58 / 202
Ⅳ.道行き
第16話 決断②
しおりを挟む◆◇
「殿下! もういいじゃないですか! 断られたんですから!!」
なぜかセツは、猛烈に怒っている。
「れ、レイもレイです! 殿下が折角お心を決めたのに、あんな⋯⋯」
「サフィード」
「はい、殿下」
「ぼくは、また何か間違えたんだな」
一生懸命考えて決めたけれど、王子の心を傷つけた。だからあんなにはっきりと断られたんだ。
騎士は、少し考えてから言った。
「私は、少々違うと思いますが」
「なにが?」
「シェンバー王子は、殿下のことを考えて仰ったのではないでしょうか」
「はああ? 何を仰ってるんです! サフィード様!!」
「セツ、ちょっと黙って!」
ぼくは、セツを無理やり黙らせた。
「⋯⋯女神の許に行った時のことを覚えておいでですか?」
「うん」
「私は、殿下がお戻りにならないのなら、いっそ水底で果ててしまいたかった。私には、どんな時もずっと殿下お一人しか見えておりませんでした」
「サフィー⋯⋯」
サフィードは、穏やかな微笑みを浮かべていた。
「でも、シェンバー王子は、ご自分が女神の許に残るから、私と殿下をフィスタに戻してほしいと言われたのです。湖畔屋敷にいる間も度々立ち寄られて、私に殿下の話をしていかれました。⋯⋯本当は、優しい方なのだと思います」
「王子は⋯⋯ぼくのことを考えてくれたのかな」
「推測でしかありませんが」
「サフィーこそ、いつも優しい。今だってこうして慰めてくれる」
夜空の月でも取ろうとしてくれた。
ぼくの大事な守護騎士。
「ありがとう、サフィ―ド。どうしたらいいのか、もう一度考えてみる」
◇◆
黒髪の騎士が廊下を歩いて行くと、ラウド王子が声を掛けた。
「どうして、騎士っていうのは自分の気持ちをちゃんと言わないのかねえ」
「⋯⋯何のお話です、ラウド殿下」
「お前も、シェンバー王子もだよ。戦うことは得意なくせに、肝心のことは遠回しになる」
「⋯⋯お伝えしてますよ」
「ふーん」
「後は、イルマ殿下がお決めになることです」
ラウド王子は、肩をすくめた。
「以前、父上が仰っていたことがある。イルマは、愛することを知らぬ。全ての好意に背を向けていると。そして、それは明日を教えられなかった自分たちの責任だと。あいつは今からでも、自分で考えて、その手で選ばなければだめなんだ」
独り言のように呟いて通りすぎる王子の姿を、サフィードは黙って見送った。
シェンバー王子が、スターディアに帰る日がやってきた。
王宮の門に、たくさんの見送りの者たちが立ち並ぶ。
アレイド王太子が、きょろきょろと周りを見回す。
「ん? イルマ、イルマはどこに行った?」
式典の途中から、イルマ王子の姿は見当たらなかった。
弟王子たちがそっと、長兄を見ながら囁き合う。
「今はイルマどころではないでしょう。時々、アレイド兄上にこの国をお任せしても大丈夫なのかと心配ですよ」
「そのために俺たちがいるのだろう。お前もうろうろしていないで、国の為に働け!」
「心外ですね! うろうろしていたことが国の為だったんですからね!!」
二番目と三番目の王子が口汚く言い争っていたところに、王女の声が響き渡った。
「イルマ! しっかりやるのですよ!!」
三人の王子はぎょっとして、サリア王女の叫んだ先を見た。
馬車の御者の一人が、小さく手を振っている。
シェンバー王子は、馬車に乗り込むところだった。一瞬、不思議そうに首を傾げる。その目には、日差しを避けるための布が巻かれていた。
「え、あ、あれは⋯⋯」
白馬に乗って付き従う護衛にも、侍従にも、どこかで見た者たちがいた。
「えええー⋯⋯」
王子たちの口から、情けない声が漏れた。
「ユーディト様、あれは」
「⋯⋯イルマらしいな」
宰相府の役人たちは、顔を見合わせ、大きく手を振った。
黄金色の瞳は、一際大きく手を振る友人の姿をすぐに見つけた。銀色の髪に翡翠の瞳。柔らかな笑顔をしっかりと心に焼き付けた。隣にたたずむ華奢な姿も、懸命に手を振ってくれている。
たくさんの見送りの声の中にかき消されそうになりながら、元気な声が響く。
「 いってきまーす!!!」
久々に人前に出た王妃は、冬の日差しのように穏やかな笑顔で微笑んでいた。
「ねえ、陛下。思い出しますわ。昔、乳母のルチアが言ったのです」
──王妃様、殿下に「明日」をお教えしましょう。
たくさんの人に愛され、守られるだけの世界ではなく。
温室の花のように、真綿にくるまれ愛でられた末に散るのではなく。
嵐に会い、寒さに凍え、野辺に倒れる世界で。
もう一度頭を上げてたくましく咲くことができる御子に育てましょう。
苦難に遭っても生き、未来を信じて人を愛せるように。
「私たちが伝えきれなかったことを、あの子は自分の手で掴むことが出来るでしょうか」
◆◇
「⋯⋯どうして、ここにいらっしゃるのです」
地獄の底から湧いたような声が響く。⋯⋯怖い。
無事に到着はしたものの、王子に見つかるのは早かった。
「絶対、フィスタには戻らないから」
「何をふざけたことを言っておいでなのです。貴方はここがどこか、わかっていらっしゃるのですか?」
「スターディア」
白銀の瞳から、怒りの炎が吹き上がりそうだ。
ぼくは、フィスタの父王からの親書を取り出して、読み上げた。
「⋯⋯両王子の婚約期間の延長を希望する。フィスタ国王ディベルト・セレ⋯⋯」
最後まで読み終わる前に、親書をシェンバー王子に取り上げられそうになる。
ぼくは、サフィードに親書を投げ渡しながら叫んだ。
「一年間! シェンバー王子の目になって働くから!!」
「必要ないと言ったでしょう!」
「必要ないかどうか、やってみなければわからないじゃないか!!」
王子は、ぼくを睨みつけた後に黄金の髪をかきあげた。
そして、一際大きなため息をついた。
70
お気に入りに追加
1,054
あなたにおすすめの小説
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
旦那様と僕
三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。
縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。
本編完結済。
『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。
【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼第2章2025年1月18日より投稿予定
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭
ヒロイン不在の異世界ハーレム
藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。
神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。
飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。
ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる