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24.合図
①
しおりを挟む私はすぐに中庭に走った。
言われた通りに少年は待っていた。花を手に立ち、空の一点をじっと見つめている。
「待たせてすまなかった。大丈夫か?」
「さっき、蜂が来たんだ」
「蜂が?」
「もう、あの空の向こうに消えちまったけど、一匹だけこの花に止まったんだよ。いつも蜜をとりに来てたやつかな」
少年の手の中でひらりと花びらが揺れて、丸い蜂の幻がよぎった。
「……そうもしれない。花の蜜を分けてくれた礼を言いに来たんだろう」
少年は、瞳を瞬いて不思議そうに私を見た。
「あんた、優しいんだな。……偉い人なんだろ? 偉い人たちはさ、たいてい俺たちみたいな下働きのことなんか気にしない。花をほめたり蜂の気持ちになって考えたりなんかしないのに」
「……お前の花に慰められた。私は子どもの頃、花がたくさんあるところで育ったんだ。ここは暖かい土地でもないのに、美しく咲かせるのは大変だっただろう。折角の花を散らせてしまって、すまなかった」
「あんたのせいじゃないよ。……あ! おっさん!!」
少年の視線の先には、第一騎士団長ホーデンが立っていた。
「無事だったか!」
「うん! 花はほとんどダメになっちゃったけど、また咲かせるよ」
ホーデンは屈んで、大きな手で少年の髪をぐしゃぐしゃと撫でる。
「……そうか。お前のおかげで殿下をお救いすることができた。ありがとう」
「へ? でんか……!?」
少年が、振り返って目を丸くする。
「ありがとう。またここに来たら、お前の咲かせた花を見せてくれるか?」
少年は言葉の代わりに、赤い顔をして何度も大きく頷いた。
「……殿下」
穏やかな声がする。
振り向けば朝日を受けて輝く銀の髪があった。トベルクとの熾烈な戦いで外套はあちこちが切れて血が滲んでいる。疲れきっているだろうに柔らかな微笑を向ける彼を、手を差しのべて思いきり抱きしめたかった。
「……怪我は?」
「何ほどのこともございません」
ほっとして安心した気持ちが溢れ出る。良かった、と呟けばヴァンテルの顔に嬉しそうな笑みが浮かぶ。
「兵たちはどうだ? トベルクたちは?」
「ただいま、北領騎士団の衛生兵たちが手当てに当たっております。トベルクは第一騎士団が身柄を拘束致しました」
私が頷くと同時に、ヴァンテルは私の手に手を重ねた。互いの温もりが、ゆっくりとまじり合う。
私は息を整え、真っ直ぐにヴァンテルの瞳を見た。
胸の奥にずきん、と痛みが走るのを堪えてゆっくりと言葉を放つ。
「大儀であった。宮中伯筆頭、クリストフ・ヴァンテル。怪我人は第一騎士団長ホーデンに任せ、準備が整い次第トベルクと共に王都フロイデンに出発せよ」
暫しの間の後、ヴァンテルの喉から、絞り出すような声が出た。
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