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Ⅱ.フィスタ

第1話 王子たちと宰相の息子①

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 ⋯⋯理不尽だ。

「イルマ様、さ、口を開けてください。お食事の時間です」
 ⋯⋯自分で、できる。
「え、何ですか? 文句は言わせませんよ。人間、あきらめが肝心です!!」
 ⋯⋯文句なんか、一言も言ってない。

 目の前には、鼻息も荒く、やる気満々のセツが立っている。
 そのセツの手には、野菜と豆が煮こまれたスープが湯気を立てていた。
 しぶしぶ口を開けると、黄金色のスープが銀の匙で少しずつ口に運ばれる。

 ⋯⋯美味しい。
 厨房の料理人が腕を振るってくれたのがよくわかる。
 ⋯⋯でも、子どもじゃないんだ。自分で食べられるよ。
 目でそう訴えてみたが、無視された。
 これが乳兄弟の態度だろうか。いや、そもそも、ぼくが主のはずなんだが。



 ここは、フィスタの王宮。

 スターディアから夜逃げして、さらに黒の森に逃げ込んだ後。
 ぼくは近衛騎士のサフィードに助けられ、フィスタからの迎えの騎士たちと合流することが出来た。
 無事に城に帰ったものの、熱は下がらなかった。王宮に着くなり寝込む始末だ。

 のどが腫れて高熱が続き、うとうとと眠り続けて3日目。
 ようやく熱は下がったけれど、うまく声が出ない。

 少しでも栄養と消化のいいものをと、連日、丹精込めたスープが出されている。
 侍従のセツはここぞとばかりに、ぼくの世話を焼きまくっていた。どうも、スターディアとの国境で離れたことに後悔しきりらしい。
 何かにつけて「一生の不覚!」と叫んでいる。

「この皿一杯分、スープを召し上がっていただくまで、私はここを動きません!」
 ベッド脇の椅子にどん!と座るセツを見て、ぼくは覚悟した。
 食欲がない、なんて言っている場合ではない。ひたすらスープを飲み干すことに専念した。



 バン!

 勢いよく扉が開かれた。

「イルマ!! 早速、出戻りだって?」

 赤毛の短髪に青い瞳。剣を腰に下げた美丈夫が、つかつかと入ってくる。
 鍛えられた体は、服の上からでも見事な筋肉がついているのがわかる。
 ぼくの枕もとにやって来て、大きな手で、ぐりぐりと頭を撫でた。

「⋯⋯まだご結婚されたわけでもないのに、何が出戻りですか! 人聞きの悪いことをおっしゃらないでください、ヨノル殿下!!」

 セツの怒りの声が響く。

「ああ? だって、スターディアの王子のところに嫁に行ったはずだろ。まー、あっという間に帰ってきちまって、部隊の騎士どもと賭けるまでもなかったなあ! あっはっは!!」

 部屋に入ってきたのは、ヨノル王子だった。
 強気で陽気で、筋肉を鍛えるのが大好きな兄。次兄はフィスタの騎士団の長だ。日課の手合わせを終えてきたのだろう。一汗かいた後の清々しい顔をしている。

「相変わらずの口の悪さですね! イルマ殿下のご苦労もご存知ないのに!!」
 文句を言うセツの言葉も、どこ吹く風だ。

「その辺にしておけ、ヨノル。イルマは熱がようやく下がったばかりなんだから」
 開いた扉から、また一人入ってきた。

「おや、兄上。そう聞いたから、時間を割いて可愛い弟の見舞いに来たのですよ。兄上こそ『王太子は忙しい』が口癖のくせに、なぜここに?」
 ヨノル兄上が人の悪い笑みを浮かべている。

 絹のシャツに金糸が入った真紅の上着を纏って現れたのは、長兄だった。
 アレイド王太子は、弟の言葉に詰まって黙り込む。ぼくに向かって歩いてくると、セツと次兄はさっと場所を空けた。

「イルマ、具合はよくなったかい?」
 優しく話す長兄が、ぼくは好きだ。次兄に比べて穏やかでおっとりしていて、いつもぼくの話に耳を傾けてくれる。
 次兄と同じ青い瞳が、心配そうにぼくの顔を覗き込む。こくりと頷けば、微笑んで次代の王は言った。

「話はサフィードから聞いた。何も心配せずに、ゆっくり休んでおいで」
 長兄はぼくの手を取って、しっかりと握りしめる。
「スターディアからはたっぷりと慰謝料をもらっておく。お前をこんな目に遭わせた男には、こちらから話をつけておくからね。二度と顔を見ることもないだろう」
 ⋯⋯話す内容と笑顔が、どうにも見合っていないような気がするんだけど。

「普段おとなしい奴ほど、怒らせたら怖いって言うからな」
 次兄がぽつりと呟いた。そして、手を伸ばしてぼくの頬をふに、とつまんだ。
 ⋯⋯伸びちゃうからやめて。
「あー可愛い! ぐにぐに伸びて、低い鼻ごとぺちゃんこになっても、イルマは可愛いなあ」
 頬を摘ままれたり、手を握られたりと、好き放題だ。

 ⋯⋯もう、何でもいいから二人とも出て行ってくれないかな。ぼくはすっかり疲れていた。

「王子様方! イルマ殿下はお食事中です。この後は、医師殿の回診もございます。席を外していただきたいのですが」
「セツ―! お前、ちょっと厳しすぎじゃない?俺たち、これでもこの国の王子なのよ? 俺たちの愛があればイルマは早くなお⋯⋯」
「愛だけでは、病は治りません!」
 次兄の言葉を遮って、セツはぴしゃりと言った。

「御典医のズォン様も仰いました。睡眠と栄養! まずは休養だと!! イルマ殿下には休養が必要です。さ、お見舞いはまた今度になさってください!!」
 セツに言われ、兄たちは追い出されるようにして、渋々部屋を出た。
 ぼくは、今だけはセツの手腕に感謝した。
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