63 / 202
Ⅴ.後日談
第2話 秘め事②
しおりを挟む「⋯⋯本を」
「本?」
「読んだんだ⋯⋯」
シェンバーは、イルマを長椅子に座らせて、自分もその隣に座る。
うつむいた頬に指で触れれば、イルマはその指に自分の手を重ねた。
すりすり、と頬をすりよせてくる。
シェンバーの胸は跳ねた。
──待て。落ち着こう。
平静を装って尋ねる。
「書庫の本だろう。何を読んだ?」
「房中術雑記」
「!!!!!」
シェンバーは、血が逆流するのを感じた。
「⋯⋯日記になってて。閨の中でするあれこれについて、綴ってあった」
その本なら、ずっと昔に読んだことがある。
閨房術で人気を博した本だ。美貌の主人公が、男女問わずたくさんの恋人と華やかな生活を繰り広げる。性遍歴と多様な性技が王宮でも話題になっていたから、誰かが書庫に入れたのだろう。
イルマは、シェンバーの手を握ったまま続けた。
「⋯⋯何か面白い本がないかな、って思って。赤い革表紙で題名がなかったから読み始めたんだけど」
衝撃の内容続きで、頁を繰る手が止まらなくなった。
「は、話もそうなんだけど⋯⋯あんなことやこんなことまでするのか⋯⋯って」
ぷるぷると小刻みに震えているのがわかる。
シェンバーは眩暈がしそうだった。
王族たるもの、幼い頃に結婚相手が決まるのはごく普通のことだ。
フィスタの王子は留学期間があり、結婚年齢が遅い為に婚約まで時間がかかると聞いていた。しかし、閨事は早いうちから教師がつくものではないのか⋯⋯。
「⋯⋯シェ、シェンもああいうのが、好きなのかな」
イルマは絞り出すように言った。
⋯⋯どうしたらいいんだ。
話と現実は違う。しかし、言葉を選ばなければ、ろくなことにならない気がする。
今までにない展開に、黙り込んだのが良くなかったのだろう。
「ご、ごめん! 変なこと言って!!」
イルマが立ち上がる。
「⋯⋯ちょ! 待って、イルマ!!」
扉が音高く開いて、走り去る音がした。
忘れていた。
イルマは人よりも逃げ足が早かったのだ。
以前も目の前で逃げられたり消えたりされたじゃないか。
一人残されて、シェンバーは頭を抱えた。
翌朝の食事も静まり返っていた。
流石に、セツとレイは顔を見合わせた。
イルマが部屋に戻った後、シェンバーから話を聞いたセツは、なるほどと頷いた。
「イルマ様は、そつ無く何でもお出来になるんですけどね。色事だけは、純粋培養されてきたような方なんですよ。末っ子で箱入りって言うんでしょうか。百戦錬磨のシェンバー殿下でも、勝手が違いそうですねえ」
「さり気なく人聞きの悪いことを言わないでほしいんだが。それに、聞いても全然嬉しくないような話だな」
「⋯⋯どなたかに指南を受けておいて欲しかったんですか?」
シェンバーの纏う空気が変わった。
セツは気にも留めず、にっこりと笑った。
「まあ、そういうことでしたら、おまかせください」
「イルマ様ー! 新しいお茶を手に入れましたよ!!」
「⋯⋯おちゃ」
ベッドで丸くなっていたイルマ王子は、セツの言葉にふらりと起き上がった。
『小動物には、元気がなくなった時の為に特別なご褒美を用意しておきなさい。何も受け付けなくなっても、それだけは口に出来る、というものは大切だから』
セツは、母から教わった言葉を思い出した。
スターディアで採れる最高級のお茶の葉で、注意深く一杯を淹れる。
茶葉は、シェンバー王子に口入れし、近衛が馬を飛ばして手に入れた苦労の品だ。
「美味し⋯⋯」
手渡されたお茶を、王子はゆっくりと飲み干した。
少しずつ顔色もよくなり、丸まっていた背がぴんと伸びていく。
まるで、萎れた草花に水が与えられるように。
「ありがと、セツ⋯⋯」
「それは、シェンバー殿下からの贈り物です」
「シェンから?」
イルマ王子は、くしゃくしゃの髪の間から丸い目を覗かせて、にっこり笑った。
セツは、心の中でうんうん、と頷く。
これならいけそうだ。
「シェンバー殿下は、イルマ様を心配して取り寄せられたのですよ。元気なお顔を見せて御礼を申し上げましょう」
イルマ王子は、こくんと頷いた。
「それで、ですね」
セツが耳元で囁くと、王子の顔は、たちまち真っ赤になった。
「そそそそそそれは⋯⋯」
「早いうちに礼を尽くすことが大切です。母も常々そう言っておりました」
しばらくして、部屋の中には、か細い悲鳴が響き渡った。
「イルマ、もう起きて大丈夫なのか?」
「う、うん」
「食欲は、まだそんなに無いようだが⋯⋯」
夕食の席に着いたものの、イルマ王子は、ほんの少ししか食べなかった。
昨夜と変わらない様子に、シェンバー王子の心配は募る。
「もう平気。えっと、その、貴重なお茶をありがとう。とても美味しかった」
「気に入ってもらえて良かった。スターディアにも質のいい茶園があるから、今度行ってみようか」
「うん。後で、部屋で一緒にお茶を飲みたいんだけど。⋯⋯いいかな」
「もちろん」
イルマ王子の言葉に、シェンバー王子は花のように微笑んだ。
45
お気に入りに追加
1,047
あなたにおすすめの小説
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜
天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。
彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。
しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。
幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。
運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。
【完結】白い塔の、小さな世界。〜監禁から自由になったら、溺愛されるなんて聞いてません〜
N2O
BL
溺愛が止まらない騎士団長(虎獣人)×浄化ができる黒髪少年(人間)
ハーレム要素あります。
苦手な方はご注意ください。
※タイトルの ◎ は視点が変わります
※ヒト→獣人、人→人間、で表記してます
※ご都合主義です、あしからず
陛下から一年以内に世継ぎが生まれなければ王子と離縁するように言い渡されました
夢見 歩
恋愛
「そなたが1年以内に懐妊しない場合、
そなたとサミュエルは離縁をし
サミュエルは新しい妃を迎えて
世継ぎを作ることとする。」
陛下が夫に出すという条件を
事前に聞かされた事により
わたくしの心は粉々に砕けました。
わたくしを愛していないあなたに対して
わたくしが出来ることは〇〇だけです…
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
その溺愛は伝わりづらい!気弱なスパダリ御曹司にノンケの僕は落とされました
海野幻創
BL
人好きのする端正な顔立ちを持ち、文武両道でなんでも無難にこなせることのできた生田雅紀(いくたまさき)は、小さい頃から多くの友人に囲まれていた。
しかし他人との付き合いは広く浅くの最小限に留めるタイプで、女性とも身体だけの付き合いしかしてこなかった。
偶然出会った久世透(くぜとおる)は、嫉妬を覚えるほどのスタイルと美貌をもち、引け目を感じるほどの高学歴で、議員の孫であり大企業役員の息子だった。
御曹司であることにふさわしく、スマートに大金を使ってみせるところがありながら、生田の前では捨てられた子犬のようにおどおどして気弱な様子を見せ、そのギャップを生田は面白がっていたのだが……。
これまで他人と深くは関わってこなかったはずなのに、会うたびに違う一面を見せる久世は、いつしか生田にとって離れがたい存在となっていく。
【7/27完結しました。読んでいただいてありがとうございました。】
【続編も8/17完結しました。】
「その溺愛は行き場を彷徨う……気弱なスパダリ御曹司は政略結婚を回避したい」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/962473946/911896785
↑この続編は、R18の過激描写がありますので、苦手な方はご注意ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる