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23.襲来

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 ヴァンテルの後ろから、大きな手を潜り抜けて前へ飛び出した。即座に腕を強く掴まれて、足が止まる。

 大柄な騎士の一人が、ロフの隣ですらりと剣を抜いた。月光の照り返しで無慈悲な刃が銀色に輝く。白刃を突き付けられているのに、ロフが来るなと首を振る。何度も何度も、必死に。

 ……怖くないわけがないのに。

「無粋な男がおりますね。お優しい殿下のお気持ちを阻むなど話になりません。流石は平気で火を放つような野蛮なやからだ」

「……人をたばかり、尊い宝を屋敷から盗み出す人非人の言葉とは思われぬ。神の怒りを買った大罪人こそは地獄がふさわしい」

 初めてヴァンテルが口を開き、響き渡る声が人々の耳を打つ。

 ──神の怒りを買った大罪人。

 その言葉に騎士たちがどよめいた。

 トベルクの静かな怒りが伝わってくる。
 冬の夜の月より氷原を覆う氷よりも冷たい視線と沈黙が地に満ちた。

「剣を抜くがいい。戯言ざれごとごと地に沈めてくれる……!」
「そのまま返そう。口が回る者ほど腕はないと人は言う」

 トベルクとヴァンテルが、同時に剣を抜く。

 二人の間にあるのは地獄の猛火だ。
 お互いを焼き尽くし、他人をも飲み込む焔は何も生み出さない。

 遠くからおびただしい騎馬の蹄の音が聞こえてくる。

「来たか」

 ヴァンテルが呟いた。

「トベルク! そして、騎士たちよ!! 我が名はクリストフ・ヴァンテル。其方たちがこれから立ち向かうは北領騎士団だ。彼らと戦う者は、宮中伯筆頭と戦うと心得よ!」

 咆哮の様な声が上がった。
 雪崩のように人が街道から宿屋の敷地へ入り込んでくる。

 騎士団長ホーデンの大音声が響く。

「直ちに剣を捨て投降せよ。命までは奪わぬ!」

 トベルクが前を見つめたまま、小さく右手を振り上げた。

「かかれ! 王子だけをここに!!」

 唸り声が上がり、トベルクの騎士たちが一斉に走り出す。背後で鬼火のように殺気が揺らめく。
 次の瞬間には、私の周りの騎士たちも剣を抜いていた。


 月の光の下で戦う二人の宮中伯を邪魔立てする者はいなかった。

 トベルクが振り下ろした剣をヴァンテルが弾き返す。ヴァンテルが突き上げれば、トベルクは即座に身を躱し、横から薙ぎ払う。
 トベルクの太刀筋はすさまじく、迎え撃つヴァンテルも負けてはいない。二人の放つ殺気と剣の音だけが、まるで世界を切り取ったようだった。

 月明かりの下で煌めく白刃は、ひどく冷たい。
 私は騎士たちに守られたまま、呆然と目の前で切り結ぶ二人を見た。

「殿下! ご無事で何よりです!!」

 黒衣を纏ったホーデンが現れて、我に返る。
 ホーデンは失礼を、と一言呟いてから軽々と私を抱きかかえた。

「閣下をお守りせよ! 回り込んでトベルク様を捕らえるのだ。殿下、しっかり掴まっていてください。……目をつぶって、耳を塞いで」

 この上なく優しい声だった。でも、どうして閉じることが出来るだろう。
 確かにこの瞳に映っているのだ。
 騎士たちが激しく打ち合い、倒れる姿が。私を守って傷つく者たちの体から、流れる血が。

「だめだ! これ以上は……」
「殿下、ご安心を。我らの方が有利です」
「そうじゃない!」

 ……ちがう!! 戦いなんて、最初から望んではいないんだ。
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