12 / 75
第12話 夜伽 (2)
しおりを挟む
無駄に広い部屋だった。
緻密な模様を描く青タイルの床を、輝くシャンデリアがキラキラ照らしている。女貴族の部屋みたいな白基調の家具や調度品に、目がちかちかする。中央に長椅子やテーブルがあり、左奥に豪奢なベッドがある。
白いクッションを置く長椅子の前、サイルが佇んでいた。
初めて至近距離でサイルを見た。
すらりと伸びた長身痩躯で、一般的には決して小柄というわけではないが、剣闘士アルキバと比べれば体格差は歴然だ。
最も目を引くのは水晶のような輝く金髪。
その金髪に合わせたような、金糸のナイトガウンを着ている。前合わせの柔らかな衣を腰紐で結んだ、貴族に流行している寝巻きだ。
サイルは覆面の上の青い瞳を見開き、アルキバを凝視して固まっていた。
まるで怯えたようなその所作に、アルキバは面食らう。
(呼び出しておいて、なんだそれは)
なぜ怯えてるんだ?と考え、それが典型的な「信奉者」の態度だと思い至った。
己の信奉者からそのような態度をとられることは、珍しいことではなかった。
信奉者、特に女の信奉者には二種類いる。
一つは試合終了後、闘技場の外で待ち構えてはアルキバを宿に連れ込み、獣のように股間にしゃぶりついてくる女。
そしてもう一つは、目が合っただけで硬直し、あるいは泣き出し、下手したら失神する女。
アルキバを指名してくるということは、ようするにアルキバの信奉者だ。こいつは後者の信奉者か。
そう理解した途端、アルキバの内に嗜虐的な気持ちが芽生えた。
すぐにでもぶん殴ろうかと思っていたが、もうちょっとじわじわ虐めたくなった。
とりあえず少し、男娼のふりをしてみるか?
サイルが覆面の下から掠れた声を出す。
「よく……来てくれた」
アルキバは微笑を浮かべると、進み出てサイルの足元にかしずいた。
その女のように白く細い手を取り、口付けをした。
「っ……!」
サイルはびくっと肩を揺らした。アルキバはおかしくてしかたない。こいつは虐めがいがありそうだ。おもてを上げてサイルを見つめた。
「閨にお招きいただき光栄です、サイル様」
サイルは恐れるように、アルキバの手を振りほどき、後ずさりした。
「そ、そうか」
アルキバは笑みをたたえながら立ち上がり、羽織っていた灰色のローブを脱いで長椅子にぽんと掛けた。
「長い装束をお召しと聞いていましたが、今宵は随分と、無防備な寝巻姿ですね。いったい、なぜ?」
サイルはうろたえた。急に隠すように両腕を前でクロスさせた。
「き、着替え忘れてしまった、そなたが来たと言われて、頭が真っ白になってしまった」
「着替え忘れた?単に相手が私だから、肌を晒したくなったのではないですか?」
サイルは自分を抱く格好のまま、答えに窮しうつむいた。
その眉は下げられ、恥じ入るように目を潤ませている。
アルキバは苦笑する。
なんだ、なんだ、このかわいげは。想像していた「人形のような気味の悪い男」とは大分違うじゃないか。
ついほだされて、救いの手を差し伸べてしまう。
「いじめてるわけじゃない、私は嬉しいですよ」
サイルは、はっと顔を上げた。
その目がぱちぱちと瞬かれる。濡れた瞳でじっとアルキバを見つめた。
緻密な模様を描く青タイルの床を、輝くシャンデリアがキラキラ照らしている。女貴族の部屋みたいな白基調の家具や調度品に、目がちかちかする。中央に長椅子やテーブルがあり、左奥に豪奢なベッドがある。
白いクッションを置く長椅子の前、サイルが佇んでいた。
初めて至近距離でサイルを見た。
すらりと伸びた長身痩躯で、一般的には決して小柄というわけではないが、剣闘士アルキバと比べれば体格差は歴然だ。
最も目を引くのは水晶のような輝く金髪。
その金髪に合わせたような、金糸のナイトガウンを着ている。前合わせの柔らかな衣を腰紐で結んだ、貴族に流行している寝巻きだ。
サイルは覆面の上の青い瞳を見開き、アルキバを凝視して固まっていた。
まるで怯えたようなその所作に、アルキバは面食らう。
(呼び出しておいて、なんだそれは)
なぜ怯えてるんだ?と考え、それが典型的な「信奉者」の態度だと思い至った。
己の信奉者からそのような態度をとられることは、珍しいことではなかった。
信奉者、特に女の信奉者には二種類いる。
一つは試合終了後、闘技場の外で待ち構えてはアルキバを宿に連れ込み、獣のように股間にしゃぶりついてくる女。
そしてもう一つは、目が合っただけで硬直し、あるいは泣き出し、下手したら失神する女。
アルキバを指名してくるということは、ようするにアルキバの信奉者だ。こいつは後者の信奉者か。
そう理解した途端、アルキバの内に嗜虐的な気持ちが芽生えた。
すぐにでもぶん殴ろうかと思っていたが、もうちょっとじわじわ虐めたくなった。
とりあえず少し、男娼のふりをしてみるか?
サイルが覆面の下から掠れた声を出す。
「よく……来てくれた」
アルキバは微笑を浮かべると、進み出てサイルの足元にかしずいた。
その女のように白く細い手を取り、口付けをした。
「っ……!」
サイルはびくっと肩を揺らした。アルキバはおかしくてしかたない。こいつは虐めがいがありそうだ。おもてを上げてサイルを見つめた。
「閨にお招きいただき光栄です、サイル様」
サイルは恐れるように、アルキバの手を振りほどき、後ずさりした。
「そ、そうか」
アルキバは笑みをたたえながら立ち上がり、羽織っていた灰色のローブを脱いで長椅子にぽんと掛けた。
「長い装束をお召しと聞いていましたが、今宵は随分と、無防備な寝巻姿ですね。いったい、なぜ?」
サイルはうろたえた。急に隠すように両腕を前でクロスさせた。
「き、着替え忘れてしまった、そなたが来たと言われて、頭が真っ白になってしまった」
「着替え忘れた?単に相手が私だから、肌を晒したくなったのではないですか?」
サイルは自分を抱く格好のまま、答えに窮しうつむいた。
その眉は下げられ、恥じ入るように目を潤ませている。
アルキバは苦笑する。
なんだ、なんだ、このかわいげは。想像していた「人形のような気味の悪い男」とは大分違うじゃないか。
ついほだされて、救いの手を差し伸べてしまう。
「いじめてるわけじゃない、私は嬉しいですよ」
サイルは、はっと顔を上げた。
その目がぱちぱちと瞬かれる。濡れた瞳でじっとアルキバを見つめた。
1
お気に入りに追加
443
あなたにおすすめの小説
完結・虐げられオメガ側妃なので敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン溺愛王が甘やかしてくれました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
【完結】囚われの親指王子が瀕死の騎士を助けたら、王子さまでした。
竜鳴躍
BL
サンベリルは、オレンジ色のふわふわした髪に菫色の瞳が可愛らしいバスティン王国の双子の王子の弟。
溺愛する父王と理知的で美しい母(男)の間に生まれた。兄のプリンシパルが強く逞しいのに比べ、サンベリルは母以上に小柄な上に童顔で、いつまでも年齢より下の扱いを受けるのが不満だった。
みんなに溺愛される王子は、周辺諸国から妃にと望まれるが、遠くから王子を狙っていた背むしの男にある日攫われてしまい――――。
囚われた先で出会った騎士を介抱して、ともに脱出するサンベリル。
サンベリルは優しい家族の下に帰れるのか。
真実に愛する人と結ばれることが出来るのか。
☆ちょっと短くなりそうだったので短編に変更しました。→長編に再修正
⭐残酷表現あります。
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
悩める文官のひとりごと
きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。
そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。
エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。
ムーンライト様にも掲載しております。
後輩の甘い支配
ちとせ
BL
後輩(男前イケメン)×先輩(無自覚美人)
「俺がやめるのも、先輩にとってはどうでもいいことなんですね…」
退職する直前に爪痕を残していった後輩に、再会後甘く支配される…
商社で働く雨宮 叶斗(あめみや かなと)は冷たい印象を与えてしまうほど整った美貌を持つ。
そんな彼には指導係だった時からずっと付き従ってくる後輩がいた。
その後輩、村瀬 樹(むらせ いつき)はある日突然叶斗に退職することを告げる。
2年後、戻ってきた村瀬は自分の欲望を我慢することをせず…
後半甘々です。
すれ違いもありますが、結局攻めは最初から最後まで受け大好きで、受けは終始振り回されてます。
キンモクセイは夏の記憶とともに
広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。
小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。
田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。
そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。
純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。
しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。
「俺になんてもったいない!」
素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。
性描写のある話は【※】をつけていきます。
次男は愛される
那野ユーリ
BL
ゴージャス美形の長男×自称平凡な次男
佐奈が小学三年の時に父親の再婚で出来た二人の兄弟。美しすぎる兄弟に挟まれながらも、佐奈は家族に愛され育つ。そんな佐奈が禁断の恋に悩む。
素敵すぎる表紙は〝fum☆様〟から頂きました♡
無断転載は厳禁です。
【タイトル横の※印は性描写が入ります。18歳未満の方の閲覧はご遠慮下さい。】
12月末にこちらの作品は非公開といたします。ご了承くださいませ。
近況ボードをご覧下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる