上 下
26 / 27

第14話 オライとおふろ ②

しおりを挟む
 予想もしてなかった質問だった。
 有珠斗は「なに変なこと言ってるんですか」と笑おうとして、止めた。
 オライが有珠斗を見つめる目はとても真っ直ぐで、同時に不安げで。
 笑ったりしたら、彼を深く傷つける気がした。

 有珠斗は軽いパニックに襲われる。
 一体、どう答えればいいのか。

 こんな十二歳の子供が自分の「夫」になる姿なんて、想像もできない。
 想像もできないことに対して何を言えばいいのか。
 恋愛経験ゼロ、告白された経験ゼロの有珠斗にとって、このようなセンシティブな場面に立たされたのは生まれて初めてのことだった。

 パニックに押しつぶされそうになる寸前。有珠斗は、父がいつか言っていた言葉を思い出す。

『常に誠実でありさえすれば、大抵のトラブルは乗り越えることができる』

 それは企業グループのトップとして多くの人々と渡り合ってきた父の、経験に基づく教訓だった。

 誠実に。そうだ、誠実だ。誠実に考えよう。

(想像できない、なんて単なる努力の放棄だ、そんなのは誠実ではない。ちゃんと想像してみなければ)

 オライを含めた四兄弟と、その父親。この五人の中から「夫」を選ぶとして。
 もし、オライが例えは有珠斗と同い年だったとしたら?

 異世界にやってきて自暴自棄だった有珠斗の、最初の友達になってくれた優しい少年。
 誰も有珠斗を信じてくれなかったのに、オライだけは信じてくれた。
 懸命に、有珠斗のために言葉を尽くして家族を説得してくれた。

 もし選択肢に、「大きくなったオライ」が含まれていたとしたら。

 ちゃんと想像できた。
 想像してみれば、答えは簡単だった。有珠斗はうん、とうなずく。

「はい。僕はきっと、オライを選んでいたと思います!」

 そう言ってオライに微笑みかけた。嘘偽りない言葉だ。オライを選ばないわけがない。
 オライの瞳が輝く。空が晴れ渡るような笑顔になる。

「やっぱり!?だよね!絶対にそうだと思った!ああ悔しい、ちょっと生まれるのが遅かったせいで、俺はウストを嫁さんにできないんだ!スッゲー悔しいなぁ」

 オライはおどけた様子で笑いながら、その目と鼻が赤く色づく。

(オライ、泣いてる!?)

 有珠斗の胸がぐっと苦しくなった。
 誠実に答えることができて良かった、ただそれだけを思った。
 この優しい少年の気持ちをないがしろにするようなことを言わなくて、本当に良かった。 

 その時、ドーンという大きな音が、地響きとともに遠くから聞こえてきた。有珠斗はハッとする。

「な、なんですかこれ!?」

 音は一度で収まらず、ドーン・ドーンと何度も聞こえてきた。そのたびに地面が揺れる。

「あー、多分、城門を打ち破ろうとしてるんだろうなぁ。丸太とか打ち付けてるんだと思う」

「え?」

「ほら、この街の人たち、一匹目の断罪の獣がもう死んだって知らないから。まだあいつがうろついてると思って、街から逃げ出そうとしてるんだよ」

「それでなんで城門を打ち破る必要が?普通に開けて外に出ればいいじゃないですか」

 外敵が門を打ち破って街に侵入してくるなら分かるが、なぜ内側から門を破壊する必要があるのか。

「開くわけがないよ、神子が開かないように細工してるから。断罪の獣を放たれた街の人間は、みんなその街に閉じ込められちゃうんだ」

「なんて無情なことを……!」

 有珠斗は街の人々の心理状態を想像してみた。のんびり風呂に入ってる場合ではないではないか。

「街の人々に、断罪の獣は魔男によって倒されたと伝えにいきましょう!明日の追加十二体についても、座長さん達が対処してくれるんでしょう?言って、安心させなければかわいそうです!」

 だがオライは難しい顔をして首を振った。

「それは……危ないよウスト。この街に魔女の末裔がいるって知られたら、ターラ教主国から魔女狩り兵がやってくるかも」

「あ……。そ、そうですよね。すみません考えなしでした……」

 魔男の存在は決して知られてはならない。今さっき、魔男の存在を隠すために殺されかかったじゃないか。

「それに、魔男がいるって知ったら街の人たちはもっと怖がってパニックすると思う」

「え、どうして?」

「もう俺たち以外の魔女は絶滅してるっていうのに、まだ魔女狩りは続いてるんだ、特に田舎のほうではね。三百年前から今まで、魔女狩りの起きなかった年はないって座長が言ってたよ。何の罪もない人が魔女だって糾弾されて、神子に殺されたり、集落の人々に殺されたり」

「普通の人たちに魔女が殺されるんですか!?」

「うん。多くの人たちは神子を恐れてるけど、魔女のことも恐れてるし憎んでる」

「だって、魔女はヒーローなんでしょう?人類滅亡を企む邪神から人々を守る存在なんでしょう?」

「それが本当なんだけど、邪神はウソをつくのがうまいから。魔女が悪だって皆に思わせちゃった。ザンドギアスの世界征服以前は、魔女こそが神女みこって呼ばれてたらしいけど、今の人たちはそんなこと誰も覚えてない。女神の名前だって忘れちゃったんだ」

「女神……」

 その時、テントの外から声がする。

「ちょっと、いつまで入ってるの?そろそろ代わって下さいな」

「あーうー!」

 キャンディとビュレトの声だ。
 風呂を占領して女性と赤子を寒空の下に待たせてしまっている。居候の分際で。

「うわわわわわわ」

 有珠斗は自分のしでかしている傍若無人さに気付き、ざばんと音を立てて立ち上がる。

「すみません、いますぐ出ます!出ていきます!」

「服はちゃんと来てから出てきて下さいね?」

「ももも、もちろんです!」

 そんな有珠斗の慌てように、オライが吹き出した。

「あーやっぱ、ウストってかわいい!兄ちゃんたちが羨ましいや!」

 屈託なく、子どもらしく。
 ちょっとだけ、切なそうに。

◇ ◇ ◇
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

どうやら生まれる世界を間違えた~異世界で人生やり直し?~

黒飴細工
BL
京 凛太郎は突然異世界に飛ばされたと思ったら、そこで出会った超絶イケメンに「この世界は本来、君が生まれるべき世界だ」と言われ……?どうやら生まれる世界を間違えたらしい。幼い頃よりあまりいい人生を歩んでこれなかった凛太郎は心機一転。人生やり直し、自分探しの旅に出てみることに。しかし、次から次に出会う人々は一癖も二癖もある人物ばかり、それが見た目が良いほど変わった人物が多いのだから困りもの。「でたよ!ファンタジー!」が口癖になってしまう凛太郎がこれまでと違った濃ゆい人生を送っていくことに。 ※こちらの作品第10回BL小説大賞にエントリーしてます。応援していただけましたら幸いです。 ※こちらの作品は小説家になろう、カクヨム、ノベルアップ+にも投稿しております。

転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!

めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。 ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。 兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。 義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!? このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。 ※タイトル変更(2024/11/27)

真面目系委員長の同室は王道転校生⁉~王道受けの横で適度に巻き込まれて行きます~

シキ
BL
全寮制学園モノBL。 倉科誠は真面目で平凡な目立たない学級委員長だった。そう、だった。季節外れの王道転入生が来るまでは……。 倉科の通う私立藤咲学園は山奥に位置する全寮制男子高校だ。外界と隔絶されたそこでは美形生徒が信奉され、親衛隊が作られ、生徒会には俺様会長やクール系副会長が在籍する王道学園と呼ぶに相応しいであろう場所。そんな学園に一人の転入生がやってくる。破天荒な美少年の彼を中心に巻き起こる騒動に同室・同クラスな委員長も巻き込まれていき……? 真面目で平凡()な学級委員長が王道転入生くんに巻き込まれ何だかんだ総受けする青春系ラブストーリー。 一部固定CP(副会長×王道転入生)もいつつ、基本は主人公総受けです。 こちらは個人サイトで数年前に連載していて、途中だったお話です。 今度こそ完走させてあげたいと思いたってこちらで加筆修正して再連載させていただいています。 当時の企画で書いた番外編なども掲載させていただきますが、生暖かく見守ってください。

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる

クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

拝啓、目が覚めたらBLゲームの主人公だった件

碧月 晶
BL
さっきまでコンビニに向かっていたはずだったのに、何故か目が覚めたら病院にいた『俺』。 状況が分からず戸惑う『俺』は窓に映った自分の顔を見て驚いた。 「これ…俺、なのか?」 何故ならそこには、恐ろしく整った顔立ちの男が映っていたのだから。 《これは、現代魔法社会系BLゲームの主人公『石留 椿【いしどめ つばき】(16)』に転生しちゃった元平凡男子(享年18)が攻略対象たちと出会い、様々なイベントを経て運命の相手を見つけるまでの物語である──。》 ──────────── ~お知らせ~ ※第5話を少し修正しました。 ※第6話を少し修正しました。 ※第11話を少し修正しました。 ※第19話を少し修正しました。 ──────────── ※感想、いいね大歓迎です!!

普通の学生だった僕に男しかいない世界は無理です。帰らせて。

かーにゅ
BL
「君は死にました」 「…はい?」 「死にました。テンプレのトラックばーんで死にました」 「…てんぷれ」 「てことで転生させます」 「どこも『てことで』じゃないと思います。…誰ですか」 BLは軽い…と思います。というかあんまりわかんないので年齢制限のどこまで攻めるか…。

処理中です...