上 下
99 / 154
24.合図

しおりを挟む
 
 私はすぐに中庭に走った。

 言われた通りに少年は待っていた。花を手に立ち、空の一点をじっと見つめている。

「待たせてすまなかった。大丈夫か?」
「さっき、蜂が来たんだ」
「蜂が?」
「もう、あの空の向こうに消えちまったけど、一匹だけこの花に止まったんだよ。いつも蜜をとりに来てたやつかな」

 少年の手の中でひらりと花びらが揺れて、丸い蜂の幻がよぎった。

「……そうもしれない。花の蜜を分けてくれた礼を言いに来たんだろう」

 少年は、瞳を瞬いて不思議そうに私を見た。

「あんた、優しいんだな。……偉い人なんだろ? 偉い人たちはさ、たいてい俺たちみたいな下働きのことなんか気にしない。花をほめたり蜂の気持ちになって考えたりなんかしないのに」
「……お前の花に慰められた。私は子どもの頃、花がたくさんあるところで育ったんだ。ここは暖かい土地でもないのに、美しく咲かせるのは大変だっただろう。折角の花を散らせてしまって、すまなかった」
「あんたのせいじゃないよ。……あ! おっさん!!」

 少年の視線の先には、第一騎士団長ホーデンが立っていた。

「無事だったか!」
「うん! 花はほとんどダメになっちゃったけど、また咲かせるよ」

 ホーデンは屈んで、大きな手で少年の髪をぐしゃぐしゃと撫でる。

「……そうか。お前のおかげで殿下をお救いすることができた。ありがとう」
「へ? でんか……!?」

 少年が、振り返って目を丸くする。

「ありがとう。またここに来たら、お前の咲かせた花を見せてくれるか?」

 少年は言葉の代わりに、赤い顔をして何度も大きく頷いた。


「……殿下」

 穏やかな声がする。

 振り向けば朝日を受けて輝く銀の髪があった。トベルクとの熾烈な戦いで外套はあちこちが切れて血が滲んでいる。疲れきっているだろうに柔らかな微笑を向ける彼を、手を差しのべて思いきり抱きしめたかった。

「……怪我は?」
「何ほどのこともございません」

 ほっとして安心した気持ちが溢れ出る。良かった、と呟けばヴァンテルの顔に嬉しそうな笑みが浮かぶ。

「兵たちはどうだ? トベルクたちは?」
「ただいま、北領騎士団の衛生兵たちが手当てに当たっております。トベルクは第一騎士団が身柄を拘束致しました」

 私が頷くと同時に、ヴァンテルは私の手に手を重ねた。互いの温もりが、ゆっくりとまじり合う。
 私は息を整え、真っ直ぐにヴァンテルの瞳を見た。
 胸の奥にずきん、と痛みが走るのをこらえてゆっくりと言葉を放つ。

「大儀であった。宮中伯筆頭、クリストフ・ヴァンテル。怪我人は第一騎士団長ホーデンに任せ、準備が整い次第トベルクと共に王都フロイデンに出発せよ」

 しばしの間の後、ヴァンテルの喉から、絞り出すような声が出た。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

花いちもんめ

月夜野レオン
BL
樹は小さい頃から涼が好きだった。でも涼は、花いちもんめでは真っ先に指名される人気者で、自分は最後まで指名されない不人気者。 ある事件から対人恐怖症になってしまい、遠くから涼をそっと見つめるだけの日々。 大学生になりバイトを始めたカフェで夏樹はアルファの男にしつこく付きまとわれる。 涼がアメリカに婚約者と渡ると聞き、絶望しているところに男が大学にまで押しかけてくる。 「孕めないオメガでいいですか?」に続く、オメガバース第二弾です。

孕めないオメガでもいいですか?

月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから…… オメガバース作品です。

君がいないと

夏目流羽
BL
【BL】年下イケメン×年上美人 大学生『三上蓮』は同棲中の恋人『瀬野晶』がいても女の子との浮気を繰り返していた。 浮気を黙認する晶にいつしか隠す気もなくなり、その日も晶の目の前でセフレとホテルへ…… それでも笑顔でおかえりと迎える晶に謝ることもなく眠った蓮 翌朝彼のもとに残っていたのは、一通の手紙とーーー * * * * * こちらは【恋をしたから終わりにしよう】の姉妹作です。 似通ったキャラ設定で2つの話を思い付いたので……笑 なんとなく(?)似てるけど別のお話として読んで頂ければと思います^ ^ 2020.05.29 完結しました! 読んでくださった皆さま、反応くださった皆さま 本当にありがとうございます^ ^ 2020.06.27 『SS・ふたりの世界』追加 Twitter↓ @rurunovel

【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜

ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。 そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。 幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。 もう二度と同じ轍は踏まない。 そう決心したアリスの戦いが始まる。

運命の番と別れる方法

ivy
BL
運命の番と一緒に暮らす大学生の三葉。 けれどその相手はだらしなくどうしょうもないクズ男。 浮気され、開き直る相手に三葉は別れを決意するが番ってしまった相手とどうすれば別れられるのか悩む。 そんな時にとんでもない事件が起こり・・。

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

【完結】薄幸文官志望は嘘をつく

七咲陸
BL
サシャ=ジルヴァールは伯爵家の長男として産まれるが、紫の瞳のせいで両親に疎まれ、弟からも蔑まれる日々を送っていた。 忌々しい紫眼と言う両親に幼い頃からサシャに魔道具の眼鏡を強要する。認識阻害がかかったメガネをかけている間は、サシャの顔や瞳、髪色までまるで別人だった。 学園に入学しても、サシャはあらぬ噂をされてどこにも居場所がない毎日。そんな中でもサシャのことを好きだと言ってくれたクラークと言う茶色の瞳を持つ騎士学生に惹かれ、お付き合いをする事に。 しかし、クラークにキスをせがまれ恥ずかしくて逃げ出したサシャは、アーヴィン=イブリックという翠眼を持つ騎士学生にぶつかってしまい、メガネが外れてしまったーーー… 認識阻害魔道具メガネのせいで2人の騎士の間で別人を演じることになった文官学生の恋の話。 全17話 2/28 番外編を更新しました

処理中です...