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第51話 魔王城の会話 2
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魔王城から研究室に戻ったニョルンは、2度目の『光の柱』に対して〈知法千里〉を使用した。命を削ることになるが躊躇はない。両目から白い光を放ち、意識を失う寸前まで羊皮紙に羽ペンを走らせた。
倒れていたニョルンは目覚めると、すぐさま羊皮紙を引っ掴み、〈知法千里〉で得た情報を伝えるため魔王城に向かう。その目は憎しみで血走っていた。
(おのれ……おのれ……おのれぇ! ブルックス・ゴル・フリードマン! あの老いぼれめっ! 奴さえいなければ、勇者不在の人類軍を壊滅させられたチャンスが何度あったことか……! またしても! またしてもか――!)
ニョルンが魔王城の謁見の間に駆け込むと、魔王ヘルメア・トトス・シモンズはそばにいた配下を下がらせ、ニョルンにすぐ話しかけた。
「その様子だと新たな情報が手に入ったようだな」
「はっ! その通りでございます、魔王陛下。……2度目の『光の柱』に〈知法千里〉を行った結果、新たに『禁書』『バベル第20階層』という重要語句を感知できました」
「……『バベル第20階層』……」
黙り込んだ魔王は、玉座に右肘をつき、その手にあごをのせた。
「間違いなくブルックス・ゴル・フリードマン……『バベル第20階層踏破者』が関係しているな……」
「はい。……我が魔王軍の兵力を持ってしても、バベルの踏破は困難を極め、せいぜい15階層が限界です」
ニョルンは苦々しく口にする。
王国は、国家騎士と宮廷魔術師を大量に投入しても7階層までしか達しなかった。そのことを考えれば魔王軍は2倍の成果を上げているといえる。
だが実際は違う。
すでにブルックス・ゴル・フリードマンが、めぼしい財宝を持ち出してしまったあとの階層のため、ろくなものが残っていなかったのだ。
今回その中に禁書があったことがわかった。
まだ魔王軍は第20階層に達していないが、近いうちに到達する見込みをニョルンはつけていたのだ。
「つまり、ブルックス・ゴル・フリードマンが禁書を用いて、あの『光の柱』を出現させたというのか? ……それだとかなりおかしなことになる。奴は1度目の『光の柱』出現時に最前線の戦場にいた。さらにいえば、命を削るあの魔法を老いぼれが2度も使用できたとは考えられない。……ブルックス・ゴル・フリードマンが死んだという話もないのだろう?」
「はっ。奴が関係していることは間違いありませんが、奴自身ほとんど情報を掴めていない様子です。奴の方もあの『光の柱』の調査に乗り出したようです。勇者と聖女と共に3人という最小限の人数で移動しているそうです。……相変わらず勘の良い男です。こちらがアレを見て撤退したのを知って、重要性を認識したのでしょう。まだ神代魔法かどうかの確証は得ていないでしょうが……」
「奴らには〈知法千里〉ほど優れた情報収集系天与はないからな。3人で移動というのもさすがだ。護衛として騎士の1人でもつければ戦力が低下するからな。移動速度も」
「はい。……当然ながら王国軍の輜重部隊を襲い、ブルックス・ゴル・フリードマンと交戦したモンスターはすべて殺されました」
「それはよい。予想通りだ。奴の足止めのために用意した屈強なモンスター達だったが、奴相手に勝てるなどとは思っておらんよ」
「……それと、気になることが」
「申せ」
「〈知法千里〉はご存知の通り既知の情報は感知しません。1度〈知法千里〉で感知した重要語句をもう1度感知することはまずないのです」
「例外として、確か非常に重要な場合は、再び感知することもあったのではなかったか?」
「はい。極めて稀な例ですが…………」
ニョルンが言いよどむと、魔王が頬杖をやめて身を乗り出した。
「どうした?」
「はい。……今回も感知したのは例の『アル』という重要語句なのです」
「……『アル』……ある、アル、在る……」
魔王は珍しく考え込み、何度も『アル』と口にした。
「……どこか別の世界の重要な単語ということはあり得んか?」
「別の世界? 精霊界や天界のことですか? いまだその詳細どころか、存在の有無さえ確証が得られておりませんが……」
不思議というよりも、興味を覚えてニョルンは尋ねる。
(……まるで魔王陛下は、ここではない『別の世界』とやらの存在を知っているかのようではないか……)
「あり得るのか……?」
小さくつぶやいた魔王の声は、おそらくすぐそばで伏せているニョルンにしか聞こえなかったであろう。
魔王の沈黙は長く続いた。重要な決断の前にはよくあることだった。
「バベルの調査を命じる!」
魔王は立ち上がり、右腕を振って演説するように叫んだ。右肘から突き出た禍々しい漆黒の角が、血を連想させる赤黒い輝きを強く放つ。
「とりあえず『アル』という意味不明な言葉は放置だ。この世界のすべての知識と知恵が眠るというあの塔になら、この謎の答えも眠っているやも知れぬ。少なくとも禁書を用いることができる存在が現れた以上、こちらも対抗手段を模索するために、禁書の入手が急務である」
魔王はそこで一拍間をおいて命じた。
「王国を含む人類の国家すべてと1年間の休戦協定を結べ! ただし、バベルで入手した情報次第では、この休戦協定を一方的に破棄し、進軍することもあると心得よ!」
「ははっ!」
魔王の命令にすべての配下がひれ伏した。
倒れていたニョルンは目覚めると、すぐさま羊皮紙を引っ掴み、〈知法千里〉で得た情報を伝えるため魔王城に向かう。その目は憎しみで血走っていた。
(おのれ……おのれ……おのれぇ! ブルックス・ゴル・フリードマン! あの老いぼれめっ! 奴さえいなければ、勇者不在の人類軍を壊滅させられたチャンスが何度あったことか……! またしても! またしてもか――!)
ニョルンが魔王城の謁見の間に駆け込むと、魔王ヘルメア・トトス・シモンズはそばにいた配下を下がらせ、ニョルンにすぐ話しかけた。
「その様子だと新たな情報が手に入ったようだな」
「はっ! その通りでございます、魔王陛下。……2度目の『光の柱』に〈知法千里〉を行った結果、新たに『禁書』『バベル第20階層』という重要語句を感知できました」
「……『バベル第20階層』……」
黙り込んだ魔王は、玉座に右肘をつき、その手にあごをのせた。
「間違いなくブルックス・ゴル・フリードマン……『バベル第20階層踏破者』が関係しているな……」
「はい。……我が魔王軍の兵力を持ってしても、バベルの踏破は困難を極め、せいぜい15階層が限界です」
ニョルンは苦々しく口にする。
王国は、国家騎士と宮廷魔術師を大量に投入しても7階層までしか達しなかった。そのことを考えれば魔王軍は2倍の成果を上げているといえる。
だが実際は違う。
すでにブルックス・ゴル・フリードマンが、めぼしい財宝を持ち出してしまったあとの階層のため、ろくなものが残っていなかったのだ。
今回その中に禁書があったことがわかった。
まだ魔王軍は第20階層に達していないが、近いうちに到達する見込みをニョルンはつけていたのだ。
「つまり、ブルックス・ゴル・フリードマンが禁書を用いて、あの『光の柱』を出現させたというのか? ……それだとかなりおかしなことになる。奴は1度目の『光の柱』出現時に最前線の戦場にいた。さらにいえば、命を削るあの魔法を老いぼれが2度も使用できたとは考えられない。……ブルックス・ゴル・フリードマンが死んだという話もないのだろう?」
「はっ。奴が関係していることは間違いありませんが、奴自身ほとんど情報を掴めていない様子です。奴の方もあの『光の柱』の調査に乗り出したようです。勇者と聖女と共に3人という最小限の人数で移動しているそうです。……相変わらず勘の良い男です。こちらがアレを見て撤退したのを知って、重要性を認識したのでしょう。まだ神代魔法かどうかの確証は得ていないでしょうが……」
「奴らには〈知法千里〉ほど優れた情報収集系天与はないからな。3人で移動というのもさすがだ。護衛として騎士の1人でもつければ戦力が低下するからな。移動速度も」
「はい。……当然ながら王国軍の輜重部隊を襲い、ブルックス・ゴル・フリードマンと交戦したモンスターはすべて殺されました」
「それはよい。予想通りだ。奴の足止めのために用意した屈強なモンスター達だったが、奴相手に勝てるなどとは思っておらんよ」
「……それと、気になることが」
「申せ」
「〈知法千里〉はご存知の通り既知の情報は感知しません。1度〈知法千里〉で感知した重要語句をもう1度感知することはまずないのです」
「例外として、確か非常に重要な場合は、再び感知することもあったのではなかったか?」
「はい。極めて稀な例ですが…………」
ニョルンが言いよどむと、魔王が頬杖をやめて身を乗り出した。
「どうした?」
「はい。……今回も感知したのは例の『アル』という重要語句なのです」
「……『アル』……ある、アル、在る……」
魔王は珍しく考え込み、何度も『アル』と口にした。
「……どこか別の世界の重要な単語ということはあり得んか?」
「別の世界? 精霊界や天界のことですか? いまだその詳細どころか、存在の有無さえ確証が得られておりませんが……」
不思議というよりも、興味を覚えてニョルンは尋ねる。
(……まるで魔王陛下は、ここではない『別の世界』とやらの存在を知っているかのようではないか……)
「あり得るのか……?」
小さくつぶやいた魔王の声は、おそらくすぐそばで伏せているニョルンにしか聞こえなかったであろう。
魔王の沈黙は長く続いた。重要な決断の前にはよくあることだった。
「バベルの調査を命じる!」
魔王は立ち上がり、右腕を振って演説するように叫んだ。右肘から突き出た禍々しい漆黒の角が、血を連想させる赤黒い輝きを強く放つ。
「とりあえず『アル』という意味不明な言葉は放置だ。この世界のすべての知識と知恵が眠るというあの塔になら、この謎の答えも眠っているやも知れぬ。少なくとも禁書を用いることができる存在が現れた以上、こちらも対抗手段を模索するために、禁書の入手が急務である」
魔王はそこで一拍間をおいて命じた。
「王国を含む人類の国家すべてと1年間の休戦協定を結べ! ただし、バベルで入手した情報次第では、この休戦協定を一方的に破棄し、進軍することもあると心得よ!」
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