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第14話 夜伽 (4)
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「……え?」
そこには化け物などいなかった。それどころか。
初めて晒されたサイルの素顔に、アルキバは言葉を失った。自分の目が信じられなかった。
(こいつは……!)
覆面の下に隠されていたのは、とてつもない美貌。
透き通る青い瞳、通った鼻筋、潤う唇、綺麗なあごのライン。全てが完璧な美形を成していた。そして桃色にほんのりと色づく純白の肌。
まるで天上人だ。数え切れないほどの女を抱いてきたアルキバだが、これ程美しい顔は見たことがなかった。
いや一度だけある。
そう、記念すべき最初の優勝の時、金の冠を授けてくれた……。
「あんた、リチェル王子か!?」
美貌の青年は、苦しげに顔をゆがめ、ふいと横を向いた。その横顔も、想像上の天使の姿ように美しかった。これが人間だとは。
生きていたのか、とアルキバは思う。
八年前、母のユリアーナ王妃が亡くなり王が後妻を迎えてから、リチェル王子の姿はついぞ公の場に現れなくなった。
表向きの理由は「精神病を患い療養中」だったか。ちまたでは塔に幽閉されているだの、既に殺されているだのと噂されていた。
九年前の御前試合の時に十二歳だったはずだから、現在は二十一歳か。
「離せ!こんな狼藉を働いてただで済むと思っているのか!」
急に王子っぽい台詞を吐きやがって、とアルキバは皮肉に笑う。
「何やってんだよ、あんた。一国の王子が顔隠してこそこそ剣闘士を買春してるとか、落ちぶれるにも程があるだろ」
「くっ……」
言葉に詰まるサイル、いやリチェル。その顔をつかんで無理矢理こちらに向かせた。
アルキバを見上げる美しい顔は明らかな恐怖に染まり、かたかたと小刻みに震えている。
なんという状況だろう、一国の王子が、それもこれほど見目麗しい王子が、自分に組み敷かれ褥の上で震えている。
嗜虐心を否応なく掻き立てられた。
犯されたいとは思わないが、犯してみたくはある。
「……『愛してる』」
試しに、言ってみた。さてどんな反応を示すのか。
リチェルはアルキバをまじまじと見つめた。アルキバは笑みをたたえて反応を待つ。
リチェルの瞳に怒りが宿る。侮辱されたかのごとく唇を震わせた。
「嘘をつくな!」
(やっぱり怒るか)
とアルキバは面白く思う。
「本当だ、愛してる。あんたに惚れた」
「嘘だ!嘘だ嘘だ嘘だ、嘘だ!」
リチェルは叫び、その目から涙が溢れだした。
(そして泣くのか)
アルキバは少し意表を突かれる。泣くとは思わなかった。
美しい泣き顔だった。
王族の泣き顔というのはこんな綺麗なものなのか。
透明な雫が純白の肌をはらはらとこぼれ落ちていく。光の結晶のように。
嗜虐心とは別の感情が、つと芽生えた。その感情の名がなんなのか、アルキバはよく分からなかった。
ただアルキバはその結晶に唇を落とした。涙を吸い取るように頬に口付ける。
リチェルは目を見張る。
「な、何を……」
アルキバはリチェルの絹のような髪を指に絡め取り、問う。
「なんで泣くんだ?嘘が嫌なのになんであんたは、奴隷に偽りの愛を囁かせるんだ?」
「そ、それは」
リチェルは哀しげに唇を噛んだ。傷ついたような瞳から、さらに涙が溢れて来る。
アルキバはそれをじっと見つめた。
「あんた、いいな」
リチェルは言われた意味が理解できないといった顔で喘ぐように呼吸する。その薄紅色の唇。
アルキバはペロリと自分の唇を舐めた。
——いい。
そこには化け物などいなかった。それどころか。
初めて晒されたサイルの素顔に、アルキバは言葉を失った。自分の目が信じられなかった。
(こいつは……!)
覆面の下に隠されていたのは、とてつもない美貌。
透き通る青い瞳、通った鼻筋、潤う唇、綺麗なあごのライン。全てが完璧な美形を成していた。そして桃色にほんのりと色づく純白の肌。
まるで天上人だ。数え切れないほどの女を抱いてきたアルキバだが、これ程美しい顔は見たことがなかった。
いや一度だけある。
そう、記念すべき最初の優勝の時、金の冠を授けてくれた……。
「あんた、リチェル王子か!?」
美貌の青年は、苦しげに顔をゆがめ、ふいと横を向いた。その横顔も、想像上の天使の姿ように美しかった。これが人間だとは。
生きていたのか、とアルキバは思う。
八年前、母のユリアーナ王妃が亡くなり王が後妻を迎えてから、リチェル王子の姿はついぞ公の場に現れなくなった。
表向きの理由は「精神病を患い療養中」だったか。ちまたでは塔に幽閉されているだの、既に殺されているだのと噂されていた。
九年前の御前試合の時に十二歳だったはずだから、現在は二十一歳か。
「離せ!こんな狼藉を働いてただで済むと思っているのか!」
急に王子っぽい台詞を吐きやがって、とアルキバは皮肉に笑う。
「何やってんだよ、あんた。一国の王子が顔隠してこそこそ剣闘士を買春してるとか、落ちぶれるにも程があるだろ」
「くっ……」
言葉に詰まるサイル、いやリチェル。その顔をつかんで無理矢理こちらに向かせた。
アルキバを見上げる美しい顔は明らかな恐怖に染まり、かたかたと小刻みに震えている。
なんという状況だろう、一国の王子が、それもこれほど見目麗しい王子が、自分に組み敷かれ褥の上で震えている。
嗜虐心を否応なく掻き立てられた。
犯されたいとは思わないが、犯してみたくはある。
「……『愛してる』」
試しに、言ってみた。さてどんな反応を示すのか。
リチェルはアルキバをまじまじと見つめた。アルキバは笑みをたたえて反応を待つ。
リチェルの瞳に怒りが宿る。侮辱されたかのごとく唇を震わせた。
「嘘をつくな!」
(やっぱり怒るか)
とアルキバは面白く思う。
「本当だ、愛してる。あんたに惚れた」
「嘘だ!嘘だ嘘だ嘘だ、嘘だ!」
リチェルは叫び、その目から涙が溢れだした。
(そして泣くのか)
アルキバは少し意表を突かれる。泣くとは思わなかった。
美しい泣き顔だった。
王族の泣き顔というのはこんな綺麗なものなのか。
透明な雫が純白の肌をはらはらとこぼれ落ちていく。光の結晶のように。
嗜虐心とは別の感情が、つと芽生えた。その感情の名がなんなのか、アルキバはよく分からなかった。
ただアルキバはその結晶に唇を落とした。涙を吸い取るように頬に口付ける。
リチェルは目を見張る。
「な、何を……」
アルキバはリチェルの絹のような髪を指に絡め取り、問う。
「なんで泣くんだ?嘘が嫌なのになんであんたは、奴隷に偽りの愛を囁かせるんだ?」
「そ、それは」
リチェルは哀しげに唇を噛んだ。傷ついたような瞳から、さらに涙が溢れて来る。
アルキバはそれをじっと見つめた。
「あんた、いいな」
リチェルは言われた意味が理解できないといった顔で喘ぐように呼吸する。その薄紅色の唇。
アルキバはペロリと自分の唇を舐めた。
——いい。
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