96 / 154
23.襲来
②
しおりを挟むヴァンテルの後ろから、大きな手を潜り抜けて前へ飛び出した。即座に腕を強く掴まれて、足が止まる。
大柄な騎士の一人が、ロフの隣ですらりと剣を抜いた。月光の照り返しで無慈悲な刃が銀色に輝く。白刃を突き付けられているのに、ロフが来るなと首を振る。何度も何度も、必死に。
……怖くないわけがないのに。
「無粋な男がおりますね。お優しい殿下のお気持ちを阻むなど話になりません。流石は平気で火を放つような野蛮な輩だ」
「……人を謀り、尊い宝を屋敷から盗み出す人非人の言葉とは思われぬ。神の怒りを買った大罪人こそは地獄がふさわしい」
初めてヴァンテルが口を開き、響き渡る声が人々の耳を打つ。
──神の怒りを買った大罪人。
その言葉に騎士たちがどよめいた。
トベルクの静かな怒りが伝わってくる。
冬の夜の月より氷原を覆う氷よりも冷たい視線と沈黙が地に満ちた。
「剣を抜くがいい。戯言ごと地に沈めてくれる……!」
「そのまま返そう。口が回る者ほど腕はないと人は言う」
トベルクとヴァンテルが、同時に剣を抜く。
二人の間にあるのは地獄の猛火だ。
お互いを焼き尽くし、他人をも飲み込む焔は何も生み出さない。
遠くからおびただしい騎馬の蹄の音が聞こえてくる。
「来たか」
ヴァンテルが呟いた。
「トベルク! そして、騎士たちよ!! 我が名はクリストフ・ヴァンテル。其方たちがこれから立ち向かうは北領騎士団だ。彼らと戦う者は、宮中伯筆頭と戦うと心得よ!」
咆哮の様な声が上がった。
雪崩のように人が街道から宿屋の敷地へ入り込んでくる。
騎士団長ホーデンの大音声が響く。
「直ちに剣を捨て投降せよ。命までは奪わぬ!」
トベルクが前を見つめたまま、小さく右手を振り上げた。
「かかれ! 王子だけをここに!!」
唸り声が上がり、トベルクの騎士たちが一斉に走り出す。背後で鬼火のように殺気が揺らめく。
次の瞬間には、私の周りの騎士たちも剣を抜いていた。
月の光の下で戦う二人の宮中伯を邪魔立てする者はいなかった。
トベルクが振り下ろした剣をヴァンテルが弾き返す。ヴァンテルが突き上げれば、トベルクは即座に身を躱し、横から薙ぎ払う。
トベルクの太刀筋はすさまじく、迎え撃つヴァンテルも負けてはいない。二人の放つ殺気と剣の音だけが、まるで世界を切り取ったようだった。
月明かりの下で煌めく白刃は、ひどく冷たい。
私は騎士たちに守られたまま、呆然と目の前で切り結ぶ二人を見た。
「殿下! ご無事で何よりです!!」
黒衣を纏ったホーデンが現れて、我に返る。
ホーデンは失礼を、と一言呟いてから軽々と私を抱きかかえた。
「閣下をお守りせよ! 回り込んでトベルク様を捕らえるのだ。殿下、しっかり掴まっていてください。……目をつぶって、耳を塞いで」
この上なく優しい声だった。でも、どうして閉じることが出来るだろう。
確かにこの瞳に映っているのだ。
騎士たちが激しく打ち合い、倒れる姿が。私を守って傷つく者たちの体から、流れる血が。
「だめだ! これ以上は……」
「殿下、ご安心を。我らの方が有利です」
「そうじゃない!」
……ちがう!! 戦いなんて、最初から望んではいないんだ。
18
お気に入りに追加
856
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
ふしだらオメガ王子の嫁入り
金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか?
お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
孕めないオメガでもいいですか?
月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから……
オメガバース作品です。
【完結】奇跡の子とその愛の行方
紙志木
BL
キリトには2つの異能があった。傷を癒す力と、夢見の力。養親を亡くしたキリトは夢に導かれて旅に出る。旅の途中で魔狼に襲われこれまでかと覚悟した時、現れたのは美丈夫な傭兵だった。
スパダリ攻め・黒目黒髪華奢受け。
きわどいシーンはタイトルに※を付けています。
2024.3.30 完結しました。
----------
本編+書き下ろし後日談2話をKindleにて配信開始しました。
https://amzn.asia/d/8o6UoYH
書き下ろし
・マッサージ(約4984文字)
・張り型(約3298文字)
----------
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる