上 下
34 / 43
番外編 竜の城の恋人たち

2.カイの気遣い②

しおりを挟む
 
 シセラの塔で思いが通じあい、ようやく共にいられると胸がいっぱいになった。それでも、こうして改めて部屋を用意されると、何だか緊張してしまう。

「フロル?」
「え、えっと。へ、部屋が同じなの……嫌じゃ……ない?」

 レオンの青い瞳が不思議そうに瞬く。フロルはどう伝えていいかわからずに慌てた。

「ほら、何ていうのかな、ずっと一緒にいたら息苦しいっていうか」
「いや、そんなことは」
「こ、この城にはたくさんの部屋があるから。言えばカイが他に部屋を用意してくれると思うんだけど」

 フロル、と名を呼ばれ、細い手を大きな両手で包み込まれる。レオンはフロルとしっかり目を合わせた。

「俺はフロルと一緒にいられて嬉しい。カイに大声で礼を言いたいぐらいだ。フロルは嫌なのか?」

 レオンの声にはひそかな不安が混じっていた。同時に、フロルを見つめる瞳にはまるで幼子が縋りついてくるような必死さがある。

「……嫌じゃ、ない」

 小さな呟きを聞いたレオンの顔が、ぱっと明るくなる。無邪気な子どものように嬉しそうな顔を見て、思わずフロルは頬を緩めた。そんなフロルにレオンはそっとキスをする。そのまま広い胸の中に抱き込まれて、フロルの心臓が急にとくとくと動き出す。

(これは、なんだろう……)

 フロルは自分の変化にとまどっていた。この胸の高鳴りは、最近頻繁ひんぱんに起こる。それだけではなく、頬も火照ほてっているのだ。それは、フロルにはこれまで経験のないものだった。




 カイの城に来てから二週間後、フロルはリタの淹れるお茶を飲んでいた。

「突然、動悸がするのですか?」
「うん。いきなりなんだ」
「……何かお疲れが出ておられるのでしょうか。夜はよくお休みになれますか?」
「それが、眠りが浅くてすぐに目が覚めてしまう」

 カイの城は、人から見たら神々が住まうと思うような高い山上にある。雲海が連なる絶景を見下ろしながら、フロルは小さくため息をついた。

「何がいけないのかな……」
「……フロル様」

 思いつめた顔をするフロルに、世話係のリタは慌てた。自分が気づかぬ間に何かあったのだろうか。この城に来たばかりの時は痩せ細っていたフロルも、二月ふたつきが経つ頃には健康な状態に回復していた。それなのに、再び祖国に出かけて戻ってからは、明らかに顔色が悪い。

 フロルと一緒にアルファがやってきた時はぎょっとしたが、伴侶だと知ってほっとした。そして、伴侶のレオンは横暴でも傲慢でもなく、使用人たちに対する態度も穏やかだった。あんなアルファもいるのかと皆で驚いたぐらいだ。

 リタは、あっと思った。もしや、フロルはレオンの事で悩んでいるのではないだろうか?

「フロル様、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「うん?」
「何か、胸に秘めたことがおありなのでは」

 フロルが紫水晶の瞳を大きく瞬いた。
 素早く辺りを見回したリタは、バルコニーにいるのが自分たちだけなことを確かめた。大丈夫だと安心させるように囁く。

「……レオン様のことですか?」

 フロルの顔がさっと青ざめるのをリタは見逃さなかった。
 そうだ、元々フロルは自分たち同様、人界に耐えられずにこの城に逃げてきたではないか。あの伴侶とも何かあったのだ。胸を痛めたリタは、椅子に座るフロルの足元にひざまずいた。

「どうぞ御心を占めることをお話しください。きっとお力になります」

 フロルは膝に置いた手をぎゅっと握りしめた。言ってもいいのだろうかと力なく呟く声に、リタは大きく頷いた。

「しょ、食事の時とか」
「食事?」
「レオンが……しょっちゅう僕に、自分の手から食べさせようとするんだ。今まではそんなことなかったのに」

 子どもでもないのに恥ずかしい、とフロルは顔を赤くする。
 カイが隣国に出かけてしまい、フロルとレオンは二人だけで食事をしている。給仕はいらないと言われたので、リタは二人の食事中は他の部屋に下がっていた。直接見たわけではないが、思い当たることがある。それは確か、アルファの給餌行為というものではなかったか。愛情表現の一つだったと思う。

「他には?」
「ベッドが一つになったから……。何となく僕は端で寝てたんだけど」

 ふっと目覚めると、いつのまにかレオンの腕の中にいる。レオンはぐっすり眠っているけれど、一度目覚めたら気になってもう眠れない。

「何とか目をつぶって眠れたと思ったら、今度は起きた時に必ず、レオンが僕をじっと見ているんだ。そんな時はずっと、動悸が止まらない」

 フロルの面やつれした様子からするに、本気で悩んでいるのがわかる。しかし、リタは何ともいえない気持ちになった。年下の自分でもわかることが、目の前の貴人には少しもわかっていない。

 仕方なく、リタは言葉を選びながら答えた。

「それは世に多い病だと思いますが……たぶん、自力で治すしかないものだと思います」
「そんなに多いの?」
「ええ、よくある病です。残念ながらすぐに効く薬はありません」

 うなだれるフロルに、リタもどうしたものかとそっとため息をついた。
 
しおりを挟む
感想 26

あなたにおすすめの小説

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

もう、いいのです。

千 遊雲
恋愛
婚約者の王子殿下に、好かれていないと分かっていました。 けれど、嫌われていても構わない。そう思い、放置していた私が悪かったのでしょうか?

ふしだらオメガ王子の嫁入り

金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか? お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。

オメガの復讐

riiko
BL
幸せな結婚式、二人のこれからを祝福するかのように参列者からは祝いの声。 しかしこの結婚式にはとてつもない野望が隠されていた。 とっても短いお話ですが、物語お楽しみいただけたら幸いです☆

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

【完結】選ばれない僕の生きる道

谷絵 ちぐり
BL
三度、婚約解消された僕。 選ばれない僕が幸せを選ぶ話。 ※地名などは架空(と作者が思ってる)のものです ※設定は独自のものです

あなたが好きでした

オゾン層
BL
 私はあなたが好きでした。  ずっとずっと前から、あなたのことをお慕いしておりました。  これからもずっと、このままだと、その時の私は信じて止まなかったのです。

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭

処理中です...