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第三部 父と子

第26話 憎悪①  

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「臣より声を発する無礼を何卒なにとぞお許しください。二の王子殿下の御快癒と御婚姻、心よりお慶び申し上げます。ご健勝なシェンバー殿下にお目にかかれますこと、武門の一人として感激に震えます」

 金の髪に碧の瞳の貴公子は、誰をも惹きつけるような柔らかな微笑を浮かべていた。玉座の前に進み出て跪く。

「ヘルムート・シュタイン⋯⋯」
 シェンバーは目を細めて、相手を見た。戸惑うセツに気づくと小声で告げる。
「代々、武で権勢を誇る家の当主だ。先代が急死した為に、まだ若い彼が後を継いだ」

「シュタイン侯爵、面を上げよ。二の王子への祝辞を嬉しく思う。武の王子の帰参により、これより統轄の全権を王子に戻すことになろう。其方は王子と年も近い。この先も王子と共にこの国を護ってほしい」
「⋯⋯陛下と二の王子のお望みでありますれば」

 ヘルムートが顔を上げた時、シェンバーの目は侯爵が胸に当てた手に釘付けになった。
 セツは固くなった王子の表情の先を追う。

「!!」
 ヘルムート・シュタインの指には、金と瑠璃色の指輪が煌めいている。

 ──イ、イルマ様の指輪?な、何で??なんで侯爵のところに!
 セツの脳裏に、指輪を大事に身に着けて出かけたイルマの姿が浮かぶ。
 隣に立つシェンバーが、ぎりと奥歯を噛んだ。

 ヘルムートは、シェンバーの瞳に驚愕が走るのを見て微笑んだ。
 武の王子と侯爵の間に、場には不似合いな緊張と沈黙が落ちる。広間は二人の間から立ち上る剣呑な空気に押され、しんと静まり返っていく。

 シェンバーはヘルムートから目を離さず、美しい唇を開いた。底冷えのするような声が流れる。

「私はスターディアの二の王子として、この国の闇をも全て抱えていく。武はこの先、常に変化を余儀なくされるだろう。改革は痛みを伴い、時に非難も浴びると覚悟している。共に歩んでくれるか、侯爵?」

 ヘルムートの瞳に、瞬時に憎悪の炎が燃え上がった。

「⋯⋯殿下こそ、私の手を取るお気持ちがございましょうか?」
「無論だ。シュタイン侯爵の助力は万の兵にも勝る」
「我が父は無実の罪を着せられ、病んだままに息を引き取りました。⋯⋯殿下は最期まで、父の言葉をお聞き届けくださらなかった」
 シェンバーはわずかに柳眉を上げ、瞳を瞬いた。

「控えよ! シュタイン侯爵!!」
 宰相の叱責が飛び、広間に緊張が満ちる。
「此度の慶事に泥を塗るおつもりか? 沙汰は追ってしよう。蟄居して待たれよ」

「⋯⋯父の潔白と真実を申し立てているだけです。氷の美貌の下で、平気で人を騙すような卑しい心根は持ち合わせていない」
 ヘルムートは真っ直ぐに、白皙の美貌をめつけた。

「気でも違ったか。場をわきまえぬ発言ばかりか、殿下を冒涜するとは⋯⋯」
 宰相の口から怒りに満ちた呟きが漏れる。

「冒涜? それはどなたのことでしょう。この場に集った方々を愚弄し、陛下をすら冒涜なさっているのは? 二の王子の傍らに立つ者をご覧になるがいい。その者は本当にフィスタの王子殿下か?」

 静まり返った広間に、さざ波のように騒めきが広がる。数多の瞳がヴェールを纏う人物に集中した。
 ヘルムートは、唇の端を上げて微笑の形を作る。

「女神の愛し子は、必ず黄金の瞳を持つと言う。恩寵の証をぜひ我らに御披露いただきたい」

 人々の視線は、真っ直ぐにヴェールの下に向かう。

 ⋯⋯身代わりを必ず連れて来いと言ってきたのは、このためか。
 シェンバーは、ヘルムートから視線を外さず、さらに強く奥歯を噛み締めた。

 必死に震えを堪えるセツの耳に、静かな声が響いた。


「ヘルムート・シュタイン。二の王子の伴侶は我が認めた。それ以上に、あかしてが必要か?」

「陛下!」
「⋯⋯父上」

 それまで一言も発さなかった国王は、傍らに立つ我が子を静かに見つめた。

「もう一度言おう。二の王子、シェンバーの隣に立つ者はフィスタの王子である。スターディア国王が認める」

 穏やかな声音は、同時に他の者を圧倒する響きを持っていた。国王の言葉に、異を唱えられる者はいない。
 シェンバーもミケリアスも、父の横顔を見つめた。
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