺は知らない。だいたいうちの鉄輪がはめられてたといって、そいつが今もうちの所属かなんて分からない、逃亡奴隷はごまんといる。などなど言って、つっぱねた。
憲兵隊は明らかに納得していない風だったが、そこは剣闘士たちに助けられた。凶暴な面構えのでかい連中が、早く帰れと睨みをきかして圧をかければ、さすがの憲兵隊も居心地悪そうにすごすごと帰らざるを得なかった。
バルヌーイは気まずそうに、同時にいらいらと、机を指でとんとんと鳴らす。
「ちっくしょう、どこ行っちまったんだアルキバ……」
はあとルシスはため息をつく。
「サイルを山に生き埋めにでもしてるんじゃないのか?サイルなんて放っておけばいいのに。これでアルキバが斬首刑になったら、お前の両目を眼帯にしてやるからな、バルヌーイ」
「おいおい、俺のせいかよ!アルキバが勝手に行っちまったんだ!あと親方って呼べ!」
そこに、三つ目の声が割り込む。
「バルヌーイの言うとおりだぜ、物騒なこと言うなってルシス」
背後から突然降ってきた聞き覚えのあるその声に、ルシスがはっと振り向いた。バルヌーイも目と口を丸くする。
「アルキバ!」
二人同時に名を呼ばれ、アルキバはにやりと笑う。
「ただいま」
バルヌーイが立ち上がって、ちっちと舌打ちをした。
「ただいまじゃねえ、どんだけ心配したと思ってんだ!昨日だって憲兵がわらわら来て大変だったんだぞこっちは!連れ去ったサイルはどうした、殺しちまったか!?」
「いや護衛に刺されて死にかけだったのを助けた」
「は?」
アルキバは後ろを振り向き、ドアの向こうに声をかける。
「入って来いよ」
おずおずとドアを開けて入ってきたのは覆面をした男……サイルと名乗るリチェルだった。
バルヌーイもルシスも、その姿を見て驚くが、ほっとした顔をした。
「生きてましたか、投資主」
と、脱力したような声を出すバルヌーイ。
「心配をかけてすまぬ。少しそなたにに話があって」
「話……。なんでしょう」
「まず、私はこのバルヌーイ剣闘士団の投資主をやめる」
バルヌーイは眉を上げ、口を一文字にする。歯列の隙間からひゅーと息を吐くと、一言。
「分かりました」
「それともう一つ、アルキバを貰い受けたい」
「……は?」
バルヌーイは聞き返す。今、とんでもないことを言わなかったか。
「アルキバの現在の所有者はそなたであろう?そなたからアルキバを買いたい」
眉間にしわを寄せてリチェルを見つめるバルヌーイとルシス。二人は当然、アルキバの顔を見た。
アルキバは、全く予想外のことを言った。
「頼むよバルヌーイ、俺をサイルに売ってやってくれ」
二人は呆気に取られて、アルキバとリチェルを交互に眺めた。
うっ、とうめいて、ルシスがなぜか視線をそらした。見てはいけないものを見てしまったかのように。バルヌーイはショックを受けた様子で呆然としている。
アルキバはそんな二人を怪訝に見返す。
「なんだ?なんか言えよ、どうした」
バルヌーイは目に涙までためていた。
「アルキバお前……!そっか、掘られちまったんだな、目覚めちまったのか、そんなに良かったのか。天下無敵のてめえが貴族の白ちんこに初戦一本負けかよ。こんなことってあるんだなぁ。俺ぁ、心から、悲しい」
アルキバが誤解に気づき、かっと赤面した。
「何が一本負けだうまいこと言ってんじゃねえよ!なに考えてんだてめえらは!そんなんじゃねえ!」
とはいえ、当たらずといえども遠からずなところはあるが。
バルヌーイは自分の頬をばしばしと叩いた。気を取り直した真面目な顔で、はっきり告げる。
「だが駄目だ!絶対にアルキバは渡せません。どんな大金積まれても無理です。稼ぎや儲けだけの話じゃねえ。アルキバってのは、バルヌーイ剣闘士団の宝なんだ!」
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