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第二部 眼病の泉

第28話 祝福の瞳②

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 出発の準備が全て整った。
 見送りに来た東の大神殿の神殿長が、ぼくたちの旅路の無事を願って祈ってくれる。
 ぼくは、南の大神殿でのことを思い出した。

「ねえ、シェン?」
 ぼくは、ずっと気になっていたことを、こっそり尋ねた。
「そもそも、クァランに来ることになった切っ掛けなんだけど。シェンがミケリアス王子に頼んだ書状って何だったの?」

 シェンは、ぼくを見てはっとした。
 しばらく黙っていたが、やがて決心したように口を開く。

「スターディアは、国王よりも神殿の権威が強いことが幾つかある。その一つが、婚姻なんだ。神殿の長が認めた婚姻は、例え国王でも簡単に翻すことは出来ない」
「それは、フィスタでも同じだよ」
「フィスタは、スターディアに比べたら色々平和な気がするが。⋯⋯もし、私の瞳が治ったら、王宮にまたろくでもない考えを起こす者が現れるかもしれない。そう思ったんだ」
「⋯⋯うん?」

「新たに他の国との縁談なぞ持ち出されたら困る。それならと⋯⋯ミケリアスに頼んだ」

 ミケリアス王子の言葉が耳によみがえった。
『ご覧になってはいないのですか? 私は勝手に、それで御挨拶にお見えになったのだと思っていました』

 わざわざ、後から挨拶に行く?そんな大事なものって。
 それに⋯⋯婚姻?

「⋯⋯え? それは、もしかして⋯⋯」
「勝手に⋯⋯。すまない」

 シェンは目を伏せて項垂れている。
 ぼくは、思い付いたことに、うろたえるばかりだった。

「い、言ってくれれば良かったのに」
「つい、気がいて。⋯⋯それに」

 ──あれがあったら、イルマは他の者と簡単には結婚できないから。
 シェンが消え入りそうな声で言う。

 ⋯⋯たぶん、ここは怒らなきゃいけないところだ。きっと、そうだ。
 でも、無理だった。



「イルマ殿下、シェンバー王子! そろそろ出発致します!!」

 セツの声が響く。
 砂漠は晴れ渡り、乾いた風が巻きあがった。
 ぼくたちはしっかり外套を体に巻きつけた。
 鼻や口許が覆われ、お互いに瞳だけが顔から覗いている。


「嘘から出たまことって言うよね」
「えっ?」
「セリムに言ったこと⋯⋯」

『ぼくは結婚している』って思わず言ってしまった、あれが。
 まさか、本当になるなんて⋯⋯。


 ぼくは背伸びをして、シェンの耳元でそっと囁いた。
 旅が終ったらゆっくり見せてね、と。
 それから、これからはぼくにも相談してね、とも。

 二人の名が入った婚姻許可証は、どんなに美しくこの目に映るだろう。
 そして、今度は二人で一緒にミケリアス王子に御礼を言いに行こう。

 シェンは、ぼくの手を強く握りしめる。
 砂漠の青空の下、瑠璃色の瞳が嬉しそうにきらめく。
 微笑み返したぼくの瞳も、きっと同じように輝いているだろう。

 
 女神からの祝福が、ぼくたちの心に穏やかにみわたっていった。





 【第二部 眼病の泉 了】

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