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第3話 悪夢的異世界転移

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「へえ~~」

 オライが眉間にしわを寄せ、大きく嘆息した。

「聞いてくれてありがとうございます」

 オライが貸してくれた手拭いで頭を拭きながら有珠斗うすとは礼を言う。神子の体液でびしょぬれだった体もだいぶ乾いてきた。

「なんかすげえ話聞いちゃったなぁ。どこまで信じていいのか分からないけど、とにかくウストは神子みこに家族を皆殺しにされたんだな」  

 有珠斗はうなずいた。

「はい」

 オライは同情の表情になる。

「そりゃあイカレちまうのも無理ないよな……」

「イカレてはいないです。置かれた状況に比して、自分が奇跡的なほど冷静であることに驚愕しています。おそらく僕は、まだこの状況が夢であることを疑っているのです。目が覚めたら日本のあの家でいつも通りの朝を迎えて、母の入れてくれたモーニングエスプレッソを飲んでいるのではないか……」

 有珠斗はため息をついた。

「うんうん、辛いときは現実逃避するのもいいと思うよ」

「しかしどうやったらこの悪夢が覚めるのか分かりません。いっそとことんこの悪夢に付き合って、この悪夢の主人公になりきれば、その時こそ夢から覚めるのか……」

 オライは考え込むようにあごに手を当てる。

「それにしても、『メフィストフェレスの子孫を頼れ』かぁ」

「はい、何か知ってますかオライ」

「ファウストとメフィストフェレス、知ってるっていうか……」

「もしかして、ゲーテの戯曲さらにはそのモチーフとなった伝承の登場人物の名前だと言いたいのですか?確かにその通りですが、設定は全然違うので名前の一致は偶然と思います」

「いやゲーテって誰だよ!じゃなくって……。んー、まあいいや」

 オライは頭をかきむしると、目の前に置かれた品々に身をかがめる。

「そういえば、さっきから何をしているんですか?」

 膝を抱えて座る有珠斗の隣で、オライは盗賊たちが投げ出していった荷物をあさり、中身をなぜか地面に奇麗に並べていた。
 財布にハンドバッグ、毛皮の外套に羽根つきの婦人用帽子、房の付いた扇子に金の懐中時計、種々の宝飾品、などなど。
 オライは並べた物品を一つ一つ確認しながら、手にした紙にペンを走らせる。

「盗品チェックだよ。この紙は被害者の名前と盗まれたものの名前を書いたリスト。俺、あいつらから盗品を取り返しに来たの。よかった、全部そろってるっぽい!」

「君は、警察官か何かですか?それにしては若すぎるのでは。十二歳くらいに見えますが」

 オライは声をたてて笑った。

「あはは、何言ってんだよ、そんなわけねえじゃん!どう見たら俺が、あはははは」

(十二歳と言われてそんなに笑うとは!一体、何歳なのか)

 あまりにもおかしそうに笑うので、有珠斗は困惑した。
 年下と思い込んでいたオライが、実は自分と同じくらい、いや年上だったりしたら。それもうんと年上だったりしたら。この世界では、人を見た目で判断してはいけないのかもしれない。

(そうだここは異世界、ファンタジーの世界なんだ。僕の精神を著しく疲労させたあの下劣なラノベでは見た目が十六歳の巨乳エルフの年齢は確か……)

 有珠斗は目を泳がせながら、予想年齢を改める。

「オライ……さんは、五百歳くらいですか……?」

 オライは眉間にしわをよせた。

「え?十二歳だけど」

「は!?」

 オライは憐れむような眼で有珠斗を眺めた。

「やっぱネジ外れてんなぁ。まあ仕方ないよな、それだけのことがあったんだもんな」

 有珠斗は顔を赤くする。

「きき、君が笑ったんでしょう!僕は最初に十二歳と言ったじゃないですか!」

 オライはまた、くっくと思い出し笑いをした。

「だって警察とか言うからさぁ!」

「……」

 有珠斗は一瞬、黙したのちに、目をつぶって額を抑えた。

「そっちですか!紛らわしい!」

「俺が警察のわけねえじゃん!俺は旅芸人一座、ペモティス・ファミリーの団員だよ」

「芸人さん、ですか」

「そ!いま、この森の西にあるラーヒルズって街にテント張ってサーカス営業中なんだけどさ、今日の昼公演にさっきの盗賊団が客に扮して客席に紛れ込んでたんだよ。でサーカスに夢中なお客からごっそり金品を盗んでったわけ」

「なるほど。お客さんたちの盗まれたものを取り返しにきたわけですね」

「まあ普通は、観覧中のスリ被害の補償なんてしないんだけどさぁ、今回は規模がでかくて被害者いっぱいだから大騒ぎになっちゃって。サマエル兄ちゃんが俺にかんかんで、夜公演前までに盗品を奪い返して来なかったら十年ただ働きさせるとか言い出したんだよ。あ、サマエルって俺の一番上の兄ちゃんね」

「なぜ、オライにかんかんに?」

「盗賊団が入った時に受付してたのがたまたま俺だったから!盗賊団と見抜けないでテントに招き入れた俺のせいだって言うんだよ、ひどくない!?」

「それはひどいですね。そもそも君みたいな子供に一人でこんな危険なことをさせるなんて、正気の沙汰とは思えません」

 率直な感想を述べると、オライは感激した様子で有珠斗を見る。

「ウスト、いいやつ~!ウストだけだよそんなこと言ってくれるの!父ちゃ……じゃなかった座長も、他の兄ちゃんたちも、みんな俺の味方してくれないんだよ!あー、ウストが俺の兄ちゃんだったらよかったよ」

 ふと、三人の弟の顔が脳裏をかすめ、有珠斗の胸が痛んだ。だがそれを隠し、微笑む。

「そう言ってもらえて嬉しいです。お父さんが座長さんで、お兄さんが複数いるんですね」

「うん、弟もいるよ!」

「そうですか、僕は……」

 そこで口をつぐんだ。僕は四人兄弟です、という言葉は喉に引っかかり出てこなかった。口にしたら悲しみで心が裂けてしまいそうだったから。

(僕にはもう兄弟なんていない。父も母も)

 機嫌を良くしたオライはまた紙に視線を移すと、うん、とうなずいた。

「チェック終了!やっぱり全部そろってた。あとはこれをお客に返すだけだ。間に合うかなぁ、夜公演は午後六時からだ」

 有珠斗は立ち上がった。

「よかったですね、僕も手伝います。一人で街まで運ぶのは大変でしょう」

 なんでもいいから何かをしなければ、絶望に押しつぶされてしまいそうだった。

「ほんと!?やったぁ、ありがとう!」

 オライは無邪気に笑った。その笑顔がまた、亡き弟たちの笑顔と重なった。
 有珠斗は自分を叱咤する。 

(ダメだ、悲しみに潰されるな、前に進むんだ不破有珠斗!とりあえず現状を受け入れる、今はそれしかできない。この最悪の悪夢にとことん付き合ってやる!)

◇ ◇ ◇
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