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第二部 眼病の泉

第11話 砂漠の民①

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 目覚めた時には、神殿のベッドの上だった。

「イルマ様!!」
「⋯⋯セツ」
「よかった! 大丈夫ですか?」

 飛び起きようとして、くらりと眩暈がした。
 腹部の痛みは、ほとんどない。どちらかといえば頭が重くて体が怠かった。

「なんで⋯⋯神殿に帰ってるんだ?」
「市場を出たところでお倒れになったんですよ。イルマ様が急に走って行かれたので、サフィード様とお探ししたんです。家の影で倒れていらしてビックリしました」

「シェンは?」
「セリム殿からは、まだ何の連絡もありません」
「そうじゃなくて。ぼくの隣にシェンがいただろう?」
 セツが、ベッドの脇にしゃがみこんで、ぼくの手を取る。泣きそうな目をしていた。
「イルマ様は、お一人で倒れておられました。どうぞお気を確かに」

 白昼夢、と言う言葉が浮かぶ。

 全身黒づくめで口許しか見えなかったけれど、彼は確かにぼくの名を呼んだ。
 あの時、何と言ったんだっけ。
 押し殺したような声で『⋯⋯もう神殿に帰るんだ』と。

「イルマ様!?」
 ⋯⋯シェンは、一体どこに行こうとしていたんだろう。




 1週間経って、セリムが戻ってきた。
 シェンたちの動向が分かったと聞いて、ぼくたちは神殿の応接室に集まる。
 セリムは旅装束のままで1枚の地図を広げた。

「王子たちは確かにクァランにいた」
 セリムの指が、次々に印の付いた場所を指す。
「タブラからさらに東の村に行き、続けて他の村も訪問している」

 一呼吸おいて、セリムはまっすぐにぼくを見た。
「そして、今はタブラに戻ってきているはずだ」

「なんだって!?」
 ハートゥーンが叫ぶ。
「タブラにいるなら、砂漠よりもよほど話が早い。さらに人を増やして探し出そう!」

 ぼくは座っていた椅子から立ち上がった。その場にいた全員の視線が、ぼくに集中する。
「この間、市場でシェンを見たんだ⋯⋯」
「イルマ様!?」
「ハートゥーンが市場を案内してくれた日だ。シェンに似た人影を見かけて、すぐに追いかけた。でも、おかしいんだ。人込みの中でも目が見えるかのような動きだった。まるで、視力を失う前のような⋯⋯」

 はっとした。

「セリム!! 教えてくれ。シェンが砂漠で訪れた場所は?」

「私の故郷のザユラの村と、近くにあるアルファンの村だ」
「その二つだけ? 眼病に効くという、ラーナの泉を訪れてはいない?」
 セリムが怪訝な顔をしたが、首を振る。
「ラーナの泉は、そう簡単に行ける場所ではない」

 泉の水で、もしかしたらと思った。
 黒づくめの姿と、面影の中の銀色の瞳が揺れる。

「市場で見たのが本当にシェンかどうかわからない。一緒に行こうと言っても答えなかった。でも、確かにぼくの名を呼んだんだ。一体、何がどうなっているんだ」

 ぼくの言葉に、誰も答えなかった。



 夕方になると、ぼくは毎日、神殿の外階段に座っていた。
 暮れてゆく砂漠の太陽を見るには、ここが一番の場所だった。
 一日の熱が去り、急速に温度が下がっていく。乾いた風が砂を巻き上げながら吹き抜ける。
 黄金の太陽の色が徐々に変わっていく。

 人の気配がして振り返れば、セリムが立っていた。
 セリムは、ぼくを見て目を細める。

「そうしていると、貴方は全てが黄金の色を帯びているようだ」
 ぼくたちは夕日の輝きに照らされて、同じ色を纏っていた。
 もうすぐ太陽は、空の全てを紅に染め変えて、砂漠の果てに沈む。

 セリムは、ぼくと同じように階段に腰かけた。

「セリム、ありがとう。シェンバー王子たちの行方を辿たどってくれて」
「礼には及ばない。⋯⋯実を言えば、さして難しくもなかった。まさか、自分の村にいたとはな。久しく帰っていなかったが、おかげで母の喜ぶ顔を見られた」
 時には厳しくも見える精悍な顔立ちが、優しく微笑んだ。
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