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15.吐露

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「病? まさか、殿下! 何の話をお聞きになったのです?」
「父上と私が、同じ病だと。元々王族に伝わるもので、長くは生きられないと聞きました」

 叔父は即座に椅子から立ち上がり、ヴァンテルの元に、つかつかと歩み寄った。
 そして、次の瞬間、渾身の力を込めてヴァンテルの頬を打った。

「……ッ!」
「叔父上!!」

 ヴァンテルは、よろけそうになったところを踏みとどまり、黙ったまま頭を垂れる。
 口の端から、赤いものが、ぽたぽたと床に落ちた。
 叔父は、更にヴァンテルの胸倉に掴みかかる。私は長椅子から走って、叔父の手に縋りついた。

「叔父上! 止めて!!」
「……離しなさい、殿下。こんなものは、一回殴ったぐらいでは、とても足りません」
「だめです! どうか、お静まりを!!」

 叔父は大きく息を吐く。

「答えよ、クリストフ・ヴァンテル! 其方の罪をわかっているのか?」
「……王家の秘匿すべき事実を明かしました」
「罪はそれだけではない。……殿下のお気持ちを考慮した上で、敢えてお伝えしたのか?」

「いいえ。くだらぬ我欲に走って、浅慮のままにお伝え申し上げました」
「……話にならぬ」

 叔父の声は、氷のように冷たかった。ヴァンテルを突き飛ばすように手を離し、叔父は私に向かい合う。

「アルベルト殿下、凍宮にお戻りになるのはおやめなさい。私と共にスヴェラに参りましょう」
「叔父上!」
「宮中伯たちはロサーナの舵を取って国を導く。彼らにとって、王族とは掲げる旗印です。情勢が変われば、いつまた駆り出されるかもしれない。父君のお姿をご覧になったでしょう?」

 叔父の声は切実だった。国に命を捧げようとしている父。触れた手は枯れ木のように細く、命の火は細く揺らめいていた。

「王配殿下。……アルベルト様をお渡しするわけには参りません」

 ヴァンテルは、叔父と私の間に割って入った。口の端と手の甲に、血がこびりついている。
 口の中が切れているのだろう。
 私が服の裾をぎゅっと握ると、気づいたヴァンテルは、ふっと笑った。
 叔父に向かい合うと、ヴァンテルはきっぱりと言った。

「殿下をスヴェラにお連れになるのは、お許しください。私にご不満がおありなのは、重々承知の上です。それでも、アルベルト様をお慕いする気持ちに、何一つ嘘はございません」

 叔父は怒りを隠さずに、ヴァンテルを睨み据えた。

「其方は筆頭だろう? 殿下と国を天秤にかける時が来たらどうする? それとも、その立場のままに守りきれるとでも?」
「宮中伯も筆頭も、些末なことです。国の未来も同じこと。私の命を懸けてでも、殿下をお守り致します」 

 二人の間には、張りつめた空気が流れていた。

「叔父上。私は……。私はクリスといたい。わずかな間でもいい。クリスと一緒にいたいのです」
「殿下……」

 叔父の瞳が私を見る。
 ずっと優しく見守ってくれていた瞳は、愛情と憂いに満ちていた。

 叔父がこの国を旅立つ日。私に言った言葉を、ようやく思い出した。

『アルベルト殿下。どうぞ、お体を大切になさいませ。……貴方の人生は、貴方のものなのですから』 

「小宮殿で優しくしてくれた人たちは皆、私を置いていきました。叔父上も、クリスも、兄様も。でもそれは、私が子どもだったからです。私は待つこと以外、何も知らなかった。小宮殿を出ても、人の言うがままだった。……同じように見えても、これは私が初めて選んだことです。どうか、聞いてはいただけませんか」


 雪と氷が支配する美しい宮殿。
 愛する者が私の為に用意した、豪奢な鳥籠。

 晴れ渡る青い空と一面の白い世界に、帰ろう。


「私は、レーフェルトに参ります」

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