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第7話 矛盾と誇り (2)

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 物思いに沈むアルキバの傍らで、ルシスが何かを思い出したように言った。

「そういえば、今日は投資主のサイルが貴賓席に見学に来ていたようだな。お前の出る試合は必ず観に来る」

 サイルの名が出て、アルキバは顔をしかめる。

「ああ、あの覆面野郎か。顔も素性も隠して剣闘士団の投資主とはなめてやがる。前の成り上がり商人の投資主のほうが好きだったね。闘技会マニアのおっさん」

 どの剣闘士団も、資金を提供する「投資主」と、運営実務を担当する「興行師」がいた。興行師は滅多に変わらないものだが、投資主はなにかと入れ替わりがあった。
 アルキバの所属する「バルヌーイ剣闘士団」の投資主は、一ヶ月前に変わったところだった。

「確かにな。それに悪い噂も聞くんだ」

「噂?」

 ルシスはうなずいた。

「ああ。剣闘士食いだ」

「はあ?サイルは人に変身した人食い魔獣か?」

「ちがう、男色だ、つまり」

 予想だにしていなかった単語が返ってきた。間をおいて意味を理解し、絶句した。
 ルシスが言葉を続ける。

「気に入った剣闘士を閨に呼んでいるらしい。あんな覆面をして、気色の悪い話だ」

 ルシスは薄気味悪そうに髪をかき上げた。

 アルキバは押し黙る。
 嫌悪というよりは憤怒をたたえた瞳で宙の一点を見つめる。

 アルキバの中で怒りが激しく渦を巻いた。

(剣闘士に、春をひさげだと?)

 剣闘士には剣闘士の誇りがある。
 剣闘士は確かに奴隷だが、性奴隷ではない。性奴隷が欲しければ街でいくらでも買えるだろう。男だろうと女だろうと。

 そんなことをさせられるために、死闘を生き抜いているんじゃない。

 そんなことをさせられるために、死体の山を築いているんじゃない。

 幾多の戦いの中で研ぎすまされて行く魂。誰よりも磨かれた魂の器こそ剣闘士だ。
 この真の王者たる存在に、春をひさげと言う。

 剣闘士の誇りを踏みにじられたことへの怒りを、止めようもなかった。

 アルキバの思いのほか深刻な反応にルシスが戸惑う様子で尋ねた。

「どうした?」

「いや、情報ありがとうな。俺も確かめてみる」

 思い浮かんだのはこの剣闘士団を率いる興行師、バルヌーイの顔だ。
 坊主頭で左目に眼帯をしている、元剣闘士だ。歳は五十前後、肌色は浅黒い。
 生き残り引退した剣闘士が解放奴隷となり自由民の地位を得て、先代の興行師から役目を引き継ぐのはよくある話だ。

 もしサイルがよからぬことをしているとして、バルヌーイが知らないわけもないだろう。まず確かめるならバルヌーイだ。

◇  ◇  ◇
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