73 / 154
17.本能
④
しおりを挟む几帳面な字で詳細に書かれていたのは、希少種の蜂の生態についての研究と考察だった。
“ロサーナ王家には、代々、遺伝病の因子を持った男子が誕生する。彼らは幼い頃から病弱であり、病を発症した後は急速に老いを迎え、急逝することも多々ある。
しかし、希少種である蜂『裁き』の蜜があれば、劇的に病の回復を図ることができる。”
……蜂の名を初めて知った。
一頁だけ、栞が挟まれているところがあった。トベルクは、その頁を開いた。
“『裁き』の巣の中に幼虫がいると、成虫たちは我先に幼虫の世話をする。中でも特定の幼虫が発する固有の匂いに反応し、己の寿命を減らしてでも、決まった幼虫を成長させようとする。
ロサーナ王族の中にも、同じような傾向がみられる。遺伝病の因子を持った男子の中で、後に病を発症する男子がいる。”
“彼らが誕生した瞬間から、その命を生かすために盲目的に力を尽くす者たちが現れる。まるで、その男子自身が、他の者を引き寄せる物質を放つかのように、周囲はあらゆる力を尽くして成長を促そうとする。”
──何だ、これは。
一体何が、書かれている?
“まるで、その男子自身が、他の者を引き寄せる物質を放つかのように……”
「これは、北方でとある一族に守られていた蜂についての研究書です。王族の病と合わせて、蜂のことをずっと研究してきた者たちがいる。近年、その一族の者が、金に困って売り払ったものを手に入れましてね、大層面白く読みました。その栞のところですが」
トベルクは、件の頁を開いて目を走らせた。
「病を発症する王族は、生れ落ちてすぐに、他の者を強く引き寄せるとあります。まるで、蜂の幼虫が匂いをまき散らし、他の成虫に世話をさせるかのようだと。
……代々、蜂の蜜とやらを摂取していた記録もありますから、両者には何らかの因果関係があるかもしれませんね。
病は、ロサーナの王族男子の二人に一人が発症すると言われている。国王陛下も、アルベルト殿下、貴方ご自身もでしょう?」
目にした言葉と耳にした言葉が、ぐるぐると渦を巻く。
「……ご自分が生きるために、同族を引き寄せ、力を尽くさせる。おぞましい虫たちと同じように」
トベルクの言葉を聞くな、と何かが告げている。
これ以上考えるのは、止めろ、と。
けれど、自分の中で考えるのを止めることは出来なかった。
父上の為に、遠路はるばる祖国まで駆けつけた叔父上。さらには私の様子を知る為に、北の最果てのレーフェルトまで足を運んだ。
私の為に蜜を探し、守り木の村を滅ぼした兄様。望めば、どんな小さな願いも叶えようとしてくれた。
……そして。
自分の全てを懸けてくれた。どんな時も想ってくれた。
『貴方は、私の全てです。アルベルト殿下』
──クリス。
……一人を生かすために、盲目的に力を尽くす。まるで、『裁き』の巣の中の成虫たちのように。
トベルクがそっと、肩に触れる。
「お可哀想に。貴方に向けられたお気持ちを、ずっと誤解していらしたのですね。本能と愛情を、錯覚なさってはいけません、殿下」
その言葉を最後に、私の意識は切れ切れとなり、まともに保つことができなくなった。
頽れた身体がトベルクから侍従へと手渡され、部屋を出される。続き部屋で倒れているレビンが、目の端に見えた。トベルクの侍従と配下たちは、そっと私を馬車に運び込んだ
馬車は、何の紋章もなく質素な造りで、貴族の馬車にはとても見えない。中は割合に広かったが、窓は塞がれ、乗り込んだ途端に目隠しをされた。
横になったまま、馬車から伝わる振動を感じる。
自分がどこに向かっているのかはわからず、心はただ、虚ろなままだった。
28
お気に入りに追加
844
あなたにおすすめの小説
花いちもんめ
月夜野レオン
BL
樹は小さい頃から涼が好きだった。でも涼は、花いちもんめでは真っ先に指名される人気者で、自分は最後まで指名されない不人気者。
ある事件から対人恐怖症になってしまい、遠くから涼をそっと見つめるだけの日々。
大学生になりバイトを始めたカフェで夏樹はアルファの男にしつこく付きまとわれる。
涼がアメリカに婚約者と渡ると聞き、絶望しているところに男が大学にまで押しかけてくる。
「孕めないオメガでいいですか?」に続く、オメガバース第二弾です。
孕めないオメガでもいいですか?
月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから……
オメガバース作品です。
君がいないと
夏目流羽
BL
【BL】年下イケメン×年上美人
大学生『三上蓮』は同棲中の恋人『瀬野晶』がいても女の子との浮気を繰り返していた。
浮気を黙認する晶にいつしか隠す気もなくなり、その日も晶の目の前でセフレとホテルへ……
それでも笑顔でおかえりと迎える晶に謝ることもなく眠った蓮
翌朝彼のもとに残っていたのは、一通の手紙とーーー
* * * * *
こちらは【恋をしたから終わりにしよう】の姉妹作です。
似通ったキャラ設定で2つの話を思い付いたので……笑
なんとなく(?)似てるけど別のお話として読んで頂ければと思います^ ^
2020.05.29
完結しました!
読んでくださった皆さま、反応くださった皆さま
本当にありがとうございます^ ^
2020.06.27
『SS・ふたりの世界』追加
Twitter↓
@rurunovel
運命の番と別れる方法
ivy
BL
運命の番と一緒に暮らす大学生の三葉。
けれどその相手はだらしなくどうしょうもないクズ男。
浮気され、開き直る相手に三葉は別れを決意するが番ってしまった相手とどうすれば別れられるのか悩む。
そんな時にとんでもない事件が起こり・・。
初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。
【完結】薄幸文官志望は嘘をつく
七咲陸
BL
サシャ=ジルヴァールは伯爵家の長男として産まれるが、紫の瞳のせいで両親に疎まれ、弟からも蔑まれる日々を送っていた。
忌々しい紫眼と言う両親に幼い頃からサシャに魔道具の眼鏡を強要する。認識阻害がかかったメガネをかけている間は、サシャの顔や瞳、髪色までまるで別人だった。
学園に入学しても、サシャはあらぬ噂をされてどこにも居場所がない毎日。そんな中でもサシャのことを好きだと言ってくれたクラークと言う茶色の瞳を持つ騎士学生に惹かれ、お付き合いをする事に。
しかし、クラークにキスをせがまれ恥ずかしくて逃げ出したサシャは、アーヴィン=イブリックという翠眼を持つ騎士学生にぶつかってしまい、メガネが外れてしまったーーー…
認識阻害魔道具メガネのせいで2人の騎士の間で別人を演じることになった文官学生の恋の話。
全17話
2/28 番外編を更新しました
【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜
ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。
そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。
幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。
もう二度と同じ轍は踏まない。
そう決心したアリスの戦いが始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる