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36話 ウェイブ村(2)

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 二階の部屋に貴重品以外の荷物を置いてから、僕らは一階の酒場に行った。

 扉を開けた途端、アルコール臭と美味しい何かの匂いが入り混じった空気が鼻孔をついた。
 やはり客層は、ハンターっぽい屈強な男達だらけだった。
 こんな田舎の村、ハンターくらいしか来ないのだろう。

 客は十数名しかいないが、狭い酒場なのでそれだけで満杯だった。
 カウンター向こうの、猿みたいな長い尻尾を生やしたマスターが入って来た僕たちを見た。

「いらっしゃい、相席になるけどいいかい?」

「ああ」

 レンはうなずいた。
 僕たちは男が一人座っているテーブルの、空いた椅子に座った。

「邪魔して悪いな、座らせてもらうぜ」

 レンが珍しく愛想よく自分から挨拶した。
 右目に眼帯をつけた、体の大きな緑色の肌の男は、ビールのジョッキを傾けながら、「おう」と返事する。

「随分とわけえじゃねえか、学生か?」

「まさか、ハンターだよ。ミルドジャウ山を目指してる」

「ミルドジャウ?わけえくせに転生者狙いか。一攫千金、夢があっていいな」

「ああ、いい狩り場だと聞いてな」

「狩り場つっても、やっぱり転生者は超激レアだからよ、ひと月に一匹捕まえられりゃいい方らしいぜ。ライバルのハンターも多いしな。もしかしたらあの山の麓にある『背徳の街』ラガドで逃亡転生者拾う方が効率がいいかも知んねえ」

「背徳の街、ラガド?」

 レンの問いに男は、含み笑いを浮かべた。

「おうよ、世界一の娼館街だ。行ってもいいが、ハマるんじゃねえぞ?普通の娼館もあるが、転生者専門の娼館が特に多く軒を並べててな。街の路地には転生者中毒に陥ってすっからかんになった連中が、それでも転生者液求めてのたうちまわってんだよ」

 僕はおずおずと質問を挟む。

「転生者中毒、って何ですか?」

「ほら転生者液は麻薬だからよ。摂取し過ぎると中毒になっちまうんだ。俺は一回も転生者を食ったことはねえが、ああいうの見るとどんなに『いい』って言われても、ためらっちまうなあ」

 この人は転生者を「嗜まない」人なんだ!なんだかそれだけでほっとした。現地人なのに、すごいまともな人のように見えてくる。
 男はさらにラガドの話を続けた。

「ラガド行くと、転生者液だけ瓶詰めにされて売ってるぜ」

「び、瓶詰め!?」

 瓶詰め精子発売中!?もう字面だけでくらくらするおぞましさだ。
 僕の引きっぷりに、「わかる」というように男はウンウンとうなずいた。

「ほんとよく買えるよな、カサ増しに店主の精液とか混じってるかも知んねえんだぜ?転生者液は味と匂いは普通の精液と同じだっつうからな。ほんの少しの匂いの判別はフェンリルにしかできねえってんだから」

 レンも不快そうに顔をしかめている。

「ミルドジャウの近くの街はラガドだけなのか?」

「ああ、他はなんもねえな、あの辺りは。どうしてもミルドジャウで狩りたいってんなら、あの街を拠点にするしかねえ。まあ普通の娼館もあるからそっちで楽しみつつ気長に転生者待ったらいいさ」

 いやだなあ、そんな恐ろしい街に行くしかないのか。

「なんだか食欲が失せて来ちゃった……」

 僕がつぶやくと、

「んじゃ俺だけ食べるぞ」

「や、やだ食べるよ僕の分も頼んでよ!」

「はいはい」

 レンが壁に掲げてあるメニューの異世界文字をスラスラ読んで注文した。
 しばらくすると、鳥っぽい生き物の丸焼きやらビーフっぽい肉のシチューやらムール貝っぽい何かのワイン蒸しやら、美味しそうなものがいっぱい出て来た。

 僕は目を輝かせて、早速ほお張る。

「美味しい!」

 異世界のくせになんて美味しいんだ!素材の本当のところはなんだかわからないけど、考えないことにするぞ!

「そりゃ良かった。あ、良かったらおじさんもどうぞ」

「おーさんきゅうな」

 レンが愛想よく男にも勧めた。レンはほんとこの世界にすっかり溶け込んでるなあと僕は感心してしまう。
 僕は久しぶりのご馳走を満腹になるまで食べた。
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