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7.昼食会の混乱①
しおりを挟む幼い頃から王太子を支えろと言われてきたフロルにとって、シセラの王太子とはレオンだけだ。どうやっても彼を放っておけるわけがなかった。噂が大きくなっている以上、人目を避けてレオンと二人きりで会いたい。何度か手紙を送り直接話がしたいと訴えても、返事はなかった。
フロルは決心した。明日はちょうど、レオンと一緒に昼食をとる日だ。何としてもレオンに、今後は自分との昼食を共にするよう言っておかなくては。そして、レオンがシセラの国王になるためには、自分と結婚する必要があることも。
翌日、フロルは王宮に向かった。王太子が住む東の宮殿に向かう足取りは決して軽いものではなかった。
フロルが案内されたのは、王族が親しい相手と食事をとるための部屋だ。陽射しが十分に入る暖かな部屋には、真っ白な布が敷かれたテーブルがあり、レオンとフロルの為に椅子が用意されている。
「フロル様。どうぞこちらでお待ちください。すぐにお茶をお持ち致します」
「ありがとう。大丈夫だよ、待つのには慣れているから」
思わずこぼれた本音に、フロルの口から小さなため息が出た。何人も部屋に控える給仕たちは、そっと目を伏せた。彼らは誰に対しても優しく応対する公爵令息に敬意を抱いている。王太子が婚約者に示す態度に皆、心を痛めていた。
側に控えた給仕が、フロルの為に心を込めてお茶を淹れる。本来なら食事前には必要ないものだが、フロルを気遣って淹れてくれるのだ。定められた時間に宮中を訪れてもレオンが現れない日々は、今日で三週間目に入る。
二回目の欠席までは、レオンの侍従が理由を言ってきたのを黙って聞いた。しかし、三回目に現れなかった時には、フロルは勝手にレオンの行きそうな場所を探し回った。そして、奥庭の四阿でレオンと金髪のオメガが二人きりで昼食をとっているのを見た。籠に詰めた昼食を、オメガは楽しそうにレオンの口に運ぶ。レオンは満足げにそれを食べさせてもらっていた。
フロルは、自分は何を見ているのだろうと思った。時間になっても現れない婚約者を探し回った末に見つけたものは、彼が想い人と仲睦まじく過ごす姿だ。お前たちは何をしているのかと、声高に責め立てる気にもなれなかった。そんなのは、気力のある者のすることだ。衝撃が大きすぎて呆然としたまま、すぐに屋敷に帰り、夕食もとらずに眠った。
その後も、レオンは昼食会を欠席し続けた。その度に侍従が一々欠席の理由を並べ立てたが、フロルは取ってつけたような話を、自分の心一つに飲み込んだ。
(息が詰まるような相手と一緒にいるより、愛する者と共に過ごす方が楽しいに決まっている。レオンは自分の立場を自覚すべきだけど、初めての恋なんだ。……夢中になるのも無理はない)
フロルは、昼食日には王宮に約束の時間前に行き、きっかり二時間後に屋敷に戻った。それは以前、レオンと二人で食事をとっていた時間だ。そんな日々を続けたのは、レオンとの不仲が父や兄に知られては困ると思ったからだ。そして、心の底にはまだ希望を持っていた。
(もしかしたら、何度か彼と過ごしたら……。気持ちを切り替えて戻ってきてくれるかもしれない)
フロルはお茶を飲み終え、レオンが来ないことにため息をついた。そして、前に二人を見かけた奥庭の四阿に向かった。本当はそこに行きたくはない。奥庭は王族の許可がなければ立ち入れず、幼い頃からフロルたちが隠れ家のように過ごした場所だった。まるで大事な思い出を土足で踏みつぶされたような気持ちがする。
(……いけない。自分の事ばかり、考えている場合じゃなかった)
奥庭の門を開けて四阿に向かうと、楽しそうな笑い声が聞こえる。前に見た時と同じように、二人はパンや果物を詰めた籠を持ちこんで食事をしていた。逃げ帰りたい気持ちを堪えて、一歩一歩前に進む。人の気配に気づいたのか、レオンがフロルの方を向いた。青い瞳が大きく見開かれ、小さくフロル、と呟くのが聞こえた。レオンの隣にいたオメガもこちらを見て驚いた顔をしている。
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