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2.困惑

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 少しずつ、私は凍宮での日々に慣れていった。

 寝てばかりではあったが、料理長の心尽くしの料理と甲斐甲斐しい侍従の世話は、私の体を回復させた。
 雪と氷に囲まれ、窓から見える風景は絵画のように美しい。起きている時間が長くなるにつれ、少しずつ離宮の中を歩き回れるようになった。

 あれからヴァンテルは現れない。

 元々が、ロサーナの宮中伯たちの筆頭である男だ。毎日王宮に居る必要はないが、長らく王都を留守にしていいわけもない。国の重要なことは、多くが宮中伯たちの合議で決定され、王が承認する。所領とはいえ、北の地にずっといるわけにもいかないだろう。彼らの生きる場所はロサーナの花の都、王都フロイデンにあるのだ。
 ヴァンテルが凍宮を訪れたのは、たまたま所領の訪問と私の到着とが重なったためなのだろうと思われた。

 幾日も経たずに、ヴァンテルが王都に向かったと侍従が言った。



 フロイデンから一人の男がやってきたのは、ちょうど、凍宮に来て二月ふたつきが経った頃だった。

 物静かな侍従が慌てて部屋に飛び込んできた。
 取り次ぎを願っている者がいる、しかも王都からやってきた者だと。滅多にないことに目をみはると、それ以上の驚きが待っていた。

「アルベルト殿下!!」
「エーリヒ!」

 普段使われることのない応接室で待っていると、見事な体躯の美丈夫と、後ろに控えた騎士が入ってくる。思わず、長椅子から立ち上がった。

 エーリヒ・ライエン。

 ロサーナ王国の12人の宮中伯の一人だ。武門の名家に生まれ、自ら騎士団を束ねている男。彼は見事な栗色の髪に意志の強い瞳を持っていた。鍛えられた体に懐かしい笑顔が輝き、まるで春の日差しのようだった。彼らは旅装も解かぬまま、次々に床に額づいた。

「此度の我が身の不忠、もはや何の申し開きも出来ません。殿下のご無念、如何いかほどかと言葉もございません」

 廃嫡を告げられた時、彼はもう一人の宮中伯と共に、隣国との国境を争う会議に出席していた。国境の折衝は隣国との火種の一つだ。長年の懸案事項でもあり、宮中伯を二人も赴かせる大きな事態となった。

「トベルク様と帰国した時には、殿下の追放の件は全てが終わった後でした。まさかこんな事態が待っているとは、予想だにしませんでした。私達だけが何も知らなかったのです」

 トベルクは、代々宮中伯を務める者の一人で、国王の信頼も厚い。二人の名は、廃嫡の請願書にはなかった。

「二人でいくら抗議しても、もはやどうにもなりませんでした。あまつさえ、決定に不服があるならば、全ての宮中伯の同意を得ろと言い出す始末です」

 聞かなくてもわかっている。そんなことを言い出したのは、ヴァンテルだろう。

「エーリヒ、ありがとう。よくここまで来てくれた」

 思わず、ライエンの手を取った。以前よく一緒に居た時の心安い口調で話してしまう。
 ライエンは、宮中伯たちの中では年若く、ヴァンテルと共にずっと相談に乗ってくれていた。何でも明るく冗談に紛れさせながら話す彼に、どれだけ心を和ませてもらったかわからない。

「……殿下」

 瞳を潤ませながら、ライエンが言う。

「このような最果ての地に、殿下を閉じ込めるようなことがあってはなりません。お体の為には、フロイデン、いや、もっと過ごしやすい土地が良いのはわかりきったこと」

 確かに、そう言われていた。フロイデンは常春と謳われる暖かい土地だが、高地にあった。すぐに体調を崩す私に、侍医たちは同じ南方でも低地での静養を勧めてきた。……兄は王宮から出ることに、決して頷きはしなかったが。

「殿下、南には我が領地が多くございます。例え王都にお戻りあそばすことができずとも、我等の地においでください。城の一つや二つ、いくらでもご用意致しましょう」

 ライエンの言葉に、すぐに答えを返すことが出来なかった。
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