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6.寂寥

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 耳にした言葉が信じられなかった。


 村を滅ぼした

 兄が

 私の為に


 一つ一つの言葉が、耳の奥でこだまする。
 動悸が増し、何かが、これ以上耳にするのは危険だと告げている。

 侍従は、呆然とする私を燃えるような瞳で見つめていた。

「ご存知ですか、殿下。ある一族が守り育てていた特別な蜂の集める蜜は、人の体にとって万能薬となるのです。私の一族は、長い時間をかけて、蜂と共存してきました。自然界にあった蜂を育て、増やし、ほんの少しだけ彼らから分けてもらった蜜で病を癒してきた。……それなのに」

 侍従が語った話は、およそ私が今まで想像もしなかったことだった。

「ある時、王室付きの騎士団がやってきて、お前たちの持つ蜜を渡せと言いました。大量の金を差し出して、これと引き換えにと。小さな村の暮らしに金は必要ない。どうかお許しをと断れば、子どもの首に剣を突きつけました」

「……子どもに?」

 侍従は頷く。
 騎士は神に敬虔であり、弱者を保護する聖なる義務を負う。兄も常々、そう言っていたはずだ。

 彼等が求めた……花の蜜?

 思いあたるのは、ただ一つだけだった。

 『すぐに楽になる』
 そう言って、発熱の度に与えられ続けてきた蜜。

「人の命の価値は、殿下と私では、天と地ほども違うのでしょう。王太子には、溺愛する貴方に勝るものなどなかった。その為には、辺境の一族など、どうなってもよかったのです」
「……兄が、兄がそんな」

 侍従は動揺する私に、まるで昔話を読み聞かせるように、静かに語った。



 北方に生息する希少な蜂たちは、山間の土地を長く守ってきた。彼らが集める花の蜜は、人の体を癒す薬となる。そのことを、自然と共に暮らしてきた小さな村の人々は知っていた。

 村人たちは長い時をかけて蜂を育てる方法を会得し、増やし、日々の糧を得た。村人にとって彼らは恵みをもたらす神の遣いであり、友だった。多くの作物は、蜂たちが花を受粉させてくれるおかげで、実をつけることができたのだ。

 村人たちは蜂を守るために、蜜の存在を秘匿し続けた。必要以上は求めず、ひっそりと暮らしてきた。

 北方地方を旅していた商人が、道に迷って村を訪れた。それは、蜂と村人にとって、不運だったとしか言いようがない。
 冬の夜、熱を出した幼児をあっという間に癒した薬を、商人は忘れなかった。

 何年も後になり、村の人々がそんな男が訪ねたことすらも忘れた頃、王家の直属の騎士団がやってきた。

 ──ここにどんな病も治す万能の薬があると聞いた、即刻差し出せ。

 長老が村人の為に大事に保存していた程度では、彼らは納得しなかった。剣で脅して、村の宝を巣箱ごと奪い去った。
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