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53.歌と王宮 ①
しおりを挟む通りを歩いていくと、大きな円形の広場に出た。
真ん中に見事な噴水があり、噴水を見られるようあちこちに置かれた長椅子の一つに腰かける。買ってきたパンを差してどれがいい? と聞かれたので、迷わず「蜜入り!」と叫ぶ。オリーは、肉と野菜が挟まったパンを手に取った。
ワクワクしながら、蜜入りパンをぱくりと口に頬張る。
「おい⋯⋯しい!」
パンにしみ込んだ蜜の甘さが、じゅわっと口の中に広がっていく。
「オリーも食べる? あっ、ごめん。先に食べちゃったけど」
オリーは何か言いたそうな顔をしながら、僕の差し出したパンに口をつけた。
「⋯⋯うまい」
「ね、美味しいよね。こんなパン食べたの初めて! それに、オリーと一緒に外で食べるご飯は美味しい」
嬉しくて夢中になって食べていると、オリーが呟いた。
⋯⋯いくらでも買ってやる、と。
オリーは僕とは逆に全然食べ進んでいない。こっちを見ているばかりで顔も赤いし、大丈夫かな。
他のパンも勧められたけれど、僕は蜜の入ったパンだけで十分だった。
お腹いっぱいになって一息ついた時。穏やかな陽射しのあふれる広場に、楽の音が響いた。柔らかな高い歌声もついてくる。僕とオリーは、弾かれたようにそちらを見た。
路地から広場に、竪琴を持った男と十二、三ほどの歳の子どもが入ってくる。僕は危うく、あっと叫ぶところだった。男の顔には見覚えがあった。
「あれは⋯⋯、ラザックにいた吟遊詩人だ」
「ミツドリの歌を知っている男か」
僕たちの間に緊張が走る。この僅かな期間に何度も会うなんて。しかも、詩人は失われた一族の歌を知っている。
「ラウェル、広場を出よう。嫌な予感がする」
「でも、オリー。どこで歌を知ったのか、彼に確かめなくてもいいの?」
「⋯⋯ミツドリなら、ここにいる。本物が歌うのでなければ、それはただの歌にすぎない」
オリーは僕の瞳を真っ直ぐに見て言った。
僕たちが立ち上がって足早に歩き始めると、細く高い声が辺りに響く。美しい声で、子どもが歌い始めた。
子どもの声は空気を震わせ、大気の中に響き渡る。人々が立ち止まって聞き惚れる。
──歌が耳に届いた途端、ぞくりと体が震えた。
⋯⋯ロ
⋯⋯ニゲロ
自分の中に『声』が響く。
これは本能だ。危険を知らせる声に肌が粟立つ。
広場の中に、歌声と共に細い銀色の網のようなものが放たれる。
自分の瞳孔が大きく開く。
人々の目には見えなくても、僕にははっきりとわかる。これは闇に属す魔法だ。押し寄せる波のように、銀の網が近寄ってくる。細かな網目は中に捕えたものを決して逃さないだろう。
ハシレ
⋯⋯イマスグ
絡メ⋯⋯トラレル、マエニ
「ラウェル!」
オリーが僕に手を伸ばす。
手と手が触れ合った瞬間、オリーは魔力を発動させた。
銀の網が僕の足に巻き付こうとしたところを、力任せに純白の光が粉砕する。オリーの光が触れた途端に、銀の網はドロリと溶けて、真っ黒な汚泥のように地に広がっていく。
銀の網の向こうに子どもと詩人の幻が見えた。オリーの放つ光に包まれて、すぐに何も見えなくなってしまったけれど。
目を瞑った途端に、僕の意識は遠ざかった。
「⋯⋯ラウェル! ラウェル、目を覚ませ!!」
体を揺さぶられて目を開けたら、必死なオリーの顔があった。僕がぱちぱちと瞳を瞬くと、オリーがほっと息を吐く。
「よかった。どうなるかと思った」
「オリー、ここは⋯⋯」
僕は辺りを見回して呆然とした。大きな寝台の上に寝かされていた。ここには見覚えがある。大きな部屋、見事な調度。何よりも、見知った安心感がある。
オリーは憮然として、大きくため息をついた。
「そうだ、ここは俺たちがいた離宮。王宮の敷地内だ。⋯⋯こんなに突然、戻るつもりなんてなかったのに」
オリーは眉を顰めて肩を落とす。広場から僕を安全な場所に移動させようとしたオリーは、闇魔法の力が強いのに驚いた。纏わりつく魔力を砕いたけれど、相手はすぐに追いかけてくる。咄嗟に、最も安全な場所へと思ったのが王宮だった。
「ここなら、結界が張られていて闇魔法は早々入り込めない。ラウェルには間違いなく安全なんだ。そう思ったら、もう王宮に飛んでいた」
銀色の網がドロリと闇色に溶けていく様を思い出して、ぞっとした。あの中に捕らえられていたら、どうなっていたんだろう。ミツドリは負の感情に弱い。闇魔法の中で徐々に力を失い⋯⋯、そして。
オリーが僕の手を握りしめた。いつのまにか体温を失くしていた体に温もりが伝わってきて、体の緊張が解けていく。
「オリー⋯⋯」
「戻ってきたのは不本意だが、最悪の状況は避けられた」
こくりと頷くと、安心させるようにオリーは僕の背を優しく撫でた。
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