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9.昼食会の混乱③

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「蔓薔薇が満開なのです。ご一緒に見てはくださいませんか? 城下で人気だという菓子もちょうど届いたところです」

 慌てているうちに、茶器の用意された小卓に案内され、仕方なくフロルは椅子に腰かけた。ユリオンは侍従に言いつけて、フロルが体を冷やさぬようにとすぐに膝掛けを用意させた。
 卓上に運ばれた可愛らしく飾られた菓子に目を見開けば、王子はフロルのために自ら取り分けた。給仕が流れるような仕草で香り高いお茶を差し出す。
 夕陽色のお茶を一口飲めば、ふっと肩の力が抜けた。

「美味しい」

 確かに自分は疲れていたのだろう。咲き誇る蔓薔薇を見ながらのお茶は、フロルの心を温めた。フロルをじっと見つめる瞳と目が合うと、ユリオン王子はにっこりと微笑む。

「安心しました。あんなお顔の色でいらしては、心が落ち着きませんから」
「……すみません。自分では気づかなくて」
「フロル様が謝ることは何もありませんよ。全く、兄上にも……困ったものですね」
「えっ」
「こんな美しい方を一人になさるとは。……フロル様、私で良ければいつでもお力になります」

 包み込むように手を握られ、指先に口づけられた。フロルは目を見張った。レオンとよく似た青い瞳は、兄とは違って何の迷いもなく人の心に踏み込んでくる。自分に自信があるアルファたちの、傲慢ともいえる強い眼差し。

「……殿下、お心づかいに感謝申し上げます。ですが、わたくしは大丈夫です」

 フロルは、王子の手をやんわりと退けた。ユリオン王子は僅かに眉を顰めたが、すぐに穏やかな表情を向けてくる。兄とは正反対の王子に、フロルの心は苦いものを感じた。

「よかったら、またお茶をご一緒に」

 曖昧に笑顔を返してフロルは席を立った。ユリオン王子の瞳には秘めた欲がくすぶっているが、それには気づかないふりをした。自分の婚約者はレオンであって、彼ではない。

(レオンなら、あんなことはしない。弱った人の心につけ込むような真似は。人付きあいがうまくはないが、いつも誠実なんだ)

 フロルは、はっとした。自分に対して誠実とは程遠い態度をとっているのはレオンだ。それなのに、自然に庇おうとしてしまう。常にレオンと周囲の間に立ってきたからかもしれないが、今はそんな自分がひどく愚かに思えた。

(……ユリオン王子を責めるのは筋違いだ。僕を心配してくださったのに、不敬もはなはだしい)

 自分への嫌悪とレオンを擁護したい気持ちが入り混じる。フロルの心は千々に乱れた。

 翌々日、レオンはフロルとの昼食会に姿を見せた。喜ぶべき話だったが、その時間は、今までよりもごく短いものとなった。レオンが拒んだからではない。フロルが、レオンと以前のように食事をすることができなかったのだ。

 これまでは、たわいない話をしながら何時間でも共に過ごすことができたのに、レオンの顔を見ると奥庭でのことが思い出される。金髪のオメガの言葉が浮かび、腕を絡め合う二人の姿が脳裏から離れない。料理人が心を込めて出してくれた食事はどれも美味しいのに、ろくに喉を通らなかった。

「……食が進まないようだな、フロル」
「変だな。今まで、こんなことはなかったんだけど」
「俺では、ユリオンのように気のいた話もできないからな」
「えっ」

 フロルが思わず声を上げると、レオンはふいと目を逸らした。

(何だって? 何でユリオン王子の名が出てくる?)

 先日一緒にお茶を飲んだ覚えがあるが、それだけだ。レオンは、それ以上は何も言わず、気まずい時間ばかりが流れていく。これなら一人きりで待ちぼうけになっていた方がましだったと思う。

(……でも、それではレオンの立場が悪くなる。僕は、レオンの婚約者なんだから)

 進まぬ食事に料理人への申し訳なさが募り、フロルは彼らが罰されぬよう己の不調によるものだと周囲に告げた。

 ──どんなに心が離れてしまったとしても、レオンを守ろう。

 フロルは、そう心に決めていた。それが長年かけて培った責任感なのか、レオンへの親愛の情なのか、自分でもよくわからない。
 昼食会で顔を会わせれば、以前のように心を通わすことができる。そう思っていたのに、現実は全く違っていた。王宮から屋敷に戻るフロルの足取りはひどく重かった。
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