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番外編 竜の城の恋人たち
1.カイの気遣い①
しおりを挟むカイは困っていた。
とても困っていた。
城の使用人頭のダナエがずいっとカイの前に進み出た。彼は二十代後半で、艶やかな黒髪と黒曜石の瞳を持つ男だ。そして、たおやかな見た目とは裏腹に、はっきりとものを言う。
「どうなさるおつもりなんですか、カイ様」
「どう、と言われても……」
カイはダナエに弱かった。この城に連れてきたのは、たしか彼が少年の頃だ。泣き虫だった少年は瞬く間にしっかり者に育ち、留守がちなカイの代わりに城の中をまとめてくれている。
「カイ様もご存知の通り、この城にいる人間は全員オメガです」
「うん、知ってる」
「……でしたら、お分かりのはずですが。お連れになった客人はアルファでしょう? 皆、動揺しています」
ダナエが心配しているのは、レオン王子のことだ。城に着いた途端、カイの背に乗っているのがフロルだけではないことに使用人たちは驚いた。しかも新たな客人は、長い間、使用人たちが忌避してきたアルファだったのだ。
「でも、もう連れてきちゃったし。とりあえず、ここで暮らすのが一番いいと思うんだ」
「この城にいるのは、アルファに散々な目に遭わされてきた者ばかりですよ?」
「大丈夫、あいつはフロルの番だから!」
レオンはフロルにベタ惚れだから心配しなくていいとカイは断言した。当面、彼らをここで休ませてやりたいとの言葉に、ダナエは首肯した。
「わかりました。それでは、新しい客人の部屋のご用意を」
「番なんだから、一緒でいいだろう」
「……えっ?」
「南に使っていない大きな部屋があったはずだ。続き部屋もあるし、あそこを二人の部屋にしたらいい」
それがいいと一人頷くカイに、ダナエは固まった。ダナエは昔、貴族の屋敷に仕えていた。貴族たちは夫婦であってもそれぞれ自室を持っているし、王族ならばより多くの部屋を各自が所有する。フロルの隣にいた男は、身なりや雰囲気からして身分の高い貴人であることは間違いない。
(……彼らの国では、伴侶は常に同じ部屋で過ごすのだろうか?)
ダナエが悩んでいると、カイは大声で言った。
「竜は番を見つけたら、決して離れないぞ。人は竜よりは複雑な気がするが、さして変わりはないだろう!」
あまりにきっぱりと主が言うので、ダナエは疑問を感じつつも反論することができなかった。
フロルは動揺した。
今までになく動揺した。
使用人頭のダナエが、フロルとレオンを新しい客室へと案内した。今まで使っていた部屋よりも断然広い。調度品はカイが選んだだけあって、どれも美しく豪奢なものばかりだ。床にも毛織物がたっぷりと敷き詰められている。
フロルが長い睫毛を何度も瞬いていると、ダナエがああ、と言った。前のお部屋のものはすぐに運びますのでと言われて、フロルは首を横に振った。
「いや、荷物の事じゃなくて。えっと、レオンと、お、同じ部屋……?」
「はい、カイ様から番同士のお二人は同じお部屋へと仰せつかりました」
「……つがい」
「カイ様がお二人用の寝台を探してくると言っておられますので、それまでは別々になりますが」
「ベ、ベッドまで?」
急に顔が熱くなった。どっどっと動悸がしてくる。
(カイは何だって、急にそんな……)
フロルが胸を抑えた時、部屋を見回していたレオンがすぐ隣に立った。
「急にやってきて、すまない」
レオンはダナエを真っ直ぐに見て、突然の来訪を詫びた。さらには、部屋を用意してくれてありがとう、世話をかけたと労われて、ダナエは言葉を失くす。ダナエの知っているアルファたちは、もっと傲慢な者ばかりだった。まともに礼を言われたことなどない。
「……どうぞ何でもお申し付けください。お茶のご用意をいたします」
ダナエが出ていったあと、レオンはフロルに向かって微笑んだ。
「フロルと同じ部屋だなんて、子どもの時以来だな」
「あ……うん」
幼い頃、いつも一緒に過ごしていた二人は、遊び疲れて眠ってしまうことがよくあった。王宮には、そんな二人のために一つの部屋が用意されていた。部屋の中にはベッドが二つ並んでいたが、二人はいつも片方のベッドで抱きしめあって眠った。
(でも……あの時とは絶対、一緒じゃない)
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