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7.アナンの獣 ①

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 アナンは僕の前に立って、手を組む。じろじろと、まるで値踏みするように僕を見る。

「あのカランカンの仕込みだけあって、だが、容姿は悪くないと思ったがな」
「ちびちび言うな! それに仕込みじゃないって言ってるだろう!」
「⋯⋯確かに、躾は行き届いていないようだ」

 僕はむっとして、アナンを睨みつけた。勝手なことばかり言われても困る。それに、僕はこんなところにいる場合じゃないんだ。

「カランカンに帰せ! それに、シフやシフの兄さんはどうしたんだ!」
「あいつらなんかどうでもよかったが、置いてくれば口を割られる。とりあえず、二人まとめて、うちの納屋に放り込んである」
「納屋? 怪我してるのに!」
「屋根があるだけましだと思え。お前、あいつらより自分のことを考えた方がいいんじゃないのか? 攫ってきた以上、簡単に帰すわけがないだろう」

 思わず叫びそうになった時だった。

 ドンドン、と扉を叩く音がする。アナンが一声「入れ」と言うと、血相を変えた男が飛び込んできた。こいつは、カランカンの納屋でアナンと一緒にいた男だ。

「アナン様! 大変です! 暴れだしました!」
「何だと? いつもより早いじゃないか!」
「我々も、まだだと思って油断していました。このままでは牢を食い破ります!」

 アナンと手下の男の顔は蒼白だった。
 僕が思わず後ずさると、寝台の脇の小卓にぶつかった。花の入った花瓶が倒れて、慌ててしゃがみこむ。
 桃色の花を手に取って花瓶に入れようとすると、いきなり強く腕を掴まれた。

「来い!」
「えっ! やだ、ちょっ⋯⋯」

 アナンの切れ長な瞳の奥に、ゆらゆらと揺れるものがある。

「こんなに早く、お前を使うことになるとは思わなかった」

 アナンは、僕の腕を掴んで走り出す。僕は花を握ったまま、引きずられるようにして部屋を出た。長い廊下を何度も折れて、行き止まりかと思った奥に古い扉があった。真ん中に紋があり、アナンがその上に手を付ければ、音を立てて扉が開く。
 ぽっかりと開いた空間は暗い。背中にぞくりと何かが駆け上がり、足が前に出るのを拒んだ。

「来るんだ」
「やだ! 怖い!」

 アナンは僕の言葉を聞かずに、扉の中に引きずりこむ。狭い石の階段が下に向かって長く続いている。魔法石の明かりが足元を照らし、アナンは僕の腕を離さずに一歩一歩下り始めた。階段を下り終えた時、空気にかすかに混じっているものに気がついた。

「こ、これ⋯⋯、血の、におい?」
「⋯⋯」

 湿った空気に血の匂いが混じる。階段の下には石造りの広い廊下があった。窓のない地下には、薄暗い明かりしかない。廊下の左右にはいくつも扉があったが、アナンは、まっすぐに奥だけを見つめている。そこにあるのは柵だった。天井から足元までをびっしりと鋼鉄の柵が貫いている。隅には、鎖に巻かれた大きな錠付きの扉が見えた。

 ⋯⋯地下牢?

 ──ドォンッ!

 奥の柵が揺れた。何か大きなものが体当たりしている。

 ──ドン! ドドォオン!

 大きな黒いものが、何度も体当たりを繰り返す。頑丈そうな柵が揺れ、床の上の埃が舞う。血と獣の匂いがする。呆然と突っ立って見ている僕を、アナンは力ずくで柵の前まで引きずっていった。

 ⋯⋯何だろう、これ。

 人の二倍ぐらいありそうな毛むくじゃらの獣が、何度も何度も柵に体当たりを繰り返す。全身が毛におおわれていて、口元しか見えない。その口元からは、鋭い牙がむき出しになり、よだれがだらだらと溢れている。体当たりするだけでは気が済まないのか、獣は柵に噛みついていた。大きな歯で何度も噛みつかれた柵は、一部がぼろぼろになっている。
 気が遠くなりそうだったが、そんな場合じゃなかった。たぶん、ここにいたら僕はこいつのエサだ。あっという間にあの牙で噛み砕かれて、お肉にされちゃう。

 ⋯⋯逃げよう。
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