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第38話 奴隷の馬車 4
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シャヒール・クルメスが創設者となった魔術師軍団こと王国第8軍団は、短期間でかなりの戦果を上げたらしい。
なにせ天与ランクCという決して低くない天与を授かった魔術師達を大量に投入したのだ。
だが魔術師は脆弱だ。近接戦闘能力もない。
そしてそれを補うために戦場に連れて来られたのは子供の戦奴隷達だった。
「大人の戦奴隷と違って安価だ。仕入れ値がほとんどかからないからね。そいつらを戦場に配置するんだ。前衛として」
「そんなの!」
思わず声を荒げた。
「まともに前衛として機能するはずが――」
魔王軍は、屈強なモンスターの集まりだ。
熟練の兵士ならともかく、いきなり戦場に連れて来られた子供達など、泣いて逃げ惑うくらいしかできないんじゃないのか。
そんな疑問が顔に出ていたらしい。
「そうさ。それがシャヒール・クルメスや第8将軍ジャジャス・ルーティンの狙いさ。……子供達は、泣いて逃げる。それを魔王軍のモンスターが追いかけて殺す。中にはそのまま子供を食うモンスターもいるかもしれない。……その間に、悠々と王国第8軍団は魔法を使うって寸法さ」
戦場の様子が浮かぶ。
陣形の最前列に並ばされた子供達。文字通り頭数だけを揃えた、武装さえない彼ら。
そこに襲いかかるモンスターの群れ。
殺され、食われる子供ごと魔法で吹き飛ばす大人の魔術師達……。
「なんでも第8将軍ジャジャス・ルーティンとシャヒール・クルメスは、同じ大魔術師の天与を持つよしみで仲が良いらしい。ちなみに8人の将軍の中で魔術師系は彼だけだそうだ。まぁ、仲が良いっていうよりも、魔術師のさらなる地位向上のために手を組んでるっていったほうが近いのかもしれないがな」
「じゃあ、ここにいる子供達も……」
「そういうことさ。……ジャジャス・ルーティン将軍から奴隷商人が受け取る金額は、子供の頭数に比例する。手足がちゃんと2本ずつついてて死んでさえなけりゃ一定の金額がもらえるって寸法さ。ろくに飲まず食わずで戦場について、剣も振れないくらい衰弱してても問題ないってことだ。もっともモンスターの餌代わりだからまともな武装なんざ渡されないけどね」
これでも大都市を根城にした『赤錆』のリーダーだ、なかなかの情報収集能力だろ、と少し自慢げなトリス。
ティエラ姉ちゃん達のすぐそばに魔法を放ったいけ好かないシャヒール・クルメスだが、想像以上に最悪な奴だった。
(……どうする?)
話を聞く前は、今すぐにでも逃げるための方策を練るつもりだった。向こうは、あの巻物も禁書も、ただのガラクタだと信じている。ナイフなどの刃物を奴隷のすぐそばに置くことはないだろうが、ガラクタなら置く可能性が高い。
(だけど……)
この牢の中の孤児達を見回す。
トリスもアンジェラも、他の子供達も助けたかった。
「トリスはミニスを助けたいんだよね?」
「あぁ、もちろんさ。そのためだったら何だってする」
硬質な輝きが瞳に浮かぶ。その目にどこか拒絶感のようなものを感じた。
(……なんだ?)
実の妹であるミニスを大切に思っているのは事実だろう。だけど、何か違和感のようなものを感じた。
(…………そうか)
トリスの弟分や妹分だという孤児達がここには4人いる。それなのにトリスは気遣う素振りをほとんど見せなかったのだ。それに元『赤錆』の構成員だったはずの孤児達もトリスに対して親し気な雰囲気がない。それどころか会話にさえ加わってこなかった。
疲れているからかとも思ったが、おそらく違う。
この小さな牢の中に、まだ僕の知らない秘密が隠されているのだ。
トリスは僕の表情をうかがっている。やがて口を開いた。
「何か良い方法でも思いついたのか? 聞かせてくれないか? 言っておくが、生半可な方法じゃただでさえ短い命をさらに縮めるだけだぜ。教えてくれれば協力できるんだが……」
「ありがとう、トリス。心配してくれて」
8歳児らしい純粋な笑顔を浮かべてみせた。
「……お、おう」
根が素直なのか、トリスは口ごもるように返事して目をそらした。
(何かある)
馬車がまた止まった。
「……おい。トリス。ミニスがぐずりだした。慰めてやれ」
「は、はい。今行きます!」
トリスは返事して立ち上がる。手足の鎖がこすれる音がした。鉄球を引きずったトリスは、止まった馬車の荷台を歩き、唯一の出入り口に向かう。
奴隷商人バパス・ズーズーが柔和な顔を見せた。
そして鍵で扉を開けると、トリスを連れて御者台のほうに向かった。
「ねぇ、アンジェラ」
神秘的な雰囲気の金髪の少女に近づき、僕は小声で話しかけた。
「トリスについて何か知ってる? その……違和感みたいなのを覚えてさ」
アルカイックスマイルを浮かべた背中に傷のある金髪の少女は、端的に口にした。
「トリスはとてもいい子、ね。でも信じちゃダメよ」
「……どうして?」
謎めいた微笑をたたえたまま、悲し気に首を振ってうつむいた。
「……人は弱いものだもの。大切な人がいるなら、なおさら、ね」
「……なるほどな……」
それで十分だった。
おそらく妹のミニスを人質にされて、トリスはスパイの真似事をさせられているのだろう。この世界には天与がある。僕みたいな幼い子供であっても、天与次第では大人を出し抜ける可能性だって十分ある。
孤児となっているのだから、それほど強力な天与ではないという予想はつく。
だが天与の効果は幅広い。
(だから、自分が盗賊で鍵開けもできるなんて言って、目の前で針金まで見せたのか……)
そうすれば、子供なら口を滑らせる可能性がある。例えば、扉さえ開けてくれれば、奴隷商人を眠らせる天与を使えるとかね。
「……ふぅ」
ため息とともに、自分の気持ちを改めて確かめる。
「……やっぱ、僕は救いたいみたいだ」
自分の命さえ危ういかもしれない状況で、馬鹿げたことかもしれないが。
けど、そもそも馬鹿げているというのなら魔王討伐を企てるほうがよっぽどどうかしている。
なにせ天与ランクCという決して低くない天与を授かった魔術師達を大量に投入したのだ。
だが魔術師は脆弱だ。近接戦闘能力もない。
そしてそれを補うために戦場に連れて来られたのは子供の戦奴隷達だった。
「大人の戦奴隷と違って安価だ。仕入れ値がほとんどかからないからね。そいつらを戦場に配置するんだ。前衛として」
「そんなの!」
思わず声を荒げた。
「まともに前衛として機能するはずが――」
魔王軍は、屈強なモンスターの集まりだ。
熟練の兵士ならともかく、いきなり戦場に連れて来られた子供達など、泣いて逃げ惑うくらいしかできないんじゃないのか。
そんな疑問が顔に出ていたらしい。
「そうさ。それがシャヒール・クルメスや第8将軍ジャジャス・ルーティンの狙いさ。……子供達は、泣いて逃げる。それを魔王軍のモンスターが追いかけて殺す。中にはそのまま子供を食うモンスターもいるかもしれない。……その間に、悠々と王国第8軍団は魔法を使うって寸法さ」
戦場の様子が浮かぶ。
陣形の最前列に並ばされた子供達。文字通り頭数だけを揃えた、武装さえない彼ら。
そこに襲いかかるモンスターの群れ。
殺され、食われる子供ごと魔法で吹き飛ばす大人の魔術師達……。
「なんでも第8将軍ジャジャス・ルーティンとシャヒール・クルメスは、同じ大魔術師の天与を持つよしみで仲が良いらしい。ちなみに8人の将軍の中で魔術師系は彼だけだそうだ。まぁ、仲が良いっていうよりも、魔術師のさらなる地位向上のために手を組んでるっていったほうが近いのかもしれないがな」
「じゃあ、ここにいる子供達も……」
「そういうことさ。……ジャジャス・ルーティン将軍から奴隷商人が受け取る金額は、子供の頭数に比例する。手足がちゃんと2本ずつついてて死んでさえなけりゃ一定の金額がもらえるって寸法さ。ろくに飲まず食わずで戦場について、剣も振れないくらい衰弱してても問題ないってことだ。もっともモンスターの餌代わりだからまともな武装なんざ渡されないけどね」
これでも大都市を根城にした『赤錆』のリーダーだ、なかなかの情報収集能力だろ、と少し自慢げなトリス。
ティエラ姉ちゃん達のすぐそばに魔法を放ったいけ好かないシャヒール・クルメスだが、想像以上に最悪な奴だった。
(……どうする?)
話を聞く前は、今すぐにでも逃げるための方策を練るつもりだった。向こうは、あの巻物も禁書も、ただのガラクタだと信じている。ナイフなどの刃物を奴隷のすぐそばに置くことはないだろうが、ガラクタなら置く可能性が高い。
(だけど……)
この牢の中の孤児達を見回す。
トリスもアンジェラも、他の子供達も助けたかった。
「トリスはミニスを助けたいんだよね?」
「あぁ、もちろんさ。そのためだったら何だってする」
硬質な輝きが瞳に浮かぶ。その目にどこか拒絶感のようなものを感じた。
(……なんだ?)
実の妹であるミニスを大切に思っているのは事実だろう。だけど、何か違和感のようなものを感じた。
(…………そうか)
トリスの弟分や妹分だという孤児達がここには4人いる。それなのにトリスは気遣う素振りをほとんど見せなかったのだ。それに元『赤錆』の構成員だったはずの孤児達もトリスに対して親し気な雰囲気がない。それどころか会話にさえ加わってこなかった。
疲れているからかとも思ったが、おそらく違う。
この小さな牢の中に、まだ僕の知らない秘密が隠されているのだ。
トリスは僕の表情をうかがっている。やがて口を開いた。
「何か良い方法でも思いついたのか? 聞かせてくれないか? 言っておくが、生半可な方法じゃただでさえ短い命をさらに縮めるだけだぜ。教えてくれれば協力できるんだが……」
「ありがとう、トリス。心配してくれて」
8歳児らしい純粋な笑顔を浮かべてみせた。
「……お、おう」
根が素直なのか、トリスは口ごもるように返事して目をそらした。
(何かある)
馬車がまた止まった。
「……おい。トリス。ミニスがぐずりだした。慰めてやれ」
「は、はい。今行きます!」
トリスは返事して立ち上がる。手足の鎖がこすれる音がした。鉄球を引きずったトリスは、止まった馬車の荷台を歩き、唯一の出入り口に向かう。
奴隷商人バパス・ズーズーが柔和な顔を見せた。
そして鍵で扉を開けると、トリスを連れて御者台のほうに向かった。
「ねぇ、アンジェラ」
神秘的な雰囲気の金髪の少女に近づき、僕は小声で話しかけた。
「トリスについて何か知ってる? その……違和感みたいなのを覚えてさ」
アルカイックスマイルを浮かべた背中に傷のある金髪の少女は、端的に口にした。
「トリスはとてもいい子、ね。でも信じちゃダメよ」
「……どうして?」
謎めいた微笑をたたえたまま、悲し気に首を振ってうつむいた。
「……人は弱いものだもの。大切な人がいるなら、なおさら、ね」
「……なるほどな……」
それで十分だった。
おそらく妹のミニスを人質にされて、トリスはスパイの真似事をさせられているのだろう。この世界には天与がある。僕みたいな幼い子供であっても、天与次第では大人を出し抜ける可能性だって十分ある。
孤児となっているのだから、それほど強力な天与ではないという予想はつく。
だが天与の効果は幅広い。
(だから、自分が盗賊で鍵開けもできるなんて言って、目の前で針金まで見せたのか……)
そうすれば、子供なら口を滑らせる可能性がある。例えば、扉さえ開けてくれれば、奴隷商人を眠らせる天与を使えるとかね。
「……ふぅ」
ため息とともに、自分の気持ちを改めて確かめる。
「……やっぱ、僕は救いたいみたいだ」
自分の命さえ危ういかもしれない状況で、馬鹿げたことかもしれないが。
けど、そもそも馬鹿げているというのなら魔王討伐を企てるほうがよっぽどどうかしている。
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