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9.公爵家の招待

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 スフェンはジードの言葉に、それ以上何も言わなかった。
 琥珀がどうしたんだろうと思ってジードを見ると、少しだけ眉を下げる。ちょっと困ったような顔に、なんとなく、気軽に聞いてはいけない気がした。ピアスを付けた耳が、ほんのりと熱い。



「ようこそおいでくださいました」

 王都屋敷に仕える人々に迎えられ、スフェンについていく。公爵家の食卓には、広いテーブルに真っ白なクロス。そして、たくさんの磨き抜かれたカトラリーが用意されていた。

 ……こちらでも、マナーは大切なんだろうな。王宮の職員食堂には、スプーンとフォークしかなかったけど。
 ごく普通の家庭で育った俺は、残念ながら元の世界でもテーブルマナーといったものに馴染みがない。箸遣いは厳しく躾けられたが、こっちにはそもそも、箸がないんだ。

「あの、スフェン。俺、申し訳ないけど、こちらでの食事の作法がよくわからないんだ」
「ユウ、気にしなくていい。今日の食卓には私たち三人だけだ。君の好きなように食べてほしい」
「好きなようにと言われても……」

 整然と並ぶ銀器を見て、最初から最後まで同じスプーンとフォークだけで食事をしていいとは、とても思えない。

「ユウの席は俺の隣に。できるだけ、近づけてくれ」

 ジードが側に立つ給仕に告げる。あっという間にカトラリーが運ばれ、椅子が並んだ。

「ユウ、俺を見て食べればいい。スフェンが言うように、ここには俺たち三人だけだ。作法を間違ったところで、誰も咎める者はいない」

 ジードの言葉に、ほっと胸を撫でおろす。そういえば、こんなことは前にもあった。

 こちらの世界に慣れるために、王宮の職員食堂で昼食をとり始めた時だ。
 食器を使うたびに騒めきが起こり、多くの人が俺を見た。出された食事の内容よりも、周りの人たちの視線と言葉が気になって、食ベ物の味なんか何もわからない。胃がぎゅっと締めつけられ、早く部屋に帰りたいとそればかりを考えた。毎日これが続くのかと思うとぞっとする。

 そこに現れたのがジードだ。大柄な騎士が食堂に現れた途端、人々の注目は一斉にジードに移った。俺を見てにっこり笑い、盛り付けが少ないからと二人分の食事を注文する。誰もが普段見ない騎士の登場とその食べっぷりに仰天した。そして、ジードは言ったのだ。

 『俺を見て食べればいい。他は気にするな』

 ジードが勢いよく食事をする姿につられてぱくりと食べたら、味がわかった。気がついた時にはとっくに食事を終えた碧の瞳が、ほっとしたように俺を見ていた。

 ジードにはいつも助けられている。魔獣から助けてもらったあの日から、ずっと。

「ありがとう、ジード」
「いや、公爵家の食事は王都でも美味だと評判だ。折角の招待だ。気兼ねなく味わった方がいい」

 スフェンが、驚いたように目を瞬いた。

「……なるほど。君は思ったよりも気が回る。鍛えているのは、体だけじゃなかったんだな」
「お前の言葉は、昔から棘があるんだよ!」



 料理人が今日の為に腕を振るったと言う料理の数々は、どれも素晴らしいものだった。何よりも、俺の前に置かれる皿は、量が少ない。これなら何種類も食べられる。

「ユウは少食だと聞いたから、ごく少なめにしてある。もっと食べられそうなら遠慮なく言ってくれ。すぐに用意させるから」
「スフェン、十分だ。ちょうどいい」

 ジードが素早く自分の皿に目を走らせたのを、スフェンは見逃さなかった。

「ジード、君の分は通常の量にしてあるだろう。うちの料理で満足できなかったなどと言われては困るからな!」
「ふん、お前だってちゃんと気が回るじゃないか」

 珍しく意地悪な笑みを浮かべるジードに、スフェンは嫌そうに目を細めた。

 この二人は仲がいいのか悪いのか全然わからないな……。
 俺がじっと見ていると、ジードは微笑んで、次に使うカトラリーを教えてくれる。嬉しくなって、いつもよりずっと食が進んだ。
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