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第69話 魔王城鳴動
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魔王城ヘルメス・トトメス――城と名づけられていても、それは1体の巨大なモンスターだった。
(いつ来てみても不気味なもんじゃわい)
白衣を着た小柄なゴブリンハーフ、ニョルンは皺くちゃになった顔に長く伸びた顎鬚をしごきながら門をくぐる。
(しかし此度の参集、一体何事じゃ……?)
ニョルンに与えられた任務は、例の『光の柱』事件の真相が明らかになるまで、人類側と休戦協定を結ぶための約定づくりという非常に重要なものだったはずだ。
それを止めてまで、ドラゴン族や巨人族、果てはあの独立自治権を認められている四大魔公まで全員集合させてまでの会議とは、ニョルンでなくても不穏と感じただろう。
(何かまずいことが起きたか? しかし、ブルックス・ゴル・フリードマン、あやつはもう老体でそれほど活躍はしておらん)
『バベル第20階層踏破者』の偉業を成し遂げた大英雄といえど、寄る年波には勝てない。
おそらく近い将来、魔王軍にとっての頭痛の種は消えるかと思われた。
ニョルンは見るともなしに、魔王城内部を見やる。
ぱっと見、生物の体内のようには見えない。
魔王城は生物ではあるが、その体内をくり抜き、石柱を立て、漆黒の大理石を敷き詰めている。
なぜこのような場所を利用しているかといえば、天与という特別な力が宿っているためだ。
天与は本来、人間にしか与えられないといわれている。
ニョルンは、ゴブリンと人間のハーフであり、魔王軍では珍しく天与を持つ存在だった。
ゆえに、この天与を持つという魔王城に入るたびに、妙な気分に浸ることが多い。
だが、そんな気分も謁見の間のざわめきが聞こえるほどの距離になるとかき消えた。
(――おる)
話には聞いていた。四大魔公がいる、と。
もっとも玉座に近い場所に侍る4体のモンスター。
人間の脳味噌にそっくりの外観を持つ、宙に浮かぶ叡智の粘体。
毛深い獣人でありながら、長年の荒行の果てに、一切の毛を失った異相の雄。
人間の貴族風の端正な顔を持つ有翼人。
白い岩肌の巨大な蛇のような化け物。
ニョルンはその4体に近づく。
「止まれ」
正座した無毛の獣人が、瞑想するように目を閉じたまま忠告した。
「ワシは陛下の参謀のようなもの。いつも最も前で……」
ニョルンの反論に、有翼人がキセルを吸うのをやめて、顔を180度回転させた。天と地が逆さになった貴族風の整った顔は、苦悶の色はない。異様な光景だった。
「あら~? ここ最近『光の柱』事件で、天与〈知法千里〉が引っ張りだこだったからって調子に乗っちゃった?」
不穏な気配に、岩のような蛇がうごめく。漆黒の大理石が、その硬い岩肌によって粉々に砕ける嫌な音が響く。
一触即発に思えたその瞬間、不気味な残響のある老いた声がした。
「やめよ。もう我ら四大魔公とニョルンの魔王軍における優劣は決した。魔王陛下は我らこそを重用なさることに決めたのだ」
「は……?」
叡智の粘体の意外な発言に、ニョルンは何か言おうとしたが、リザードマンの儀仗兵が魔王ヘルメア・トトス・シモンズの入場を知らせるラッパを吹き、会話は中断となった。
会議の場に最後に現れたのは、魔王ヘルメア・トトス・シモンズ。
筋骨隆々とした偉丈夫で、身の丈2メートル70センチはある。今代の勇者ルヴィアと比べれば倍近い身長差だ。
しかし、居並ぶドラゴンや巨人と比べれば、決して大柄とはいえない。
それでも、一斉に居並ぶモンスター達がひれ伏す。
「時は来た。我が待望である『全人類家畜化計画』は、ついに実行に移すべき段階を迎えたのだ」
ドラゴンの爬虫類のような口から、巨人族の野太い喉から、様々なモンスターの口から、感嘆が上がる。
「――人類の終焉の時は来た。奴らは天与などという神に与えられた力を傲慢に振るった! しかし、それを妬み、恨み、いたずらに奴らを殺すだけの日々は終わりだ。我らは奴らを支配する! 人間達を、そしてその人間達が持つ天与を! ――それ即ち、神をも支配することに相違ない!」
力強い魔王シモンズの言葉に、居並ぶモンスターが高揚感も露わに叫ぶ。四大魔公もニョルンもそこは変わらない。
――この視野の広さ。
これこそが、魔王シモンズが魔王軍を率いることができた最大の理由。
彼は、ただ場当たり的に人間を殺すだけだった魔王軍に、一つの指針を与えたのだ。
人類の英雄を殺し尽くし、人類国家のすべてを解体し、人間共を我らモンスターの支配下に置くと。
その未来構想の壮大さは無比だった。
「武力という力を奪った人間達からは、知識を奪い、物心がつく前からマインドコントロールを行う。我らモンスターにか弱き人間達が支配されるのは当然だと刷り込んでやるのだ。そしてそれから、我らモンスターの栄光の日々が始まるのだ!」
魔王城ヘルメス・トトメスが脈打った。
生物的な雰囲気を醸し出す天井や壁が蠢く様は不気味であった。
熱狂に包まれる中、ニョルンは、ハッとして声を上げた。
「へ、陛下――! しかしながら問題がございます!」
無粋な声に、周囲の殺気混じりの視線が突き刺さる。
それでもニョルンは質問を続けた。
「〈知法千里〉によって得た情報から、『光の柱』――例の強大な魔法は、どうやら、かの大英雄ブルックス・ゴル・フリードマンと関係があるとわかったはずです。ただの現象であれば無視することもよいでしょうが、人類側のなんらかの秘密兵器だとすれば……」
「『アル』」
魔王シモンズが頬杖をつきながら口ずさむように言った。
「は?」
「以前お前の〈知法千里〉によって得た情報の中で唯一意味不明だったものだ」
「はい……。在るという意味なのか、何らかの暗号なのかさっぱりでした。陛下はどこか別の世界が存在するなら、その世界の何らかの単語ではないかと。寡聞にして別の世界の存在など知りませんが」
白衣の老ゴブリンはそう語った。
「『アル』というのは人物名だ」
蛸の胴体に巨大な目玉を埋め込んだかのような不気味なモンスター――邪眼蛸が、魔王に呼ばれ、謁見の間の最前列に現れる。
邪眼蛸は表にある瞳を閉じ、後頭部を見せた。そこにある白い目玉がかっと見開く。
その白い目玉に、8歳児くらいの少年が映った。
不思議そうに首をかしげる居並ぶモンスターの中、ニョルンだけはすぐさま驚きの声を上げた。
「まさか、こいつが『アル』でございますか? アルという名の少年……?」
「そうだ。正確にはアルフィ・ホープスという名の孤児らしい。今代の勇者と聖女と共に育ったそうだ」
「まさか!?」
これまで『光の柱』が現れたのは2度。そのうちの1度は、狙いすましたかのように起きて、勇者ルヴィアと聖女ティエラの命を救う結果に繋がったのだ。
「このような幼い少年が、あのような神代魔法を!?」
叫んだ瞬間、ニョルンは気づく。
「そうか! 天与か!」
「うむ。さすがだな、ニョルン。そういうことだ。アルフィ・ホープスは、どうやら極めて強力な天与を持っているらしい。ゆえに、我らにとって巨大な障害となる。大人になる前に殺さねばならん」
「なるほど。確かにそうなれば、一時休戦など、勇者と聖女、なによりアルフィ・ホープスに力をつけさせるだけですな」
「そのとおりだ。そのためこれより、魔王軍の総力を上げて、このアルフィ・ホープスを含む英雄共を殺すのだ」
「ははっ! 納得いたしました! このニョルン。陛下のため、身命を賭して働きます」
「期待している」
魔王シモンズは四大魔公に目を向けた。
「お前たちが進言した作戦も素晴らしい。必ずや聖女と勇者を殺すことができるであろう」
「ははっ!」
四大魔公は頭を下げた。
「その作戦とは、どのような?」
ニョルンは気になり問いかけた。
「ワシと魔拳士で聖女をやる」
叡智の粘体が不気味な声で告げる。
「我らスライム系の種族は、何らかの阻害効果に特化しておる。多くのスライムは移動阻害や行動阻害といった肉体面じゃが……」
「叡智の粘体であるあなたは、確か魔法阻害を……」
「そのとおり」
宙に浮く脳みそのごとき叡智の粘体は、不気味な気配を漂わせる。
「いくら強力無比の魔力を持ち、7属性に抵抗力を持っているといえど、魔力を失えばただの10歳児じゃ。魔法を封じた聖女を――」
「我が拳で殴る。ひたすら殴る」
シンプルに言い放った無毛の獣人。
「そのとおりじゃ。肉弾戦も接近戦も苦手なティエラとかいう聖女の小娘は、血反吐を吐いて死ぬということじゃ。魔王軍最強の拳士によってな」
ニョルンは、ごくりと唾を飲み込んだ。
(本気だ……! 四大魔公は本気だ……!)
叡智の粘体といえど、相手の魔法や魔力を完全に封じるのは容易なことではない。
自らの自由と引き換えなのだ。
四大魔公の1体は、ただ聖女の魔力を防ぐための足枷となるだけに命を賭けると言っているのだ。
本気のほどが窺える。
ニョルンは額に滲む汗を拭った。
「では、残りのお二方が勇者を?」
「そうよ~」
のんびりした様子で有翼人が答えた。
「勇者って言ったって、地虫の一種よ。空を飛ぶこともできない。ただ地面を這いずり回るだけ。勇者の放つ剣の衝撃波の届かない遥か上空から風の刃で切り刻んでやるわよ」
「おら、いる。地面に潜って、いきなり現れて食らいついてやる」
(人間である勇者では手が出しづらい空と地中からの同時攻撃か!)
「もちろん、まともになんて戦わないわ~。チクチク、チクチク、ヒットアンドアウェーで攻め立てるの。今から泣き顔が思い浮かぶわ~。……ねえ、勇者の顔も聖女の顔もあたしもらっていいでしょ? 邪眼蛸で見せてもらったけど、かなり綺麗な顔してたもの」
「好きにしろ」
四大魔公のリーダー各である叡智の粘体が答えた。
(勝てる……! この士気の高さ! 四大魔公の作戦は悪辣なものだ。……これでゴブリンの血を引くということで、我を迫害した憎き人間共を……!)
魔王城ヘルメス・トトメスの玉座の間に、魔王シモンズの言葉が厳かに響く。それは宣託のようであった。
「では、これより人類の牙たる勇者、聖女、ブルックス・ゴル・フリードマン、そして何よりアルフィ・ホープスをへし折る――確実に殺すのだ。そして我らの下に、家畜となった人類を飼うのだ!」
ははっ!! と空間を揺らすほどの忠誠心を感じさせる了解の言葉が響き渡った。
(いつ来てみても不気味なもんじゃわい)
白衣を着た小柄なゴブリンハーフ、ニョルンは皺くちゃになった顔に長く伸びた顎鬚をしごきながら門をくぐる。
(しかし此度の参集、一体何事じゃ……?)
ニョルンに与えられた任務は、例の『光の柱』事件の真相が明らかになるまで、人類側と休戦協定を結ぶための約定づくりという非常に重要なものだったはずだ。
それを止めてまで、ドラゴン族や巨人族、果てはあの独立自治権を認められている四大魔公まで全員集合させてまでの会議とは、ニョルンでなくても不穏と感じただろう。
(何かまずいことが起きたか? しかし、ブルックス・ゴル・フリードマン、あやつはもう老体でそれほど活躍はしておらん)
『バベル第20階層踏破者』の偉業を成し遂げた大英雄といえど、寄る年波には勝てない。
おそらく近い将来、魔王軍にとっての頭痛の種は消えるかと思われた。
ニョルンは見るともなしに、魔王城内部を見やる。
ぱっと見、生物の体内のようには見えない。
魔王城は生物ではあるが、その体内をくり抜き、石柱を立て、漆黒の大理石を敷き詰めている。
なぜこのような場所を利用しているかといえば、天与という特別な力が宿っているためだ。
天与は本来、人間にしか与えられないといわれている。
ニョルンは、ゴブリンと人間のハーフであり、魔王軍では珍しく天与を持つ存在だった。
ゆえに、この天与を持つという魔王城に入るたびに、妙な気分に浸ることが多い。
だが、そんな気分も謁見の間のざわめきが聞こえるほどの距離になるとかき消えた。
(――おる)
話には聞いていた。四大魔公がいる、と。
もっとも玉座に近い場所に侍る4体のモンスター。
人間の脳味噌にそっくりの外観を持つ、宙に浮かぶ叡智の粘体。
毛深い獣人でありながら、長年の荒行の果てに、一切の毛を失った異相の雄。
人間の貴族風の端正な顔を持つ有翼人。
白い岩肌の巨大な蛇のような化け物。
ニョルンはその4体に近づく。
「止まれ」
正座した無毛の獣人が、瞑想するように目を閉じたまま忠告した。
「ワシは陛下の参謀のようなもの。いつも最も前で……」
ニョルンの反論に、有翼人がキセルを吸うのをやめて、顔を180度回転させた。天と地が逆さになった貴族風の整った顔は、苦悶の色はない。異様な光景だった。
「あら~? ここ最近『光の柱』事件で、天与〈知法千里〉が引っ張りだこだったからって調子に乗っちゃった?」
不穏な気配に、岩のような蛇がうごめく。漆黒の大理石が、その硬い岩肌によって粉々に砕ける嫌な音が響く。
一触即発に思えたその瞬間、不気味な残響のある老いた声がした。
「やめよ。もう我ら四大魔公とニョルンの魔王軍における優劣は決した。魔王陛下は我らこそを重用なさることに決めたのだ」
「は……?」
叡智の粘体の意外な発言に、ニョルンは何か言おうとしたが、リザードマンの儀仗兵が魔王ヘルメア・トトス・シモンズの入場を知らせるラッパを吹き、会話は中断となった。
会議の場に最後に現れたのは、魔王ヘルメア・トトス・シモンズ。
筋骨隆々とした偉丈夫で、身の丈2メートル70センチはある。今代の勇者ルヴィアと比べれば倍近い身長差だ。
しかし、居並ぶドラゴンや巨人と比べれば、決して大柄とはいえない。
それでも、一斉に居並ぶモンスター達がひれ伏す。
「時は来た。我が待望である『全人類家畜化計画』は、ついに実行に移すべき段階を迎えたのだ」
ドラゴンの爬虫類のような口から、巨人族の野太い喉から、様々なモンスターの口から、感嘆が上がる。
「――人類の終焉の時は来た。奴らは天与などという神に与えられた力を傲慢に振るった! しかし、それを妬み、恨み、いたずらに奴らを殺すだけの日々は終わりだ。我らは奴らを支配する! 人間達を、そしてその人間達が持つ天与を! ――それ即ち、神をも支配することに相違ない!」
力強い魔王シモンズの言葉に、居並ぶモンスターが高揚感も露わに叫ぶ。四大魔公もニョルンもそこは変わらない。
――この視野の広さ。
これこそが、魔王シモンズが魔王軍を率いることができた最大の理由。
彼は、ただ場当たり的に人間を殺すだけだった魔王軍に、一つの指針を与えたのだ。
人類の英雄を殺し尽くし、人類国家のすべてを解体し、人間共を我らモンスターの支配下に置くと。
その未来構想の壮大さは無比だった。
「武力という力を奪った人間達からは、知識を奪い、物心がつく前からマインドコントロールを行う。我らモンスターにか弱き人間達が支配されるのは当然だと刷り込んでやるのだ。そしてそれから、我らモンスターの栄光の日々が始まるのだ!」
魔王城ヘルメス・トトメスが脈打った。
生物的な雰囲気を醸し出す天井や壁が蠢く様は不気味であった。
熱狂に包まれる中、ニョルンは、ハッとして声を上げた。
「へ、陛下――! しかしながら問題がございます!」
無粋な声に、周囲の殺気混じりの視線が突き刺さる。
それでもニョルンは質問を続けた。
「〈知法千里〉によって得た情報から、『光の柱』――例の強大な魔法は、どうやら、かの大英雄ブルックス・ゴル・フリードマンと関係があるとわかったはずです。ただの現象であれば無視することもよいでしょうが、人類側のなんらかの秘密兵器だとすれば……」
「『アル』」
魔王シモンズが頬杖をつきながら口ずさむように言った。
「は?」
「以前お前の〈知法千里〉によって得た情報の中で唯一意味不明だったものだ」
「はい……。在るという意味なのか、何らかの暗号なのかさっぱりでした。陛下はどこか別の世界が存在するなら、その世界の何らかの単語ではないかと。寡聞にして別の世界の存在など知りませんが」
白衣の老ゴブリンはそう語った。
「『アル』というのは人物名だ」
蛸の胴体に巨大な目玉を埋め込んだかのような不気味なモンスター――邪眼蛸が、魔王に呼ばれ、謁見の間の最前列に現れる。
邪眼蛸は表にある瞳を閉じ、後頭部を見せた。そこにある白い目玉がかっと見開く。
その白い目玉に、8歳児くらいの少年が映った。
不思議そうに首をかしげる居並ぶモンスターの中、ニョルンだけはすぐさま驚きの声を上げた。
「まさか、こいつが『アル』でございますか? アルという名の少年……?」
「そうだ。正確にはアルフィ・ホープスという名の孤児らしい。今代の勇者と聖女と共に育ったそうだ」
「まさか!?」
これまで『光の柱』が現れたのは2度。そのうちの1度は、狙いすましたかのように起きて、勇者ルヴィアと聖女ティエラの命を救う結果に繋がったのだ。
「このような幼い少年が、あのような神代魔法を!?」
叫んだ瞬間、ニョルンは気づく。
「そうか! 天与か!」
「うむ。さすがだな、ニョルン。そういうことだ。アルフィ・ホープスは、どうやら極めて強力な天与を持っているらしい。ゆえに、我らにとって巨大な障害となる。大人になる前に殺さねばならん」
「なるほど。確かにそうなれば、一時休戦など、勇者と聖女、なによりアルフィ・ホープスに力をつけさせるだけですな」
「そのとおりだ。そのためこれより、魔王軍の総力を上げて、このアルフィ・ホープスを含む英雄共を殺すのだ」
「ははっ! 納得いたしました! このニョルン。陛下のため、身命を賭して働きます」
「期待している」
魔王シモンズは四大魔公に目を向けた。
「お前たちが進言した作戦も素晴らしい。必ずや聖女と勇者を殺すことができるであろう」
「ははっ!」
四大魔公は頭を下げた。
「その作戦とは、どのような?」
ニョルンは気になり問いかけた。
「ワシと魔拳士で聖女をやる」
叡智の粘体が不気味な声で告げる。
「我らスライム系の種族は、何らかの阻害効果に特化しておる。多くのスライムは移動阻害や行動阻害といった肉体面じゃが……」
「叡智の粘体であるあなたは、確か魔法阻害を……」
「そのとおり」
宙に浮く脳みそのごとき叡智の粘体は、不気味な気配を漂わせる。
「いくら強力無比の魔力を持ち、7属性に抵抗力を持っているといえど、魔力を失えばただの10歳児じゃ。魔法を封じた聖女を――」
「我が拳で殴る。ひたすら殴る」
シンプルに言い放った無毛の獣人。
「そのとおりじゃ。肉弾戦も接近戦も苦手なティエラとかいう聖女の小娘は、血反吐を吐いて死ぬということじゃ。魔王軍最強の拳士によってな」
ニョルンは、ごくりと唾を飲み込んだ。
(本気だ……! 四大魔公は本気だ……!)
叡智の粘体といえど、相手の魔法や魔力を完全に封じるのは容易なことではない。
自らの自由と引き換えなのだ。
四大魔公の1体は、ただ聖女の魔力を防ぐための足枷となるだけに命を賭けると言っているのだ。
本気のほどが窺える。
ニョルンは額に滲む汗を拭った。
「では、残りのお二方が勇者を?」
「そうよ~」
のんびりした様子で有翼人が答えた。
「勇者って言ったって、地虫の一種よ。空を飛ぶこともできない。ただ地面を這いずり回るだけ。勇者の放つ剣の衝撃波の届かない遥か上空から風の刃で切り刻んでやるわよ」
「おら、いる。地面に潜って、いきなり現れて食らいついてやる」
(人間である勇者では手が出しづらい空と地中からの同時攻撃か!)
「もちろん、まともになんて戦わないわ~。チクチク、チクチク、ヒットアンドアウェーで攻め立てるの。今から泣き顔が思い浮かぶわ~。……ねえ、勇者の顔も聖女の顔もあたしもらっていいでしょ? 邪眼蛸で見せてもらったけど、かなり綺麗な顔してたもの」
「好きにしろ」
四大魔公のリーダー各である叡智の粘体が答えた。
(勝てる……! この士気の高さ! 四大魔公の作戦は悪辣なものだ。……これでゴブリンの血を引くということで、我を迫害した憎き人間共を……!)
魔王城ヘルメス・トトメスの玉座の間に、魔王シモンズの言葉が厳かに響く。それは宣託のようであった。
「では、これより人類の牙たる勇者、聖女、ブルックス・ゴル・フリードマン、そして何よりアルフィ・ホープスをへし折る――確実に殺すのだ。そして我らの下に、家畜となった人類を飼うのだ!」
ははっ!! と空間を揺らすほどの忠誠心を感じさせる了解の言葉が響き渡った。
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