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第12話 再会(2)
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サギトは足早に通りを抜け、自分の家に、薬屋に戻って来た。
角を曲がって自分の店舗が見えたところで、サギトは舌打ちをした。店の表の壁にべたべたと張り紙がされていたから。
近づき読んでみれば、張り紙の内容はいつもどおりだ。「紫眼はこの街から出て行け」等と汚い字で書かれていた。
またか。
今日は張り紙だけだからまだいいほうで、先日は大量の堆肥が置かれていて、なかなか匂いがとれず大変だった。
ここが紫眼の店であるために、嫌がらせをよくされる。付け火されたことも何度もある。防火魔法は欠かせない。窓硝子は普通のものだと投石ですぐ割られるので、特殊加工の強化硝子を取り寄せた。
慣れた手つきで張り紙を片付けたサギトは、一階の薄暗い店舗をなんとなく、眺め渡した。
品揃えは良いのだ。どれもサギトが自ら調合したものだ。回復薬も毒薬も媚薬も、この規模の店にはありえないほど、様々な薬品を取り揃えている。巷で人気の薬から、滅多に手に入らない希少薬まで。この品揃えは城下一だと自負している。あらゆる難病に対応する特効薬も取り揃えている。
本来なら、多くの命を救えるはずの店。
だが、どの商品も埃をかぶっている。誰を救うこともなく。
客は三日に一人来ればいい方だった。それも、紫眼の店だと知らずにうっかり入ってしまったような客。大抵が、サギトの顔を見て、逃げるように去っていく。
ため息をつき、髪をかき上げた時。
カラン、というドアベルの音を鳴らしながら、店のドアが開けられた。まさか、客?と思って振り向いた。
戸口に立つその男に、我が目を疑う。
「サギトか?」
グレアムだった。
サギトは物も言えずグレアムを見つめた。十年ぶりの友を。
立派な騎士服を着た、人を魅了するオーラを持つ男。
そしてサギトを裏切った男。サギトを売った男。サギトの十年の鬱の元凶。
恨みの感情がふつふつと沸いてきた。冷静になれと自分に言い聞かせる。落ち着け、落ち着け。
グレアムが戸口から歩を進め、サギトに近づいて来た。
サギトの心臓が高鳴る。一体その口から何が語られるのだろう。
サギトはその時、期待した。
期待してしまった。
なぜサギトのことを告げ口したのか、その理由や経緯が、本人の口から語られるのではないかと。
言い訳でもいい。聞くに耐えない卑怯な言い訳で構わない。
とにかく何か、この十年のサギトの心の澱を拭い去ってくれるような言葉がその口から紡がれるのではないかと。
サギトは期待をしてしまった。
「サギトなんだよな?」
グレアムはもう一度問いかけた。サギトはぎこちなくうなずいた。
「そうか。驚いた、まさか街で薬屋を。薬屋か、そういえばそんな話をしていたなお前は。いい店じゃないか。お前が調合したのか?」
言って、店を眺めやる。
サギトは違和感を覚えた。
違う、と思った。何を世間話なんてしてるんだ、と。もっと大事なことがあるはずじゃないのか。
(あの赤毛の男に俺が魔人であることを告げ口しただろう?)
(そして危険な俺を殺してくれと頼んだんだろう?)
(お前に裏切られてこの十年、俺がどんな目に遭い、どんな暮らしをし、どんな気持ちだったと思ってる?)
グレアムは顔を上げてサギトを見た。
「結婚はしているのか」
なんてどうでもいい、くだらない質問。
期待は失望に変った。限りなく絶望に近い失望だった。サギトは打ちのめされたように、掠れた声で、グレアムのくだらない質問に返事をした。
「してるわけないだろう」
そうか、と理解した。
こいつは核心に触れる気などないのだ。全てなかったことにしようとしているんだ。卑怯者。
そして自分は弱虫だ。あの事を自ら聞けない。あれ程心の中で恨みを募らせていたのに、本人を目の前にしたら何も言えないことに気づいた。
怖いのだ。
この弱さを見抜かれているのか。問いただす勇気のない、この弱い心を見透かされているのか。
「恋人は?」
またくだらない質問。
「いると思うか?」
「そうか。でも娼館くらいは……行ってるんだよな」
イラついた。何が聞きたいのだこいつは。
「行かない。娼婦たちに化け物のように怯えられるんだ、行くわけあるか」
それでも娼館通いをしている同種はいるらしいが、サギトにはとても耐えられそうになかった。金を払ってまでそんな不快な思いをするくらいなら、自分で処理すればいい話だ。
それに、娼館はどうしても自分の出自を思い出させる。紫眼の客に孕まされた不幸な娼婦。無理だ、娼館には絶対に行けない。
「じゃあまさか、童貞なのか?」
「っ……」
答えに詰まった。それが明白なイエスを伝えていた。
なんなんだこいつは、なんでそんなことを根掘り葉掘り聞いてくるんだ。
眉間にしわを寄せるサギトの前で、グレアムが笑った。
その笑いに、サギトの顔がつと強張る。
なんだ、その笑みは。なぜ笑う?何を笑う?
その笑みの意味を考え、喉がカラカラになる。
……嘲笑?
ずきり、と心が痛んだ。
ああ、とサギトは納得した。こいつは俺を侮辱したいんだ、と。くだらない質問は全部、俺をバカにしていたぶるための質問か。
サギトはショックを受けた。グレアムを恨み、妬みながらも、それでも記憶の中のグレアムは良き友だったから。
サギトを嘲笑したことなど一度もなかったのに。
グレアムはサギトにずいと近づいた。
「もしかして、キスもしてない?」
サギトの動悸が激しくなる。グレアムは追い詰めるように侮蔑を続けようとしている。
角を曲がって自分の店舗が見えたところで、サギトは舌打ちをした。店の表の壁にべたべたと張り紙がされていたから。
近づき読んでみれば、張り紙の内容はいつもどおりだ。「紫眼はこの街から出て行け」等と汚い字で書かれていた。
またか。
今日は張り紙だけだからまだいいほうで、先日は大量の堆肥が置かれていて、なかなか匂いがとれず大変だった。
ここが紫眼の店であるために、嫌がらせをよくされる。付け火されたことも何度もある。防火魔法は欠かせない。窓硝子は普通のものだと投石ですぐ割られるので、特殊加工の強化硝子を取り寄せた。
慣れた手つきで張り紙を片付けたサギトは、一階の薄暗い店舗をなんとなく、眺め渡した。
品揃えは良いのだ。どれもサギトが自ら調合したものだ。回復薬も毒薬も媚薬も、この規模の店にはありえないほど、様々な薬品を取り揃えている。巷で人気の薬から、滅多に手に入らない希少薬まで。この品揃えは城下一だと自負している。あらゆる難病に対応する特効薬も取り揃えている。
本来なら、多くの命を救えるはずの店。
だが、どの商品も埃をかぶっている。誰を救うこともなく。
客は三日に一人来ればいい方だった。それも、紫眼の店だと知らずにうっかり入ってしまったような客。大抵が、サギトの顔を見て、逃げるように去っていく。
ため息をつき、髪をかき上げた時。
カラン、というドアベルの音を鳴らしながら、店のドアが開けられた。まさか、客?と思って振り向いた。
戸口に立つその男に、我が目を疑う。
「サギトか?」
グレアムだった。
サギトは物も言えずグレアムを見つめた。十年ぶりの友を。
立派な騎士服を着た、人を魅了するオーラを持つ男。
そしてサギトを裏切った男。サギトを売った男。サギトの十年の鬱の元凶。
恨みの感情がふつふつと沸いてきた。冷静になれと自分に言い聞かせる。落ち着け、落ち着け。
グレアムが戸口から歩を進め、サギトに近づいて来た。
サギトの心臓が高鳴る。一体その口から何が語られるのだろう。
サギトはその時、期待した。
期待してしまった。
なぜサギトのことを告げ口したのか、その理由や経緯が、本人の口から語られるのではないかと。
言い訳でもいい。聞くに耐えない卑怯な言い訳で構わない。
とにかく何か、この十年のサギトの心の澱を拭い去ってくれるような言葉がその口から紡がれるのではないかと。
サギトは期待をしてしまった。
「サギトなんだよな?」
グレアムはもう一度問いかけた。サギトはぎこちなくうなずいた。
「そうか。驚いた、まさか街で薬屋を。薬屋か、そういえばそんな話をしていたなお前は。いい店じゃないか。お前が調合したのか?」
言って、店を眺めやる。
サギトは違和感を覚えた。
違う、と思った。何を世間話なんてしてるんだ、と。もっと大事なことがあるはずじゃないのか。
(あの赤毛の男に俺が魔人であることを告げ口しただろう?)
(そして危険な俺を殺してくれと頼んだんだろう?)
(お前に裏切られてこの十年、俺がどんな目に遭い、どんな暮らしをし、どんな気持ちだったと思ってる?)
グレアムは顔を上げてサギトを見た。
「結婚はしているのか」
なんてどうでもいい、くだらない質問。
期待は失望に変った。限りなく絶望に近い失望だった。サギトは打ちのめされたように、掠れた声で、グレアムのくだらない質問に返事をした。
「してるわけないだろう」
そうか、と理解した。
こいつは核心に触れる気などないのだ。全てなかったことにしようとしているんだ。卑怯者。
そして自分は弱虫だ。あの事を自ら聞けない。あれ程心の中で恨みを募らせていたのに、本人を目の前にしたら何も言えないことに気づいた。
怖いのだ。
この弱さを見抜かれているのか。問いただす勇気のない、この弱い心を見透かされているのか。
「恋人は?」
またくだらない質問。
「いると思うか?」
「そうか。でも娼館くらいは……行ってるんだよな」
イラついた。何が聞きたいのだこいつは。
「行かない。娼婦たちに化け物のように怯えられるんだ、行くわけあるか」
それでも娼館通いをしている同種はいるらしいが、サギトにはとても耐えられそうになかった。金を払ってまでそんな不快な思いをするくらいなら、自分で処理すればいい話だ。
それに、娼館はどうしても自分の出自を思い出させる。紫眼の客に孕まされた不幸な娼婦。無理だ、娼館には絶対に行けない。
「じゃあまさか、童貞なのか?」
「っ……」
答えに詰まった。それが明白なイエスを伝えていた。
なんなんだこいつは、なんでそんなことを根掘り葉掘り聞いてくるんだ。
眉間にしわを寄せるサギトの前で、グレアムが笑った。
その笑いに、サギトの顔がつと強張る。
なんだ、その笑みは。なぜ笑う?何を笑う?
その笑みの意味を考え、喉がカラカラになる。
……嘲笑?
ずきり、と心が痛んだ。
ああ、とサギトは納得した。こいつは俺を侮辱したいんだ、と。くだらない質問は全部、俺をバカにしていたぶるための質問か。
サギトはショックを受けた。グレアムを恨み、妬みながらも、それでも記憶の中のグレアムは良き友だったから。
サギトを嘲笑したことなど一度もなかったのに。
グレアムはサギトにずいと近づいた。
「もしかして、キスもしてない?」
サギトの動悸が激しくなる。グレアムは追い詰めるように侮蔑を続けようとしている。
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