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17.本能

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 几帳面な字で詳細に書かれていたのは、希少種の蜂の生態についての研究と考察だった。

 “ロサーナ王家には、代々、遺伝病の因子を持った男子が誕生する。彼らは幼い頃から病弱であり、病を発症した後は急速に老いを迎え、急逝することも多々ある。
 しかし、希少種である蜂『裁き』の蜜があれば、劇的に病の回復を図ることができる。”

 ……蜂の名を初めて知った。

 一頁だけ、栞が挟まれているところがあった。トベルクは、その頁を開いた。

 “『裁き』の巣の中に幼虫がいると、成虫たちは我先に幼虫の世話をする。中でも特定の幼虫が発する固有の匂いに反応し、己の寿命を減らしてでも、決まった幼虫を成長させようとする。 
 ロサーナ王族の中にも、同じような傾向がみられる。遺伝病の因子を持った男子の中で、後に病を発症する男子がいる。” 

 “彼らが誕生した瞬間から、その命を生かすために盲目的に力を尽くす者たちが現れる。まるで、その男子自身が、他の者を引き寄せる物質を放つかのように、周囲はあらゆる力を尽くして成長を促そうとする。”


 ──何だ、これは。
 一体何が、書かれている?

 “まるで、その男子自身が、他の者を引き寄せる物質を放つかのように……”


「これは、北方でとある一族に守られていた蜂についての研究書です。王族の病と合わせて、蜂のことをずっと研究してきた者たちがいる。近年、その一族の者が、金に困って売り払ったものを手に入れましてね、大層面白く読みました。その栞のところですが」

 トベルクは、件の頁を開いて目を走らせた。

「病を発症する王族は、生れ落ちてすぐに、他の者を強く引き寄せるとあります。まるで、蜂の幼虫が匂いをまき散らし、他の成虫に世話をさせるかのようだと。
 ……代々、蜂の蜜とやらを摂取していた記録もありますから、両者には何らかの因果関係があるかもしれませんね。  
 病は、ロサーナの王族男子の二人に一人が発症すると言われている。国王陛下も、アルベルト殿下、貴方ご自身もでしょう?」

 目にした言葉と耳にした言葉が、ぐるぐると渦を巻く。

「……ご自分が生きるために、同族を引き寄せ、力を尽くさせる。おぞましい虫たちと同じように」

 トベルクの言葉を聞くな、と何かが告げている。

 これ以上考えるのは、止めろ、と。
 けれど、自分の中で考えるのを止めることは出来なかった。


 父上の為に、遠路はるばる祖国まで駆けつけた叔父上。さらには私の様子を知る為に、北の最果てのレーフェルトまで足を運んだ。

 私の為に蜜を探し、守り木の村を滅ぼした兄様。望めば、どんな小さな願いも叶えようとしてくれた。

 ……そして。
 自分の全てを懸けてくれた。どんな時も想ってくれた。

『貴方は、私の全てです。アルベルト殿下』

 ──クリス。

 ……一人を生かすために、盲目的に力を尽くす。まるで、『裁き』の巣の中の成虫たちのように。


 トベルクがそっと、肩に触れる。

「お可哀想に。貴方に向けられたお気持ちを、ずっと誤解していらしたのですね。本能と愛情を、錯覚なさってはいけません、殿下」

 その言葉を最後に、私の意識は切れ切れとなり、まともに保つことができなくなった。

 くずおれた身体がトベルクから侍従へと手渡され、部屋を出される。続き部屋で倒れているレビンが、目の端に見えた。トベルクの侍従と配下たちは、そっと私を馬車に運び込んだ

 馬車は、何の紋章もなく質素な造りで、貴族の馬車にはとても見えない。中は割合に広かったが、窓は塞がれ、乗り込んだ途端に目隠しをされた。
 横になったまま、馬車から伝わる振動を感じる。

 自分がどこに向かっているのかはわからず、心はただ、虚ろなままだった。
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