9 / 43
9.昼食会の混乱③
しおりを挟む「蔓薔薇が満開なのです。ご一緒に見てはくださいませんか? 城下で人気だという菓子もちょうど届いたところです」
慌てているうちに、茶器の用意された小卓に案内され、仕方なくフロルは椅子に腰かけた。ユリオンは侍従に言いつけて、フロルが体を冷やさぬようにとすぐに膝掛けを用意させた。
卓上に運ばれた可愛らしく飾られた菓子に目を見開けば、王子はフロルのために自ら取り分けた。給仕が流れるような仕草で香り高いお茶を差し出す。
夕陽色のお茶を一口飲めば、ふっと肩の力が抜けた。
「美味しい」
確かに自分は疲れていたのだろう。咲き誇る蔓薔薇を見ながらのお茶は、フロルの心を温めた。フロルをじっと見つめる瞳と目が合うと、ユリオン王子はにっこりと微笑む。
「安心しました。あんなお顔の色でいらしては、心が落ち着きませんから」
「……すみません。自分では気づかなくて」
「フロル様が謝ることは何もありませんよ。全く、兄上にも……困ったものですね」
「えっ」
「こんな美しい方を一人になさるとは。……フロル様、私で良ければいつでもお力になります」
包み込むように手を握られ、指先に口づけられた。フロルは目を見張った。レオンとよく似た青い瞳は、兄とは違って何の迷いもなく人の心に踏み込んでくる。自分に自信があるアルファたちの、傲慢ともいえる強い眼差し。
「……殿下、お心づかいに感謝申し上げます。ですが、わたくしは大丈夫です」
フロルは、王子の手をやんわりと退けた。ユリオン王子は僅かに眉を顰めたが、すぐに穏やかな表情を向けてくる。兄とは正反対の王子に、フロルの心は苦いものを感じた。
「よかったら、またお茶をご一緒に」
曖昧に笑顔を返してフロルは席を立った。ユリオン王子の瞳には秘めた欲がくすぶっているが、それには気づかないふりをした。自分の婚約者はレオンであって、彼ではない。
(レオンなら、あんなことはしない。弱った人の心につけ込むような真似は。人付きあいがうまくはないが、いつも誠実なんだ)
フロルは、はっとした。自分に対して誠実とは程遠い態度をとっているのはレオンだ。それなのに、自然に庇おうとしてしまう。常にレオンと周囲の間に立ってきたからかもしれないが、今はそんな自分がひどく愚かに思えた。
(……ユリオン王子を責めるのは筋違いだ。僕を心配してくださったのに、不敬も甚だしい)
自分への嫌悪とレオンを擁護したい気持ちが入り混じる。フロルの心は千々に乱れた。
翌々日、レオンはフロルとの昼食会に姿を見せた。喜ぶべき話だったが、その時間は、今までよりもごく短いものとなった。レオンが拒んだからではない。フロルが、レオンと以前のように食事をすることができなかったのだ。
これまでは、たわいない話をしながら何時間でも共に過ごすことができたのに、レオンの顔を見ると奥庭でのことが思い出される。金髪のオメガの言葉が浮かび、腕を絡め合う二人の姿が脳裏から離れない。料理人が心を込めて出してくれた食事はどれも美味しいのに、ろくに喉を通らなかった。
「……食が進まないようだな、フロル」
「変だな。今まで、こんなことはなかったんだけど」
「俺では、ユリオンのように気の利いた話もできないからな」
「えっ」
フロルが思わず声を上げると、レオンはふいと目を逸らした。
(何だって? 何でユリオン王子の名が出てくる?)
先日一緒にお茶を飲んだ覚えがあるが、それだけだ。レオンは、それ以上は何も言わず、気まずい時間ばかりが流れていく。これなら一人きりで待ちぼうけになっていた方がましだったと思う。
(……でも、それではレオンの立場が悪くなる。僕は、レオンの婚約者なんだから)
進まぬ食事に料理人への申し訳なさが募り、フロルは彼らが罰されぬよう己の不調によるものだと周囲に告げた。
──どんなに心が離れてしまったとしても、レオンを守ろう。
フロルは、そう心に決めていた。それが長年かけて培った責任感なのか、レオンへの親愛の情なのか、自分でもよくわからない。
昼食会で顔を会わせれば、以前のように心を通わすことができる。そう思っていたのに、現実は全く違っていた。王宮から屋敷に戻るフロルの足取りはひどく重かった。
579
お気に入りに追加
1,088
あなたにおすすめの小説
俺のこと、冷遇してるんだから離婚してくれますよね?〜王妃は国王の隠れた溺愛に気付いてない〜
明太子
BL
伯爵令息のエスメラルダは幼い頃から恋心を抱いていたレオンスタリア王国の国王であるキースと結婚し、王妃となった。
しかし、当のキースからは冷遇され、1人寂しく別居生活を送っている。
それでもキースへの想いを捨てきれないエスメラルダ。
だが、その思いも虚しく、エスメラルダはキースが別の令嬢を新しい妃を迎えようとしている場面に遭遇してしまう。
流石に心が折れてしまったエスメラルダは離婚を決意するが…?
エスメラルダの一途な初恋はキースに届くのか?
そして、キースの本当の気持ちは?
分かりづらい伏線とそこそこのどんでん返しありな喜怒哀楽激しめ王妃のシリアス?コメディ?こじらせ初恋BLです!
※R指定は保険です。
愛などもう求めない
白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。
「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」
「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」
目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。
本当に自分を愛してくれる人と生きたい。
ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。
ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。
最後まで読んでいただけると嬉しいです。
【完結済】(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。
キノア9g
BL
完結済。騎士エリオット視点を含め全10話(エリオット視点2話と主人公視点8話構成)
エロなし。騎士×妖精
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。
気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。
木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。
色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。
ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。
捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。
彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。
少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──?
いいねありがとうございます!励みになります。
初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
身代わりβの密やかなる恋
朏猫(ミカヅキネコ)
BL
旧家に生まれた僕はαでもΩでもなかった。いくら美しい容姿だと言われても、βの僕は何の役にも立たない。ところがΩの姉が病死したことで、姉の許嫁だったαの元へ行くことになった。※他サイトにも掲載
[名家次男のα × 落ちぶれた旧家のβ(→Ω) / BL / R18]
誰よりも愛してるあなたのために
R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。
ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。
前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。
だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。
「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」
それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!
すれ違いBLです。
ハッピーエンド保証!
初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。
(誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります)
11月9日~毎日21時更新。ストックが溜まったら毎日2話更新していきたいと思います。
※…このマークは少しでもエッチなシーンがあるときにつけます。
自衛お願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる