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20.報復

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 私はゆっくりと時間をかけて食事をとった。質の良い葡萄酒と温かい食事は、体に力を与えた。トベルクは時折肉料理を摘まむだけで、杯を重ねてばかりいる。
 私は酔いが少し回ったところで、勇気を出してトベルクに尋ねた。

「先ほどの話だが。ヴァンテルの余計な事とは……」
「そんなに気になりますか?」

 大きく頷きたいのを堪える。もう1カ月以上、会っていないのだ。フロイデンで離れてから、どうしているのだろう。どんな小さなことでも知りたかった。

 葡萄酒を従卒に注がせながら、トベルクは口を開いた。

「貴方にそんな顔をさせることが出来るとは、筆頭殿は幸せなことです。私はこれでも、はらわたが煮えくり返っているのですよ。まさか、あんな報復に出るとは」

「報復?」
「あの男は、我が領土を焼きました」

「……焼く?」

 どくん、と心臓が嫌な音をたてた。碧の瞳の中に炎が揺れる。

「ええ。南部にある町や村の穀物を詰め込んだ倉庫。食糧庫に、宵闇に紛れて一斉に火を放ったのです」

 心臓の音が早鐘のように鳴り響く。

 城を逃げ出した時の光景がよみがえる。
 人々の叫ぶ声。必死で井戸から水を汲みだす姿。

 ……有り得ない。

 食糧庫は領民の命綱だ。今は早春でこれから農民たちは畑に種を蒔く。倉庫の中には蓄えだけではなく、大事にとっておいた種麦が入っている。その種麦を焼かれたら。

 背筋がぞっとした。

「……そんな。他国を侵略する戦でもないのに。まさか、ヴァンテルがそんなことを」

 するはずがない。誰よりも優しい男が。

 ……そうだ、彼は誰よりも優しい。

 そう思いながらも、体が震える。
 私がトベルクの城から逃げる時、ロフは何と言った。火がつけられたと言わなかったか?

「領地のあちこちで火事が起こり大騒ぎになった頃、城の一つから火が上がりました。貴方に逃げられたのがわかっても食糧庫の対応に追われて捜索は大幅に遅れた」

 トベルクは燃えるような瞳で、手元の葡萄酒を一気に飲み干した。

「火がつけられた日に、偶然激しい雷が落ちた場所がありました。領民の間にも王宮にも、すぐに一つの噂が流れたのです。『トベルクは神の怒りを買った』と」

 災害は神の怒りの現れだと言われている。
 宮中伯は神の庇護の元に王を守り、国を導く存在だ。決して神の怒りを買う存在であってはならない。

「全く、手際の良さに驚きました。こちらは領民たちを何とか安心させ、糧を与えねばならない。城を任せている家臣たちは必死です。これからが種を撒く時期だと言うのに、我が領土には種麦すらない有様だ」

 ヴァンテルの報復は、トベルクを激怒させるには十分な効果があった。しかし、本当にそんなことをヴァンテルがしたというのだろうか……。

「信じられないと言ったご様子ですね。ですが、あの男は貴方以外には悪魔にもなる」

 酒が舌を滑らかにさせたのか。トベルクは私が連れ去られた直後の話を始めた。



 ヴァンテルは、私が連れ去られたと知ってすぐにトベルクの居室を訪れた。
 トベルクは家臣に任せた城の一つに私を運ばせ、自分は堂々と何も知らないと答えた。その後、宮中で鉢合わせした途端にヴァンテルに掴みかかられたのだと言う。

『殿下の行方を言え! トベルク!!』

 人目もはばからず、ヴァンテルはトベルクの胸倉を掴んだ。

『散々ご説明したではありませんか。私たちに御目通りくださった後、殿下は筆頭殿の居室に残られました。行方がわからないのはそれからでしょう? 殿下の侍従も証言しているはずです』

『侍従はあれから、正気に戻っていない。どれだけの茶を飲ませたのか! 執事を騎士たちに足止めさせている間に無理やり居室を出ただろう!!』

 怒りに震えるヴァンテルに、トベルクは冷たく告げた。

『私が殿下をお連れしたという証拠でもあるのですか? そもそも、筆頭殿のところから私が殿下を連れ去って何になります? 殿下は父君に会いに来ただけですぐに凍宮にお戻りになると仰った。私が殿下をお引き止めする理由がありません。冤罪をおかけになるのは止めていただきたい』

 胸を掴みあげた腕を振り払われ、ヴァンテルは拳を握り締めた。トベルクの前には憎しみを湛え、底光りする青い瞳だけがあった。
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