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第14話 オライとおふろ ②
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予想もしてなかった質問だった。
有珠斗は「なに変なこと言ってるんですか」と笑おうとして、止めた。
オライが有珠斗を見つめる目はとても真っ直ぐで、同時に不安げで。
笑ったりしたら、彼を深く傷つける気がした。
有珠斗は軽いパニックに襲われる。
一体、どう答えればいいのか。
こんな十二歳の子供が自分の「夫」になる姿なんて、想像もできない。
想像もできないことに対して何を言えばいいのか。
恋愛経験ゼロ、告白された経験ゼロの有珠斗にとって、このようなセンシティブな場面に立たされたのは生まれて初めてのことだった。
パニックに押しつぶされそうになる寸前。有珠斗は、父がいつか言っていた言葉を思い出す。
『常に誠実でありさえすれば、大抵のトラブルは乗り越えることができる』
それは企業グループのトップとして多くの人々と渡り合ってきた父の、経験に基づく教訓だった。
誠実に。そうだ、誠実だ。誠実に考えよう。
(想像できない、なんて単なる努力の放棄だ、そんなのは誠実ではない。ちゃんと想像してみなければ)
オライを含めた四兄弟と、その父親。この五人の中から「夫」を選ぶとして。
もし、オライが例えは有珠斗と同い年だったとしたら?
異世界にやってきて自暴自棄だった有珠斗の、最初の友達になってくれた優しい少年。
誰も有珠斗を信じてくれなかったのに、オライだけは信じてくれた。
懸命に、有珠斗のために言葉を尽くして家族を説得してくれた。
もし選択肢に、「大きくなったオライ」が含まれていたとしたら。
ちゃんと想像できた。
想像してみれば、答えは簡単だった。有珠斗はうん、とうなずく。
「はい。僕はきっと、オライを選んでいたと思います!」
そう言ってオライに微笑みかけた。嘘偽りない言葉だ。オライを選ばないわけがない。
オライの瞳が輝く。空が晴れ渡るような笑顔になる。
「やっぱり!?だよね!絶対にそうだと思った!ああ悔しい、ちょっと生まれるのが遅かったせいで、俺はウストを嫁さんにできないんだ!スッゲー悔しいなぁ」
オライはおどけた様子で笑いながら、その目と鼻が赤く色づく。
(オライ、泣いてる!?)
有珠斗の胸がぐっと苦しくなった。
誠実に答えることができて良かった、ただそれだけを思った。
この優しい少年の気持ちをないがしろにするようなことを言わなくて、本当に良かった。
その時、ドーンという大きな音が、地響きとともに遠くから聞こえてきた。有珠斗はハッとする。
「な、なんですかこれ!?」
音は一度で収まらず、ドーン・ドーンと何度も聞こえてきた。そのたびに地面が揺れる。
「あー、多分、城門を打ち破ろうとしてるんだろうなぁ。丸太とか打ち付けてるんだと思う」
「え?」
「ほら、この街の人たち、一匹目の断罪の獣がもう死んだって知らないから。まだあいつがうろついてると思って、街から逃げ出そうとしてるんだよ」
「それでなんで城門を打ち破る必要が?普通に開けて外に出ればいいじゃないですか」
外敵が門を打ち破って街に侵入してくるなら分かるが、なぜ内側から門を破壊する必要があるのか。
「開くわけがないよ、神子が開かないように細工してるから。断罪の獣を放たれた街の人間は、みんなその街に閉じ込められちゃうんだ」
「なんて無情なことを……!」
有珠斗は街の人々の心理状態を想像してみた。のんびり風呂に入ってる場合ではないではないか。
「街の人々に、断罪の獣は魔男によって倒されたと伝えにいきましょう!明日の追加十二体についても、座長さん達が対処してくれるんでしょう?言って、安心させなければかわいそうです!」
だがオライは難しい顔をして首を振った。
「それは……危ないよウスト。この街に魔女の末裔がいるって知られたら、ターラ教主国から魔女狩り兵がやってくるかも」
「あ……。そ、そうですよね。すみません考えなしでした……」
魔男の存在は決して知られてはならない。今さっき、魔男の存在を隠すために殺されかかったじゃないか。
「それに、魔男がいるって知ったら街の人たちはもっと怖がってパニックすると思う」
「え、どうして?」
「もう俺たち以外の魔女は絶滅してるっていうのに、まだ魔女狩りは続いてるんだ、特に田舎のほうではね。三百年前から今まで、魔女狩りの起きなかった年はないって座長が言ってたよ。何の罪もない人が魔女だって糾弾されて、神子に殺されたり、集落の人々に殺されたり」
「普通の人たちに魔女が殺されるんですか!?」
「うん。多くの人たちは神子を恐れてるけど、魔女のことも恐れてるし憎んでる」
「だって、魔女はヒーローなんでしょう?人類滅亡を企む邪神から人々を守る存在なんでしょう?」
「それが本当なんだけど、邪神はウソをつくのがうまいから。魔女が悪だって皆に思わせちゃった。ザンドギアスの世界征服以前は、魔女こそが神女って呼ばれてたらしいけど、今の人たちはそんなこと誰も覚えてない。女神の名前だって忘れちゃったんだ」
「女神……」
その時、テントの外から声がする。
「ちょっと、いつまで入ってるの?そろそろ代わって下さいな」
「あーうー!」
キャンディとビュレトの声だ。
風呂を占領して女性と赤子を寒空の下に待たせてしまっている。居候の分際で。
「うわわわわわわ」
有珠斗は自分のしでかしている傍若無人さに気付き、ざばんと音を立てて立ち上がる。
「すみません、いますぐ出ます!出ていきます!」
「服はちゃんと来てから出てきて下さいね?」
「ももも、もちろんです!」
そんな有珠斗の慌てように、オライが吹き出した。
「あーやっぱ、ウストってかわいい!兄ちゃんたちが羨ましいや!」
屈託なく、子どもらしく。
ちょっとだけ、切なそうに。
◇ ◇ ◇
有珠斗は「なに変なこと言ってるんですか」と笑おうとして、止めた。
オライが有珠斗を見つめる目はとても真っ直ぐで、同時に不安げで。
笑ったりしたら、彼を深く傷つける気がした。
有珠斗は軽いパニックに襲われる。
一体、どう答えればいいのか。
こんな十二歳の子供が自分の「夫」になる姿なんて、想像もできない。
想像もできないことに対して何を言えばいいのか。
恋愛経験ゼロ、告白された経験ゼロの有珠斗にとって、このようなセンシティブな場面に立たされたのは生まれて初めてのことだった。
パニックに押しつぶされそうになる寸前。有珠斗は、父がいつか言っていた言葉を思い出す。
『常に誠実でありさえすれば、大抵のトラブルは乗り越えることができる』
それは企業グループのトップとして多くの人々と渡り合ってきた父の、経験に基づく教訓だった。
誠実に。そうだ、誠実だ。誠実に考えよう。
(想像できない、なんて単なる努力の放棄だ、そんなのは誠実ではない。ちゃんと想像してみなければ)
オライを含めた四兄弟と、その父親。この五人の中から「夫」を選ぶとして。
もし、オライが例えは有珠斗と同い年だったとしたら?
異世界にやってきて自暴自棄だった有珠斗の、最初の友達になってくれた優しい少年。
誰も有珠斗を信じてくれなかったのに、オライだけは信じてくれた。
懸命に、有珠斗のために言葉を尽くして家族を説得してくれた。
もし選択肢に、「大きくなったオライ」が含まれていたとしたら。
ちゃんと想像できた。
想像してみれば、答えは簡単だった。有珠斗はうん、とうなずく。
「はい。僕はきっと、オライを選んでいたと思います!」
そう言ってオライに微笑みかけた。嘘偽りない言葉だ。オライを選ばないわけがない。
オライの瞳が輝く。空が晴れ渡るような笑顔になる。
「やっぱり!?だよね!絶対にそうだと思った!ああ悔しい、ちょっと生まれるのが遅かったせいで、俺はウストを嫁さんにできないんだ!スッゲー悔しいなぁ」
オライはおどけた様子で笑いながら、その目と鼻が赤く色づく。
(オライ、泣いてる!?)
有珠斗の胸がぐっと苦しくなった。
誠実に答えることができて良かった、ただそれだけを思った。
この優しい少年の気持ちをないがしろにするようなことを言わなくて、本当に良かった。
その時、ドーンという大きな音が、地響きとともに遠くから聞こえてきた。有珠斗はハッとする。
「な、なんですかこれ!?」
音は一度で収まらず、ドーン・ドーンと何度も聞こえてきた。そのたびに地面が揺れる。
「あー、多分、城門を打ち破ろうとしてるんだろうなぁ。丸太とか打ち付けてるんだと思う」
「え?」
「ほら、この街の人たち、一匹目の断罪の獣がもう死んだって知らないから。まだあいつがうろついてると思って、街から逃げ出そうとしてるんだよ」
「それでなんで城門を打ち破る必要が?普通に開けて外に出ればいいじゃないですか」
外敵が門を打ち破って街に侵入してくるなら分かるが、なぜ内側から門を破壊する必要があるのか。
「開くわけがないよ、神子が開かないように細工してるから。断罪の獣を放たれた街の人間は、みんなその街に閉じ込められちゃうんだ」
「なんて無情なことを……!」
有珠斗は街の人々の心理状態を想像してみた。のんびり風呂に入ってる場合ではないではないか。
「街の人々に、断罪の獣は魔男によって倒されたと伝えにいきましょう!明日の追加十二体についても、座長さん達が対処してくれるんでしょう?言って、安心させなければかわいそうです!」
だがオライは難しい顔をして首を振った。
「それは……危ないよウスト。この街に魔女の末裔がいるって知られたら、ターラ教主国から魔女狩り兵がやってくるかも」
「あ……。そ、そうですよね。すみません考えなしでした……」
魔男の存在は決して知られてはならない。今さっき、魔男の存在を隠すために殺されかかったじゃないか。
「それに、魔男がいるって知ったら街の人たちはもっと怖がってパニックすると思う」
「え、どうして?」
「もう俺たち以外の魔女は絶滅してるっていうのに、まだ魔女狩りは続いてるんだ、特に田舎のほうではね。三百年前から今まで、魔女狩りの起きなかった年はないって座長が言ってたよ。何の罪もない人が魔女だって糾弾されて、神子に殺されたり、集落の人々に殺されたり」
「普通の人たちに魔女が殺されるんですか!?」
「うん。多くの人たちは神子を恐れてるけど、魔女のことも恐れてるし憎んでる」
「だって、魔女はヒーローなんでしょう?人類滅亡を企む邪神から人々を守る存在なんでしょう?」
「それが本当なんだけど、邪神はウソをつくのがうまいから。魔女が悪だって皆に思わせちゃった。ザンドギアスの世界征服以前は、魔女こそが神女って呼ばれてたらしいけど、今の人たちはそんなこと誰も覚えてない。女神の名前だって忘れちゃったんだ」
「女神……」
その時、テントの外から声がする。
「ちょっと、いつまで入ってるの?そろそろ代わって下さいな」
「あーうー!」
キャンディとビュレトの声だ。
風呂を占領して女性と赤子を寒空の下に待たせてしまっている。居候の分際で。
「うわわわわわわ」
有珠斗は自分のしでかしている傍若無人さに気付き、ざばんと音を立てて立ち上がる。
「すみません、いますぐ出ます!出ていきます!」
「服はちゃんと来てから出てきて下さいね?」
「ももも、もちろんです!」
そんな有珠斗の慌てように、オライが吹き出した。
「あーやっぱ、ウストってかわいい!兄ちゃんたちが羨ましいや!」
屈託なく、子どもらしく。
ちょっとだけ、切なそうに。
◇ ◇ ◇
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