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19.フロルの決意②
しおりを挟むフロルは大きく張り出した岩のバルコニーに立って空を眺めた。
晴れ渡った青い空を見ていると、一頭の竜がこちらに向かってくる。カイなのはすぐにわかったが、いつもと様子が違う。明らかに急いでいる竜は、バルコニーに飛び込んできたかと思うと、直接フロルの頭の中に語りかけた。
〈フロル! レオンが!〉
「……レオン? カイ、レオンがどうしたの?」
〈あいつの言葉がやたら頭の中に響いてくるんだ。ずっと……フロルを呼んでる〉
「僕を?」
〈くそっ! 全く邪魔だったらない! いつもはあいつの声なんか聞こえないのに、まるでこれが最期みたいに!〉
(……最期?)
フロルの脳裏に、はるか昔の光景がよみがえった。蒼白な顔のまま、広いベッドに横たわるレオンの姿が。
弱っていた竜のカイに必死で魔力を注ぎ込んだ後、レオンは城で三日間寝込んだのだ。レオンとフロルは宮廷魔術師にひどく怒られた。いくらアルファでも自分の魔力を際限なく使いすぎです。場合によってはお命も危ないのですよ、と。
心配で心配で、泣きながらずっとベッドの隣にいたフロルにレオンは囁いた。
『──フロルがよろこんでくれたから、いいんだ』
少しも動けないのに、レオンはフロルを安心させようとしていた。
(僕を呼んでるなんて……。レオンに何かあったのかもしれない。命が危なくなるようなことが)
フロルの胸がドクンと跳ねた。
(レオンに何かあったら……。万が一、死んでしまうような、そんなことになったら)
──嫌だ。
ぞっとするような寒気が走った。
(レオンはメイネが好きなのかもしれない。それでも、今は僕を呼んでいる……)
フロルはカイに向かって大きく両手を差し出した。
「カイ、お願い! 僕をレオンの元に連れて行って!」
〈本気なのか? フロル〉
フロルはこくりと頷いた。あんなに傷つけられたのに、それでも行くのかと問われる。それでもやはり、レオンの元に行きたいと思った。
「これは、自分の務めだからじゃない。だって、もう僕はレオンの婚約者じゃないんだ。ねえ、カイ。僕はただ」
フロルはまるで、自分自身に言い聞かせるように言葉を続けた。
「レオンが僕を呼んでいるなら、もう一度会いたい。レオンの元に行きたいんだ」
フロルの真剣な瞳に、カイは悩んだ。しかし、頭の中には何度も繰り返し、レオンの声が響いている。
──フロル。会いたい。一目だけでいいから。……フロル!
〈ああ、もう! 乗れ、フロル!〉
「ありがとう、カイ!」
カイはフロルを背に乗せて、再び大空を飛んだ。カイの城に来た時よりも早く飛び続けた為に、危うくフロルは竜の背から落ちそうになった。必死でしがみついたまま山々を越え、森を幾つも通り過ぎる。どこまでも続く平野を見ながらシセラに向かった。
竜が姿も変えずに王宮付近を飛んだら、魔術師たちにはすぐにわかってしまうだろう。だが、そんなことを気にしている時間はない。カイの焦りがフロルにも伝わり、フロルは必死にレオンの無事を祈り続けていた。
シセラの王宮が見えた時、フロルは目の奥が熱くなった。
(レオン……。どうか、無事でいて)
広大な王宮の北に一つの塔がある。王族の中で罪を犯した者を幽閉する為の塔だ。塔の一番上は、高貴な罪人を入れておく為に存在する部屋だった。
塔の部屋には、明かり取りの為の小さな窓があるだけで、外からは中の様子を窺うことができない。魔法で全てが遮断されているために、物音一つ聞こえないのだ。上空で旋回しながら塔の周辺の様子を見ていたカイは、ゆっくりと塔に近づいた。
〈魔術師たちに見つかるかもしれないが、あいつらの魔力程度ではこちらをどうにも出来ない。私は塔の上で鳥に姿を変えて待っている。行っておいで、フロル〉
カイはフロルの体を、片手に乗るような小さなねずみの姿に変えて、自分は大鷲になった。銀色のねずみになったフロルを、明かり取りの窓に嘴で押し込む。フロルは窓枠からするすると壁を伝って床まで下りた。部屋の中には魔石の明かりが淡く灯り、ベッドに横になったまま動かない人間の姿が見える。
フロルは必死でベッドの柱を登っていき、目を凝らした。浅い息でそこにいたのは、瞼を閉じたレオンだった。
だが、そこでフロルは、はたと困った。レオンと名を呼びたくても、ねずみの姿のままでは叫べない。
(どうしよう。どうしたらいいんだろう)
オメガの少ない魔力ではどうにもできない。しかも今は、竜の魔力で姿を変えられている身だ。顔の周りをちょろちょろしていても、レオンは動かなかった。ひどく痩せて青ざめたレオンを見ていたら、今にも死んでしまいそうで怖くて仕方がない。フロルはレオンの頬に、小さな体をすり寄せた。ねずみの目に小さな小さな涙が浮かび、レオンの頬に、ぽとんと落ちる。
レオンの睫毛が僅かに震えた。うっすらと開いたレオンの瞳に、銀色の輝きが映った。
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